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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第33節:囚われた雛

 襲い来る大禍に、白抜炙らは成す術がなかった。


 彼は朱翼と錆揮を庇うように覆い被さったが、いつまでも衝撃はやってこない。

 顔を上げると、腹を貫かれた御頭がそのままの姿勢で立っていた。


 顔や手足、大きく開いた胸元。それらの目視出来る部分に、紫光を放つ紋が再び浮かび上がっている。


 彼女の全身から周囲に向けて、先程錆揮だけに向けられていた陽気が強く発されていた。それが、彼らの周囲を覆い、大禍から白抜炙らを守っている。


「土の結界を!」


 御頭の声に、白抜炙と朱翼は即座に反応した。

 火符と土符をそれぞれ四枚ずつ、白抜炙は朱翼の周囲に配した。


「朱翼!」

「結!」


 朱翼は、白抜炙が準備する間に両腕に紋を描き、準備が整った直後に結界を展開する。

 土の結界が御頭の陽気と入り交じり、安定した。


「御頭! 怪我は……」


 結界を張り終えて、白抜炙は御頭を案じて声を上げた。


「平気よ。それより聞きなさい、白抜炙」


 真剣な声音で、御頭が言う。


「気付いているでしょう? 錆揮の体に施された紋は、陰の性質を持っている。私はそれを、陽気で一時的に中和しただけ。今の内に、封印を」


 白抜炙は、御頭が何を言っているのか咄嗟に理解出来なかった。


「そんな場合じゃねぇだろ!」


 白抜炙が言い返すのに、御頭は厳しい顔で首を横に振る。


「時間がないのよ。放置していたら、いつ陰紋が暴走するか分からない。この中で錆揮に暴れられたら、結界も保たないわ」


 言われて、白抜炙は呻いた。

 先程までの脅威が思い出される。

 御頭はともかく、白抜炙では相手にならない程に錆揮は強かったのだ。


「どうすれば封印出来る?」

「私の紋を参考にしなさい。玉帝より授かったこの陽紋は、錆揮の陰紋と対となる紋。錆揮に正しく施せば、それがそのまま封印になる筈」


 白抜炙は、錆揮の体を見た。

 全身に施された刻紋を、改めて丹念に見る。

 複雑で、見事な紋。

 同様に御頭に目を向けた白抜炙は、首を横に振る。


「いや、無理だろこれ……」


 紋の内容は、あり得ない程に高度なものだった。


 通常、刺紋とは一つの属性のみを付与する。

 五行それぞれを付与する五行紋、その上位に当たる天地紋。


 二人の紋は、そのさらに上。陰陽の性質を持つ紋だった。

 基礎を陽に属する木火と、陰に属する金水。それぞれに二つの属性を掛け合わせた紋。


 それも単純に掛け合わせただけではない。それぞれが並び立つ事によって、別の一つの性質となるよう組まれている。

 比和や相生相剋とは、完全に別の理論によって立てられた紋なのだ。


 言わば、超克紋。


 しかも、この硬質で揺るぎない紋筋は。

 まさか、と思いながら御頭に目を向けると、彼女は全て理解している様子で頷きを返す。


「出来たら、一人前」

「嘘だろ……」


 白抜炙の全霊を掛け、手に馴染んだ導具を用いてなお、届き得ないかもしれない程の高度な理論によって成されたそれらを、この状況で封印するなど。


「出来なければ錆揮も、私達も助からないって事ね」


 御頭は、強く白抜炙を見据える。


「白抜炙。この場では、貴方にしか出来ないの。そして、貴方なら出来る。そういう事なのよ。多分ね」


 白抜炙は唇を噛み締め、目を閉じた。

 迷いは一瞬、決断も同様。


「やるしかねーか」


 白抜炙は自分達を心配そうに見る朱翼や、周囲の状況や、今しがた気付いた事実などを、全て意識の外に追い出した。


 錆揮の紋を見つめ、御頭に施された紋を意識の上で重ねる。

 紋だけを、頭に残す。


 ただ重ねただけでは、均衡する陰紋を崩すだけの結果にしかならない。

 さらに封印どころか、刺紋に必要な導具もない。


 まずはそこから。何か代用になるものが必要だった。

 陰陽五行の流れに馴染み、人の体にも馴染む。


 ーーーそんな都合の良いものがこの場にあるか?


 必死に考え、そして思いついた。

 白抜炙は小刀を取り出し、再び、丹念に描かれた紋を見た。


 理を持って読み解く程、その完成度に感銘を受ける。

 手本は、目の前に用意されているのだ。

 限られた時間で、貪欲に錆揮の体を支配する紋を見て学び、果てに白抜炙は思いつく。


 錆揮の胸元にある、核となる紋。


 陰の性質のみを付与するというのは、紋の完成度に反してやはり不完全なのだろう。核紋は欠けていた。

 再度御頭に目を向け、その胸元を見る。


 同様に、未完成の核紋。


 そこには、手を加える余地があった。

 あくまでも余地があるだけ。少しでも手順を間違えば、失敗するだろう。


 しくじれば紋の均衡が崩れ、錆揮は助からない。

 緊張は、ない。

 集中力だけが、未だかつてない程に研ぎ澄まされている。


 白抜炙は小刀で指先を撫で切った。

 導具の代わりに、自らの血で紋を描く。


 それが、白抜炙の出した答え。


 小刀に血を伝わらせ、紋を刺し始める。

 胸元に。腹に。腕に。足に。

 正確に、しかし大胆に。かつ、最小限に。


 薄く表皮だけを裂くように、少しずつ紋を刺す。

 朱翼は、食い入るようにその技を見つめた。


「凄い……」


 類いまれなる刺紋の才。


 師父の言葉は真実だったのだと、朱翼は深く納得した。

 白抜炙が刺し入れる紋は、ほんの僅かなもの。


 しかし錆揮の胸元に刻んだ陽紋が、白抜炙の一刺しごとに力を持つのが分かる。

 時間にしてみればほんの僅かの間に、白抜炙は刺紋を終えた。


 錆揮の胸元に描いた紋は定着している。

 狙い通りに陽紋は陰紋を中和し、錆揮の体から放たれていた禍々しい瘴気が徐々に治まっていく。

 その様子を見て、白抜炙は安堵の溜息を漏らした。


「流石ね。間に合って良かったわ」


 御頭が満足げに言い、彼女の身を包む陽紋から光が失せる。


 同時に、御頭は倒れ込んだ。


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