章序節:蒼龍と九頭竜
第二章開始です。
『街を一つ貰います。お許しいただけますか?』
「ほぉ」
淡い緑光を纏う風信の割符を介して問う、皇国の蒼将アレクに。
那牟命は、可笑しげに口の端を上げた。
和繋国の玉座に座すその男の名は、非羽々那牟命。
隻眼に隻腕は、どちらも左。
黒々と蓄えた髭に覆われた顔は、覇気に満ち満ちている。
「厄介を厭う汝が、どういう心境の変化だ?」
『例の雛の件に、一枚噛んでいましてね。流れに乗ったというか、乗らされたというか』
苦笑するようなアレクに、那牟命は口を一度閉ざす。
そして酒を口に含むと、長くは待たせずに告げた。
「好きにしろ」
『感謝致します』
「不要だ。しかし刃向かうならば容赦はせぬ。覚悟せよ」
『そうならない事を、切に祈りますよ。失礼いたします』
風信の割符が光を失い、那牟命は鼻を鳴らした。
「腹の読めぬ男よ」
「貴方が、それを仰られますか?」
鼻を鳴らした那牟命に、応えたのは後ろに控えていた女だった。
美しく妖艶な顔立ちだが、その左目は那牟命同様に無惨に潰れている。
潰したのは、那牟命本人だ。
しかしその相手に、女性は怖じけた様子もなく背後から手を掛け、顔を寄せる。
「誰よりも腹の読めぬ男は、貴方様自身でございますよ。自ら敵を増やす事をなさって、かように楽しげにされて」
「暇なのでな。どいつもこいつも腑抜けばかり。まともに首を獲ろうとも思っておらぬ」
そう言って、那牟命は女の後ろに控える青年に目を向けた。
「一族郎党、皆殺しにされてなお、吾に噛みつきもせぬ腑抜けの相手も飽いた」
あからさまに侮蔑されても、青年は表情を変えない。
汚れてはいないが質素な服装をした青年もまた、左目を潰されていた。
「吾は乱を望んでおるのだ。火種は多いに越した事はない」
那牟命は、禍々しい笑みを以て吐き捨てた。
「皇国の将が、動乱を望むならこれに勝る愉悦もない。将軍に兵を備えさせろ」
青年は命じられるままに頭を下げて、その場を辞した。
「目覚めるか、身罷るか。雛の行く末を賭けぬか?」
那牟命が女の首筋を撫でると、女は心地良さげに目を細めた。
「宜しゅうございますが、引き分けに終わるとしか」
「違いない」
くつくつと笑い、また酒を口にする。
そのまま、いきなり女の頭を引き寄せて口移しに含ませた。
「……っん……ぅ」
那牟命が離してやると、女は頬を染めて蕩けそうな顔で男の肩に顎を乗せた。
「卑怯にございますよ」
「我慢ばかりで熱が溜まっておるのでな」
「いたしては下さらないのに、酷いお方」
切ない息を吐く女に嗜虐的な笑みを見せてから、那牟命は窓の外に目を向けた。
「残された時間は僅か。雛には、何としても目覚めて貰わねばな……」
彼の呟きは、どこに届く事ともなく消えていく。




