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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第22節:行きます

 錆揮が姿を消した。


 その事に朱翼が気付いて白抜炙に言ってきたのだ。

 【鷹の衆】に少し動揺が走ったが、結局錆揮を探すのは断念すると御頭が決定した。


 朱翼は抗議するように御頭を見ていたが、彼女も時間がない事を理解しているようで口を開く事はなかった。

 準備が整い、御頭の合図で【鷹の衆】が動き出す。


 外は、小雨が降り始めていた。

 こんな時に、と白抜炙も、錆揮の身を案じながら腹を立てていた。


 白抜炙らが屋敷を出て一斉に駆け出すと、白抜炙にだけ聞こえるような声音でぼそりと無陀が言った。


「見張られてるかねぇ」

「だろうな」


 皇国軍が、錆揮をただで手放したとは思えない。

 こちらの行動は確実に見張られているだろう。


 だが、あくまでも地の利はこちらにある。

 【鷹の衆】は、揃って屋敷を出た後に少しずつ散じていた。


 見張りがいたとしても、数は多くない筈だ。

 別々に道を降るこちらを全員追う事は出来ない。


 白抜炙らは、朱翼を逃がす目くらましをした後に村で集結する手はずだった。

 その後、姿を消した以外の残り十余名の村へと降りる集団は二手に分かれる。


 片方は山道へ。もう片方は河原を下る方角へ。

 白抜炙は、河原へ向かう小集団の中にいた。


 しかし河原を下る途中で見つけたものに、白抜炙は舌打ちする。


「止まれ」


 そこに皇国軍の旗を立て、鎧を着込んだ兵士達が待っていた。

 予め村へと向かう道を塞ぐ為に布陣していたのだろう。


 向こうもこちらを発見したようで、集団の中から一人の人物が進み出る。

 目深に被った頭巾を外したその人物は、青い髪に美貌を持つ女性。


「お前か」


 それは山師を名乗り、村に侵入していた女だった。


「私が当たりを引いたかしら?」


 スケアは、白抜炙の脇に立つ外套を纏った小柄な人物に目を向ける。


「一応伝えておくけど。大人しく引き渡せば見逃してあげるわよ?」

「村を焼いた連中の言う事を信用すると思うか?」


 白抜炙は、牙を剥くような笑みを浮かべて手に持った棍を突きつけた。


「朱翼は俺のもんだ。欲しけりゃ力尽くで獲ってみやがれ」

「そう。なら遠慮なく死になさいな」


 スケアが言うと同時に、断崖の上から幾つかの塊が飛び出して来た。


 翼竜だ。

 成体して間もないような小型の亜竜に、槍を構えた騎兵が乗っている。


 断崖に添うように滑落した飛竜は、断崖の中ほどから滑空して方向を変えると、凄まじい速さで白抜炙らに迫ってきた。


「散開しろ!」


 白抜炙の声に反応して飛び退く【鷹の衆】だが、一人後ろに下がった小柄な人影に一騎が迫る。

 よく見ると、槍の先は鉤になっていた。あれで引っ掛けて連れ去る気だ。


「火生!」


 白抜炙が起呪と共に投げた符が火の長針と化して宙を駆けるが、飛竜の速度に追い付けずに外れる。


「捉えた!」


 騎兵が小柄な外套の人物を引っ掛けて掬い上げたは良いものの、外套はまるで中に重みがないかのように、騎兵が振り回した勢いのままに舞い上がる。


「!?」


 驚く騎兵の槍を起点に逆上がりのように一回転した人物は、そのまま外套を脱ぎ捨てて騎兵の腕の上に着地した。


「残念、実は外れだねぇ」


 笑みを浮かべる人物の顎には無精髭が。

 そして双短刀を握って交差した両腕と足に、緑紋が浮かび上がっていた。


「朱翼じゃなくて、悪りーねぇ」


 両手に短刀を握った小男は、相手が呆気に取られた隙を逃さない。

 無陀は、躊躇無く両手を振るって騎兵の首を斬り飛ばした。


※※※


「上手くいったわね」


 烏と朱翼は、村とは違う方角に向けて山を下りていた。


 獣道だ。

普段は烏が狩りを行う時に使うだけの道だが、こういう時の為に森に埋もれないように定期的に足を運んでいた道でもある。

 道は、河の下流に続いていた。


 目立つように白抜炙達が屋敷を出た後に、こっそりと屋敷を脱出したのだ。

 それまで黙って烏について来た朱翼が、爆発のような音を聞いて顔を上げた。


「戦闘が始まったのでしょうか?」

「思ったより早いわね」


 烏が朱翼に顔を向けた。


「それで、朱翼。本当に良いの?」

「何がでしょう?」


 烏の問いかけの意味が分からないようで、朱翼は問い返して来る。

 彼女は、また音のした方に目を走らせるてから、朱翼に答えた。


「このまま逃げて、本当に良いの?」

「……白抜炙は、私に逃げろと言いました。烏もそれに賛同した筈です。何故、今?」

「味方も欺く伏兵として動くという選択肢も、ない訳ではないからよ。逃げた所で、皆が負ければ結局追っ手が掛かる。ま、御頭が居て負けるとも思えないけど。それでも万が一、という事もあるわ」


 烏は改めて朱翼を見つめた。


「貴女は、どうしたいの? 納得出来ないのでしょう。自分だけが逃げる事に。我を通す矜持を持て、と、白抜炙は貴女を仲間に迎え入れる時に言った筈よ」


 それは【鷹の衆】の掟でもある。

 唯々諾々と従う事は、とても簡単な事だ。

 だがそうして流された先に、幸福が待っているとは限らない事を、烏は知っていた。


「一人生き残る事に満足出来ないのなら、皆で生き残る薄い可能性に賭ける事も時には必要になる。それを知り、選択するのは貴女自身であるべきなのよ、朱翼」


 いつも通りの無表情で朱翼は烏の言葉を聞いていた。

 だが、彼女は揺れているように見える。


「錆揮はいないわ。貴女は、あの子を逃がす為に私の言葉に従ったのじゃないの?」

「烏は私に、戻れと言うのですか?」


 烏は首を横に振った。


「言ったでしょう。それを貴女が決めるのよ、朱翼」


 言いなりになるのではなく。


「自分がどうしたいのか。貴女は決める必要がある。流されるまま生きていては、きっと最後に後悔する」


 朱翼は視線を落とした。

 そんな彼女の肩に、烏は手を掛ける。


「朱翼。男が女を守りたいように、女だって男を守りたいと思って良いのよ。白抜炙は、その辺を理解してないのよね」


 烏は微笑んだ。


「自分の心の従う事。私たち【鷹の衆】にとっては、それが何よりも大切な事なのよ」


 朱翼は黙考し、深く息を吸い込んでから答えを出した。


「ーーー行きます」


 言葉と同時に、朱翼が河の上流に向かって走り始める。

そちらは、白抜炙と無陀が囮になって向かう予定だった方角だ。

 烏は朱翼の選択を見て笑みを浮かべると、追う前に符を取り出した。


「雛が、戦場に向かいました」

『そうか』

「私も行きます。貴方に敵対する事になるかも知れません」

『好きにしろ』


 ほんの二言。

 だが、相手に動揺など欠片もなかった。


 烏は符を仕舞うと、改めて朱翼を追って駆け出した。

 

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