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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第19節:役割


 錆揮は、姉と別れて走り出した後。

 艶牙を伴って自分のやろうとしている事を無陀に伝えるために、真っ直ぐに駆けた。


 視界の左に黒衣の男、右に無陀と道羅がいる。


「くっ……一葉(イチヨウ)!」


 無陀の呼びかけに、彼に従う緑の小竜がキュイ! と鳴いて風の息吹を放った。


 アースラの放った竜巻が乱れて、無陀を引き裂こうとしていた竜巻が、体を吹き飛ばす程度に威力を弱められる。

 無陀がこちらの近くに着地すると同時に指矢が迫り、それを錆揮は割り込んで弾いた。


「艶牙、行って!」


 符をくわえているので喋れず、喉を鳴らして答えた艶牙が、横に向かって駆けて行くと。

 無陀が錆揮に問いかけた。


「策は出来たのかねぇ?」

「姉さんが、反転結界を張る。謝治は陰気で操られているらしいから、陰気を散じれば元に戻るかも、って。アースラを回り込んで火符を置きに行く」

「かも、ねぇ。いつも通りの、行き当たりばったりだねぇ」

「いきなり救えって言われて、まともな策が練れると思う?」


 いくら姉でも、考える時間もない状況ではどうしようもない。


「それも、道理だねぇ」


 話す間に、道羅が雷を纏ってアースラに突っ込み、独鈷杵で二本の刃と渡り合う。

 黒衣の男のさらに向こうにいる颯がアースラから放たれた風を吸い、アースラの体に隠れた向こう側では、弥終と烏が連携して戦っているようだった。


「狭いのが困るねぇ。俺と颯は動きづらいからねぇ」


 二人はもともと、空を駆けて速さと身軽さを生かした戦い方をする。

 風切で飛べない颯は、一応風の刃を放てる無陀と違い、槍で足元を崩す程度のことしか出来ない。


 風切を楯のように使って皆を援護しているが、不利は否めなかった。


「あの風さえなんとかなりゃーねぇ……」


 無陀がぼそりと呟くと、黒衣の男と風を避けた颯が、こちらに回り込んできた。


「ちょっと不利すぎるだろーよ」


 珍しく愚痴る颯に、無陀は肩をすくめただけだった。


「んで、気になってたんだけど、そちらはどちらさんなのかねぇ?」


 黒衣の男が何も言わずにアースラと戦っているので、とりあえず置いておいたらしい疑問を、無陀が投げかけた。


「味方だよ。多分今は」


 問われても自分も正体を知らない錆揮が答えると、黒衣の男は無陀を一瞥して。


「……風を抑えれば、()りやすくなるか?」


 質問には答えずに、そう問いかけた。

 無陀は、再びこちらに三鈷杵を向けるアースラへと双短刀を構えながら、うなずく。


「そうさねぇ。だいぶ、やりやすくなるねぇ」


 黒衣の男がうなずいて、無陀に向かって手をかざした。


「……その小竜の体、借りるぞ」

「は?」

「キュイ?」


 二人がいぶかしそうな顔をする間に。

 黒衣の男から、黒い気配が放たれて。


 彼の右目が、紅く染まった。


「これは……覇気?」

「いいや、多分竜気だってーのよ」


 人には存在しないはずの気配に、颯がいぶかしげに眉をしかめる。

 その言葉に、無陀は目を細めた。


「どうにも、この男は人じゃないのかねぇ?」


 三人でやり取りする間に。

 アースラが再びこちらに風を放ち、錆揮たちが避けようと足に力を込めると。


「……ヴァル。力を貸せ」


 男の手から放たれた黒い竜気が、一葉を包んだ。


「って、何してんだねぇ!?」

「きゅ……!」


 一葉の鳴き声が途中で途切れ、その外皮が黒く染まる。

 と同時に、一葉から小竜ではあり得ないほどの風の息吹が放たれて、アースラの風を吹き散らした。


『今、体借りるって言ったじゃん。話聞いてた?』


 黒く染まった一葉から人語が放たれて、錆揮は息を呑んだ。

 一葉は無陀の肩に止まり、再び口を開く。

 

『風は抑えるよ。この憑依した小竜の体に負担をかけるから、それ以上は出来ないけど。どう動けばいい?』


 どうやら一葉に、なにかが取り憑いたらしい。

 多分、取り憑いたのも、体内の気の流れを見るに竜なんだとは思う。


 ただし一葉と違い、底が知れないほど強大な竜だ。


「一葉は大丈夫なの?」


 錆揮が黒衣の男に尋ねると、彼はうなずいた。


「……終われば体は返す。ヴァルは特殊な竜だ」

『ボクはリ……おっと、彼と二心同体に近くてね。今使ってる体がちょっと遠いところにあるから』


 錆揮が無陀を見ると、彼はため息を吐いた。


「一葉には、後でご褒美でもやろうかねぇ。風を防いでくれるなら、かなり助かるからねぇ」

「……頭一つは俺が抑える。他はお前らでどうにかしろ」


 黒衣の男が言って、アースラに向かって跳ねた。


 三つの頭と6本の腕で周囲全てを相手に出来ることが、力以上にアースラの対処を厄介にしている。

 無陀は、そこからは迷わなかった。


 白抜炙と御頭がいない戦闘の時は、烏や弥終すら無陀を頼りにする。

 彼は、真面目にしていれば頭の回転が早く視野の広い、強い男なのだ。


 〝風の修羅〟の異名は、決して見掛け倒しではない。


「颯、俺、それにヴァル、だっけねぇ? の三人で、錆揮を向こう側に連れて行こうかねぇ」


 ヴァルを肩に乗せたまま、先頭に立ってアースラを回り込むように走り出す無陀に。

 錆揮、颯の順に続く。


 途中で、戦い続けていた道羅の脇をすり抜けた。


 洞窟は縦長で、回り込む時にどうしてもアースラの至近に入る。

 近づいてきた敵を察して、こちらに目を向けたアースラの攻撃が襲いかかってきた。


 ヴァルが風を、無陀が矢を弾き、錆揮に向かって振り下ろされた刃を颯が槍で弾く。


 その間に、紋の力によって強化された脚力で。

 一気に走り抜ける錆揮の背後から、姿が見えた弥終と烏に、無陀が指示を飛ばす。


「弥終は艶牙について守って欲しいねぇ! 烏は錆揮だねぇ!」


 二人は即座に指示に従った。

 弥終は無言のまま、符を置いた艶牙の元へと無陀らとすれ違うように走り出し。


太白虎形(ワレハビャッコナリ)!」


 烏は、弥終の目になるために金髪麒麟の形意をしていた肉体を、白髪白虎の形意に変えて錆揮を追走した。

 来た入り口の前に火符を置いて振り向くと。


 烏も振り向いて錆揮を守るように立ち、その向こうでアースラと至近で戦う黒衣の男と、無陀、颯、道羅の姿が見えた。


 背後の火符へ向けて、姉の呪力が地面を伝うのが眼に映る。

 符を巡るような光の軌跡が、円を描いて閉じ。


 姉の声が、かすかにアースラの向こうから響いて来た。

 

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