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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第二章 悪龍編
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第8節:風切の颯

「俺は(ハヤテ)という名だよ」


 どこか独特な語り口の少年は、受付を済ませた朱翼達と露天で腹ごしらえを終えてから、自己紹介してくれた。


 場所は、ミショナにあるイム河の支流に当たる川の川岸だ。


「雲の上から来たもんだよ」

「雲の上……貴方は神なのですか?」

「まさか。単に空に住んでるってーだけのことだよ」


 朱翼の問い掛けを、颯は否定する。


「俺の一族は南の浮島に住んでてよ。故あって一族の掟に触れたせーで、俺は雲下国に去らねばならんかったのよ」


 颯は悲壮感のない口調で、自分の脇に置いた紋具を叩く。


「これは風切(カザキリ)。こちらにはねーらしいが。真ん中に玉が埋まってよう? 飛玉てーのよ。これに呪力を込めて風に乗る具物よ」


 素材のよく分からない、黒く滑らかな二枚の板と取手のある本体。

 その中心部にあるのが、巨大な青い宝玉で、本体と板には穴があり、竜の髭とおぼしきもので結ばれている。


「確かに、珍しいものですね」


 宝玉を覗き込むと、中に紋が見えた。

 風紋らしいが、精密で複雑極まりない紋様に、朱翼は驚いた。


「この紋はどなたが刻まれたのですか?」

「さての。我が島に秘蔵されていたものでよー。いつから在るのか、古のそれよ。普通の風切は削り鑢した板に荒縄を結ったもんでよ。これ程風に乗りやすいってー代物は、さて、竜の背の上くらいなものよ」


 どこか自慢気に言う颯に、朱翼はうなずいた。


「神具なのですね」


 人の手では再現出来ない優れた紋具。

 神の手になるものと言われているそれらの紋具は、作り方すら解明されていないものが多い。


「この槍も兜も同様。恐らく竜骨より作られたのだろーものよ」


 赤い房のついたそれらを示し、颯は朱翼に言った。


「しかし雲下国では様々な物事が浮島とは異なるよーでよ。銭とやらがないと物もくれん。食うもんと水は森に飛びゃーなんとか手に入るが、さて夜露を凌ぐに難儀するのよ」

「浮島には、通貨がなかったのですか?」

「これをやり取りしとろーよ」


 と、颯が取り出したのは飛玉を小さくしたような色とりどりの玉だった。


「見せていただいても?」


 朱翼が訊くと、颯は一つ差し出してくれた。

 彼女はそれを見てうなずくと、メイアに渡した。


「何?」


 メイアが受け取ると、朱翼は言った。


「高価な呪具の素となる五行石です。小粒ですが、どこかでお金に変えられるのでは?」

「え? あ、本当だ……ん?」


 メイアが何かに気付いて、それを光にかざした。


「ちょっと、これってもしかして、物凄く純度の高いものじゃないの? ほとんど中に曇りがないんだけど!」

「お? それ、金代わりになるってーのよ? 立ち寄った村じゃー、交換してくれなかったのだがよ」

「そりゃ、呪紋士か貴族以外には価値のないものだから……。でも、これどのくらいあるの?」

「こんくらいよ」


 颯が腰に下げた大きな袋を叩く。

 メイアの顔が青ざめた。


「それだけの量の高純度五行石って……贅沢しなければ、一生遊んで暮らせるわよ」

「そんなにかよ!?」


 颯は顔を輝かせた。


「ど、どうすれば金に変えれるのよ!?」

「呪具屋に持っていけば引き取ってくれるだろうけど……下手なところに持って行ったら買い叩かれるわね。お父様を通すか……ねぇ、カラス達にはそういうツテはないの?」


 困ったように問いかけるメイアに、烏は顎に手を当てて考え込んだ。


「そうね。一分を取り分にしてくれるなら、最適な人物がいるわ」

「構わねーよ」


 あっさりと頷く颯に、朱翼は呆れた。


「少しは疑わないのですか?」

「何をだよ?」


 きょとんとする颯に、朱翼は言う。


「私達が高価なものを騙し取ろうとしているとは、考えないのですか?」

「思わねーよ。そういう連中は、もっとずる賢い目をしてるだろーし、わざわざ訊かんだろーよ」


 言いながら、颯は兜を叩いた。


「それにコイツが、俺の危険を知らせてくれるものよ。あんた達にゃーこれが反応してねーもんよ。だから安心だよ」


 そして、颯はニヤリと笑う。


「それに朱翼は、俺に何か聞きてー事ぞあるんだろよ? まだ聞いてねーのに、騙すような真似はしやーせんだろーよ。何なら、交渉が終わって金に変えてくれてから、話しても構わねーよ? 騙す気がねーんのならよ」


