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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第34節:白き雄鷲

『御頭!』


 朱翼と白抜炙、二人の声が被さり、御頭は困ったような顔をした。

 倒れ込む御頭を、朱翼が受け止めていた。

 彼女の顔色は既に白く、腹から流れ出る血は下半身全てを赤く染める程に流れ出している。


「どこが平気だ! 嘘つきやがって!」

「んー、いけると思ったんだけど。どうも、助かりそうにないわねぇ」


 しくじったわぁ、とそれでも笑う御頭に、朱翼が首を横に振る。


「これは多分わざとじゃないんだろうし、許そうかしらねぇ。ちょっと嬉しいし」

「何を訳の分かんない事言ってんだよ!」

「別に何でもないわよ」


 うふふ、と御頭は口元に手を当てた。


「私のやって来た事、間違いじゃなかったわね。私って本当に幸せ者よねぇ」

「どこがだ! 死にかけてんのに! 頭おかしいんじゃねーのか!」

「全然おかしくないわよぅ。愛を確かめるのってやっぱり大事よ?」


 もう相手にしてられないとばかりに白抜炙はその言葉を黙殺し、残りの土符を全て重ねて御頭の傷に張り付ける。


 しかし、既に手遅れだと分かっていた。


 効果が十全に発揮される状況ではない。

 戦地において土の呪紋による治癒が鈍くなるのは、その場に多大な金水の気が発生するからだ。


 土金は相生、土水は相剋。

 今、白抜炙らの周囲は、大禍を生じる程に水優位。そこには、相侮が発生する。


 水が土を、反剋するのだ。

 まして高位の呪紋ならともかく、符術程度では気休めにすらならない。


 現に、御頭の血は符に滲みて止まる気配すらない。

 大禍の威力が周囲に渦巻く状況で結界がなんとか耐えれているのは、御頭の気と符、そして呪紋が相乗して効果を発揮していたからだ。


「ね、白抜炙。私が死んだら哀しい?」

「今から死にます、みたいな言葉をほざくな! 死なせねーからな!」

「あら、やっぱり愛されてるわね、私ったら」


「愛されてるって分かってんなら、俺を、俺達を……貴女を慕う皆を、置いて逝こうとするな!」


「そう言われると辛いわねぇ。そうよねぇ、みーんな、背丈ばっかり伸びて生意気になったけど、いつまで経っても構って欲しがりの子どもだからねぇ」


 でも、そこが可愛いんだけどねぇ、と。

 御頭が白抜炙の頭を撫でる。


「やめろ。もう、ガキじゃ、ねーんだから……」


 言いながらも、その手を払おうとはしない白抜炙。


「そうね。白抜炙なら私がいなくても大丈夫だと思うわ。しぶといものね、貴方」

 言いながら、彼女を抱える朱翼の頭に手を動かす。

「御頭ーーー」


 朱翼の目に、涙が溢れる。


「朱翼。後を頼むわね。無陀は賢いんだけど、ちょっと甘過ぎるから」


 続いて、御頭は横で眠る錆揮の頭を撫でる。


「錆揮も。この紋を使いこなせるようになって欲しいわね。とても心配だけど」


 もう時間切れ、と御頭は笑う。


「あーあ。こんな可愛い子達を残して、死にたく、ないわねぇ……」


 それが、御頭の最後の言葉だった。

 言葉とは裏腹に、満足げな笑顔で。


「御頭……ッ」


 白抜炙は、内心を吹き荒れる感情に翻弄されて、顔を歪ませた。

 朱翼は慟哭する。


 しかし、結界が揺れるのを感じて白抜炙は顔を上げた。

 大禍が、結界の外を荒れ狂う力の奔流が、御頭の加護を失った結界を叩いているのだ。


 このままでは破られる。


 そう判断し、白抜炙は即座に決意した。


「白抜炙」


 涙と汚泥に濡れた顔を上げ、朱翼が縋るように白抜炙を見る。

 先程の慟哭もそうだが、そんな彼女の顔を見るのは初めてだった。


「どこへ行くのです?」


 取り残されそうな子どもの様に頼りない声音で、朱翼が言う。

 薄々、気付いているのだろう。

 白抜炙が何をしようとしているのか。


「俺が出たら、結界を圧縮しろ。それで、水の大禍が消えるまで、何としても結界を保たせろ」

「置いて行かないで……」


 その声に、決意が揺らぐ。

 しかし、このままでは全員で生き残れる可能性が限りなく低い事が、白抜炙には分かっていた。


「泣くんじゃねーよ、朱翼」


 白抜炙は、いつも自分と一緒にいた、古ぼけた木符を手に微笑む。

 それは、ただ火を熾すだけの簡素な符。

 木の性質を持ち、水気を吸って木気と成し、火を熾す。


 相手は水の《大禍》。


 過剰に増大した水気は、自らの流れる先を欲しているのだと白抜炙は理解した。

 故に、ほんの少しの目印で良い。


 龍脈へと《大禍》を導く事が出来れば、《大禍》自身が脈流へと流れ込むだろう。


「俺は死なない。しぶといからな」


 御頭に救われた命で、御頭が守ろうとしたものを全力で救う。

 自分自身も含めて。

 それこそが、今まで磨いた力の最も価値がある使い方だと白抜炙は思った。


「御頭に誓おう」


 白抜炙は、宣誓する。


「お前も誓え。御頭の遺志を継ぐ想いがあるなら、生き残るんだ」

「嫌です。白抜炙がいなくなるのは。私は、貴方のものです」

「当たり前だろ」


 白抜炙は、朱翼の頬に手を触れた。


「俺も、お前のものだ。だから、生きて戻って来る」


 優しい朱翼。愛しい朱翼。

 心がないなど、とんでもない欺瞞だ。


 自分の危機を顧みず、仲間の為に死地に戻り。

 今、御頭の死に涙を流したのだから。


「俺はお前を、誰よりも信じてる。だからお前も、俺を信じろよ」


 白抜炙の言葉に、朱翼は顔を伏せた。


「白抜炙は、狡い」


 そして上げた顔に、迷いはなかった。


「でも、嬉しい」


 今にも泣きそうな顔で、それでも笑って、朱翼は言った。


「絶対、戻って来てね」

「任せろ。だから、任せる」




「ーーー(はい)




 白抜炙はその言葉を聞いて、迷う事なく大禍に身を投げた。



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