謁見式という名の私の意思表明式。
アミュールに引き連れられて、私は城の大広間へと案内されていた。与えられた部屋の塔から一度出て、大きな区画へと案内された。高い天井は吹き抜けになっていて、上部の高窓には鮮やかな鳥達が止まり、羽根を休めている。聳える乳白色の壁は夕日を浴びて真っ赤になっていた。
大広間は普段は国民に開放されていて、何か用事があるとき・・・国王に、国外の者が謁見するときや政を国王が行う時に使われる場所だと説明された。
「使用頻度としては、国民への開放日の方が多いのよ。子供が遊んでいたり、区画長の会議だったり。」
「・・・何か、城の広間で遊ぶっていうのも、私には違和感がありますが・・・」
「そう?使ってないんだからいいと思うけど・・・。そうそう、式はもう始まっているの、広間に入ったら、そのまま中央まで進んで頂戴ね。そこまでは、私も一緒に行くわ。」
「そこまで?」
「ええ。一旦、中央で止まって頂戴。あとはマラクが案内するわ。式の進行も彼がするから。」
「マラク・・・?孔雀の彼ですか?」
マラク。その名前に聞き覚えがあった。
「紹介済みだったかしら?」
「いいえ。向こうの世界の宗教ですけど、マラク・ターウースという孔雀天使を信奉する所があるんです。」
「天使?あははは・・・そうなの?ふふふ・・それ彼が聞いたら喜ぶわ!その名前、こっちの「人」の間では悪魔の名前なのよ。」
「そうなんですか?あの人もアミュールさんと同じ悪魔なんですか?」
「いいえ、彼は「人」が自分をそう呼んだから、そのまま使っているのよ。彼は純粋な「獣」よ。」
(純粋な獣・・・それもまた違和感な感じが・・・)
前方に大きな牛の獣人が二人、立ってこちらを見ている。
「さあ、ここが入り口よ。三つある入り口の東側になるわ。」
「え?」
指差された先にある壁。そう、ずっと壁だと思っていた所は途中から、とんでもなく巨大な扉だったのだ。巨大な扉を護る様に、中心に大きな牛の獣人が立っていた。
「大きい・・・」
30メートルはあるだろうというその大扉を前に息を飲む。
(・・・これを手仕事で造れる?・・・・ここの技術って・・・)
「異世界の者をお連れしたわ。」
「お待ちしておりました。どうぞ。」
獣人が大扉に手を掛け、ゆっくりと押し開ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
重々しい音を立てて大扉がゆっくりと開く。
「いらっしゃったわぁ!」
「見ろ「人」だ!」
大広間には、沢山の国民が詰め掛けていた。真ん中の通路を挟み、左右に老若男女の獣人や獣がひしめいている。いったいどれくらいの数がいるのか想像もできないが、100人200人では済まない事だけはわかった。大広間の左右の壁にある大窓から差し込む夕日で、広間内は赤く染まっていた。その赤い部屋の奥、階段のその上の大きな金色の王座に、人の容をとった国王が座っている。
「さあ、行くわよ?」
「はい・・・」
私たちが歩き始めると、次第に歓声は止み、靴の踵が床に当たる音が聞こえるまでに静かになった。人生の中でこれだけの視線を集めた事などない。
(・・・うぅ。怖いかも・・・)
アミュールが少し横にずれて止まり、私を招くように手を差し出した。
「さあ、ここに・・・」
「はい・・・」
アミュールに言われた様に、通路の真ん中に止まる。
