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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第18節:助力


 目の前で始まった戦闘をジッと眺めながら、朱翼は考え始めた。


 アースラ化した謝治を救う。

 それが、どうすれば出来るのか。


 刃を振るい、風を起こすアースラの相手をする仲間たちの姿に、朱翼が微かに焦りを覚えていると。

 足元の見覚えのない獣が、グルル、と喉を鳴らした。


「アイツ、むりやり、カラダつかわれてる……」


 その言葉に、朱翼は獣に目を向けた。


「無理やり……?」

「タマシイ、きしんでる。クルしんで、ないてる」


 朱翼を守るように立つ錆揮が、その言葉に厳しい目をアースラに向けたまま、問いかけた。


「艶牙。どういう風に苦しんでるのか、わかる?」


 錆揮の言葉に、艶牙と呼ばれた獣の五色にきらめく瞳がゆらっと揺れてから、元に戻った。


「アイツの八つのアシをむりやり、ひっぱっられてる。大きくされてる。クラいほうの、木と土のニオイをもつヤツらが、やってる」


 おそらく、過剰に五行気を注いで無理矢理肉体を変異させている、という意味だと朱翼は解釈した。

 暗いほう、というのは、陰気だろう。


「陰気を散じるか、憑いている者たちを引き剥がせば、彼女は元に戻る……そう思いますか?」


 朱翼の問いかけに、艶牙はちらりと敵意に近い視線を向けてから、目を逸らした。


「オイラはそんなコト、わからない」

「では、試してみるしかありませんね」


 憑いているモノを引き剥がす方法を、朱翼は知らない。

 浄化の方術というものが存在することは知っているが、具体的にどのような方法を使えばその方術が扱えるのかを知らないからだ。


 対して、陰の五行気を散じる方法は二つ知っている。

 呪紋によって特定の気を別の星へ転じる方法と、陰陽を転じる方法。


 しかしただ呪紋を行使しても、転じる気は微々たるものだ。


 あれほどの存在を弱らせる紋術は、強力な結界術しかない。

 しかし相手が木土の気配を持つのなら、単なる五行結界ではどちらか一方の気が弱るだけだ。


「必要なのは、陰陽結界……」


 それも、陰陽の気を反転させる結界が、必要だった。


 陰陽結界は、上位の結界術。

 昔は作れなかったが、今の朱翼ならば、準備さえ整えば。


「五行符が必要ですね……それも、強力な」


 今の朱翼の全力に耐えうるだけの置紋を描こうと思えば、時間がかかる。

 呪力の受け皿である強力な符をなるべく早く五点に配し、集中する必要があった。


「錆揮。符を持っていますか?」

「火のやつだけ」

「私の作ったものですか? 欲しいのは、白抜炙の符です」


 彼の作ったものならば、朱翼が時間をかけて描く紋には劣っても、自分の符を使うよりは効果が得られるはず。

 そう思ったが、錆揮は首を横に振った。


「ゴメン、ない」

「そうですか……」


 朱翼が持っているのも、白抜炙の熾しの符のみ。

 流石にこれでは、と思いながら、朱翼が動こうとすると。


「……符ならば、ある」


 背後から、聞き覚えのない低い声が、聞こえた。

 全く気配を感じなかったことに戦慄しながら振り向くと、立っていたのは黒衣を纏い槍を持った男だった。


「あんたは……!」

「また出た!」


 朱翼よりも先に声を上げた二人に、彼女は問いかける。


「……知り合いですか?」

「知ってると言えば、顔は知ってる……」


 なぜか焦ったような顔をしている錆揮を無視して、男が手を差し出した。

 彼は無表情で、ゾッとするような整った顔をしているが、顔の右半分が火傷痕に覆われている。


「……白抜炙の符だ。必要だろう?」


 男の持っている符は5種類あり、朱翼は目を見開いた。


「なぜ……」

「……理由は、いずれ分かる。必要なのだろう?」


 少しだけ黙った朱翼は。

 すぐさま、それに手を伸ばした。


「姉さん」

「理由は、後です」


 警戒する錆揮に言い返して、朱翼は符を見た。


