第28節:暴発する悪意
アレクが御頭の相手をしている間に、アレクに従う兵を【鷹の衆】達は危なげなく始末していった。
その中で特に動きの良い三人は、自分達以外でアレクの周囲に動く者がなくなった時点で御頭の元に集まって来る。
騎士を始末したのも、この者達だろうとアレクは推察する。
「周りは全員やられたか。この辺りに居た者らは、皆そこそこ手練だった筈なんだけど」
槍を肩で担いで苦笑するアレクに、無陀が疑問な顔で言った。
「お仲間がやられてるのに、焦る気配がねーねぇ」
無陀の質問に、アレクは黙って肩を竦める。
「彼らは、厳密には僕じゃなくスケアの部下でね。僕は院の信用がないからこの国に自分の部下は連れて来れなかった。彼らは一応軍属だけど、厳密には皇国軍ではなくて教会に所属している」
言いながらアレクは無陀達を睥睨する。
彼ら四人は、集めた情報によるとこの辺りではかなり有名な者達だ。
外見の特徴も一致している。
姫鷲一子、風の修羅ーーー無陀。
剛拳無双、金の戦鬼ーーー烏。
天賦戦才、土の魔人ーーー弥終。
そして。
「元八岐大国左軍筆頭、姫鷲の真蛇羅ーーーそれとも羅刹のマリア、とお呼びした方が宜しいか? 噂に違わぬ腕前と、良き配下を揃えておられる」
アレクは、御頭に純粋な敬意を込めて言う。
「どちらでも好きに呼んで構わないけれど。よく調べたわね」
感心したように言う御頭に、アレクが得意げな笑みを浮かべる。
「たかが村一つ占拠した程度の山賊を、大那牟命がいつまでも放置しているのはおかしい。領主でもない者が名を轟かせていれば、近隣の領主と事を構えた事もおありでしょう?」
「なかったとは言えないわねぇ」
「なのに、大那牟命は行動を起こしていない。何かある、と思って当然でしょう。故に調べました。八岐大国中枢にありながら生き延びて、この倭繋国建国に手を貸した貴女が【鷹の衆】を率いている事をね」
アレクの言葉に、無陀が驚いた顔をした。
「お母。初めて聞いたんだけどねぇ、そんな事」
「あら、言ってなかったかしら?」
「私は知ってたけど」
「俺も知っていた。知らないのはお前だけだ、お前だけ」
「え、嘘だろ? なぁ、弥終。少なくともお前は嘘だよねぇ?」
「そんな事はない、そんな事は」
言いながら弥終が目を反らす。
二人のやりとりに少しだけ顔をほころばせてから、御頭は表情を引き締めた。
「それを知りながら、何故村を攻め滅ぼしたのかしら? 村人が山賊でない事も、私達に支配されていた訳でもない事も分かっていたのよねぇ?」
アレクは、僅かに顔をしかめる。
「それに関しては、申し訳ないとは思っています。言い訳にしかなりませんがあれはスケアの独断でした。事を、私が着く前に起こされてしまった。私は村を人質に取るだけで、焼き払うつもりはなかった」
本心からの言葉だったが、無陀は納得しなかったようだ。
「信じられねーねぇ」
「無理もないし、信じてもらえずとも構わないけどね。スケアを雛の調査に出した事と、部下を掌握し切れなかった点はまぎれもなく僕の責任だから」
アレクは苦笑し、御頭同様表情を消す。
「それに雛の確保が勅命である以上、貴女方との対立は避けられない。スケアを処断し兵らを殺すのを見逃したのは私なりのけじめだ。勝手だとは思うが、これ以上の責任を取るつもりはないし、雛を諦めるつもりもまた、ない」
「そうでしょうね」
御頭は小さく息を吐いた。彼女もアレクと同様に人を治める立場にあった者として、彼の心情を汲んでくれているのだろう。
それで自身の罪が帳消しになるとは思わないが。
再び刃を交える気配を感じて、アレクも気持ちを切り替える。
だが、御頭は脇に立つ無陀を見て意外な事を言い出した。
「無陀、烏。それに弥終。後、頼めるかしら?」
「仕方ねーねぇ」
どうやら、御頭はアレクの相手を無陀達に任せてこの場を離れようとしているらしい。
「どこへ?」
烏が、こちらから目を離さずに訊いた。
「刃物の扱い方を知らない子が暴れてたら、危ないでしょう?」
どこに行くのかを悟ったらしい烏は納得して、それ以上何も訊かない。
「じゃ、宜しくね」
御頭がアレクに背を向けて走り出す。
「素直に行かせはしないよ」
そう言って、アレクが再び槍を構えた。
※※※
「殺す……殺してやる……殺してやるぞ、異教徒共め……」
スケアは、生きていた。
だが、既に彼女に残された時間は少なく、助かる当てもない。
彼女を生に繋ぎ止めていたのは、執念。
無様でもなりふり構わず、泥の中を這い、水辺へと辿り着く。
吹き飛ばされても、かろうじて生きていたのは幸運だった、とスケアは思う。
アレクにしてみれば、足を失ったスケアが仮に行きていたところで助かるとも思っていなかっただろう。
【鷹の衆】にしても、アレクを前にして、かつ何が出来る訳でもない瀕死の敵に構う余裕などなかったに違いない。
私を打ち捨てた事を、後悔させてやる。
歪に肥大した彼女の自尊心は、最早自分の命等に固執していなかった。
復讐を。報復を。
ーーー死ぬのなら、全てを道連れにしてやる。
準備は、散々自分が発動した水の術式によって整っていた。
最後の術式を組み上げ、血を吐き、涙と鼻水に濡れた顔に、狂気の笑みを浮かべて。
術式を発動する直前、最後に目についた者達に呪いを吐き捨てる。
口は動いたが、既に声は出なかった。
ーーー神の使徒たる私を認めぬ者共。裁きを受けるが良い。
自身を敬虔なる神の使徒と信じて、それを疑う事もない狂信者は。
生涯の最後に、最悪の術式を発動させた。
ーーー滅べ、愚者ども。
そして、彼女の意識は闇に呑まれた。