第17節:常在戦場の掟
「村が、占拠された……!?」
白抜炙に会うなり、開口一番そう言った御頭に対して彼は呻いた。
「何が目的で?」
「相手の要求は、朱翼の引き渡しよ」
御頭の返答に、白抜炙は絶句する。
「だから言ったでしょう。気をつけなさいと」
「朱翼は、誰にも顔を晒していない筈です。それは徹底していた」
「徹底?」
低い声で言い返す白抜炙に対して、御頭の目は冷徹だった。
彼を睨むでもなく、ただ淡々と事実のみを語る。
「あの子は、水浴みをしに一度も外に出なかったの? あるいは、森で偶然であった村の者に、目の色を晒さなかったと?」
「……!」
「私達は、村の者と懇意にしていたわ。中には、村へ出向いて酒を呑む程に仲の良い者もいる。そんな誰かが強か酒を呑んで、記憶もないままに口を滑らせる事はなかったと、そう言えるのかしら?」
「俺は……! 衆の者達も、それ程に愚かじゃねぇ」
「急を要したとはいえ、朱翼を子患の始末に連れて行ったのは迂闊に過ぎた」
白抜炙の焦った口調を遮って、御頭はさらに重ねる。
「あの時、村に余所者が一人居たわね。私は会わなかったけれど」
山師の女だ。
知り得た記憶が、白抜炙の頭に蘇る。
あの女は言わなかったか。
『村に降りれば、商いも―――』
子患が須安によって殺された時、風に煽られて朱翼の頭巾が剥がれていた。
あの時に見られたのか。
そして、烏は言っていなかったか。
『山師の中には、噂を集める者が―――』
白抜炙は、自分の迂闊さに奥歯を噛み締める。
「あの女が……ッ!」
「今から衆会を開くわ。食堂に来なさい」
衆会は、物事を決める時に【鷹の衆】総員の了解が必要だと御頭が感じた時に開かれる。
「……何を話し合うんだ?」
「相手の要求を呑むかどうかを、よ」
「朱翼を売るのか? そんな事は許さねぇ」
怒りのままに口にした言葉に、御頭は目を細めた。
「あら。何故貴方の許しが必要なの?」
失言だ、と気付き、白抜炙は背筋が冷えるのを感じた。
御頭は、白抜炙に負けない程に怒っている。
しかし、やめる訳にはいかなかった。
「朱翼は、仲間じゃないのか?」
「あの子を連れて来た時。戦利品だ、と言ったのは誰? 物を渡して解決するのなら、そうするのが当然でしょう。物は、人ではないのだから」
御頭の言葉に、冷えかけた白抜炙の頭に再び血が昇る。
「その言い方なら、朱翼は俺の物だ!」
「今回の村の危機を招いたのは誰だと思ってるの? 仲間なら、あの子自身に責任を取らせるわ。物なら、貴方が責任を取って朱翼を差し出しなさい」
「誰が渡すか。あの時は、他に選択肢がなかったんだ」
「選択肢がなかったから、どうだというの。一度救ったからそれで不問に伏せ、と焼かれた村の者達に言ってみる?」
「ッ……だが、大の為に小を切り捨てるようなやり方は、俺達のやり方じゃない筈だ」
御頭は溜息を吐くと、いきなり白抜炙の胸ぐらを掴み上げて壁に叩き付けた。
強かに頭を打ち、一瞬意識が飛び掛ける。
咄嗟に自分を持ち上げる御頭の腕を掴むが、ビクともしない。
「小の為に大を切り捨てるのも、私のやり方じゃないわ。あのね、白抜炙」
御頭は、白抜炙の目を覗き込んで言った。
「少し落ち着きなさい。そういう選択も含めて、今からどうするかを話し合うんでしょう」
言われて、白抜炙は自分が落ち着きをなくしていた事にようやく気付く。
「……悪かった」
白抜炙が、狼狽えるのと引き換えに冷静さを取り戻したのを見て取り、御頭が手を離した。
「来なさい。私もまだ詳しい状況は分かってないのよ」
「御頭」
「何?」
「この話を持って来たのは誰です?」
「……錆揮よ」
「無事なんですか?」
「怪我はしてない。ただ、何も喋らないわ。酷く虚脱していて、ふらふら歩いているのを烏に見つかったの。返り血を浴びて、一通の文を持っていた」
そこに、今回の要求が書いてあったのだろう。
「相手は誰か、分かっているんですか?」
答えるべきか否か。躊躇う様子を見せてから、御頭は言った。
「……皇国よ」