第11節:彼は二言多い
都の中央通りに面した酒場は、今日も活気に満ちていた。
その酒場の隅にある卓席で、頭巾に旅装のアレクが水を飲んでいる。
「間違いないのかい?」
彼の問いかけに、手にした風信の符から低い声が応じた。
『はい。朱い頭の雛鳥は、鷹の巣に暮らしているようです。また、衆には強大な力を持つ呪紋士が一人いるようで。子患を操り、事も無げに始末しました』
「どの程度の実力かな」
『恐らく、本国の呪団長と同等かそれ以上。正直手に負えない相手ですね』
「厄介だね」
アレクは軽く息を吐いて、話題を変える。
「しかし、朱髪の雛か……本当に存在するとはね」
祖国が得た情報は確かなものだったようだ。
『疑っておられたのですか?』
「少しね。祖国は何故、その雛を欲しているのだと思う?」
『分かりません』
あっさりと言う低い声に、アレクはおかしげに言った。
「まあ、君も私もその情報を与えられていないのなら、知る必要がないという事なのだろう。士気の下がる話だよ」
『院が秘密主義なのは今に始まった事ではありません。それに、神はこうおっしゃっています。汝、疑う事なかれ』
「………」
『異国に在る我々は、特に忠実な神の使徒たるべきです。異教徒共に惑わされぬ為にも』
「本気で言ってるのかい?」
『勿論です』
アレクは辟易として、相手に見えないにも関わらず肩を竦めた。
「使徒云々はともかく、勅令に無闇に疑問を抱いても仕方がないのは分かっているさ。意味が分からなければ是非の判断も出来ないしね。でも、君は何事にも固過ぎるよ、正直」
『卿が気楽に過ぎるのです。戒律にも、勅令にも。なればこそ、本土は卿を遣わしたのでしょうが』
声の言う通り、彼は忠誠や愛国心といった類いのものは持ち合わせていない。
代わりに、野心や向上心というものにも縁がなかった。
故に戒律を嫌いもしなければ自由を求める事もなく、親の命じるままに入った軍で特に問題も起こさないまま出世した。
それでも信心に欠ける言動は多く、戒律を軽んじすぎると何度か査問会に掛けられた。しかし法典に抵触する行為をした覚えもなく、処罰はなかった。
皇国は宗教国家だ。
マルド三大と呼ばれる預言者の一人であるイーサを開祖とする唯一神教、オース教を国教としており、戒律に対しては倭繋国に比べて非常に厳しい。
それでも彼が総大将に次ぐ四将の地位にまで上り詰めたのは、軍人として彼の才覚が際立っていたからに他ならない。
声の評価は、アレクに対する周囲の評価を端的に言い表していた。
「まぁ信仰の深い連中にはこの国の在りようは耐え難いか、あるいは魅力的に過ぎるんだろうね」
実際、アレクの前に派遣された者達はことごとく誰かとの対立の末死亡するか、あるいは唐突に姿を消して行方不明となっている。
「君にとってはどうなんだい?」
『魅力的ですね、この国は』
声の意外な返答にアレクは目を丸くした。
「へぇ、それはまたどうして?」
『人を殺すのに、良心が痛みませんから』
声は、さらりと告げた。
『周りは異教徒だらけです。異端審問官の役目は、明らかに信心深い者も協会の意に添わなければ拷問しなければなりませんでした。ここではその心配はありません。思う存分敵を殺して、その快楽に浸る事が出来ます』
「君が殺人鬼だという事をすっかり失念していた。しかし、敵だからと無闇に人を殺すのはどうかと思うけど」
『この国では国主が闘争を認めています。その末に相手が死のうと、文句を言われる筋合いはありませんね』
「君はすっかり、この国に染まったみたいだね」
『この国に染まらない者は、余程清廉潔白な人物でしょう』
皮肉と笑いを半分ずつ含んだ口調で、低い声は言った。
『あるいは、余程の変わり者かと』
「さて、誰の事やら」
おざなりに恍けてから、アレクは話題を戻した。
「今から出立する。受け入れの準備を」
『国主にお伺いは立てないのですか?』
「すぐに済ませるさ。後になればなるほど面倒くさくなるし、やる気が失せて来るからね」
『卿は、二言多い、とよく言われませんか?』
アレクは低い声の質問に首を傾げた。
「言われるけど、何故?」
『必要な事だけ口にすれば、有能そうに見えるものですよ。参考までに』
「なるほど、心に留めておこう」
『では、お待ちしています』
その言葉を最後に、符は沈黙した。




