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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第16節:来客

「おお、これはこれは。お待ち致しておりました」


 昼下がり。

 苛烈な日差しが、窓格子に遮られて淡く差し込む

自室に現れた人物を見て、学長は笑みを浮かべて筆を置いた。


「アジ学長。面会に応じて頂き、ありがとうございます」


 答えて、軽く胸に拳を当てる敬礼をしたのは、若い男だった。

 砂色の髪に、どこか男らしさを感じさせるが柔和で端正な顔立ち。

 鎧こそ纏っていないが、刃を布で巻いた槍を手にした青い軍服姿の彼は、皇国内でも五指に入ると言われる軍の権力者だ。


 『蒼将』アレキウス・ヴァユ=ガラテイン。


 (モク)の高位龍を従え、無双の槍術を修めた男。

 少し前に、大那牟命(オオナムチ)より要請を受けてこの辺りでは名高い【鷹の衆】を平定したという噂は、ミショナの街にも伝わっていた。


「貴方からの申し出を断る剛の者はなかなか居りませぬよ。それを光栄に思わぬ者も多くはないでしょう。ご健勝そうで何よりです」

「いえ、運良く得られた肩書きを持っては居ますが、未だ若輩の身ですので、そう持ち上げないで下さい。……今回の遠征でも、陛下より与えられた兵は大半を失ってしまいました。お陰で一時、王城での滞在任務を解かれてこの街で軍を再編するようにと言われまして」

「ほほう。では、人を募るのですかな?」

「いえ。この際ですので、直属の兵達を呼び寄せようかと。やはり借り物の部隊では、いざという時の動きが違いますので」

「総大将は、どう仰られてますかな?」

「快く承諾を頂きました」

「あの方も貴方を買っておられますからな、誠に喜ばしいことです」


 学長は笑みを浮かべたまま頷いた。

 自国領とされてはいても、ここは敵地だ。

 あの暴君の気紛れで、いつ攻められるかも分かったものではない。

 領内の戦力が増えるのは悪い事ではなかった。

 ましてそれが、勇壮で知られる蒼将の部下とあれば尚更だ。


「ハヌム執政管理官とは、もうお会いになられましたかな?」

「ええ。到着してすぐに。領の管理する屋敷を一つ貸し与えられました。宿住まいでも良かったのですが、そう提案した所、叔父には叱られましてね」


 アレクは苦笑した。

 ミショナの街の管理官、アレクの叔父であるハヌムは、貴族としての振る舞いに煩くはないが、心配性な一面がある。


「皇国四将ともあろう者が街の暴漢に殺された、などという事態になっては自分の立つ瀬がない、と」

「ははは。無用な心配かと私などは思いますが、身内の心配とはそうしたものですな。近頃は物騒ですし」


 西区の屋敷で令嬢が殺された話は、まだ耳に新しい。


「全く。お陰で藍樹(ランジュ)は快適に過ごせているようで、そこは感謝していますよ」


 藍樹とは、彼の愛龍の名だ。

 屋敷の庭のほうが宿の宿舎に押し込められるよりは確実に良いだろうし、旅人の乗騎も高位龍が側にいては落ち着かないだろう。

 ハヌムの判断の方が正しいと、学長は結論付けた。


「まぁ、お伺いしたのはご挨拶の他に、一つ気になる噂を耳にしたもので」

「何ですかな?」

「どうも、街に疫病が流行り始めているという噂です」

「その事ですか」


 学長は顔を曇らせた。

 疫病はまだ爆発的な広がりを見せている訳ではないが、東側から報告が上がり始めている問題だ。

 学長は、知っている事をアレクに話した。


 原因は不明。

 新しい街でもある為、そうした前例もない。

 この流行り病は呼吸が苦しい、という風邪のような症状が悪化し、やがて水を吐きながら窒息してしまう病だという。

 風に溺れる病、風溺病(フウデキビョウ)と呼ばれ始めている。


「何らかの呪紋によるものではないか、という噂まで立ち始めているとか」


 アレクの言葉に、学長はうなずいた。


「最近は地脈の乱れが顕著でしてな。本流に大禍(タイカ)が流れたという話ですが、今この地では、陰の土気(ドキ)が非常に強く顕れています。お陰で冬は暖かでしたが、代わりに街には砂埃が舞っており、対策も効を奏しておらぬようで」

「大禍……」


 アレクが、微妙な顔をした。


「何かお心当たりが?」

「いえ」


 彼は首を横に振り、次いで言った。


「東から疫病が来ている事に、何か理由が?」

「それは、衛生的な問題でしょうな。あちらの方は貧しい民が住んでおり、街の整備が遅れ気味なのです。体の弱い者が病に襲われるのでしょう」

「救いの手は?」


 街の整備は、税収によって成されるものだ。

 しかし学長は首を横に振る。


「あちらは皇国の民ではない者も多い。その貧民達を取り仕切る【禿鷹(ハゲタカ)】という組織がこちらの手出しを良しとしておらぬ、と聞いております」

「左様でしたか」


 皇国が預かっていると言っても、この地に元から住んでいる者達を追い出した訳ではない。

 そうした昔から住んでいる民の中には、かつて自分達の国を攻め滅ぼした皇国をよく思っていないだろう事は、想像に硬くなかった。


「それはそれとして」


 大分話が暗くなって来た所で、アレクが話題を変えた。


「今、面白い事をなさっていますね。試紋会、と言いましたか」

「ええ。街の一大行事となっておりますよ。決勝を遠方から見に来る方々もいらっしゃいます。丁度明日ですな」

「外からも広く参加を募っているとか。有望な者はいらっしゃいましたか?」

「貴方の目利きに敵うほどの者は、そう多くはないでしょう。やはり大半の参加者は我が学園の生徒達です。私としては、一人二人、という所ですかな」

「なるほど。どのような者か、伺っても?」

「特に面白いのは、朱翼(スイキ)という覆面の女性ですな。彼女は予備審査の時に……どうかされましたか?」


 少し顔を引きつらせるアレクに、再び学長が訊ねる。


「いえ。続けて下さい」


 アレクも、先程と似たような返事をした。

 


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