第6節:紋者の定義(後編)
呪紋士には、大きく分けて三系統ある。
一つ目は、式粉を使って描紋し、呪によってそれを行使する五行士。
二つ目は、導具を使って紋具あるいは人体に紋を刻む、刺紋士。
三つ目は、紋の刻まれた紋具を使って紋を操る、紋具遣いだ。
それぞれに特性があり、特紋士は一つ目に、符術士は三つ目に属する。
全ての基礎となる五行士である朱翼だが、他の二系統も師から学んでいた。
曰く、それら三系統を解し、理の全てを知る者が呪紋士である、という。
「ですから、この世には厳密には呪紋士は存在しないのです」
今の世で呪紋士とは、何を以て呪紋士と定義しているのか。
そう問うと、メイアからは明解な答えが返ってきた。
「学園で学んだのは『五行の内二つ以上の行を行使可能な者』、ね。その中でも、特に戦闘的な呪紋に優れた者を呪紋士と呼んでいるわ」
つまり、紋符と呼ばれる戦に使用する符を作る者は呪紋士だが、活符など、生活に根差した技術を生業とする者は呪紋士ではない事になる。
歪な話だ、と朱翼は思ったが、口には出さない。
二人の話は、お互いの意識の齟齬を擦り寄せる意味で始めたものだったが、段々と論争の様相を呈してきた。
議題は『呪紋士の定義について』。
付き合いきれなくなった他の面々は、既に床に就く為に場を辞していた。
「では、狭義に戦闘のみに論点をおいて語ります」
「ええ」
「二行以上を操る事が呪紋士の条件との事ですが、戦闘を語るなら五行士、特紋士、符術士、刻身士、紋具遣いの五士がそれぞれの優劣を競う対象となると思います。相違ないですか?」
「ないわね。軍においても呪紋士とは定義されていないけれど、前線兵は刻身士、紋具遣いのいずれかが兵長になる事が多いもの」
五士の内。
特紋士は、前述の呪紋の連続性と威力に軍配が上がる。
符術士は、特紋士以上の発動速度と手数。代わりに符の準備が必要な事と、体内で練った呪力の上乗せが出来ない分、威力と応用性に欠ける。
刻身士は、一系統の体に刻まれた種類以外の術式を使用出来ない代わりに、体術との併用、呪力の行使などの利点を得る。
発動速度は符術士に並ぶ。手数は紋士の練度次第。
紋具遣いも同様だが、紋具の持ち替えが可能な点は有利。代わりに紋具が壊れればただの人となる。
そして五行士の利点は、他に比べて応用性が高い事。式粉、描紋、呪唱の三点を理解していれば、あらゆる呪紋を行使可能な代わりに才覚が必要で、術式の発動速度は他の全てに劣る。
「と、言うのが授業で教わった定説で、術速の遅い呪紋士に使い途なんかない、って……スイキのような人から見たら、ただの負け犬の遠吠えね」
メイアが、自信を失ったように小さく言う。
「私、速唱した呪紋は牽制程度の役にしか立たないと思っていたし、そう習ったわ。でも、貴女の速唱はきちんと練られた呪力が乗っていた。相剋呪も、五行優位の相手か格下にしか使えない技術だと。……でも、威力がないのも使い方を知らないのも、ただの練度不足。努力が足りなかっただけなのね」
「そんな事はありません」
朱翼は、メイアの言葉を否定した。
「私が見ていて気づいたのは、メイアさんは術式に乗せる呪力の星配や場の星配の動きに無頓着だという事です」
「呪力の星配と、場の星配?」
「そうです。メイアさんは、呪力を練り上げる時、何を意識していますか?」
「何を……どれだけ多くの呪力を短時間に貯めて、呪紋に乗せられるか、かしら」
「呪紋に乗せるための生素が、どれだけその中に含まれているかは?」
メイアは首を横に振った。
朱翼は思う。
それでは、駄目なのだ。
呪力とは、どれだけの生素、即ちその呪紋を発動するために必要な五行素を集められるかが全てと言っていい。
場の五行星配を気にするのは、場にどれだけの生素が蓄えられているかを見る為。
呪力の星配を気にするのは、場に蓄えられている生素の中から、どれだけ呪紋に必要な生素を選り分けて溜め込めたかを知る為だ。
「ただ闇雲に呪力を貯めても、呪紋にとって無意味な生素であれば、無駄なのです。例えば、水紋の発動に必要なのは金素のみ。それ以外はただ散り消えるか、あるいは土素が多ければ相剋が働き、逆に威力が弱まる事すらあります」
「取り込む生素を、選り分ける……? そんな事が可能なの?」
「可能です。呪力の存在を理解出来る者なら、全員が修得可能な技術です」
メイアの目に、光が宿った。
昼も見た光だ。
貪欲なまでの、呪紋に対する向上心。
「私でも?」
「当然です。貴女が、呪紋士であるならば」
執念すら感じさせる目に、殺気が光る。
朱翼は平然とそれを見返した。
白抜炙から感じる怒気に比べれば、何ほどでもない。
朱翼でも出せる程度の殺気だ。
「教えなさい」
「良いでしょう。その代わり」
朱翼は、淡く微笑んで言った。
「授業料は高いですよ? 何せ、私は金欠ですから」