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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第16節:発見


「開けるぞ」


 一晩かけて柔らかな土に変わった聖域の入口を、道羅が蹴り破った。

 土の崩落が治まると、道羅が最初に飛び込む。


 ぽっかりと開いた洞穴に、錆揮たちは次々に続いて飛び込んだ。

 土の上に飛び降りた錆揮が周りを見回すと、一面のヒカリゴケがある。


 斜め上にあいた洞穴の光に照らされて輝きを消し、鈍い緑の本来の姿をさらしていた。

 洞穴からは、縄ばしごが垂れ下がっていて、帰りはそれを使って登るのだろう。


 降りてきた穴はどうやら洞穴の袋小路のようで、片方にまっすぐ伸びた洞穴がすぐに二股に分かれている。


「謝治、入口を塞げ」


 道羅に命じられて、謝治がぼそりと起呪をつぶやくと。

 土が風に煽られて舞い上がり、再び入口を埋める。


 暗闇に閉じ込められたのはほんのわずかな間で、すぐにヒカリゴケがぼんやりと輝きを取り戻した。


「多分、向こうだ」


 道羅が示したのは、二股に別れた道のうち、例の輝く樹のあった方角だった。


「聖域の中はさほど複雑な道ではない、と族長は言っていた。道の広さからしても、真っ直ぐに

向かえばたどり着くはずよ。あちらから清涼な空気が流れてきているしな」


 そうして道羅が、迷いのない足取りで向かおうとするのを、烏が留めた。


「待って、道羅」

「どうした」

「あなたの示した方の奥から、人に似た、でも人ではないなにかとも思える気配が……する」


 そう言う烏を錆揮が見上げると、彼女の髪が数束、黄に染まっている。

 どこか焦点が遠くにある烏は、練気法による遠見を使っているのだと、錆揮は悟る。


 竜脈や万物から放たれる五行気を、直接視る技。

 錆揮は彼女や姉のそうした視野を『大陰紋』を得たことで理解していた。


「朱翼はどーかねぇ?」


 人の気配、という言葉を聞いて双短刀を引き抜いた無陀に、烏は曖昧に首を傾げた。


「……いる、と思うわ。濃密な木気に紛れてはいるけど、かすかに知った色が混じるから」

神の子(ニォクァクル)の他にも、誰かが入り込んだってことかよ?」


 颯は槍を肩に立て、狭い場所では邪魔になる風切を背に縛り付けながら問いかけた。

 その言葉に、謝治が三鈷杵を引き抜きながら怒鳴る。


「我らが聖域に、外様の者が入る事などあり得ぬ!」

「ウルサい……」


 同行を許された艶牙は耳がいいのか、間近での大声に呻いた。

 謝治はそんな艶牙を、汚らわしそうに見て顔を歪める。


 錆揮がさりげなく謝治の視線から艶牙を守るように立つと、彼女は舌打ちして目をそらした。


「……イヤな女」

「そういうことは、思っていても口にしちゃダメだよ」


 錆揮の注意に、艶牙は目をそらした。

 ふてくされているのか怒っているのか、と錆揮が頭を掻くと。


「先が思いやられるねぇ……」


 無陀もどこか呆れたように二人を見比べた。


「……そう思うなら、どうにかしてよ」

「余計なことはしないに限る。そう、限る」


 それまで黙っていた弥終がぼそりと言い。


「まぁ、世はなべて事もなし、だねぇ」

「二人して逃げてるだけじゃないか。で、どうするのさ」


 正直、錆揮はこんなところで言い合いをしているうちに、少しでも先に進みたかった。


「ここで分からぬことやくだらんことを、しゃべっていても仕方があるまい」


 道羅以外の全員が武器を手にする間に、錆揮の心の声を代弁するようなことを口にして、彼はさっさと先に進んでしまった。

 謝治もそれに続き、烏が練気術を維持したままため息を吐いて、ついていく。


「豪胆なのか無謀なのか分からないわね」

「まぁ、聖域の中のことを知りもしねーのに考えるだけ無駄、ってのも頷ける話ではあらぁねぇ」


 錆揮は、ぽりぽりと顎の無精髭を掻く無陀に小さく問いかけた。


「……ねぇ」

「ん?」

「紋は、使ってもいいかな」


 錆揮の言葉に、無陀は片方の眉を大きく上げた。


「……戦闘になれば、だねぇ。朱翼を見つけたら、守るように動くことだねぇ」


 無陀の言葉に、烏もうなずいた。


「ミショナの学園で起こったようなことは、出来れば避けた方がいいわね」

「血紋は守るべきだ。そう、守るべき」


 ようは、二人とも、なるべく前に出るな、と言いたいんだろう。

 もし戦いで胸元の血紋が欠損したり、親和して血紋の効果が意味をなさなくなれば、また錆揮は太陰紋に意識を支配されることになるからだ。


「……分かったよ」


 姉と再会できるのなら、その言いつけを守ってもいい、と錆揮は思う。


 でも、もし朱翼が向かった先にいなければ。

 あるいは、姉が見つからなければ。


 その時、錆揮は道羅と謝治を殺すために力を振るってしまうかもしれない。


「まぁ、なるようになるってーのよ。だから、そんなおっかねぇ顔してちゃダメだってーのよ」


 ぽん、と颯が錆揮の頭に手を置いた。

 子ども扱いすんなよ、と心の中で思うが、実際、颯が絶妙のタイミングで錆揮の暗い思考を断ち切ってくれた。


 天頭を横に振って、しばらく進むと、不意に視界がひらけた。


 黄色い光に満たされた広い場所。


「試し?」


 神秘的、と呼べるその光景の向こうから、朱翼の声がかすかに聞こえて。


「姉さん!」


 思わず声を上げる錆揮に、答える朱翼の声。

 それとともに、黄色い光がいきなり暗くなった。


「何事だ!?」


 驚く錆揮の前にいた道羅が、驚いた声を上げるのと同時に。


「グッ……」


 道羅と同じように前にいた謝治が、ぐぅ、と喉を鳴らして、いきなり体をくの字に折った。

 そんな謝治を見て、艶牙が毛を逆立てて身構えた。


「あの女に、なにかが入ってく!」

「どういうこと!?」


 錆揮が艶牙に問いかけると同時に、謝治を中心に爆発するような暴風が、空間の中に吹き荒れた。

 

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