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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第12節:招来呪

 予選決勝前の休憩時間。

 大通りの屋台でお買い上げした肉の腸詰を平らげて、朱翼は、ふと妙な感覚を覚えて顔を上げた。


「どうしたの?」

「まだ足りない?」


 烏とメイアの問い掛けに、朱翼は地面を見つめながら答えた。


「食事は大丈夫です。なにか、龍脈の様子が……?」


 朱翼は、意識するとさらに違和感が強くなったのを感じていた。

 街は、龍脈の支流に作られている。


 支流は、川の傍にある池溜まりのように現れる領域だ。

 この溜まりが大きくなれば神域や魔境となる、呪力の載積場とも言える場所。


 ある種の結界のようなもので、陽気が溜まれば実りの大地となり、陰気が溜まれば生命の苗床となる。

 陽気の溜まりは、人の住まう場所として適しているので、ミショナの街も当然ながら陽気溜まりに作られていた。。

 その陽気が、不自然に翳っている。


 そう説明すると、烏が思案顔をした。

 そのまま彼女も龍脈の気配を探っていたようだが、やがて諦めたように言う。


「私には、通常の乱れとどう違うのか、ちょっと分からないわね。大禍の影響ではないの?」


 朱翼は、首を横に振った。


「元々大禍の余韻が過ぎ去った龍脈から出来た陽気溜まりです。多少乱れているくらいでは気にならなかったのですが……」


 最初に立ち寄った時に比べて、さらに悪くなっているように思えたのだ。


「龍脈からの陰の波紋だけであれば、多少の影響は残るにしても緩やかに元に戻る筈です。なのに、そうした兆候がないのです」


 まるで、誰かに故意に悪くなるように掻き回されているかのような。


 メイアと烏は顔を見合わせるが、お互いに戸惑ったような表情を浮かべていた。

 今度は、メイアが口を開く。


「考えすぎじゃないの?」

「そうであれば良いのですが……街には、結界が貼られていますよね?」

「それはね。ここは呪紋士の街だもの」

「どのような種類の結界ですか?」

「五行結界よ」


 朱翼は覆面の口元に手を当てた。

 少し暑いので、思考が鈍っている気がする。

 脱いで考えたかったが、我慢した。


 五行結界は、星配が偏らないよう安定させる為の結界だ。

 結界の種類には特定の気を貯めるものもあるが、特にそうした結界ではないという。

 高位の陰陽結界になれば場の陰陽気を変えるものもあるが、そうした類でもない。


 であれば、やはり不自然な、と言わざるを得なかった。


「気にはなりますが、今はどうする事も出来ませんし……また、調べてみる事にします」


 朱翼は、自分の感じた事を一度棚に上げる事にした。

 時間になったので、三人は試紋会場に戻った。


※※※


 予選最後の相手は、街の周辺で陰魔狩りを生業としている一団の呪紋士だった。


 小柄な男性で、使い込まれた皮の胸当てを身に付けている。


「始め!」


 合図と共に、朱翼と相手は飛び離れた。

 今まではメイアと同様学生である者との手合わせだった為に相手の情報が得られたが、外の呪紋士はどんな手を持っているか分からない。

 飛び込むのは、愚策だ。


「金紋、ですか」


 相手が腕に刻んでいるのは、陰魔狩りを生業とするなら、上位紋である風紋に次いで使い勝手の良い呪紋だった。

 扱いやすさで比べるなら、基礎紋である金紋に軍配が上がる。


 森にはそもそも生気が満ちているが、中でも木水土の気が強いものだ。

 木と土で構成された場には多分の水も含まれており、当然、金火の気は相対的に薄い。


 そうした星配の落差も、呪紋の効果を増す一因となる。

 五行素は常に均衡を保とうとする性質があり、星配の濃い所から薄い所へ自ら流れようとするからだ。

 白抜炙がたった一枚の符で水の大禍を龍脈に流せたのも、この性質を利用したからだ。


 故に、『金紋は猟の三方に通ずる』と言われる。

 紋を打てば木を斬り、体に纏えば疲れを忘れ、紋を呑めば傷を癒す。

 金の一紋で、斬る、歩く、治すという、森での行動に必要な条件を満たす事が出来るのだ。


 火紋は、森では金紋よりも使われない。

 当然の事ながら火は木を焼き、燃え広がるからだ。

 広がった炎に、自分が焼かれては目も当てられない。


 故に呪紋士の中でも、旅をする者や少数で森に入る者は、金紋を修める。


陽赤星呑(ヨウセキセイドン)……」


 決勝に来てようやく、朱翼は火紋を本来の形で使用した。

 相手も小手調べか、速唱せずに丁寧に呪紋を編んでいる。


「《刃打(ジンダ)》!」

「《九灼(クジャク)》」


 土から金属の刃が生成されて迫るが、朱翼が自身の前に立てた扇形の炎壁によって溶け去る。

 相手に慌てた様子はない。

 彼女が火紋を使う事は、手合わせの前に確認されている。


 相手の次の手は、速唱だった。


(カノエ)顕現、金霊招来(ゴンリョウショウライ)下抜上足(ゲバツジョウソク)

「招来呪……」


 思わず、朱翼は呟いた。

 相手が使ったのは、彼女がまだ修めていない呪紋種の一つだった。

 朱翼の声を聞いてにやりと笑い、相手は呪を終えた。


「汝、《酉非(トリニアラズ)》!ーーー名代、赤銅(シャクドウ)!」


 白紋が腕を離れて宙に陣を描き、そこから魂魄が出現した。


 四魂七魄が招来されたモノの体幹を成し、大きく膨れて現出したのはーーー赤銅の毛を持つ、猿に似た妖魔だった。

 

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