異世界初風呂と聞いちゃいけない話。
案内された浴場までの道のりは、本当に賑やかだった。城の中には居住区の様なところがあり、半獣や獣人、そのまま獣の姿の者まで様々な住人が生活をしていた。日向には洗濯物が干され、子供達が遊んでいた。大人達も「人」と変らない行動をしている。水汲みをしたり、井戸端会議をしたり。・・・私を見てひそひそと話したり。
(あぁ、嫌だな・・・何て言われているんだろう。)
その時、数人の子供が駆け寄ってきた。皆、耳が獣だったり尾が生えていたり。どちらかというと人の部分が多い、「半獣」なのだろうか。
「あげるっ!」
手渡されたのはニゲラの花だった。
「あ、ありがとう・・・」
子供達は、きゃーきゃーと騒ぎながら母親だろうか大人のもとへ走っていった。大人と目が合い、条件反射的に会釈をする。すると、向こうも会釈を返してきた。
(おおっ、会釈が伝わったのかな。それとも・・・意味不明で真似ただけかな・・・)
一方、それを見たドラゴンの少女もしゃがみ込んで、庭の花を次々に毟っている。
(この子は・・・何をしているんだろう。)
「はいっ。あげるぅ!」
少女が、両手一杯の花を私に差し出す。
「え。私に?その為に摘んでいたの?」
「うん。」
「ありがとう・・・。でも、どうして。」
「花が好きって言ったでしょ?」
「・・・・?」
状況を飲み込めない私にエーデルが説明してくれた。
「空からウィステリアとの会話を聞いていらっしゃったのです。」
「えぇっ。」
「城の者はウィステリアと仲良くなった「人」の噂で持ちきりですよ。」
「・・・・・・仲良くって・・・」
(勝手に敵意を持たれて、お互い謝って、何か納得された感じなんだけど・・・)
「さぁ、こちらです。」
「・・・・はい。」
「わぁーーいっ!にゅーーーよくっ!!」
噂というのは嫌いだ。勝手に想像を膨らませた挙句に失望したって言われたり、思った通りだって言われたり。今まで噂での良い思いというのは一度も無い。
通されたそこは言うなれば大浴場だった。
「広・・・・・過ぎませんか・・・」
「そうでしょうか?」
しかも、壁が無い。城と同じ石材で出来たその浴場はプールほどの大きさがあり、巨大な柱が左右に三本、前後に二本ずつあり、これまた巨大な天井を支えている。
「ここには地より熱い水が沸いてきています。「人」でも耐えられる温度ですのでご安心下さい。」
(温泉なんだ・・・っていうか、耐えられる?言動の端端がいちいち不安になるんですけど・・・)
「あの・・・脱衣場とかは・・・。あるんでしょうか?」
「だついば?」
(無い!?)
「ああ、服ならばご心配なさらないで下さい。」
「え・・・」
「入浴を!」
「あの・・・」
エーデルの声に、わらわらと女達が出て来た。皆、エーデルと同じ服を着ている。
「失礼致します。」
そう一声掛け、次々に手が伸びてくる。
「はっ・・・あのっ・・・待って」
釦が外され、スカートのファスナーに手が掛かる。
「じっ・・・自分でっ・・・」
有無を言わさぬ手際の良さだった。しかし、下着を他人に脱がされるなんて、なかなか平常心では耐えられるものではない。
「・・・・自分でしないと大変な事が起きますっ!!」
完全な出任せだったが、効果は抜群だった。侍女達は手を引き、エーデルに言って引き取ってもらった。話によると、あのままでは、体の隅々まで洗われていたらしい。
「本当にいいんですか?」
エーデルに念押しされる。
「エーデルだから言うけど、私のいた世界では大きくなったら、ひとりで入る事の方が多いし。脱がせて貰って洗って貰ってって言うのは・・・かなり特殊なの・・・。」
「そうなんですか・・・。異世界でも色々と違うんですね。では、体を洗う道具などはこちらへ置いておきますので。」
「うん、ありがとう。わがまま言ってすみません。」
「いいえ。」
エーデルが見えなくなり、静かになった浴場に水音と鳥の鳴き声だけが響く。
(どうしたものか・・・ほぼ外だしな・・・。)
周りを見渡し、人目がないのを確認する。
「あれ・・・そう言えばあの子・・・どこに行ったんだろう。」
少女の姿が見えないことに気付いた。
(溺れてたり・・・は無いよね・・・)
浴槽に近づいて縁を周った。数メートルほど進んだ時だった。浴槽の底に少女の体が沈んでいた。
「----っ!!!!?」
私は服のまま飛び込んだ。無我夢中で沈んでいる少女を引っ張りあげた。
「大丈夫っ!!今人を・・・・」
「どうしたの?」
「えっ・・・・」
抱えあげた少女はきょとんとしている。
「な・・・なんで・・・」
「ん?」
「・・・・なんで・・・沈んでいたから・・・」
「「人」は湯に浸かるって言ってたから、にゅうよくしてたよ?」
(君のは浸かるんじゃなくて沈んでるんだよぉ!!!!)
