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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第18節:憤るアレク

「どういう事かな?」


 アレクは燃えた村を見回して、怒りを鎮める為に軽く息を吐いた。

 彼の背後に控え、頭を垂れるスケアと兵士達に動揺の色が見えない事が気に障る。


「この程度の村を制圧するのに、アレク様のお手を煩わせるまでもないと判断いたしました」


 アレクの問いかけに、代表して答えたのはスケアだった。

 頭巾を脱いで美しい顔と青い髪を晒していており、口元には薄く笑みが浮かんでいる。

 アレクは、飛竜の翼を模した片刃を持つ槍、飛竜槍の石突きを地面に立てて問いかけた。


「制圧、か。そんな事をしろと、命じた覚えはないんだけどね」

「人質は確保しております。こちらの手勢も然程多い訳ではないので、勝手とは思いましたが間引きをさせていただきました。何か問題が?」

「人質としての価値が減るとは思わないかい?」

「一人でもいれば構わないでしょう。一人だからと見捨てるなら、何人居ても見捨てますよ」

「無意味に殺す必要はなかった、と言っているんだが」


 アレクの冷たい視線に、平然と言うスケアは堪えた様子もない。


「その理由は先程説明したと思いますが……」

「反撃の危険がある、と? 辺境の村人が束になったら負ける程度の部隊だと言う意味かい?」


 スケアはうっすらと笑みを浮かべた。


「兵は殺すのが職務です。逆に敵を殺す必要がないなら、何の為の軍なのでしょう?」

「自国を生かす為だろう。その過程に敵を殺す事が含まれている事は否定しないけど、無辜の民を殺すのは軍人のすべき事ではないと思うね」

「ここは忌むべき土地です。この土地の者達は救世の御子を殺した連中でしょう。生かしても、ろくな事にはなりませぬ」


 アレクは、スケアの言い訳に溜息を吐いた。


「この村の者達が救世の御子に直接手を下した訳ではないだろうに。君も信徒ならば、宣教の思想はどうしたのかな。教会の教えは無闇な殺戮を認めてなかったと思うけど」

「教化ですか? それこそ無駄の最たるものでしょう。異教徒が真に我が神の教えを解する事などある筈がありません。異教徒には奴隷か死の二択で十分です」


 アレクは呆れた。

 皇国に住む人々も、あるいはスケア自身の祖先も、元を辿れば八岐大国の国民であり教化された人々である。


「殺す為の言い訳はそれで終わりかい?」

「否定はしませんが、どちらも私の本心です」


 快楽殺人者が、とアレクは心の中で吐き捨てる。

 村の中には、叩き潰され、斬られ、焼かれた人々が多く転がっていた。


「人質はどこにいるのかな」

「こちらに」


 案内されたのは一つだけ無事に燃え残った建物だった。村の中心にある立派な建物だ。おそらく村長の家なのだろう。


 中に入ると、荒縄で縛られ転がされている十名程度の人々。

 嗚咽を漏らす数人の女性と、射殺しそうな目で見つめて来る男衆。


 若い者はいない。全員が村の纏めを行っていたと思しき年齢の者達だ。

 男衆の顔は一様に腫れ上がり、中には倒れたまま動けない程に痛めつけられている者もいる。


 傍に立つのは、鎧を脱いだ数人の兵士。

 体から湯気が立つ程に汗を掻き、口元には嗜虐的な笑みを浮かべている。


 彼らが、男衆を痛めつけたのだろう。


「反抗的で、縛られても暴れるのを止めなかったので」


 スケアの言葉に男衆の一人が顔を歪め、ぺ、と血反吐を吐き捨てた。

 その男衆を、兵士の一人が即座に蹴り上げる。


「止めろ。……朱髪は?」


 アレクが言うとその兵士は肩を竦めて下がり、スケアは首を横に振った。


「以前、確かにこの村で見掛けたのですが、それらしき人物は居ませんでした」

「逃げたかな?」

「いえ。この村を囲う者達は山に住んでいるようで。朱髪はその連中の一員かと」


 アレクは頷き、男衆の中央にいる一際強い視線を放つ大柄な老人へ矛先を向ける。


「貴方が村長とお見受けするが」

「そうだ」


 臆した様子もなく老人が言う。

