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プロローグ 〜 4 years ago 〜

殺人事件、ダークファンタジー要素を含んでいます。

  プロローグ 〜 4 years ago 〜


 何一つ普段と違わない休日。立ち並ぶ店のシャッターが次々に開けられる午前十時の時点では、まだ人通りはまばらだ。買い物目的でやってきて、近隣に宿を取っている外国人や、地方から観光で来ている人々。朝のうちはそういう人々がこの街には多い。だが、午後に向けて、通りは次第に人の密度を上げていく。秋葉駅から流れ出る人の波は、通勤ラッシュかと思わせるほど濃密で、沖から運ばれてきた波が砂浜に消えていくように、人の波はこの街にいくつもある建物の中に消えていく。ここは、大小の電器店が立ち並ぶ日本有数の電器街だ。思い思いの休日を、この街でのショッピングで楽しむ人々にとって、ここは一大レジャータウンなのだ。


 その中型トラックは、かなりの速度で明神橋交差点を曲がった。西通りの信号を無視して交差点に突入した直後、青信号側の横断歩道を渡っていた中年男性一人とその年老いた母、そして三人の若者という五人の一般人を跳ね飛ばしたトラックは、信号待ちの乗用車にぶつかって停車した。すわ交通事故かと集まってきた通行人が見守る中、迷彩服に身を包んだ男がトラックの中からゆっくりと降り立った。手に刃渡り二〇センチもあろうかと思われるサバイバル・ナイフを携え、焦点の定まらない目で人々を一瞥したかと思うと、奇声を上げながら走り出した。男のサバイバル・ナイフは、跳ね飛ばされて横断歩道に倒れ込んだ被害者を救おうとしている人や、駆けつけた警察官に向けられ、彼らは次々とナイフの餌食となった。さらに男は目の前に呆然と立ち尽くす通行人に切りつけた後、歩行者天国となっている電器街の歩道に逃げ込みながらも、周囲一面ををあっという間に血の海に変えた。休日のショッピングを楽しんでいた買い物客と観光客は、突然の惨事に右往左往へと逃げ惑い、現場は一瞬にして地獄絵図と化したのだった。

 実に二十一人の一般人を負傷させ、そのうち七名を死に追いやったこの男は、二五歳の青年だった。故郷の青森では引きこもりがちではあったものの、隣人たちからは、母親思いの好青年だと思われていた。五人兄弟の末っ子で、先に家を出てしまっている兄たちに代わって、母親の面倒を見ながら二人きりで暮らしていたからだ。高校を卒業してからは、運送会社でトラック運転手として働き、夜は地元の仲間たちと居酒屋で安酒を飲んで過ごすというごく普通の青年だった。ところが、事件の数週間前、仕事を無断欠席したまま失踪、インターネットの掲示板に意味不明な書き込みをいくつも残していた。その直後、突然都内に現れて、この犯行に及んだのだった。


 休日の午後、白昼堂々と行われた犯罪だけに、テレビ各局はニュース速報として流し、現場からの緊急特番を組む局もあった。

「ご覧ください、被害者は既に救急隊による搬送が終わっていますが、現場にはまだ夥しいほどの血の痕が転々と残されています。ただいま入りました情報によりますと、K電器店舗前で取り押さえられた犯人は、青森出身の二五歳になる男性です。詳しい情報はまだ明らかではありませんが、刃渡り二十センチのサバイバル・ナイフが凶行に使用されたということです。それにしても何故、昼間の歩行者天国で、堂々とこのような犯行に及んだのでしょうか。警察では、男の身元を追っていますが、こちらにはまだ伝わってきておりません。また、男の動機についても、現在のところは明らかではありません。詳細が分かり次第、再びお伝えいたします」

 悲痛な表情で報道特別番組を締め括るアナウンサーの声は、人々に悲しみを伝えるものであった筈なのだが、どこか正義をかざした偽善者のような響きもあった。番組を終える声を聞きながら、遅い朝食を摂り終えた男は、食卓の椅子から立ち上がった。今時珍しいグレンチェックの三つボタンスーツの上に、もう初夏だというのにヨレヨレのトレンチコートをはおり、時代遅れな形の古めかしい中折れ帽を頭に乗せている。

「じゃぁ、行ってくる」

「うん、休日なのに、ご苦労様」

玄関を出ようとする男に、妻が駆け寄って両腕を差し出す。

「ん、んー!」

「な、なんだよ」

「なんだよぉって、私、休日なのにほぉり出されて寂しいんだからぁ。せめてハイ、ここに!」

唇を尖らせながら抱きつく妻に、男は思わず脱力しそうになりながら、それでもしっかりと妻の体重を受け止めて、キスをしてやる。

「頑張ってねー!」

まるで少女のようなあの笑顔にだけは決して勝てないな。男はそう思いながらマンションの階下に運んでくれるエレベーターに向かった。

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