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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第22節:陽鳥


 シン、と。


 周囲に吹き荒れていた暴風も、洞穴の軋む音も、魂を引き裂かれそうになっている謝治の悲鳴も、何もかも。


 緩やかに時間の流れが失せたように動きを止めていた。

 

 先ほどの陰陽結界が発動した時よりも深い沈黙の中で、朱翼の手の中に宿った陽気の玉が、卵から孵るように解けていく。

 細く揺らめく光の糸が、解けては交わり、幻影の中で目にした姿を成していく。


 尾は、優美に波打つように長く伸びて、優しげに揺れる。

 翼は力強く繊細に広がり、緩やかに一度羽ばたいた。


 光の粒子が音もなく弾け、最後に長い首を持ち上げたそれと、朱翼は目を合わせる。


 顕れた鳥は、深い知性を感じさせる瞳の、神々しく優美な霊獣だった。


 炎のような揺らめきで形作られた体の色が、青や赤、黄色に艶めいては白に戻る。

 声もなく、そのあまりの美しさに見惚れながら。


 同時に、朱翼は戦慄していた。


 鳥は、まるで喰らうかのように場の陽気を取り込み続けている。

 自らが招来したにも関わらず、その鳥が自分よりも遥か高き場所にいる存在だと、朱翼は本能的に悟っていた。


 陽鳥の名を持つ霊獣は、かつて片鱗を見た悪龍と同じか、それ以上の力を持っていた。


「あ……」


 軽く、吐息のような声を、朱翼が漏らすと。




 ーーー時の流れが、一息に足を早める。




 再び空気が、轟音と共に荒れ狂い始めた。


 しかし、陽鳥の周囲だけは静かなまま。

 ふいと顔を逸らした鳥は、感覚すらなく朱翼の腕を蹴って空を舞った。


 直後に、今まで意識の外に外れていた黒衣の男が、槍を構えて思い切り突き出すのが目に映る。


 陰気の暴風を、凄まじい膂力から生み出された槍の螺旋が穿った。

 陽鳥は、陰気の中心となっている場所へと、それに導かれるように舞う。


 吸い込まれるように謝治の肉体に潜り込んだ霊獣の姿を、朱翼の『目』ははっきりと捉えていた。


 今にも壊れそうな謝治の魂をその輝く翼で包み込み、労わるように胸に抱く。

 そして、光が炸裂した。


 だが、その光は攻撃的で凶暴なものではなく、むしろ穏やかに空間に満ちる。


 やがて光が消えると、荒れた場所の中心に謝治が立っていた。

 アースラではなく、人の姿に戻っている。


 そのまま緩やかに彼女が倒れこむと、羽毛のような光の残滓が弾けた。


「陰気が……」

「消えたな」


 朱翼のつぶやきに反応した黒衣の男は、相変わらず表情も変えないままにそう告げると、遠くへと手を伸ばす。


「ヴァル」


 呼びかけに応えて、無陀の相棒である小竜、一葉(イチヨウ)の体に憑依していた気配が飛来し、彼の腕に吸い込まれた。


「……目的は果たした。後は好きにしろ」

「貴方は、何のためにこの場へ?」


 助けてくれたのは、誰かが人が死ぬことを望まないからだと言っていた。

 だが、それは手助けをしてくれた理由だ。


 彼がなぜこの場にいたのか、が、朱翼には分からなかった。


「……」


 しかし彼は、その呼びかけには応えないまま、まばたきの間に視界から消えていた。

 

 一体、何者だったのか。

 まるで彼女の師父のような気配を持つ男。


 しかし、その疑念を彼に向けていられたのはさほど長い時間ではなかった。


「謝、治……!」


 苦しげな声音に振り向くと。

 道羅が、無陀の支えを振り払って、倒れ込んだ謝治に向けてフラフラ歩き出すのが見えた。

 

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