「・・・・はあぁぁ・・・・。何時から潜っていたの?」
「来てからすぐにー」
「今までずっと?」
「うん!」
「苦しくならないの?」
「なんで苦しいの?」
「・・・・・・・人は・・・水中では息出来なくてわりと直ぐに死ぬから・・・・・」
「ふぅん・・・」
(そうだった・・・ここは私の常識は通じないんだった。)
結局ずぶ濡れの服を脱がないわけにはいかず、私はそのまま入り口付近へ少女を連れて戻った。肌に張り付く服をなんとか脱ぎ、桶にお湯を汲み体をあらった。固形の石鹸があり、海綿に付けて揉むと豊かな泡が立った。
(おっ、この石鹸すごい!いい匂いもするし、向こうの世界にも欲しいなぁ。)
「やるー!やるぅーー!」
「はいはい。」
自分の腕に泡を押し当て、洗ってみせる。
「こうして肌を擦るようにして洗うんだよ。」
「こう?」
「そうそう。」
少女は嬉しそうに自分の腕の上に泡を滑らせて遊んでいる。
(こうしていると・・・普通に小さい女の子なんだけどなぁ・・・)
私は一足先に体を洗い終え、着ていた服を洗い始めた。ウールでもない普通の服を手洗いなんていつ以来か。服を洗い終わり少女を見るとまだ体を洗っている。というか、遊んでいた。
「すごーいっ!ツルツルするーーっ!」
少女がふざけて抱きついてきた。
「滑ると危ないからっ、お風呂でふざけちゃ駄目だよ。」
ふと、口をついた言葉が昔母親から言われた言葉だと思い出した。
「・・・・」
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。さ、泡流して入るよ?」
「うん!」
湯船に漬かる。胸元まで入り一息つく。
「はああぁ・・・・」
(気持ちいい・・・)
やっと一息、そんな感じだった。少女は、はしゃいで広い湯船を泳いだりしている。
(こっちでも子供は泳ぐのか・・・)
目の前ではしゃぐこの子供は、あの遥かな高みで風を掴んでいた赤色のドラゴン。今だって、すぐに私を殺せる力を持っている。この子だけじゃない、国王もウィステリアも孔雀の青年も国王に着いて来た鎧を纏った青年も導いた白猫も、エーデルでさえ私を殺せるんだろう。そんな世界で今「生かされている」状態なのだ。
「・・・・ねぇ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なぁに?」
「・・・・どうして降りてきたの?」
「異世界から生き物が来たって聞いたから、見に来た!」
「それだけ?」
「うんっ!」
「そっか・・・。」
「真実を語る者」そんな肩書きだったので、何かお告げ的なものを期待したが違ったらしい。
「楽しそうですね。着替えをお持ちいたしました。」
エーデルが着替えが入っている籠を持って浴場へ入ってきた。着替えという言葉で部屋にあったベビードールを思い出した。
「あっ。あの、ベッドにあったベビードール・・・っていうか、服って何?」
「寝る際には、ああいったものに着替えると聞きましたが・・・違うのですか?」
(あんな透け透けの下着着るとか、どこ情報なの・・・。それとも、この世界の人には常識なのかな・・・。だったら・・・凄い嫌。)
「・・・別な物が・・・出来れば欲しいです。・・・この世界には、どういった服があるんでしょうか。」
こちらに来てから見た服には、統一性がないというか、元の世界の和洋中折衷といった感じだ。私が着ても可笑しくないようなのがあるはずだ。・・・多分。
「分りました。でしたら、衣裳部屋へご案内致しましょう。そちらで選ばれたらよろしいのではないでしょうか。」
「見せてもらって選んでもいいんですか?」
「はい。私もその方が良いと思います。ご足労願うようになりますが。」
「そんな事無いです。ありがとうございます!」
「本日、夕方までに伺います。拝謁式に着る服もその時に決めていただきます。」
「・・・そうですか。あの、どのようにしたらいいかとか分からないんですが・・・。」
「大丈夫です。その説明もきちんとさせていただきますので。着て来られた服はこちらで洗濯いたしますので。」
「いいんですか?一応洗いましたので・・・すみません。」
私は一抹の不安を抱いた。まあ、初めから不安だらけと言えばそれまでだが、「拝謁式」など行ってしまえば、この国の為に戦場へ出る・・・「人」の国との和平の為に動く事も決定となってしまわないだろうか。
(和平とか・・そうそう成せる事じゃない。そんなに簡単なら元の世界だって戦争もないし、領土問題もない。)
