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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第9節:予備審査

「いやー、助かったのよ」


 颯は無陀の持って来た金を受け取って、ほくほくと笑みを浮かべた。


「これで宿に泊まるのにも困らねーのよ」


 朱翼達は、街中にある宿屋に一先ず居を構えていた。

 東区画の中でも、学園に近い側だ。


 メイアも一緒に泊まっている為、多少割高だが治安が良い地域を選んだ。

 今は学園が休暇中らしく村に戻っていたが、本来は学園の寮に住んでいるという。

 朱翼達は、宿の一階にある食堂に集まっていた。


「それで、これからどーすんのかねぇ?」


 無陀の質問に、メイアが答える。


「試紋会まで五日あるわ。三日後に一度予備審査があって、それに通れば本大会予選。翌日に本戦。さらに翌日に決勝があって、試紋会は終わり」

「予備審査というのは?」


 朱翼が質問する。


「本当に呪紋士かどうか、後は本人の練度を教員が見るのよ」

「朱翼は通るんかねぇ?」


 無陀の質問に、メイア苦笑した。


「学園の入学試験に受からなくても通る程度の審査よ。朱翼が通らない筈がないわ」


 昨日の夜も朱翼と共に手合わせをしつつ呪力の吸い上げについて学んだのだが、メイアは朱翼の練度に舌を巻いた。

 教師陣ですら、多分野に渡る知識では及ばないかもしれない程に広範に、朱翼は呪紋について深い理解を持っている。

 彼女の師である須安(シュアン)というのは何者なのか、名前も聞いた事がないその人物に、メイアは一度会ってみたいと思っていた。


「試紋会の間に、呪具やあなた達が必要な品を揃えましょう。私の手助けは必要ないかもしれないけれど」

「そうさなぁ。学園のツテで刺紋について詳しい、信頼出来る人が居れば誰か紹介して欲しいねぇ。俺や弥終の呪紋もそうだけど、ちょっと錆揮を見てもらいたいんだよねぇ」

「ショウキを? 何故?」


 メイアは錆揮を見たが、紋を刺している様子はない。


「ちっとねぇ、事情があんだよねぇ」


 無陀がはぐらかすのに、メイアはそれ以上何も言わなかった。

 詮索したい訳ではない。


「分かったわ。少し知り合いを当たってみる」

「助かるねぇ」


 相談を終えて、無陀達は街へ出かけた。


 残った三人は宿の部屋に場所を移す。

 そして朱翼は寝台に、颯は床に胡座をかき、烏は長椅子に座った。


「聞かせて下さい、颯。あなたが、朱の目を持つ人々について知っている事を」

「そんな大した話じゃーねぇがよ」


 颯は膝に肘を立てて頬杖をついた。


「俺達は酉の民を名乗っていてよ。神代から伝わる風切で空を駆けて暮らしてるのよ」


 その酉の民の中に、姓を持つ者達がいるという。


「朱目は、幾つかの浮島に広く住む一族の特徴でよ。朱目はかつて地に堕ちた大浮島【迦楼(カロウ)】に在った神、その一族の血を引く証なのよ。その一族は、姓を「()」と名乗っとるよ」

「……羅」

「そう。羅の古き一族は皆、神の末裔でよ。混じって血が薄くなったから外見はほとんど我らと変わらねーのだけど、たまに朱目を持つ子が生まれるのよ。呪に長けているので、一族でも浮島の長らになる事が多いのでよう、何人か島に来た時に会った事があるのよ」