 今までに見たどんな符よりも、精密で精巧。

 だが、見覚えのあるクセがある。


 それは間違いなく、白抜炙の符だった。


 男は、朱翼に符を渡すと、アースラに向かって彼女らの横をすり抜ける。


「何をするの?」

「……強力な化身だ。今の貴様らには、加勢が必要だろう」


 問いかける錆揮に言って、男が穂先が黒く染まった槍を横に払うと。

 彼から、圧すら伴う陰気が放たれた。


「……!」


 邪悪。


 そうとしか感じられない濃密な陰気、なのに。

 龍脈を読む朱翼の目には、彼の芯に在る光輝とすら思える濃密な陽気が感じられた。


「……一人も死なさず。そう、ティアは望むだろうからな」


 朱翼たちには意味の分からない呟きを残して、男が戦いに参戦した。


「どうするの?」


 錆揮の問いかけに、朱翼は我に返った。


「五方に、対応符を。手伝ってくれますか?」

「当然。アースラの向こう側は請け負う」


 錆揮の答えに、朱翼は首を横に振った。


「いえ、そちらには私が」

「ダメだよ、姉さん。姉さんが怪我をしたら、謝治を救えないかもしれない」


 目だけを朱翼に向けた錆揮に。

 彼の目線が今までに比べて自分と近いことに、朱翼は戸惑いを覚えた。


 ーーー錆揮は、こんなにも落ち着いた目をする子だっただろうか。


 今までの、暗い感じと違う、彼は。

 気づけば背丈までがいつの間にか伸びていて、彼女の知る錆揮よりも、青年に近づいているように見えた。


「オレはマドカを殺した。学園では、フラドゥを救えなかった。……オレが辿った、これからまた辿るかもしれない、間違った道を歩く奴を、救えるなら」


 朱翼はその言葉と、静かだが強い語気に。

 彼の体を覆う、大陰紋に目を向ける。


 いつ暴走するかも分からない、彼の体を覆う紋を。

 

「……オレの力は、姉さんを助けるために使う。でも、白抜炙の血紋が守ってくれてる限り、ついでに救える奴がいるなら、オレも頑張りたい」


 符を、と錆揮が言う。

 朱翼は目を閉じた。


 成長を嬉しく思うのと。

 同じくらい錆揮を案じる気持ちと。


 そして、少しの寂しさを覚えて。


 朱翼自身が、守られる存在だった。

 そんな朱翼が、守らなければならなかったのが、錆揮だった。


 でも。

 錆揮も成長している。


 彼女と同じように。


 朱翼を守ろうとする彼の立ち振る舞いが、自分の力でできることをしようという気持ちが。

 頼れる相手として、感じられる。


「……では、お願いします」


 朱翼の言葉にうなずいた錆揮が、二枚の符を取って。

 その一枚を、艶牙に示した。


「艶牙も、手伝ってくれないかな? あの化け物の苦しみを終わらせるために」


 錆揮は、艶牙を対等な相手として扱っているように見えた。

 上からではなく、共に、と。


 そんな錆揮を見上げて、艶牙が鋭い歯を剥いたのは、笑ったのだろうか。


「いいよ。くるしんでるヤツは、見たくない」

「助かるよ」


 艶牙が符をくわえ、錆揮の合図を待った。


「姉さん、どう置く?」

「水晶を中心に。あれの持つ土気が符の代わりをするでしょう。土の符は必要ありません。水晶の裏が北、錆揮たちの来た方が南です」

「わかった。艶牙は、回り込んで東側に木符を置いて。……行くよ」


 錆揮が跳ねると同時に、艶牙と朱翼も動き始める。

 朱翼は水晶を回り込んで自身が来た入り口に水符を置くと、すぐさまとって返した。


 艶牙が木符を、錆揮が火符を手に阻まれながらも戦場を走る間に、戦場から遠い朱翼は2枚目の符である金符を洞窟の西側に置く。


 そうして水晶の前に戻ると、錆揮が声を上げ、艶牙が遠吠えを発した。

 朱翼は目を閉じて、腰に下げた筒から五指に五色の粉を舐めとると、腕に指を這わせて全ての色を含む五望を描いた。


 発する言葉は、理を解す者のみが扱える呪。


「陰陽五行に、星巡る……」

 

※※※


配置図①

挿絵(By みてみん)

配置図②

挿絵(By みてみん)

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