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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第32節:アレクの行方

「これは、厄介だね」


 崖の上に着地して、アレクは呟いた。

 彼は、恐ろしい程に凝縮された水気を感じた瞬間にその場を離脱していた。

 スケアも、最後の最後に厄介な事をしてくれたものだ。


 半球状に渦巻く大禍。少しずつその大きさを増し、元は河原だった一帯を呑み込もうとしている。

 藍樹に水気を呑ませるか、そう思案するが、万一大禍の矛先がこちらに向かうと面白くない。

 雛に死なれては目的が果たせない。


「どうしようかな」

「手出しは不要」


 一人呟くアレクの横に、音もなく須安が現れた。


「汝の役割は、既に終わった。他の邪魔も全て排除し終えている。去れ」


 協力者であった老人が、感情の覗けない冷たい目で言うのに、アレクは肩を竦める。


「そういう訳にもいかない事情が、こちらにもあるんですよ。協力関係は終わりですか?」

「左様」

「では、ここで貴方を斬り捨てても文句はありませんね?」


 アレクは、須安を威圧した。

 彼が征伐へ向かう際、那牟命に紹介されたのが須安だった。

 老人から情報を貰い、村を襲撃して【鷹の衆】を誘き出したのだ。


 お互いに利益があるから利用しあっていたが、邪魔をするというのなら排除するだけの事だ。

 アレクの戦意に反応し、背後に控えていた藍樹が鎌首をもたげるように頭を上げる。

 須安はアレクを一瞥してから、軽く藍樹に目を向けた。


「控えろ」


 その一言で、藍樹は再び地に伏した。

 アレクは驚いた。

 藍樹は高位の龍だ。契約者以外に平伏すなど普通はあり得ない。


「貴様、何者だ?」


 軽く剣に手を掛けるが、須安は手にした杖を構える事もなく立っている。

 しかし藍樹の態度から、アレクは一つの推論を得た。


「まさか、旧王族か?」


 八岐大国の玉帝は、古き龍の血に連なる者だ。

 霊性の高い龍は余程の事がない限り、より高位の存在に逆らう事はない。


 アレクが言霊で命じれば話は別だろうが、先程の藍樹はアレクの気配を感じて動いただけだったのだから。


 須安はアレクの問いに答えなかったが、もし推論が当たっているなら、目の前の老人にとってアレクは仇に近い存在だろう。


 八岐大国を滅ぼした筆頭は、皇国なのだ。

 協力したと見せかけて、皇国の勢力である自分達の抹殺を企んだのか。


 そうであれば、アレクは那牟命と須安の罠に嵌められた事になる。

 実際に、彼の手駒は大半が《大禍》によって死んでいる。

 目の前の老人が、復讐の為に全てを利用したのだとしたら……。


 アレクは、周囲の気配を探ったが、他に伏兵が潜んでいる気配はない。

 つまり敵は、目の前の須安一人。

 一人でアレクを殺せると思っているのなら、余程の自信があるのか、あるいはアレクを侮っているのか。


「あの大禍に手出しせぬならば、こちらに干渉の意志はない」


 想像を巡らせるアレクに対して、須安は意外な事を言い出した。


「見逃す、という事か?」


 警戒を解かず、猜疑を込めて問い返す。


「皇国を恨んではおらぬ。滅亡は玉帝の意志。汝らは、玉帝の手の上で踊ったに過ぎぬ」


 どこか疲れたような須安の言葉に、アレクは衝撃を受けた。


「なんだと?」

「真実を望むか。であれば、語ろう。その上で判断する事を、別に咎めはせぬ」


 アレクは迷った。

 王命は、雛の奪取。

 それさえ完遂すれば、別に真実がどうであろうと関係はない。

 だがアレク個人としては、須安の語る情報に興味があった。


「聞こう」


 アレクの言葉に須安が頷く。


 その後、一人の竜騎士は戦場を離れた。


 僅かに残った部下を引き連れた、完全な撤退だった。



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