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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第13節:奇妙な対話


「オイラがニンゲンなんかと、何でしゃべらなきゃいけねーんだ?」


 獣の発した言葉に、錆揮は驚いた。


「話せるのか、お前」

「しゃべれてワルいか、ニンゲン。オイラのナワバリから出て行け」


 グルルル、と喉を鳴らす獣に、黒衣の男が淡々と告げた。


「……何故、人を敵視する。お前は獣魔だろう?」

「ナゼ!? ナゼだと!?」


 子どもっぽい声の獣魔は、金切り声を上げた。


「ニンゲンはオイラのナカマをころした!! みんな死んだ!! チチウエもハハウエもキョウダイもみんなニンゲンがころした! オイラは一人で西のすみかを追われた!! だからだ!!」


 黒衣の男は、獣の悲痛な叫びに目を細めた。


「……皇帝は、人と共に在るべき獣魔を滅ぼしたのか」

「オイラはゆるさない!! ゼッタイゼッタイゆるさない!! ニンゲンなんか、いなくなっちまえばいい!!」


 艶めく牙を剥いて吠え立てる獣魔を見て、錆揮は自分の胸を押さえた。


「皇帝……」


 姉と錆揮を受け入れてくれた【鷹の衆】を間接的に滅ぼした相手と、同じ男。

 あの狂った女とアレクを差し向け、村を焼き払った男の。


「お前も……奪われたのか」


 姉や、【鷹の衆】の皆や、村の人たちが、那牟命(ナムチ)に奪われたのと同じように。

 この獣も、大切なものを。


「ゆるさない! ゆるさない! ゆるさない!! ここから出て行かないなら、食いころす!!」


 ガァ! と飛びかかって来た獣を、黒衣の男が喉を押さえて吊り下げる。

 それでも牙を剥き、前爪を黒衣の男の腕に立てる獣に。


「……ごめんよ」


 錆揮は紋を解くと、フラフラと近づいてその顔を見上げた。

 獣が、こちらを見て驚いたように目を開く。


 動きを止めた獣に、錆揮は言った。


「ごめん……お、オレが謝って許される事じゃないだろうけど。殺しても、殺し足りないくらい憎いだろうけど」


 錆揮は、獣の気持ちが痛いほど分かった。

 痛いほど分かったが、獣と自分は違う、とも、思った。

 

「……この少年は、お前と同じように、人に住処を滅ぼされた」


 黒衣の男が言うと、獣が、信じていないような口調で言い返す。


「おなじニンゲンなのに、食い合ったのか?」

「……人とはそうした者だ。お前たち獣魔と違い、愚かにも同族同士で争う事をやめられん」

「いみがわからない。ナカマと食い合うのは、長をきめる時だけだ」

「……お前たちはそうだ。人は少し違う。だから愚かだと言う」


 獣は、再び錆揮を見下ろした。

 その目線を受けられず、錆揮は顔を伏せる。


「このないてるヤツも、オロカなヤツか?」


 言われて、錆揮は自分の頬に手を当てて、自分が涙を流していた事に驚いた。

 慌てて頬を拭うと、黒衣の男はその間に話を続ける。


「……人にも、少しだけ賢い者がいる。彼もその一人だ。お前と同じ、失う痛みを知る者だ」

「違う!」


 黒衣の男の言葉に、錆揮は思わず叫んでいた。


「オレは、賢くなんかない! オレも奪った側だ! そいつとは違って、オレにはなくしたものを悲しむ権利はないんだ!」


 叫ぶ錆揮に、黒衣の男は感情の浮かばない目を向ける。


「……」

「あんたに何が分かる!? 知りもしないくせに!」


 錆揮は自分も両手を掲げて、何も知らないのに分かった風な事を言う男に震える自分の指先を示した。


「オレは殺したんだ! 怯えて、村の女の子を殺した! オレがバカだったから、紋を体に刺して、姉さんにも、【鷹の衆】の皆にも迷惑を掛けて……頭領も、死んだ……ッ!!」


 再び、涙が溢れそうになって、錆揮は唇を噛み締めてぐっと堪える。

 自分に、泣く事は許されていないと。


「オレのは、ただの、自業自得だ……」


 獣は、じっと錆揮を見ているようだった。


「……皇国に住んでいたお前が、こんな東まで落ち延びた理由は何だ?」

「チチウエが言った。ヒガシに行けば、ナカマがいるって。でも、いなかった」


 抵抗をやめ、しょぼくれるように尻尾を垂らした獣に、黒衣の男はうなずいて獣を下ろした。


「……獣の子。復讐を望むか?」

「何だと?」

「……お前の仲間を殺した皇国を打倒するための、力を欲しているか?」


 黒衣の男の問いかけに、獣はうなずいた。


「ヤツラは、オイラたちだけじゃなくて、ほかのムレもころしてた。ヤツラをほうっておいたら、ヒドイことになる」

「……ならばやはり、お前はこの少年と話さなければならない。独りでは、お前はあまりに弱い」


 黒衣の男は、槍を手にしたまま身を翻した。


「人と手を組め、獣の子。皇国を打倒する道は、その少年と向かう先にある」


 皇国を打倒? と錆揮は疑問を覚えた。


「オレたちは、そんな事を望んでない」

「……救世の巫女が在る限り、いずれ皇国との敵対は避けられん。信じるかどうかは、勝手にすると良い」


 それまでの、黒衣の男の濃密な気配が急速に薄まる。


「待ってよ。あんた、一体何なんだよ!」

「……俺は影より巫女を守る者。ここで俺と出会った事は、誰にも告げるな」


 彼が木立の陰に消える頃には、誰かがそこにいた形跡も感じられなかった。

 錆揮と獣は、どちらともなく顔を見合わせて……錆揮の方が、おずおずと口を開く。


「お前、名前は?」

艶牙(エンガ)だ。おまえは?」

「……錆揮」


 答えてから、錆揮はこめかみに指を当てた。


「艶牙が望むなら、連れてくのは良いんだけど……なんて説明しようかな……」

 


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