「これより、「応えし者」の謁見式及び宝珠授与式を行う!!「応えし者」よ、前へ!!」
孔雀の青年、マラクの声が広間内にこだまする。
「王座の下まで進んで・・・膝立ちする形で座って。」
「・・・はい。」
王座の前まで行き、跪いた。王座に一番近い位置に、マラクやウィステリア、そして白髪の青年と護衛をしていた短髪の青年もいた。話を立ち聞きした事もあって、真っ直ぐそちらを見れなかった。
「良くぞ応えてくれた・・・感謝している。」
「・・はい。」
(応えたっていうか無理やりなんだけどね・・・)
「汝の名を申せ。」
「素子です。」
「素子、汝がこの国に在るに当たり、揺ぎ無い地位と力を授けよう。まずは、王位継承権をそなたに与えよう。」
「はい・・・・・えええ!」
広間内がざわつく。
(今・・・なんて・・・)
私の驚きの声は国王に届いている筈なのに、何も聞かなかったように話は進んだ。
「まず、私が王位を退いた際は、素子、汝が王位を継ぎこの国を導くのだ。もし、道が開かれ、この国を去る時は汝の添えが王位を継ぐ事とする。」
(な・・何言って・・・)
「次に、素子・・・汝を護る力を分け与えよう。剣を素子へ。」
国王が階段を静かに降りてくる。シャラシャラと国王の服飾りがすれる音だけが私の耳に届いていた。それと同時に、マラクが鞘に収まった剣を、両手で掲げて私の元へ持って来た。剣に赤い輝石が埋め込まれている。磨かれた輝石に顔が映った。この世界の服を纏い、着飾った私が・・・。国王が私の前に立つと、マラクが諭すように言った。
「立ちなさい、素子。そして、この剣を取るのです。」
マラクに言われ、分けも分らぬままに立ち上がり、その剣を取った。呆然としている私の頬に国王がゆっくりと触れる。もう一方の手で私の前髪をかき上げた。褐色の瞳が私を捉えているのが分った。真っ直ぐに私を映す瞳は優しく、そして力強かった。国王は髪飾りをちらりと見やり微笑んだ。
「ルビーか・・・力のある守り石だな。素子・・・私は君が、この国の力になってくれる事を望むよ。・・・汝の未来に常に光があらんことを。」
次の瞬間、視界に影が差して一気に国王との距離が縮まった。そして、額に国王の唇が触れるのが分った。国王の呼吸までも感じる近さに、一瞬、頭の中が真っ白になった。
「な・・・・」
国王の体が離れる。同時に後ろの国民からどっと歓声があがった。その盛大な歓声の中、私はまだ放心状態だった。しかし、私はすぐに現実に戻された。しかも最悪な戻され方で。
「人だああああああ!」
歓声に混じり、悲鳴にも似た声が上がった。ハっと後ろを振り返ると、空中に円形の光の輪が浮いている。
「国王と素子を守れ!!!」
マラクの叫びと共にウィステリア達が周りを固めた。
「心配ない。私の後ろに居なさい。」
国王が私の手を取りながら、自分が半歩前に出る形で私を下がらせる。
(駄目だ・・・考えないと・・・・)
私は必死に冷静になれと自分に言い聞かせていた。空中に浮かぶ光の輪は、見る見る魔方陣へと姿を変えた。その間に、三つの大扉は全て開放され、広間内の獣人達は、鎧を着た獣人達に先導されて、次々に逃げ出していた。魔方陣から黒いマントに包まった人が数人現れ、その中の一人が大声を張り上げた。
「囚われた人を返してもらうぞ!卑しい獣どもめ!!」
(囚われたって・・・人を捕らえているの?!)
