第14節:那牟命様の戯れ
那牟命に拝謁する為に城に向かったアレクは、国主の最初の言葉通りに誰にも見とがめられずに謁見の間まで来た。
迎える那牟命は気怠気な様子で玉座に座り、肘掛けに頬杖を突いている。
背後には、最初に見た二人の従者が静かに立っていた。
征伐の許可を請うアレクの言を聞いて、那牟命は面白そうに頬を歪めた。
「鷹を狙うか。手強いぞ?」
「相手をご存知で?」
「傘下にある訳ではないがな。狙うなら、それなりの覚悟がいる相手だ」
那牟命がそうまで言うか、とアレクは内心で驚いた。
村一つを囲うだけの、ただの山賊だと思ったが違うらしい。
「大那牟命でも手を出しかねる相手ですか」
「気に入っている」
「では、御不興を買いますかね?」
「いいや」
アレクを止める気はないようだ。
力こそ全て。
那牟命の言葉は、建前ではなく真実なのだろう。
己の命に関してすらも同様に考えているに違いない。
そこにあるのは、己の力に対する圧倒的な自信だ。
「朱髪の雛。それが汝の狙いであろう」
那牟命の言葉に、アレクは危うく驚愕を表に出しかけた。
「自国に在る事をご存知でいらしたのですか?」
「既に滅んだはずの一鳥群龍とすら言われる連中の逸れ雛よ。噂に上がれれば知らぬ筈があるまい。常に力を求めている皇国軍においては有用だろうな。従える事が出来れば、だが」
皇帝の思惑に対して推測を口にするが、どこか他人事のような物言いをする。
この男は、一体、何を把握しているのか。
アレクの心が危険を叫んでいたが、彼は敢えて挑発的な物言いを返した。
「大那牟命は、その力を欲してはおられないのですか?」
「要らぬ」
断じる言葉に、全く迷いがなかった。
むしろ、口元の笑みをますます深くして、那牟命は続ける。
「強大な力は、敵する事こそふさわしい」
そこにあったのは、まぎれもない狂気とアレクには感じられた。
常在戦場の掟、と呼ばれる、他国から那牟命の狂気を端的に現わすと言われる勅命が真実である事を、痛烈に理解させられる。
「しかし、弱い内に潰されても面白くはないな。一つ、試すか」
唐突に、無限とも思える覇気を那牟命が身に纏った。
「試す、とは?」
心の底より湧き上がる警鐘を押し込めて、アレクも頭を切り替える。
「殺す気はない。ただの戯れよ。凌ぎ切れれば、汝の遠征を許可しよう」
言うと同時に。
那牟命の隻眼が、龍のそれに変わった。
金色の瞳に、蛇の瞳孔。
足元で爆発的に膨れ上がる金気に、アレクは咄嗟に背後に跳ねた。
木で出来た床から冗談のように突き出した鋭く長い十数本の刃が、直前までアレクの居た空間を交差するように貫く。
だが、それで終わりではなかった。
溶けるように刃が消えるより前に、同様の刃が、今度はアレクを追うように幾本も伸びて襲いかかる。
アレクは剣を抜いて、円を描くように移動しながら、それらの腹を剣で弾いていなした。
「増やすか」
那牟命がぽつりと言うのと同時に、今度はアレクの左右の床から二本の刃が現れる。
一本を避け、一本は受け流した。
前から、左右から、迫り来る刃を一つ残らず弾き、躱しながら部屋の中央に戻ったアレクが再び周囲から伸びて来た刃を数本同時に剣で受けた所で、追撃が治まった。
「見事だ」
入って来た時からまるで姿勢を変えないまま、那牟命がアレクに言う。
「汝も、敵するに相応しいな」
「ご冗談を」
アレクは言いながら、頬を拭う。
完全に避けたと思われた顔の横を抜けた刃が、そこに一筋、薄皮を裂く傷を作っていた。
「背後を狙わず、ご自身は一歩たりとも動いておられない。勝てる道理がございません」
那牟命の目は、元の黒目に戻っていた。
ーーー金気を刃と化す竜の秘術の一つ【竜眼・金剛視】。
なるほど、護衛等いらない。
戯れで、皇国四将の一人であるアレクに剣を抜かせるのだ。
敵意を見せた相手に彼が本気になれば、この部屋をあの刃が埋め尽くして即座に細切れの肉片と化すだろう。
最初の攻撃をアレクが躱してその後の追撃も凌げたのは、那牟命の持つその異能を情報として知っていたのと、彼が手加減していたからに過ぎない。
彼の背後に立っていた美女が、微笑みと共に渡してくれた手拭いで血を拭き取るのを見届けて、那牟命が告げた。
「征くが良い。吾は手を出さずにおこう」
許可が下りた事に謝意を示し、アレクはその場に膝をついた。