 颯の話は、朱翼が白抜炙に聞いた話と近しい。

 【堕ちたる神の都】の一族。

 朱の目に、朱の髪。


 そして地上でも、いずこかへ姿を消した。


「朱い髪の者には……会った事がありますか?」


 逸る気持ちを表に出さないよう努力しながら問い掛けるが。


「さての。俺は聞いた事がねー話よ。朱の髪は真なる神の証とも言われるよう。一鳥群龍にして呪力甚大なる者。我らの崇めし女神もそのような眼色髪色だったと聞いたよ」

「その、女神様は、何と?」

朱鳥(スニォ)、あるいは迦羅(カラ)様、とお呼び奉るよう」


 颯は、言ってから首を傾げる。


「でも、それがどうかしたかよ?」

「知りたいのです。全てを」

「と、言ったところでよう」


 颯は困ったように眉根を寄せた。


「神にまつわる話は、一族の秘話よ。追われた身とはいえ、軽々しく口にしては一族の矜持に傷がつくよう」


 朱翼は一度目を閉じて、烏を見た。


「烏。明かしても良いですか?」

「お勧めはしないわ」

「ですが、彼は信頼に値する人物に見えます」

「止めはしない。良い、朱翼」


 烏は腕を組んだまま、朱翼を見つめた。


「我らは【鷹の衆】。その誇りに誓って、心にもとらぬよう、全ては自身で決めるのよ」


 朱翼は頷いて、頭布を巻き取る。

 現れた髪色を見て、颯は呆然と目を見開いた。


「教えて下さい、颯。貴方達に伝わる伝承を。きっとそれは、私の先祖達にまつわる話だと思うのです」


※※※


 朱翼が、颯と話をしてから三日後。


「四十六番」


 学園内にある建物の一室で待機していた朱翼は、自分の番号を呼ばれて立ち上がった。


 外に出ると、そこには数名の試験官と見える教員達が、長机に紙を置いて、並んで座っていた。

 並べられた的があり、焦げたり濡れたりしている。

 先の参加者達の手によるものだろう。


「貴女の呪紋の練度を見ます。五行呪の内二種を使用して私達に見せて下さい。同時でも別でも構いません」


 進行役らしき教員が言う。

 朱翼は試験官達を一瞥して、中央の人物が最も偉いと見当をつけた。

 長く白い髭の、仙人のような人物だ。

 深い色合いの目は、何を考えているのかは分からない。


「的は使った方が宜しいですか?」

「自由です。練度を示せるのなら何でも構いません」


 朱翼は頷いて、二種の式粉を手に取った。

 慣れた紋を腕に描き、詠唱する。


戊壬(ボジン)顕現.練形磨成.《鷹ノ爪(タカノツメ)》」


 その手で地面を撫でると土気と水気が地面を走り、顕した理に従って手の中に馴染んだ感覚が現れた。

 進行役の試験官の前に歩み寄り、朱翼は長机の上に、作り出した石裂を置いた。


「これは?」

「呪紋で作り出した道具です」


 訝しげな試験官に、朱翼は答える。

 黙ってそれを手に取った試験官は、戸惑ったように周りを見た。


「その……私は練度を見せて欲しいとお伝えした筈ですが?」

「? はい」


 噛み合わない二人に、仙人のような試験官がそれを手に取った。


「学長?」


 学長らしい。

 面白そうに石裂を眺めた後、学長は試験官の一人を側に呼んでそれを手渡した。


「見事だぞ」


 渡された、いかにも研究者という風体の試験官は、石裂を見て顔色を変えた。


「これを、今作ったのですか?」

「はい」

「媒介は!?」

「何も。この場にある土で作りました」

「馬鹿な……。それでこれほど精密に石器を作り出すなど……」


 試験官が呆然と言う。


「何をそんなに驚かれているのです?」


 訝しげな進行役に、試験官は唇を震わせると、朱翼と同じような呪紋を唱えて、同じような形のものを作り出した。

 見た目は瓜二つ。


 それを、試験官は両方、長机に軽く突き立てた。

片方は滑らかに刺さり、片方鈍い音を立てて突き刺さる。


 次に試験官はそれを引き抜いて、朱翼の作り出したものを机に置き直すと、自分作ったものを突き立てる。


 砕け散ったのは、試験官の作り出した石裂だった。


「これだけの靭性と密度、を持つ石を作り出し、水の紋によって鉄に劣らぬ刃に研磨したのです。練度? 十分すぎる程でしょう。私が彼女に、錬成術についての教えを請いたい位だ!」


 驚く進行役をよそに、興奮した面持ちの試験官が朱翼に話しかける。


「なぁ君、いや、朱翼さん(ミス・スイキ)と言ったか? ちょ、ちょっとだけ私と話を……」

「ホム師。今は試紋会の予備審査の最中です。後になさい」

「ですが……」

「不正監査の対象になりますよ」


 学長の言葉に何か反論しかけて、結局試験官は口を噤んだ。


「……分かりました」

「試紋会が終わった後なら良いでしょう。朱翼さん。試紋会後、少しだけお時間を頂けますかな?」


 学長の言葉に、朱翼は戸惑いながらも頷いた。


「では、結果は後でお伝えします。お疲れ様でした」


 学長の言葉に頭を下げて、朱翼はその場を後にした。


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