「行けぇ!!」
その声を待っていたかの様に、黒マントの人達が次々に降り立ち、獣人達を攻撃し始めた。マントに隠していたのだろう、剣や鎌を次々に出し、振りかざす。鎧で身を固めた獣人達が、逃げ出す者の間を縫って入ってきた。激しくぶつかる武器の音に混じり、広間内に悲鳴や怒声が響く。
(・・・そんな・・・止めてよ・・・・)
夕日で赤く染まった壁に、更に赤色が重ねられていく。喧騒の中から子供の悲鳴が響いた。
「お母さぁぁっ・・・・」
途中で消え入ったその声に、私は覚悟を決めた。
「国王!今から言う事に正直に答えて!人を捕らえているの?!」
半分掴みかかる勢いだった。国王はこちらに向き直ると、いたって冷静に答えた。
「人を捕らえてはいない。」
「あの黒マントが言っているのはどうゆうこと?」
「・・・素子、君の事だ。」
「私?!・・・・何で・・」
「一度にこの世界に呼べる「異世界の者」は一人なのだ。今回、我々は「人」の召還の儀を阻止する目的も含めて、君の事を探らせた。今回我々の元に素子は来た。と言う事は、「人」は失敗していると言う事だ。彼らは、我々が無理やり捕らえて言う事を聞かせようとしていると思っている。」
「・・・・最後に一つだけ・・・。今日、部屋で話してくれた事に嘘は・・・無いんだよね?」
「そうだ。私は真実を話した。」
「・・・・・分った・・・。」
私は剣を握り締め、囲っていてくれたウィステリア達の間から走り出た。
「素子!!」
「大丈夫!」
叫ぶウィステリアにそう言って、黒マントの視界に入るだろう所まで駆け出た。「大丈夫」その根拠はどこにもなかったが、あのまま隠れている事が正解とも思えなかった。私が目的なら、私から「そちらに行かない」と言えば、戦闘だけでも止められるとふんでいた。途中、戦いの渦の中から子供が、よろよろと出てくるのが見えた。遠目からでも分るほどに赤く染まったその子は、途中まで来て、ぱたりと床に倒れこんだ。
「大丈夫?!ちょっとーッ・・・」
抱き上げたその子供は半獣だった。頭から全身にかけて血で染まり、目は焦点があってない・・・。目は、私のずっと後ろを見ている様だった。そんな瀕死な状態でも腕の中で、はかはかと浅く息をしている。だらりと口から垂れた舌や唇がどんどん紫色になっていく。
(チアノーゼだ・・・。)
私の脳裏に野良猫などの、動物救急のボランティアをしていた時の記憶が蘇る。それは、何度も見てきた症状だった。交通事故などで、臓器損傷などに伴って肺が機能していなかったり出血多量になったり、酸素がもう全身に十分に周っていない時の症状だ。
(もう、助からない・・・・)
そう感じたのと時を同じくして、血まみれのその子は、びくんと小さく痙攣し事切れた。その子を一度だけ、ぎゅっと抱きしめた。そして、そのまま、ありったけの声で叫んだ。
「止めて!!異世界から来たのは私です!」
魔方陣の上にいた黒マントがこちらを見た。遠くからでは分らなかったが、フードの下の顔は確かに人だった。下で戦っている黒マント達が飛び上がる様にして魔方陣の上へと引き上げる。その跳躍は、ただの人が出来るものではなかった。リーダーと思われる黒マントが、ゆっくりとフードを取った。
「お迎えに来ました。さあ、戻りましょう。ここは、人がいるべき場所ではない!」
フードの下から現れたのはブロンドの髪の青年だった。私は、事切れた子供を静かに床に寝せると、血でどろどろになった手をそのままに、立ち上がった。
「私は・・・私の意志でここにいます。あなたと一緒には行きません!」
「・・・貴女は本来こちらに来る筈だったのです!何を吹き込まれたのかは分りませんが、その様な者の言いなりになってはいけない!」
「言いなりになっているわけじゃない!!私は私の意志でここにいるといってるでしょ!!」
「貴女は洗脳されているんです!!・・・・・あの人を連れて来い。」
ブロンドの青年が右手で合図すると、引き上げた黒マント達が動いた。
「動くな!!」
私の怒声に黒マント達が止まる。
「この子を見て何も思わないのっ!?子供が巻き添えになって死んだんだよっ?」
「獣の児一匹に何を・・・」
握ったこぶしが怒りで震えた。
「そうだよね・・・。」
「何を言っているんです。さあ、こちらへ・・・」
「そうなんだよ!!」
