第14節:街の掃除
「悪い、少し良いか?」
「構いません。私も聞きたい事がありましたので」
幻鐘は、頭巾を脱いだ。
現れた坊主頭に、朱翼は軽く驚いた。
顔立ちは、どちらかと言うと険が強い。
目の輝きは、朱翼に貪欲に挑みかかっていた時のメイアに少し似ている。
烏が、納得したようにうなずいた。
「修験の者ですか」
朱翼は、坊主頭の意味を知って腑に落ちた。
髪を剃るのは、罪人か、求道者の証だ。
朱翼の想像した通り、彼は朱翼とは別の流れを汲む呪紋士だった。
呪紋を天然自然の理そのもの、と解釈する呪紋士と違い、求道者は解脱の為の手段である、と解釈する。
理を求める、という点についてはどちらも同じ。
違いは、それが世界の究明なのか、個人の研鑽なのか、という点だ。
その意味で、求道者は呪紋士よりも練気の者に近しい。
「幾つか、不思議に思った事がある」
口調はぶっきらぼうだが、別に悪意がある訳ではなさそうだった。
生来、気が強いのかも知れない。
心の安寧を求めるという求道者には似つかわしくない気質だが、荒れているからこそ安寧を求めているという事もあるだろう。
罪人が、求道者になる事も多いと聞く。
もしかしたら、彼もその類なのかもしれない。
幻鐘は続けた。
「何故、拙の遁による攻撃を読めた? あの一撃が躱されたのは初めてだ」
いきなり、朱翼は返答に窮した。
こんな大勢がいる所で、私は龍脈を視る事が出来るのです、などと言える訳がない。
龍脈の中を走る、地に在る五行素とは異質な呪力が見えていたから、対応出来たのだ。
確かに初見で準備もなく見破れる術ではないだろう。
メイアと触れ合って、流石に朱翼は自分の特殊さを理解していた。
「遁術は……以前、目にした事があったので」
正解ではないが、間違いではない。そんな答えを朱翼は口にした。
実際、仲間の一人である無陀が扱う空を駆ける術は、気脈を足場とする、風遁に似通った術だ。
烏の使う瞬歩も同様である。
最も、その両者は実体を保持したままそれらを行う点が違うが。
「なるほど。知っていれば納得出来ない事もない。では、拙の呪紋を吸収したのは?」
「それは、変転紋です」
呪紋の応用は、最初に見せていたので、朱翼は答えた。
これは、どうやら世間的には珍しいようだが、呪紋の技術の一つである。
別に隠す程の事でもない。
「相手の術式を利用して、五行素の星配を転じ、自らの呪力を混ぜて倍加する反撃の呪紋。相剋呪同様、相手が使う五行の性質を解していなければ無意味ですが」
今回、相手が金気を使用する事が分かっていたから出来た事だ。
幻鐘は口を曲げた。
納得いかないらしい。
「拙が威力のある呪紋を行使して、反撃によって拙が死んで失格になるとは思わなかったのか?」
「貴方は、そのような事はしないでしょう」
実際、赤銅が呪を放った時に焦った声を上げていた事もそうだが、彼は最初の小手調べのような呪紋以外で朱翼に対して殺傷力のある呪紋を行使していない。
「何が目的で試紋会に参加なさったのかは知りませんが、貴方の動きはどこか鈍かった。極力こちらを傷つけないように配慮されていたでしょう?」
遂に、幻鐘は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……女を叩くのは、抵抗がある」
「何それ。ナメてるの?」
「甘いわね」
「自分が嫌だからと言って、酉非にそれを押し付けるのもどうかと思いますが……」
朱翼達が三者三様に評すと、幻鐘はますます渋面になった。
「なんとでも言え。それでも性に合わぬものは合わぬのだ」
メイアは女性を理由にした事に反感を持ったようだが、朱翼は彼に悪い印象を持たなかった。
譲れないものは譲れない。
はっきりとこう口に出来る彼は気持ちの良い人間だ。
あの錫杖による一撃も、顎ではなく首飾りを狙ったのだろう。