 颯には、最初に思ったより物事が見えているらしい。

 朱翼はうなずいて、烏に訊いた。


「それで、アテというのは?」

「無陀よ。朱翼は知らないでしょうけど【鷹の衆】で交渉ごとがある一番上手いのは彼なのよね」


※※※


 斡旋屋と共に挨拶回りに行った場所に、無陀は翌日再び、錆揮伴って訪れた。


「よぉ」

「二日連続とは珍しいな」


 迷路のような東区画に居を構える男は言った。

 店の看板などは出していない。


 ここは裏問屋だった。

 斡旋屋と表裏を成す組織で、表向きの取引に不都合のある品を取り扱う店だ。


 昨日、無陀はここに錆揮の面通しをした。

 旅をする以上、常に不測の事態は起こりうる。


 烏と弥終は朱翼の護衛に付けておく必要があり、自由に動けるのが無陀だけでは何かと不便だ。

 そこで、最近落ち着きを見せていて、万が一が起こっても自力でなんとか出来る錆揮を、無陀は自身の予備に選んだ。

 元々利発ではあったし、年齢的な経験不足という甘さを抜きにすれば、臆病な程に慎重な錆揮だ。

 役割を与えれば自分以上に成長するかもしれない、と無陀は考えていた。


「これを鑑定して欲しくてねぇ」


 無陀が差し出したのは、颯の持っていた五行石。

 裏問屋の店番を任されている男は、その純度の高さに息を呑んだ。


「おい、なんだこれ。高位の陰魔狩りでもやって来たのか?」


 霊獣は、死して肉体が呪力の結晶となる事がある。

 特に高位のモノは、生物というよりも自然に近く、その確率が高い。


 代表的なものが龍だ。

 年経た龍は、自然現象そのものとも言えるような多大な呪力を宿している。

 勿論、狩ろうと思えば、逆に狩られる事の方を心配しなければならないが。



「出所は言えねーねぇ。そういう場所だろ、ここは」


 錆揮は後ろで黙っていた。

 まずは見て覚えろ、と無陀に言われているからだ。


「つっても、こんだけのモンだ。うちの金庫にある分の金じゃ賄えねぇぞ」

「一部で良い。別に換金を急いじゃいない。そうさな、こんくらいでどーかねぇ」


 無陀は袋から何粒かを取り出すと、卓上の算盤を弾いた。


「一粒、金貨で十」

「高ぇよ!」


 金の価値は、賎貨十に対して銅貨一。

 大体、日雇い一人が四日、生活出来る金額だ。


 銅貨十に対して銀貨一

 町職人の一月の給料に当たる。


 銀貨十に対して金貨一。

 貴族の町役人の給与程度。


 貨幣価値はその位だ。


「小粒だろ。金貨、一だ」


 男が算盤を弾き返した。


「純度を見ろよ。金貨九に、銀貨五だ」

「お前、大粒の五行石でもそんな行かねぇよ。金貨、二で妥当だ」

「おいおい、そりゃ原石の話だろ。これは磨かれてる。加工の手間考えたら金貨で八は下らねーだろうねぇ」

「ムラがあんだよ。一律引き取りにゃ無理があんだろ。金貨で、四」


 ぱちぱちと、軽やかな音の攻防が卓上で行われる。


「ムラたって、それでも高位の呪具が作れる純度だろ。纏め売りにしたって金貨七だーねぇ」

「取引先が限られる。捌くのだってタダじゃねぇんだ。手数料引いたら金貨五。まからねーぞ」

「ふざけた事は言うもんじゃねーねぇ。お前らにゃ大口の取引先が街のど真ん中にある。金貨六に銀貨五だーねぇ。これ以上ゴネるんなら、別の窓口に持っていって良いってー話だーねぇ」


 男は舌打ちした。


「金貨六に銀貨三。今出せる額はこんだけだよ。それ以上言うなら、数減らせ」

「毎度あり、だーねぇ」


 無陀は手を打った。

 実際、そこまで無茶な要求ではない。


 裏問屋には加工のツテもあるのだ。

 もし仮に呪具として売りに行くのなら、最初に無陀が提示した金貨十を軽く上回る利益が出る。

 原価で換算するなら、ボロい儲けだ。


 利益の四割で手を打ってくれたなら、譲歩してくれた方だろう。


「この強欲が」

「どっちが。また来るかもしんねーから、金庫に金は多めに持っとく事だーねぇ」


 代金を受け取って、無陀はその場を後にした。


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