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ピアノ

作者: 太巻 太郎

妻を亡くした男がいた。

名前は、神谷吾郎という。


亡くなった妻の名は、

百合子。


百合子は、まだ32歳

若すぎる死だった。

原因は末期のガンだった。


2人が結婚して

まだ五年しかたっていない

時の出来事だった。


百合子は、ピアノの先生を

していた。


綺麗で優しくて教え上手の

評判の先生だった。


2人の馴れ初めは、

吾郎の一目惚れから

始まった。


最初は気乗りしなかった

百合子を落としたのは

吾郎の猛烈な

アプローチによるもの

だった。


結婚してからも

吾郎の気持ちは

変わらなかった。


毎日、百合子に

愛を語り、自分の気持ちを

全面に表現していた。


百合子は、

そんなイタリアンな

吾郎に少し引き気味な

態度を示していた。


確かに、毎日

強烈アピールされると

少し疲れるかも知れない。


百合子は、

吾郎に対して

愛を表現しないが

ピアノの先生らしい

変わった物を愛していた。


それは、

ピアノのソの音だった。


「私は、ピアノのソの音が

大好き」


が口癖だった。


それは、

吾郎がソの音に

嫉妬するほどだった。



百合子が亡くなり

お葬式が終わるころから

吾郎は、あることばかり

考えるようになった。


それは、百合子が吾郎を

本当に愛していたか?

と言うことだった。


実は、前から

気になっていた。


吾郎は、いつも百合子に

愛を表現していたが、

百合子から一度も

好きとか、愛してるって

言われたこともなかった。


もともと吾郎の一方的な

アプローチで結婚を

決めたこともあり。

そんなに好きでも無いのに

我慢してたんじゃないかと

思っていた。


「百合子は、僕と結婚して

幸せだったんだろうか?」


「百合子は、僕のことを

愛していたんだろうか?」


そんなことが百合子が

死んだことにより

頭の中で増幅して

いったのだ。


百合子が死んでから

1ヶ月あまり、

葬儀関係の行事は終わ

親戚も来なくなり

吾郎のひとりぼっちの

生活が始まった。


そして、益々

百合子は自分と

結婚して幸せだったのか

の疑問が頭のなかで

大きくなっていった。



吾郎は、百合子が死んだ

悲しみと、百合子を

幸せに出来なかった

かもしれない思いで

毎日ふさぎ込んでいた。


ある日のことである。

百合子の気持ちが

少しでも分かるかも

知れないと思い

ピアノのソの音を

弾いてみようと思った。


百合子があんなに愛していた。

ソを弾いたら何か見えるかも

知れないと思った。


百合子は、いつも

ピアノの中央辺りの

ソの鍵盤を叩きながら、

「私、ソの音が一番大好きなの」

て言ってたなと思いながら

吾郎もソの鍵盤を叩いた。

。。。。


音がしない。。。

鍵盤中央のソだけ

ポンと鳴るだけで

音が全然響かないのだ。


「あれ?おかしいな?」


故障かも知れないと思い。

ピアノの中を覗いた吾郎は、

ソの音が鳴る弦の所に

紙が巻きつけてあるのを

見つけた。


「こいつのせいで

音が響かないんだな」


と思いながら

その紙を取った。


紙を広げてみると

それは、ピンク色の

可愛いデザインの

便せんだった。


便せんには、

百合子の筆跡で

文字が書いてあった。


。。。。。。。。。。


吾郎へ


この手紙を吾郎が

読むころは、

もう私は死んでいると思う。


吾郎は

「絶対大丈夫!」

って言ってくれてたけど

私はもう助からないって

分かってるわ。


この手紙は

病院に許可を貰って

1日だけ外泊したときに

ピアノに仕掛けておいたのよ。

きっと吾郎は、

悩んでピアノを弾くと

思ったから。。。


私が生きてるうちに

この手紙が見つかったら

恥ずかしいから

こんな手の込んだことしたの

ごめんね。


吾郎は、私が死んで

きっと、私が吾郎のこと

愛してたのかどうか

悩むんじゃないかと

思ったから

私の本当の気持ちを

この手紙に書くわね。


吾郎、

悩まないで

私も吾郎のことを本当に

愛してるわよ。

そりゃ最初は

日本人離れした吾郎の表現に

少し戸惑ったけど、

私は人にあんなに愛され

思いやりを感じたことは

なかったわ。


吾郎と結婚して本当に

幸せだった。

ありがとう吾郎


これが私の本当に気持ち

安心した?


