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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第23節:刺紋士


 須安は刻紋士の中でも、特に刺紋士と呼ばれる存在である。

 刻紋士は、紋を素材に刻んで保持する技術を持つ者達の総称だ。


 紋を刻む技術である刻紋術は生活に根ざしており、刻紋の中で最も人々に馴染みのあるものを活符と呼ぶ。

 生活の為に必要とされる符で、水を湧かせ火を熾す事が出来る刻符の事だ。


 活符は、呪紋の本質を理解していない者でも起呪を口にするだけで使用する事が可能なものだが、逆に刻符の中でも、符術士、と呼ばれる者達が扱う強力な効果を発揮するものを扱うには、呪紋に対する理解も必要とされる。


 そしてどのような符でも、作る為には紋を刻む技術以外に才覚と素材が必要となる。


 火気を起こす符は木で出来た木符、水気を熾す符は金属の板である金符、という具合に紋が素材を選び、また必要とされる五行素を紋に練り込むには、刻む者に五行を解する才覚が必要となるからだ。


 このように刻紋は、ただ闇雲に素材に紋を刻めば誰でも呪紋が扱う事が可能となる、というものではないが、それは裏を返せば『紋を刻むのに適するもの』に『技術を有する者』が紋を刻み、『それを扱う才覚のある者』がいれば呪紋が使えるようになる、という事でもある。


 その素材が例えば符でも、例えば武器でも。

 あるいは、人体を素材としても同様だ。


 故に刻紋士の中でも、特に人体に紋を刻む術を持つ者を、刺紋士と呼ぶ。


 人体は、ある種の特殊な素材だ。

 個々人で、適する紋が違う。


 単純に五行紋のみでなく、上位の呪紋と呼ばれる風雷紋等に適する特殊な気配の持ち主もいる。

 しかも人体に刻める紋種は、一人一つであり、変える事は出来ない。

 紋を体に刻んでしまえば、一生その紋と付き合ってゆく事になる。


 紋を刺される人物に最も合った呪紋を見極める目と、確かな腕を持つ一握りの者だけが、刺紋士と呼ばれるのだ。


 刺紋には利点も欠点も様々に存在するが、特に危険と隣り合わせの職にある者が自らの身に紋を刺す事が多い。

 利点の一つとして、呪紋士でなくとも呪紋を扱えるようになり、また人体に直接刻んだ紋は生気の消費が極端に少なくて済む。


 刺紋士は希少だ。

 しかし須安は、そうした技術を持つ数少ない一人だった。

 刺紋を終えた彼の目の前には、今、一人の少年が座っている。


 錆揮だ。


 下着一枚だけを身につけた彼はどこかぼんやりとしており、全身には不気味に脈動する紋が刻まれていた。

 紋に刺された色は、黒黄色。


「気分はどうだ?」


 問いかける須安に、焦点が定まらないままの目を向けた錆揮は、紋が馴染むにつれて徐々にその表情を驚きに変えて行った。


「……凄い」


 紋の黒黄色が完全に体に定着すると、今度は溢れ出すように同色の光がぼんやりと錆揮を包み込む。

 禍々しく体を包む光を見て、錆揮は両手を見つめて何度も開き、閉じる。


「あは」


 光が浮かぶと同時に、錆揮の顔色は悪くなり、目の下に隈が出来ていた。

 紋から溢れる光が強くなるにつれて、錆揮の顔が段々と笑みに歪んで行き、顔色もどんどん青白く、隈が濃くなっていく。


 錆揮の生気を、紋が吸い取っているかのように。


「それが、お前の力だ」


 無表情な須安の言葉が、聞こえているのかいないのか。

 高揚した気分のまま錆揮は服を纏い、短刀を手に取った。


「これなら、誰にも負けない……! 力が溢れて来る!」


 須安がうなずいた。


「往け。姉を守る為に」

「姉さん……」


 錆揮は笑みのまま、禍々しい気配を放ちながら動き出す。


「姉さんは、渡さない。誰にも!」


 須安は庵の外へ飛び出した錆揮を一瞥すると片付けを終えて自身も庵を出る。


 須安が歩き始めると、彼の歩き出した山道の行く手に御頭が立っているのが見えてきた。

 

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