第31節:烏の決別
膨れ上がった禍々しい気配に無陀達は気を取られた。
決定的な隙。
しかし、対峙するアレクも、同様に気配に対して警戒を向けていた。
無陀達が見たのは、黒い壁。
その正体に気付くよりも先に、彼らの本性が警鐘を鳴らした。
「逃げろ!」
無陀が叫び、二人と一柱が追従する。
アレクも、上空に舞い上がって黒い暴威から距離を取ろうとしていた。
恐ろしい速度で膨れ上がったかに見えた暴威は、徐々にその速度を緩めて行く。
とりあえず安全だろうと思われる位まで無陀達が離れた先は、かなり下流にある岩溜まりだった。
洪水により広がった河の半ばから、先程まで彼らの居た河原の大半を黒い気配は覆っていた。
皇国兵も【鷹の衆】も平等に呑み込み、喰らい尽くして。
岩陰に隠れ、吹き荒れる暴威が巻き起こす風圧に飛ばされないよう注意しながら無陀は呻いた。
「ありゃ、何だ?」
無陀の問いに、弥終は首を横に振ったが、烏が答えた。
「スケアよ。あの子、最後の最後に、大禍を起こした……」
気配が膨れ上がった時、最初に目を向けた烏だけは、事の起こりを見ていた。
自分の妹が、自分の起こした黒い渦に喰われて引き裂かれるのを。
「馬鹿な子……。当然の報いだわ」
敵であり、仲間を殺し、気が狂っていたのだとしても。
彼女は烏の妹だった。
しかし、その死を悲しむ権利は彼女にはない。
何故なら彼女は、皇国を出奔した時と、錆揮による致命傷を受けた時と。
二度も、妹を見捨てたのだから。
「あれに呑まれたのなら、誰も助からないでしょうね……」
感情を感じさせない声で呟く烏の頭を、弥終が引き寄せて撫でる。
「死して魂は、龍脈へ還る」
普段と違う声音で、弥終は優しく言った。
「善も悪もなく、平等に。お前の妹の魂は、苦難より解放されただろう」
「お前さんは本当、女にだけは優しーねぇ」
吐き捨てるように無陀が言う。
「俺はアイツに、死んだ位で救われて欲しくねーねぇ。往生際悪く、村だけじゃなく俺の仲間まで皆殺しにしやがって」
どこか疲れたように呟く無陀に、烏は目を伏せた。
「ごめんなさい」
「お前さんのせいじゃーねぇ。あの女に止めを刺さなかった、俺の責任だねぇ」
アレクを任せろ、と御頭に言ったのは自分だ。
その前にスケアに対峙していたのも、無陀だった。
錆揮に足を断たれたスケアに、すぐさま止めを刺していれば。
その悔恨と、強烈な暴威を前に。
三人は、迂闊にも背後への警戒を怠っていた。
両陣営共に壊滅的な被害を被り、戦闘が継続していなかったが故に。
彼らの背後に、音もなく一人の人物が現れる。
三人は、その人物に気付く事すら出来ないまま。
唐突に頭を襲った衝撃と共に、意識を失った。




