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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第一章 巣立編
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第16節:見逃された災禍

「蒼龍が動くようだ」


 符によって遠くへと声を繋げた彼の呟いた言葉に、符の向こうにいる間者が息を呑む気配がした。


『……如何なさいますか?』


 間者の尋ねに、彼は簡潔に応える。


「事が起こるまで捨て置け」

『………』

「不満か? お前の呑んだ条件に含んでおいた筈だが」

『……事が起こった後は?』

「好きにしろ。お前と交わしたのは、そういう約定だろう」

『承知致しました』


 風信の符から光が消えると、彼は別の割符をふところから取り出し、起呪を唱える。


「ご無沙汰しております」


 間者に対するのとは違う丁寧な口調で彼が言うのに、符の相手は応えなかった。

 いつもの事だ。

 そう思って気にもせずに彼は続ける。


「機が熟したようです」

『……巣立ちか』

「はい。この試練を雛が乗り切る事を、私は切に願っております」

『願うだけで望みが叶えば苦労はない』

「重々、承知しております。それでも願わずにおれません」

『忠義な事だ』

「玉帝の悲願……何としても達さねば先はありませぬ」

『気負えば、仕損ずる』

「それでも、待つばかりのこの身には他に出来る事もございませぬ故」

『……』

「無駄話が過ぎました。九頭竜の加護があらん事を」

現人神あらひとがみは、もう亡い』


 そうして消えた符光の残滓を見ながら、彼は目を閉じた。


「それでも、貴方が居られれば……」


 相手に聞こえないのを承知で漏らした彼の呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。


※※※


 それは唐突に、そして静かに起こった出来事だった。


 不意に陽が陰り、地面を叩く鈍い水音が響く。

 雨が来たか、と村の者達は慌てて窓から外を覗き、そして見た。


 地面のそこかしこに出来た無数の水溜まり。


 その水溜まりがずるりと盛り上がり、形を成した。


 鎧を身に着け、腰に剣を差した者達。


 子患の襲来も記憶に新しい村人達は恐慌に陥り掛け、その直後に、さらに恐ろしい事実に気付く。


 彼らの内に幾つもそびえ立つ旗。

 陰魔より、さらに忌まわしい記憶に根ざしたそれらを見て、村はほんの僅かの間だが完全な静寂に包まれた。

 それを破ったのは、何処からか響く声。


「制圧せよ」


 激しくもなく大きくもない女性の号令に応え、剣を引き抜く音が村中に響く。

 その命令は、迅速に、円滑に進行し。

 僅かの間、悲鳴と怒号が村を包み込み、やがて火が起こって村を包み込んだ。


 【鷹の衆】がその事に気付くまでには、まだしばらく時間が必要だった。

 

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