「---ッ」
「人がそうやって見下す事で対話を拒んだから、こんな事になってるんだっ!!子供を殺して平気な奴に付いていけるわけないでしょ!!!」
「綺麗事」だと重々承知している。戦争となっているなら、子供だって犠牲になるのだ、戦う者だけが犠牲になるなんて事は無い。その時だった。私の叫び声に呼応するように、剣に埋め込まれていた赤玉が眩いばかりに光り輝いた。光に照らされた魔方陣が見る間に薄くなる。
「くっ・・・・・」
黒マント達が、魔方陣に飛び込む様に入ったと思った次には、魔方陣はその形を崩し、消えていった。また、波が引くように、赤玉の光も収まっていった。獣人達がざわつく中、私は足元に横たわる子供に視線を落とした。視界が歪み、まともに輪郭を捉えていない。
「素子!怪我は?!」
ウィステリアが駆けてきて、私の肩に手を掛ける。私は、そのまま崩れる様にしゃがみ込んだ。
「だ・・だい・・丈夫・・・私は・・・大丈夫だから。この子を・・・・うっ・・うぅっ・・・」
落ちていく涙は止め処なかった。黒マントの男の言葉は、どこまでも傲慢な人のそれだった。子供を殺しても、人の正義はそれを正当化する。向こうでもこっちの世界でも、人は傲慢で強欲で・・・それを正当化する手段を持っている。正当化された「それ」に気づく事もなく、日々を過ごす。そして、私も・・・そんな人の一人だ。子供は獣人達が持ってきた白い布に包まれ、運ばれていった。
「素子・・・部屋に戻ろう?・・・な?」
そう言って、ウィステリアが心配そうに私の横をうろうろしている。私は、立ち上がり、手に付いた血も気にせず涙を拭った。
「ウィステリア・・・ありがとう。心配してくれて。」
「え・・あ・・・そんなんじゃねえよ!」
「そう?」
「そうだよっ!」
「私、この国の為に働く事にする。・・・どれだけの力になれるかは分らないけど・・・。」
「・・・いいのか?「人」と一緒じゃなくても。」
「うん。聞いててくれたでしょ?私の「宣言」。」
「・・・うん。」
「これから、よろしくね。」
私は、手に付いた血を服で拭い、差し出した。
「あははは、汚い手だな。もっと人の女らしくしろよ。」
「ほっといて・・・」
ウィステリアとぎゅっと握手をする。私はこれから、この人達に散々助けられていくのだろう。もし、この世界で最期を迎える事があるのならそれでもいいと思った。
「大丈夫ですか?」
「!?」
マラクの声がして、ウィステリアに思いっきり握手していた手を振りほどかれた。
「ーッ!ちょっと、ウィステ・・・・」
「俺は先に戻るからなっ!!」
文句を言う暇も無くウィステリアは、ひょいと高窓まで跳び上がり。行ってしまった。
(何もいきなり振りほどかなくても・・・。マラクの事苦手なのかな・・・)
「もう少し落ち着いてくれればいいんですが・・・」
マラクがウィステリアが出て行った高窓を見て、ため息混じりに言った。
「まあ・・・そうですね。」
擁護しようと思ったが、落ち着けと言う点では反論しようがない。
「あの・・・名前をアミュールさんから聞きました。マラクさんと呼んでもいいでしょうか?」
「どうぞ。私も素子さんと呼んでも構いませんか?」
「はい。他の皆さんにも、私の事は名前で呼んで欲しいと伝えて下さい。もし、嫌ならば「おい」でも「お前」でも構いません。」
「はははは、国王の後を継ぐ方に、それはちょっと恐れ多いですね。」
「・・・・・・・・・」
(そうだった!!!すっかり飛んでたけど、国王の後任って言われたんだ!!!!)
「どうしましたか?」
「どうしたもこうしたもっ!国王の後任ってなんですか?添えって言うのも何か分りませんし!」
「・・・聞いていたのかと思ったんですが・・・。」
マラクは困った様に続けた。
「添えとは人で言えば伴侶の事です。」
「・・・・・・・・・・はんりょ?」
「意味は分りますか?」
「・・・・・分ります・・・。それって結婚相手をこの世界から探しておけと言う事ですよね・・・。」
「探しておけと言うか・・・。添っておくという事なので結婚しないといけないと思いますが?」
「~~~!?すぐに国王と話をしたいんですがっ!!!!」
私は、マラクに「今すぐに会わせて」と強く言ったが、ドレスが血まみれなのもあって「明日」という事になった。