私は恥ずかしがり屋だから

吾郎みたいにストレートに

表現出来なかったの

ごめんね。


だから吾郎は悩まないで

私は本当に幸せだから、


でも、私も毎日

吾郎のことを

好きって言ってたのよ。

気づかなかった?


私、ソの音が好きって言って

たでしょ?

ソの音が好きっておかしいと

思ってたんじゃない?


実はね。

音階のソの音って

ドイツ語よみでGなの。

吾郎のイニシャルGだよね。


もうわかったでしょ?


私は毎日

吾郎が一番好きって

言ってたんだよ。


わかりにいよね?


でも、心では吾郎に負けない

くらい毎日好きって言って

たんだよ。


今までちゃんと言えてないから

ちゃんと言うね。


吾郎のこと世界一愛してる。

そして。。。

世界一感謝してる。

私の人生はあなたのおかげで

キラキラ輝いてたわよ。

本当にありがとう


でも少し後悔があるの。。。

それは。。。


吾郎ともっと長く暮らしたかった!

吾郎にもっと好きって言いたかった!


それを思うと涙が止まらない。。。


でも、仕方ないわね。


それじゃ、

何十年後か、

わかんないけど

天国で待ってるね。


小百合より


。。。。。。。。。。。。。。



吾郎は、百合子からの手紙を

読み終えて、膝から崩れ落ち

床に座り込んで泣いた。


百合子は幸せだった、

自分のことを愛していた

事実を知った安堵感と

吾郎も百合子同様

もっと2人で暮らしたかった

との思いが

全て涙になって流れ、

子どものように

ワンワン声を

あげながら泣いた。


そして、

吾郎はようやく

実感することになった。


もう百合子は帰って

こないのだと。。。。


それを思うと

また涙が止まらなくなった。


普通は日を追うごとに

死者への思いは薄れて

いくものだが、

吾郎の百合子への思いは

薄れるどころか

悲しみが増す一方だった。


吾郎の頭の中。。。

いや心の中で、

百合子と一緒に暮らしたい

との思いが日を追うごとに

大きくなっていった。


それは、水面に石を落とした

ときの波紋のように

確実に心に広がっていった。


あるとき吾郎は決意した。

「明日、百合子との

思い出の場所で死のう」

と。。。。


その夜のことである。


夢に百合子が現れた。

百合子は笑顔で吾郎に

こう言った。


「吾郎にこの曲をプレゼントするわ」

「聞いてね」


百合子は静かにピアノに

移動し、ゆっくりと

ピアノを弾き始めた。


曲は、モーツァルトの

レクイエムだった。


吾郎は夢の中で

今まで聞いたことのない

美しい音色に酔いしれていた。


百合子の弾くのピアノの

音色は、透明で、柔らかで

優しいオーラを放っていた。


吾郎は、レクイエムを

聞きながら、百合子の

生前の言葉を思い出した。


「レクイエムって日本語で

は鎮魂曲って訳されて

死者の魂を鎮めるための

曲って言われているけど、

本当は、生きてる人から

魂が抜けないようにする

って意味なのよ」


吾郎は、ハッとして叫んだ。


「君は死のうとしている

僕をとめるために

レクイエムを弾いている

んだね!」


その瞬間目がさめた。


吾郎は、思った。

百合子は夢の中で

自分の意思を伝えに来た。


夢の中で百合子の奏でる

レクイエムは、自分に


「死んじゃダメよ吾郎」


と優しく語りかけいる

としか思えなかった。


もう死にたいと思う

吾郎はいなかった。


最愛の百合子に

死ぬなと励まされたのだ。

いつまでも

悲しんでいる場合では

ないのだ。


百合子を亡くした

悲しみは完全には

消えないだろう。


しかし、吾郎は

上を向いて生きる決意をした。


大好きな百合子のためにも。。。

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