「では、次は私の番ですね。差し支えなければ、でよろしいのですが」
「何だ?」
「遁行術と招来術。私にご教授願えませんか?」
その申し出に、幻鐘は驚いた顔をした。
「自分の秘術を対戦相手に教えろと? 決勝でも当たるかもしれぬのに、何の冗談だ、それは」
「別に試紋会を終えた後でも構いません。私はありとあらゆる呪紋を修めたい。代わりと言ってはなんですが、呪紋の応用については私の方が優れているようです。それをお教えしても構いません」
「誠か!?」
さらに驚く幻鐘に、朱翼はうなずきを返した。
別に、自分だけが得をするつもりはない。
それを教えたからと言って、朱翼が呪紋を使えなくなる訳ではないのだ。
「如何です? 貴方もより上を目指すのであれば、悪い取引ではないかと」
「悪いとは思わぬが……」
幻鐘には躊躇いがあるようだった。
「時間はまだあります。試紋会後にもう一度食事でも如何でしょう?」
朱翼の申し出に、幻鐘は頷いた。
「受けよう」
「感謝します」
※※※
「腰が痛てーねぇ」
もう何度目になるかも分からない無陀の愚痴に、錆揮はいい加減うんざりしていた。
袖口で滴る汗を拭いながら返事をする。
「引き受けたの誰だよ」
「少なくとも、俺の記憶じゃー、俺以外の誰かだねぇ」
「いやお前だろ! 息するように嘘つくな!」
無陀が斡旋所で受けた依頼は、街中での土魔退治だった。
錆揮は怒鳴りながら、街路脇をころころと転がっていた、拳に握れる程度の大きさのモノを、手袋を付けた手で素早く屈んで捕まえる。
丸めて乾いた泥団子に似た固い感触のそれは、湿枯と呼ばれる陰魔の一種。
水場の湿気と汚泥を啜る、本来害のない妖魔である。
「お見事。いやー、こんな大変だとは思わなかったねぇ」
のほほんと明後日の方向を見ながら、無陀自身も捕まえた湿枯を背負った麻の大袋に放り込んだ。
無陀が引き受けたのは、街中で見掛ける湿枯を片っ端から捕まえる仕事である。
意外に素早く小さい為、常に屈んだり起きたりの姿勢を繰り返す作業になるのだ。
これが、暑さの中でやると意外に堪える。
「他に、何かなかったの?」
「街中の日雇い仕事で割が良いのは、普段、街を拠点にしてる奴等に取られちまうからねぇ」
「分取って来たら?」
「明日から仕事どころか命まで捨てる気なら、お前さんがやってみたらどーだねぇ?」
「遠慮しとく」
錆揮達は、歩きながら水路の近くを重点的に回っていた。
湿枯は水場であればどこにでも生息していて、家庭の台所でもよく見掛ける。
「まぁ、日雇いの中でも基本賃に加えて歩合が良かったし、腰が痛てー事を抜きにすりゃ楽だけどねぇ」
湿枯は、数匹捕まえて乾燥剤の代わりにしたりも出来るので単価は安いが換金できる。
湿気が失せるといつの間にか姿を消しているので、需要がなくなる事はない。
「まぁ、何か異常な位、多いもんね。こんなに居るもんなの?」
「んな事ぁねーよ。最近多いんだとさ。前の冬は暖かかったしねぇ」
「関係あるの?」
「冬は水気の場だからねぇ。暖かいと水は衰える。相剋にある水の気が衰え気味なら、土と火が盛えるのは必然だねぇ」
「ふぅん」
錆揮は少し感心した。
季節の流れをそういう風に考えた事はなかった。
湿枯は土気の増減でその数を増減するらしいが、数が増えすぎると少し厄介な事になる。
周囲の湿気を吸い過ぎて、街中に砂埃が舞うのだ。
洗濯は汚れるし喉は痛くなるし、案外困る。
しかも、湿気が失せる事がない上下水道では、張られたゴミ取りの大網に集まって詰まらせたりもする。
重宝はするが少し厄介な生き物。
湿枯はそうした存在である。
「さ、朱翼も頑張ってる事だし、俺らも少しは金を稼いどかないとねぇ」
「そうだね」
「てな訳で、頑張ってねぇ」
「いや、お前もやれよ!」
二人は相変わらず言い合いをしながら、作業に戻った。




