第19節:【鷹の衆】
【鷹の衆】の全員が集まった。
その数、二十余名。
元々御頭に拾われた者達の集まりだ。
そう大した数ではないが、この人数でも村一つ制圧する程度なら造作もない程度には、各々が技量を有する集団だった。
「村は完全に制圧されています。村を囲う防壁に、軍旗が揚がっていました」
御頭が相手の要求を伝えて皆に意見を求めるのと同時に、口火を切ったのは烏だった。
錆揮を連れ帰ったのは烏だ。
村の様子がおかしい事に気付き、偵察に向かった時にぼんやりと歩いている錆揮を見つけたらしい。
「面白くねー話だねぇ」
無精髭を抜きながら、口をへの字に曲げて無陀が言う。
「相手は皇国軍。流石に分が悪いんじゃねーかねぇ」
「何で皇国が朱翼を狙うんでしょうね?」
衆の一人が言うのに、弥終が答えた。
「朱翼は美しい。欲する気持ちは分かる。とても分かる」
「そんな理由で村を焼き払う訳ねぇだろ。ふざけてる場合か」
「ふざけているつもりはない。毛頭ない」
こんな時でもお馬鹿な弥終の言葉に、白抜炙は苛立ちをぶつけた。
「ちょっと黙ってろ」
「ここで仲違いしていても仕方がないでしょう」
溜息を吐く御頭に弥終は頬を掻き、白抜炙は大きく鼻から息を吐く。
「私達の選択肢は三つ。村を見捨てて逃げるか、数も分からない皇国軍に牙を剥くか、あるいは大人しく朱翼を引き渡すか、よ」
「逃げるだけなら、どうにかなりそうだねぇ」
無陀が誰よりも先に意見を述べる。
「村の美しい華を見捨てるのはあり得ない。そう、あり得ない」
無陀の言葉に、弥終が反対を口にした。
「朱翼を引き渡して、相手が大人しく村を開放する保証がありますか?」
続く烏の言葉に、御頭が首を横に振る。
「ないわね。でも、引き渡さなければ村人を全員殺すと言っているわ」
「近くで血の臭いを嗅ぎましたが、すでに大半が殺されていると思われます。それでも救いに行かれますか?」
「一人でも生きているならその人に対する責任が私達にはある。違うかしら?」
御頭の言葉に、烏は反論せず、全員黙ってその言葉を肯定した。
やがて皆の視線が、自然と白抜炙に集まる。
無陀ら三人以外で御頭に最も近しい一人であり、朱翼を囲っている白抜炙に。
「責任はある。だが、皇国軍を相手に取るのは厳しい」
「なら、逃げる?」
御頭は、まだ自分の意見を言っていない。
全ての意見が出揃ってから判断しようとしているのは、御頭は村だけではなく【鷹の衆】にも責任があるからだ。
白抜炙はそれを理解していた。
「朱翼。お前自身の意見は?」
白抜炙が、錆揮を慮るように傍で背中を撫でる朱翼に問いかけると、彼女は口を開いた。
「……私が行く事で、皆が救われるのであれば」
錆揮が、朱翼の言葉に弾かれたように顔を上げる。
彼にしてみれば、認められた事ではないだろう。
白抜炙もそれは同じだ。
だが白抜炙は朱翼のいつもと変わらない顔に、かすかな諦念があるのを見て取った。
彼女の周囲では、いつも彼女を巡って争いがある。
自らの意思とは関係なく。
御頭が言っていた通りの事態。
俺がもっと気をつけていれば、と白抜炙の胸中に後悔が湧くが今はそんな場合ではない。
「一旦朱翼を逃がし、村を取り返す」
葛藤の末に白抜炙が口にしたのは、第四の選択肢。
「朱翼は渡さねぇ」
「この上戦力を分けるってのか? ますます勝ち目がねーねぇ」
苦言を呈するのは無陀だ。
皆が嫌がる事を率先して言うのは、彼が自分の役割を自分でそうと定めているからだ。
「俺は残るが、皆に戦う事を無理強いは出来ねぇ」
「あら。いつから貴方が【鷹の衆】の纏めになったのかしら? 勝手に結論を付けて良いとは言ってないわよ」
御頭が、白抜炙に対してぴしりと言う。
「だが、今回の件は俺の責任だ」
朱翼を連れ帰ったのは白抜炙であり、守ると決めたのも自分。ならば火の粉を被るのも、自分だけでも良い。
しかし御頭は首を横に振った。
「決めるのは私よ。そして、私は【鷹の衆】全員で決める事を望んでいるの。……ねぇ、白抜炙」
白抜炙が御頭に目を向けると、彼女は【鷹の衆】を見回して誇らし気に笑みを浮かべる。
「私の子達の中に、臆病者はいないみたいよ」
言われて白抜炙が周りを見ると、【鷹の衆】全員が笑みを浮かべていた。
「仲間を売るような事は最初っから考えちゃいねーよ」
「大体何様なんだよ、皇国軍ってのはよ。俺らに喧嘩売ってただで済むと思ってんのかって話だよ」
「村には世話になったんだ。見捨てる訳ねーだろ」
「白抜炙。あんま俺らを舐めんなよ」
口々に言う【鷹の衆】の面々に、白抜炙は唖然とした。
朱翼も、錆揮も、驚いたように目を見張っている。
「て事だねぇ。ま、白抜炙をからかうのもこの辺にしとこーかねぇ」
無陀がにやにやと言い、弥終も頷く。
「攻めて来たんだから追い返せばいい。そうでしょう? 御頭」
烏の問いかけに、御頭は笑顔で頷いた。
「意見は決まったわね。じゃ、奴らに目にもの見せてやりましょう」
御頭の号令に、【鷹の衆】は一斉に答えた。




