第7節:学園都市ミショナ
朱翼達は翌日、ミショナの街を訪れた。
和繋国内にある皇国領。
ミショナはその中でも、那牟命の住まう王都に近い前線都市だ。
呪紋によって形作られた外壁の内側は太い大通りが十字に走り、その両脇に露店商の市場が並ぶ。
朱翼達は、メイアに連れられて大通りを歩いていた。
無陀と錆揮だけは姿が見えない。
斡旋所と、挨拶に行かなければいけない所があるらしい。
「大通りの交わる中央にあるのが、ミショナの学園よ。他には、皇国に近い西の外壁近くに役所や領主館邸があるの」
「他は?」
「開拓都市だから、基本的に建物の建て方は乱雑ね。慣れてないと迷子になるわよ」
朱翼は、大通りを歩いているだけで迷子になりそうだった。
人が多すぎて酔いそうだ。
烏と弥終は何度か来た事があるらしく、さりげなく朱翼を周りから守るように歩いてくれた。
目で謝意を示すと、烏が微笑んで首を小さく横に振った。
メイアによると、斡旋所などは東区に存在しているそうだ。
基本的に、東側は治安の悪い地域になるらしい。
「ミショナは、呪紋が盛んとは聞いていましたが。本当に呪紋関係が街の中心なのですね」
朱翼の言葉に、メイアはうなずいた。
「皇国と和繋国との条約は、呪紋技術の相互提供なの。だからまず出来たのが学園。そして呪紋に関する研究は、学園内で行われてる。その回りに人が集まった都市が、ミショナよ」
朱翼は納得した。
呪紋士の育成を目的とした学園の運営はあくまでも副次的な要素であり、実際は研究機関という訳だ。
メイアはさらに言う。
「ミショナの学園は、皇国、和繋国内部でも特に優れていると言われる呪紋士達が教師陣として名を連ねているわ。その中でも、学長に任じられているアジ・ンラ=ダマーンド様は特に高名よ。知っていて?」
朱翼は、知らない、と素直に告げた。
彼女が住んでいた山や村は、本当に辺境と呼んで差し支えない土地だった。
自分は、呪紋以外の事を何も知らないのだと痛感していた。
「アジ学長は、陰陽五行術の一、『招来術』の第一人者と言われているわ。今まで招来した中でも特に高位にあるのが、皇国軍四団長の乗騎たる四将獣に並ぶとも言われるモノ」
メイアは、どこか憧れるように告げた。
「―――吉凶の霊獣、『九尾』を従えているわ」
「九尾の狐を?」
朱翼が驚くと、メイアは楽しそうにうなずいた。
「そう。仁ある者に優れた知恵を、仁なき者に傾国の革命をもたらす霊獣。理を究める道を歩む者に、この上なく相応しい片翼だわ」
話す内に、学園に着いた。
その巨大さに、朱翼はしばし言葉を失う。
「凄い……」
「でしょう?」
学園は街の発展の要であり、同時に領内最高戦力を有する場所。
そこに逆らうような愚か者は存在しないだろう……と朱翼は思ったのだが。
「参加出来ないって何だよ!大会やっておるのだろーよ!?」
「参加規定に書いてありますよ。二人一組、呪紋士のみです」
「読めねーのよ!」
「それは我々の知った事ではないですね……」
赤い髪飾りの兜を被った、日に焼けた肌の少年が、試紋会の受付に噛みついていた。
上半身は薄い袖なしの服、下半身は龍鱗の靴に麻の筒衣を履いている。
手に、見慣れない巨大な紋具とこれも赤い房のついた槍を持っていた。
「何事かしら?」
メイアが眉をひそめて言ったが、朱翼にその答えが分かるはずもなかった。
「嘘だろよ……賞金を当てにしおったのによー……」
がっくりと肩を落とす少年を見ながら、烏がメイアに訊いた。
「試紋会は、賞金が出るの?」
「ええ、上位三組にね」
朱翼も話に入る。
「山分けで?」
「あげるわよ。別に私にはお金必要ないもの」
メイアが苦笑し。
「一度くらい言ってみたいわね」
「全く」
烏と朱翼はとぼけた顔でうなずきあった。
もちろん冗談だ。
そうこうする内に、諦めたらしい少年がとぼとぼとこちらに向かって歩いてくる。
あまりにも悲壮な顔をしていたので、朱翼はふと可哀想になって声を掛けた。
「すみません」
少年が、朱翼を見た。
精悍な顔立ちをしているが、和繋国の者とも皇国の者とも違う。
あえて言うなら……どこか、朱翼自身に近い顔立ちをしていた。
「お。朱目なのかよー。珍しい、雲下国では初めて見たのよ」
不審そうに朱翼を見た少年が、きょとんとした顔になり。
朱翼は、思わず息をのんだ。
烏と弥終が警戒を露わにする。
「な、何ぞ?」
「あなた、朱翼と同じ目の人を知っているの?」
特に事情を知らないメイアが、特に警戒する事なく言うのに。
「知っておるよ。俺の住んでおった島にも幾人かおったよ。あんたも酉の者かよ?」
少年の問いかけに。
「……少し、お話を伺わせて貰っても宜しいですか?」
朱翼は逆に問いかける。
心の中に、焦燥とも渇望とも知れない感情が湧いていた。
彼は、自分の生い立ちを知っているかも知れない、と分かって。
朱翼の問いかけに、少年はあっさりうなずく。
「構わねーよ」
そして、腹を押さえて言った。
「何か食わせてくれるのならよ」




