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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第10節:予選開始

「予選は、一対一の勝ち抜き戦よ。先に相手(チーム)を全員倒した方の勝ち」

「先に二人倒せばいいのですね」

「そう。模擬戦で私とやった事をやればいいわ」


 朱翼は頷いた。

 問題なく予備審査を通った朱翼は、メイアと共に会場入りしていた。


 学園の広場に設置された野外の闘技場で行うようで、本戦よりも小さい円形が幾つか描かれていた。


 数十人いる予選参加者は、大半が若い。

 理由は単純だった。


「学園に所属する教員以外の呪紋士候補生は、予備審査を受けずに参加が認められているの。腕試し感覚でね」


 野の呪紋士はそう多くない。

 素養に加えて、相応の知識を持つ師に学ばなければ、そうそう扱えるものではないからだ。


 市井にも、幾つかの呪紋学舎はあるが、最高峰である学園に所属する呪紋士程の練度を持つ者は少ない為、大半が学園の呪紋士と陰魔狩りを生業とする呪紋士で占められるという。


 予選第一戦の相手は、学園の呪紋士だった。


「げ。メイアかよ!」

「ツイてねぇ……」


 どうやら相手はメイアと顔見知りのようで、こちらの顔を見て慄いていた。


「知り合いですか?」

「うん……」

「随分と恐れられていますが」

「一応、これでも成績優秀だから、私……」


 視線を逸らして歯切れの悪いメイアだが、その理由はすぐに判明した。


「お前、今回はちゃんと制御しろよ!?」

「熱くなって周りを巻き込むなよ!?」

「うるさいわね! 分かってるわよ!」


 相手の物言いに、怒鳴り返すメイア。

 朱翼は納得した。


 メイアは、呪紋に込める呪力や、扱う呪紋の大きさに反して制御が甘い。

 五行素の選別にも無頓着だった為に、場に含まれた五行素が扱う呪紋に適している時、本人の予想以上の効力を発揮してしまうのだろう。


 まだ学生の身で、自身で制御出来ない程の呪紋を扱えるという時点で彼女の才覚が際立っている事が伺えるのだが……内情を知らなければ未熟にしか見えないに違いない。


「スイキ。どっちが先鋒をやる?」


 不安そうなメイアに、朱翼は答えた。


「どちらでも。……大丈夫ですよ、メイア。貴女の呪紋精度は、たった三日でしたが初等の呪紋なら完全に制御出来る段階です。不安に思う事はありません」


 朱翼の言葉に、メイアは頷いた。


「そこは別に大丈夫よ。私が気にしてるのは、他の事」

「何でしょう?」

「貴女の事よ、スイキ」


 メイアの真剣な目をまじまじと見返すと、メイアは続けた。


「貴女を試紋会に巻き込んだのは私なんだけど……本当に良いの? 貴女は素晴らしい呪紋士だわ。きっと、教師陣でも相手にならないかもしれない。ーーーだからこそ、こんな所で目立ってしまうと、今後、厄介事に巻き込まれてしまうかも知れない」