 この状況で大した胆力だ、とアレクは好感を覚えたが彼の方は違うだろう。


「何故皇国の者が我が村を襲ったのか。その理由を問うてもよろしいか」

「この地に朱い髪の少女が居ると聞いて確かめに参りました。何かご存知ではないでしょうか?」

「さて」


 目を反らす事も、表情を変える事もなく否定する村長だが、周囲の男衆が軽く反応していた。


「素直に教えていただければ、これ以上の狼藉は控えようと思いますが」

「今更に過ぎるとはお思いになりませぬかな。あれだけ村の者を殺されて素直にその言葉を信じる事は出来ませぬ。ましてそちらの方には一度騙されておりますのでな」

「おいおい、立場を弁えろよジジイ!」


 兵士が村長の頭を張り飛ばすと、男衆の一人が色めき立った。

 先ほど男衆を蹴り上げた兵士だ。


「村長に何をするか、ゲスが!」

「へぇ、まだ元気があるのか。もう少し遊ぶか?」


 楽し気に、口答えした男衆を挑発する兵士と、歯を噛み締める男衆。

彼の血の止まらない口元には、前歯がなかった。


「貴様らなど【鷹の衆】が居れば……!」

「止さぬか」


 男衆の言葉の憎悪混じりの言葉に、村長が制止を掛ける。


「そいつらの居場所を教えてもらおうか」

「謹んで遠慮させていただく」

「そうかい」


 今度は拳を握り、村長を殴りつけようとした兵士の腕をアレクが掴んで止めた。


「三度目はないよ。止めろと言った筈だけど」

「なら、手早くお願いいたしますよ、蒼将様。教皇たる皇帝陛下の名の下に慈悲深く、異教徒共に俺達を慰撫するという役目を与えなくてはならねーんでね」


 アレクは減らず口を叩く兵士を一瞥すると、溜息を吐き。


「警告はしたぞ」


 手にした槍の刃で、無造作に兵士の首を跳ねた。


 ごん、と重い音を立てて頭が転がり、首から血を撒きながら残った体が崩れ落ちる。

 女達が短く悲鳴を呑み込み、男衆と周囲の兵達が驚いたようにアレクを見ていた。


「無礼な物言いを許した覚えはないよ。皇国軍がこのような愚物ばかりと思われるのも心外だ」


 アレクは屋内を睥睨し、冷たく言った。


「軍紀違反が目に余るようだね。これより捕虜に毛筋ほどにでも危害を加えれば、全員処刑する。肝に命じておくように」


 兵士達は、仲間があっさりと殺された事とアレクの覇気を受けて青ざめていた。

 誇り無き者ほど、己の欲望に枷を嵌めない。

 そして己に酔って他者からの侮蔑にも気付かぬままに、害を成す。


「時にアレク様。ここの者とは別にもう一人、捕らえた者がおります」


 覇気に怯まなかった者、副官のスケアは笑みを強ばらせもしないままに報告を上げた。

 村の者達を痛めつける言い訳をする為に意図的に隠していたのだろう。


「連れて来てくれるかな?」

「は」


 アレクの願いに連れて来られたのは、長い黒髪を後ろで括った少年だった。

 どこか虚心したような顔をしている。両手を縛られているが、特に抵抗らしい抵抗も見せないままアレクの前に引き出された少年は、村の者達とはどこか違う服装をしていた。


 履物が乾きかけた血に濡れているが、彼自身のものではないようだ。


「錆ちゃん!」


 身を縮こまらせていた中年女性が驚いたように問いかけるのに、錆ちゃんと呼ばれた少年は青ざめた顔をさらに白くして怯えたように女性を見る。

 彼の表情が意味するところは分からないが、女性の反応から察するに彼はこの場に居る筈のない人物なのだろう。


 つまり。


「【鷹の衆】の一人なのかな」


 錆ちゃんと呼ばれた少年は、アレクの言葉に反応しない。

 ただ、心配そうに錆揮を見る女性を食い入るように見返して、何かを言いたげに口を開いては閉じている。

 アレクはしばし考えた後に、スケアに命じた。


「彼を使者に立てよう。文を持たせて放すんだ」

「よろしいのですか?」

「どこに伏兵が潜んでいるかも分からない敵地に全員で踏み込むよりは、誘き出した方が手間が少ないだろう」


 スケアはわざとらしい程に恭しく頭を下げて、少年を連れて出て行く。

 少年の視線は、最後まで中年女性の顔を見ていた。

 

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