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朱の呪紋士  作者: メアリー=ドゥ
第四章 伝承編
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第7節:生得紋(後)


 石裂の投擲による不意打ちは、道羅には通じなかった。

 朱翼の気配を察したのか、l振り向きざまに独鈷杵で石裂を弾き、大きく後ろに下がって距離を取る朱翼に対して足を踏み鳴らす道羅。


「恐れていないように見えるが……逃げ回るだけが能ならいささか拍子抜けよな!」


 踏み鳴らした道羅の足から稲光が走り、ばちりと弾ける。

 朱翼は答えずに、腕に紋を描く指を止めなかった。


雷威顕現(オンドゥラ・ソワカ)!」


 三度の宣言。

 今度は足に込められて呪力によりそれまでに倍する速度で迫り来る道羅に対し、朱翼は地面に小さく呪力を走らせた。


「貴方は、素直ですね……土生」


 地面を流れた呪力が、丁度道羅の足元、朱翼が奇門遁甲によって現れた場所に仕掛けた符に干渉した。

 置紋術、と呼ばれる、あらかじめ刻んでおいた紋に干渉する紋術の一つで、丁度真上を通り過ぎた道羅に向かって作用する。


「ぬ?」


 朱翼の声に応えた符は、竜巻を形作るように土を隆起させて、中に道羅を呑んだ。

 お椀を伏せたような半球状の牢獄に閉じ込められたかに見えた道羅だが、土牢の内側から激しく雷の荒れ狂うかの如き轟音が聞こえ、土牢の天井を破って道羅が現れる。


「何度やっても、同じ事よ!」


 土は雷を通さない、というのは、彼女の師から習った事だ。

 火金の複合紋である雷は、木水の複合である風、土の相乗である地紋との三竦みを成すと言っていた。


 三竦みの内、地紋は結界無しに使用することは難しい。

 が、元来火から生まれ金を生む土行はそれぞれに対して影響を与える行であり、残りの四行が生まれた時に残った陰陽気が集合して生まれた行であるとも言われる。


 その為に、雷威を防ぐ性質そのものは土紋にも備わっているのだ。


 道羅は雷紋を自身の肉体の増強や、破壊的な衝撃に転化する事で土と雷の相克に関わりなく……言うなれば力技で土紋を破っている。


 そんな道羅を静かに見上げて、朱翼はぽつりと呟いた。


「……読めていますよ」

「何?」


 朱翼は、既に準備を終えていた。

 タネさえ分かっていれば、対処法は幾らでもある。


 道羅が自身を包む土牢を破る為には力技が通じる事が必須。

 つまり、分厚い側壁でなく薄い天井を破って空中に現れる可能性が高いのは考えれば分かる事だった。


 朱翼は準備していた呪紋を、地面に手を付けて発現させた。


「熒惑土生.顕現……」


 頭上から迫る道羅が雷を纏った状態で独鈷杵を構え、落下の勢いで朱翼を押し潰そうとするのに対して。

 朱翼が行使するのは、弥終(イヤハテ)の持つ巨大槌『震山』が扱う土紋の一つ。


「山形隆成……《牙峰》」


 本来は土の塊が柱の形に隆起し、最後に鋭い先端を形成する術式だ。

 だが朱翼は術式に応用を加えて、ただ平らな地面を隆起する技に変えていた。


 空中で身動きする術のない道羅が、術式に対して独鈷杵で応じようとする。

 が、この隆起する土の塔は変幻自在だ。


 朱翼の指の動きに合わせて牙峰が独鈷杵の攻撃を曲がるようにかわし、道羅の腹に突き刺さる。


「ッぐぅ……」


 腹に刺さった牙峰に先端はない。

 道羅に当たった瞬間に弾け、牙峰の散らす砂の塊を見据えながら、朱翼はさらに呪紋に呪力を流し込み。


 開いた手を、ぐ、と閉じた。

 弾けた土が再び収束して道羅を巻き込み、伸び続けるのをやめて固まる。


 後に残ったのは、高い土の塔の上で身動きの出来ない道羅だけだった。


「私に勝ちです」


 朱翼が言うと、道羅は即座に独鈷杵で自身を拘束する土を破壊して塔の上に立ち上がる。


「どういう意味だ?」


 本当に分かっていなさそうに首を傾げる道羅に対して、朱翼は土の塔を指差した。


「ご自身で仰ったのですよ。地に伏した方が負けだと。貴方は、私が隆起させた『地面』に、ほんのわずかな間とはいえ腹を伏せ、寝そべった。……私の、勝ちです」

「……は?」


 間の抜けた声を上げて自分の立つ塔と朱翼を見比べる道羅に対し、堪えきれずに吹き出したのは無陀だった。


「間違いねーねぇ。確かに、『地に伏した』。どう伏せたら負けなのか、道羅は言っちゃいなかったねぇ。……お前さんの負けだねぇ」

「……!」

「まるでトンチね」


 絶句する道羅と烏の呆れ声に、錆揮が溜息を吐いた。

 その息には、幾分か安堵が含まれている。


「馬鹿馬鹿しい」

「ま、神の子(ニォクァクル)らしい話ではあらーよ。お互いに傷付けないように計らい、結果確かに地に伏せさせたんだってーんだからよ。どう思うよ?」


 まるで結果が分かっていたかのようにのほほんと颯が言い、彼は自分たちや朱翼とは違う方向へ目を向けた。

 そこに、屋敷に帰った筈の長老が立っている。


「道羅。お主の負けである」


 その長老の一声で、勝負の行方は決した。

 

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