 メイアの懸念に、朱翼は自分の過去を思い返す。

 鳥の民と呼ばれて、颯達、酉の民が住んでいた浮島という場所にすら存在しない、朱髪の自分自身。


 自らの生まれの為に養父を殺され、同じく自分を狙って【鷹の衆】を襲った皇国の領内に居て。

 朱翼は、自らが置かれている状況の危険さを、改めて振り返った。


 【鷹の衆】の里より南に下りていくと、龍脈が南西に向かった。

 それを、大禍の痕跡を辿って行き着いたのが、このミショナの街だ。


 龍脈の本筋は街の脇を通って大森林へと消えていて、どうしてもそこを通る準備にお金が必要だった。

 やむを得ないとは言え、皇国に所在がバレてしまえば……たった五人しかいない自分達では、抗し切れないだろう。


 しかし。


「厄介な事には、既に巻き込まれています。それは私自身にはどうする事も出来ない事情です。ですが、私には目的があります」


 白抜炙(シラヌイ)との再会は、朱翼にとって何よりも優先すべき事。

 そして朱翼は、既に決めている。

 二度と奪われない為に、強くなるのだと。


「危険だから、と恐れ、遠ざかるだけでは、私は何も得る事が出来ないのです。既に私は、自らの無力さ故に、私にとっての核とも言うべき主を奪われています」


 危険だから、と。

 より強くなれるかもしれない、呪紋に対する理解を、理に関する知識を深める事が出来るかもしれない機会を、みすみす失う訳にはいかないのだ。


 危機は、退ける。

 敵は排す。

 自ら危険を作り出す気は毛頭ないが、朱翼は己を貫く為の障害がそこにあるならば、それを断じる覚悟を定めていた。


「なるべく目立たないように気をつけますよ、メイア」

「なら良いけれど……」

「先鋒は私がやります。あの方達は、学生の中でどの位の使い手ですか?」

「真ん中位ね。厄介な特性なんかも持ってない、と思うわ」


 ならば、丁度良いだろう。

 彼らを見極めたら、学生の参加者に関してどの程度警戒が必要かを図れるという事だ。

 メイアには悪いが、彼女が学園の中でも上位という言が正しければ、なるべく目立たないように勝つ方法は幾らでもある。


 朱翼が前に出ると、一人はあからさまにほっとし、もう一人は少し警戒を見せた。

 多分、警戒を見せた方が強い。


 未知の相手が、既知よりも先に出たからと言って、既知よりも弱いという判断材料にはならないのだ。

 予想通り、ほっとした方が先に出て来た。


「お前、よそ者だろ? 学園の呪紋士の技量(レベル)を見せてやるよ」


 金髪の少年は、挑発するように言うが、朱翼は無視した。


「スイキさん。使用紋を定めて下さい」


 審判役が言うのに、朱翼は首を傾げた。


「どういう意味でしょう?」

「予選では、一系統の紋を基礎として使用する事が定められています。貴女は基紋を刺しておられないので、事前に宣言して下さい」

「基紋を刺してないだぁ? おいおい、そんな程度で試紋会に参加したのかよ! メイア、こいつ大丈夫かぁ?」

「自分で試しなさいよ」


 金髪少年が馬鹿にしたように言うと、周りで見物している他の参加者からも笑い声が上がる。

 どこかうんざりしたようにメイアが答えるのを見ると、彼女はあまりこの少年が好きではないのかも知れない。


「セミテさん。私語は謹んで下さい」


 審判役が静かに言い、セミテと呼ばれた少年が口を曲げた。


「では、火紋を基礎とします」


 朱翼が答えると、周囲のざわめきが大きくなった。

 セミテと言う少年は、ますます馬鹿にした笑みを見せて、これみよがしに自分の右腕を振る。


 刻まれた基紋は、水の紋。

 メイアと同じだ。

 彼も、戦場呪紋士を目指しているのかもしれない。


 水剋火の関係から、水は優位。

 同じ威力の呪紋を打てば、朱翼が負ける。

 そんな基礎も理解してないのか……とでも考えているのだろう。


「では、始め!」


 審判役の宣言と共に、二人は同時に腰の袋に入った式粉を撫でた。

 セミテは人差し指で白式粉を取っている。


 それを冷静に観察しながら、朱翼はメイアの事も思い返していた。

 彼女も、人差し指で白式粉を舐めていた。

