第11節:メイアの理由
朱翼達は、順調に勝ち上がった。
一度決めてしまえば、順番は変えられない。
朱翼は既に目立ってしまったが、なるべく余分な事をしないように立ち回っていた……つもりなのだが。
「呪紋士は普通、接近戦に持ち込まないし、相手の呪紋を事前に掻き消したり出来ないし、速唱呪であんな威力の呪紋は使えないし、戦闘中に呪符作って罠を仕掛けたりもしないから!」
「……すみません」
最早メイアのお説教は、試合が終わるたびの恒例になっていた。
規則を守って火紋しか使っていないのに、最早会場で朱翼を知らない者はいなくなっている。
今も遠目にひそひそと話す人の姿が見えて、朱翼は目を逸らした。
そんなこんなで予選決勝である。
組み分け上位二組が決勝進出の為、既に参加権は獲得している。
これ以上、無理をする必要はないのだが。
「どうせもう、朱翼は目立ち過ぎだから。どうせなら、このまま勝ちましょう」
「それは良いですが、このままだとメイアさんが一度も手合わせをしないまま終わってしまいますが……」
「私は楽だから良いけど……冗談よ。怖い目をしないで。貴女を先鋒にしたのは失敗だったかしらね」
頬に手を当てて、溜息を吐くメイア。
そう言えば、メイアがこの試紋会に参加した理由を聞いていなかったと思い、朱翼は訪ねた。
「……友達がね。出たがってたから」
小さく言うメイアに、朱翼は首を傾げる。
「その友人は、参加出来ない事情が?」
「……殺されたの。犯人はまだ見つかってないわ」
朱翼は、自分の不躾さを申し訳なく思い、頭を下げる。
「踏み込んだ事を聞いて、申し訳ありません」
「良いの。謝らないで。言ってなかった私が悪いんだから」
メイアは言い、事情を説明してくれた。
「彼女、屋敷の中で殺されたの。詳しい状況は分からないけど、自室でね。どうやって忍び込んだのかも分からないそうよ」
「その方も貴族だったのですか?」
メイアは頷いた。
眉根を寄せて、悔しさを覚えているのがありありと分かる。
「良い呪紋士だったのよ。金紋が得意で。金術で人を癒す呪医になるのが彼女の夢だったの。学長の研究を手伝ったりしてて、賢い子だった。さっきのセミテとも結構仲良くしてたのよ。喧嘩も多かったけど」
セミテ。先程の自信満々だった少年だ。
「……男の趣味は良くなかったんですね」
朱翼の物言いに、メイアはくすりと笑った。
「失礼よ。同感だけど」
その口調に、話して少しは気分が晴れたのだろうか、と朱翼は思った。
彼女は、昔の錆揮くらいに分かりやすい。
「私、その子と凄く仲が良かったの。だからセミテに少し嫉妬してた。取られたような気がしてたのかもね。でも、セミテはあまり気にしていないみたいで」
それでも話す内に勝手に暗くなっていくメイアに、朱翼は首を横に振った。
「強がっているだけなのかも知れませんよ」
「え?」
「世の中はメイアのように、感情表現が得意な者ばかりではないのです」
朱翼は、自分の胸に手を当てた。
彼女はきっと、憂いなく伸びやかに育ったのだろう。
それを羨ましくは思うが、朱翼は我が身に引き合わせて不幸を嘆いている訳ではない。
ただ、彼女はあまりにも素直過ぎて、たまに危なく感じるだけだ。
目に見えるものだけを、信じてしまいそうな危うさ。
「私のように。何を考えているのか分からない、と言われる人間もこの世にはいます。屈折した想いを抱き、それを素直に表せない者も。セミテさんは、こうした事に興味のある方だったのですか? 腕試しのような事に」
「ええと……いえ、どちらかと言えば頭でっかちの部類だわ」
朱翼の感じた印象と変わらない。
メイアはセミテを真ん中くらい、と評したが、呪紋の練度はともかく、他に手合わせした者達に比べると、あまり戦い慣れをしていない様子に見えた。
「なら、もしかしたら、彼はメイアと同じ気持ちで、この試紋会に参加したのかも知れませんよ」
言われて、メイアは驚いたような顔をした。
人の気持ちを慮る、という事があまり得意ではないのだろう。
素直に気持ちを口にして、それが許されるような環境があったからだ。
「喧嘩も多かった、と言いましたね。あの性格ではそうだろうと思います。だったら、好意だって素直に口には出来ないでしょうし、試紋会へ参加する理由だって、きっと誰も知らないんじゃないでしょうか」
「そんな風に……考えた事はなかったわ」
メイアは、自分の不明を恥じている様子だった。
「でも、そうね。見た目で分からないからって、何も感じていない訳じゃ、ないのよね」
「そうです。そんな事を言ったら、私なんて覆面です。周りからは表情も分かりません」
顔を見せていた所で読めない、と言われるが、それは別に今口にしなくても良い事だろう。
「スイキ。貴女って、もしかして私より年上なの?」
「正確な年齢は分かりませんが。恐らく十六かその位かと」
メイアは、逆に固まってしまった。
「……私、もうすぐ十八なんだけど」
「そうなのですか?」
周囲に年頃の似た相手など錆揮くらいしかいない朱翼は、自分が周りと比べてどれ位変わっているかなど考えた事はなかった。
「貴女って……やっぱり変」
結局、そういう結論らしい。
だから、朱翼もいつものように答えた。
「よく言われます」




