第2節 :管理官のご令嬢
『呪紋士求ム!』
翌日、村に入るや立てられた看板には、そう書かれていた。
張り紙に、朱翼は首を傾げる。
「何かあったのでしょうか?」
「何かあったんだろーねぇ。署名が、派遣官様だしねぇ」
無陀に言われて見てみると、なるほどそこには見慣れない異国の字で署名がある。
「違うわよ。それを書いたのは私」
後ろから掛かった少しなまりのある声に振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。
気の強そうな赤銅色の目をしていて、抜けるように肌が白い。
髪は砂色。絹のように滑らかである事から、おそらく貴族だろう。
服装は袖のない青に染めた貫頭衣。
被っているのは麦わらで編んだと見える、つば広の帽子だ。
弥終と同じくらいの背丈があり、女性としてはかなりの長身だった。
「皇国の人かい?」
物怖じというものを知らない無陀が問いかけると、女性は頷いた。
朱翼は少し警戒した。
彼女は、皇国に良い印象はない。
安寧を与えてくれた【鷹の衆】を、害したのは、皇国の教会兵なのだ。
協会兵は、彼女らの住む山の近くにあった村を人質に取り。
その一方的な要求に反抗した【鷹の衆】は。
アレクと名乗る皇国の将と、呪紋士の女、スケア。
そして師の裏切りによって、滅した。
生き残りは、この場の五人と、生死不明の朱翼の想い人だけ。
「父が管理官なの」
朱翼の警戒に気付いた様子はなく、女性は言った。
しゃべり方からして若いようだ、と朱翼は見当を付けた。
朱翼と同世代かもしれない。皇国の人は、和繋国の人間から見ると、かなり大人びていると聞いた事がある。
「貴女、呪紋士なのね? 随分古いやり方を学んでいるみたいだけど」
と、彼女は朱翼の腰に下がった紋具を見ながら言った。
「貴女も?」
朱翼は、女性の左腕に一筋刻まれた黒い基紋を見て問い返す。
「ミショナの街にある学園で学んでいるわ。貴女は、刻んでいないの?」
【鷹の衆】を襲ったスケアという女性も、同様の基紋を刻んでいた。
皇国においては、それが主流なのだろう。
戦場は刀剣と血が流れる事から金水の気が満ちる。
戦う為の呪紋を学び、戦場での攻撃に特化した術式を行使するなら、水の基紋を刻むのは有用な手段だ。
術式の発動速度という一点に、長じる事が出来る。
彼女のように、五行いづれかに特化した呪紋士を、特紋士、と呼ぶ。
応用性を犠牲にする代わりに、長所を伸ばす。
それを利点と捉えるか、欠点と捉えるかはそれぞれの価値観に帰結する問題だろう。
「私は、何らかの目的を持って呪紋を学んでいた訳ではないので」
そう言う朱翼に、女性は不思議そうな顔をした。
「私は、朱翼、と申します。お名前を伺っても?」
「あら、これは失礼。私はメイア。メイア=アニラ・ゴーヴァンよ。貴女達、何か急ぎの用などあって?」
高飛車、と言っても良い口調での問いかけだが、彼女に悪気はないようだ。
雰囲気も柔らかいので、こういう喋り方なのだろう。
メイアは、朱翼達、五人の顔を見回した。
朱翼が主に喋っていたので黙っていたが、目配せをし合うと烏が代表して答えた。
「そうね。人を探しているから、急ぎと言えば急ぎなのですけれど。先立つものがないので、しばらくミショナに滞在して斡旋依頼を受けようかと思っています」
斡旋依頼とは、大都市にある斡旋所の出す依頼だ。
陰魔討伐や農村への配達などの代行業で、旅人や行商人が目的のついでに受けるものや、腕試し、あるいは討伐の専門家などが受ける。
成功すれば報酬を、依頼先か斡旋所から受け取る仕組みで、当然危険が伴う。
つまり。
「多少、腕には覚えがある、という事ね」
メイアの笑みに、朱翼は彼女の言葉を先読みした。
「何か、私達に頼みがある、という事ですか?」
「大した事じゃないわ。少し、私と手合わせして欲しいの。貴女に」
不敵な笑みを浮かべて、メイアが言った。
「どうかしら?私に勝てば、賞金をお支払いさせて貰うけれど」
彼女の言葉に。
朱翼達は、顔を見合わせた。