 運指という技術の大切さを、学園では教えていないのかもしれない。


 運指、というものは。

 五行対応の指で対応色を舐める事で、より吸い上げる呪力の選定を明確にする基礎技術だ。


 水の対応指は、小指。

 火の対応指である人差し指で舐めとっては、五行相剋によって威力が損なわれる。


 確かに小指で描くよりは正確に紋を描けるだろうが、その正確さを養う為に運指の訓練を行うのである。

 反理の者に、道理なし。


 師は恨み深いが、彼によって骨の芯まで叩き込まれた論理の大切さには、朱翼は感謝していた。


 恐るるに足らず。

 朱翼は、セミテをそう結論付けた。


「《水槍(セイデント)!》」


 ―――五行術が一、水の中級紋。


 なるほど、呪紋の発動速度はそこそこだ。

 しかし、込められた呪力、呪紋の精度、共にまるでなっていない。


 鋭く現出した水の槍が朱翼に迫るのに対し、朱翼は掌をかざした。


(ヒノト)顕現。《戊分辰星》」


 ここ最近、水呪を相手にする事が多い為か、すっかり唱え慣れてしまった相剋呪によって、水槍が消滅する。


「は!?」


 セミテだけでなく、周囲までもが、その状況に固まった。

 朱翼は軽く踏み込むと、セミテ懐に潜り込んで指先で首飾りに触れる。

 呪力を流し込むと、首飾りが光った。


「終わりです」


 宣言して審判役を見ると、審判役も固まっていた。


「どうされました?」


 朱翼が首を傾げると、セミテが怒鳴った。


「おま、ふざけんなよ! 反則じゃねぇか!」

「……反則?」

「火紋じゃねーのかよ! 何で土の相剋呪だよ!」

「……火紋で、土の相剋呪を使用しましたが」

「出来る訳ねーだろ、そんな事が!」


 戸惑ってメイアを見ると、メイアが頭が痛い、とでも言いたげにこめかみに指を当てていた。

 

「スイキ」

「はい」

「あのね。反転紋なんて、普通、呪紋描く時に使わないから」

「「反転紋!?」」


 周囲と審判役から驚きの声が上がる。


 反転紋。

 それは、弥終の使用している戦槌【震山(シンザン)】に刻まれている土紋のような、導具を作る為の技術だ。


 印鑑を見れば分かるが、印を押す為には押面に反転した文字を刻んでおく必要がある。

 普通に導具に紋を刻んでしまうと、叩きつけた時に逆転した紋が刻まれてしまい、呪紋が発動しないからだ。


 反転した紋を使用すると、込めた呪力の種類によって元来とは逆の効果が現れる事がある。

 火の相生紋―――木によって火を顕す紋―――を逆転させると、相生が相虚侮(ソウキョブ)となり、金の相虚紋に。

 火の相洩(ソウロウ)紋―――火によって土を顕す紋―――を逆転させると、相洩が相剋となり、土の相剋紋に、という具合だ。


 朱翼は、その特性を利用して反転紋を描く事で水剋土を発生させたのだ。

 しかしその技術は、普通、刺紋士中でも、特に紋具作りを志す呪紋士位にしか必要のない技術なのだ。

 理由は単純、普通に紋を描く方が楽で早いからである。


「ええと。すみません、スイキさん。その、反転紋を描いて見せてくれますか?」


 疑わしい目を向ける審判役に、朱翼は紋を描いて見せた。

 発動してほしい、と呪紋で水溜まりを審判役が作り出したので、相剋紋を当てると水が消滅する。


 周りはついに沈黙に包まれた。


「彼の玉を光らせたのは、どうやって?」

「呪力を直接流しました。近づける相手なら、呪紋を当てるよりその方が早いので。怪我もしませんし」


 最早絶句である。


「スイキの常識と自分達の常識の差を、私、まだ侮ってたみたい。いや、私は前に見てたから、注意しなかったのが悪いのかも知れないけど」


 朱翼の規格外さを知っていた筈のメイアは、責めるような目で朱翼を見た。


「……誰が、目立たないって?」

「すみません」


 微かに理不尽さを覚えながらも、朱翼は謝った。


 少しの間協議があり、結局、朱翼の勝ちが宣言される。

 朱翼を警戒していた方は、そのまま辞退した。

 














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