「どうしましたか?」
「え、あっ。大丈夫です。」
「着替えになりますか?」
「はい。・・・上がります。」
私が湯船から出ると、少女も一緒に上がると着いて来た。
「「真実を語るもの」、貴女はこちらをお召し下さい。」
「えー。やだぁ。」
「そのまま戻っていただいて結構ですから。」
「じゃー着る!」
体を拭いた少女はエーデルから渡された服を悪戦苦闘しながら着始めた。
「服・・・着たくなかったの?」
私の問いに答えたのはエーデルだった。
「我々が「人」の容を取ると体の大きさがまったく違いますので、服を破かぬ為に元々の体が大きい者は服を脱ぎます。それがお嫌なのです。」
「え・・いちいち脱ぎ着してるの?」
てっきり変るときに服も出てきたりしているのかと思っていた。
「左様です。「人」もそのようにするのでは?」
「あぁ・・・まぁ、確かに・・・」
そう言われればそうだが、彼らにとって面倒な事この上ないだろうと同情に似た気持ちすら芽生えた。エーデルの持ってきてくれた服は襟元がざっくりと開いたワンピースで、中の布地の柄がちょうど見えるようなデザインだった。まったく同じではないものの、下着らしい物も揃っていてびっくりした。
「下着・・・あるんだ。」
「急遽作らせました。」
「私のためにですか?」
「そうです。」
「すみません・・・。わざわざ、作ってもらうなんて・・・。」
「必要かと思いまして・・・。無いと困りますよね?」
確かにあったほうがいいが、無いと死ぬわけではない。こういう時に、変な遠慮癖が出る。
「ありがたく着させていただきます。」
エーデルにはこういった心の状態は分らない様で、不思議そうにしていた。エーデルは髪をまとめる物もいるだろうと簪も持ってきてくれた。シンプルな木製の簪は、葡萄の飾り模様が彫られた手仕事の凝った物だった。私はそれで髪を一つにまとめた。
私たちは着替えを済ませ部屋にもどった。少女は終始ご機嫌だった。私も温まったからか心持ち少し落ち着きを取り戻していた。
「ねぇねぇ。遊ぼう?」
「遊ぶの?・・・今度に・・・」
「えいっ!」
一瞬の隙をついて簪を取られた。
「あっ!」
「きゃはははっ」
「こらぁっ!」
支えを無くして髪が解ける。それ自体は支障になるような事ではないが、簪を初め、今の私の着ているものは全て借り物なのだ。壊されるのもとても困る。私は少女を追って廊下へ出た。
「・・・もう見当たらない・・・どうしよう。」
少し探していなかったら戻って訳を話そう。そう思っていたが・・・。
(・・・・・・迷った・・・・)
どこまでも乳白色の壁と同じ模様の壁にすっかり迷子になった私は、部屋をひとつひとつ覗きながら、なんとか見たことがある部屋がないものかと捜し歩いていた。最早、目的は少女から自分の部屋への道しるべ探しとなっていた。
「ここは・・・どこなの・・・」
どれくらい迷っただろう。フロアが複雑に入り組んでいて、この階に部屋があるはずなのに戻れない。ふと、話し声が聞こえて、私はその方へと歩いた。
(誰かいる!思い切って聞いたほうがいい!)
「まったく・・・物好きというか何と言うか。」
(この声は・・・・・・)
部屋からする声に聞き覚えがあった。国王に着いて来た鎧の青年だ。
「そうかな?私はいい案だと思うが・・・」
話し相手は、私をここへ呼んだ白猫だ。
「「人」とは話し合いでの解決は無理だ。これまで何度も試みたが、どれも失敗だっただろう?しかも、今度のは女だ・・・。」
私は出る機会を無くしてしまった。
「「女」なのが駄目だとでも?」
「・・・当然だろう。「人」を見れば分る・・・女は戦場にも会話の場にも出てこない。何故だ?向かないからだろう?」
「あの「人」は異世界の者だ。ここの「人」とまったく一緒ではないだろう?」
「自分がこの中に居るのがおかしいことだと言っていた。自分の事を「よそ者」だと・・・結局はここの「人」と同じだ。・・・容で判別している。そんな考えの「人」に何が出来るというんだ?」
「来たばかりだからだろう。初めの者は良くやってくれただろう?」
「よくやった?・・・ああ言うのを「人」は何て言うか知っているか?「犬死」というんだよ!」
私は足音を立てないように、でも急いで・・・その場を離れた。
(聞いちゃいけない内容だった・・・・・・)
知らぬが仏・・・そんなことわざの意味を嫌でも理解する事になった。
(犬死した?・・・確かに、戦死したとは聞かされたけど・・・・)
階段を駆け下り、角を曲がると中庭が見えた。私はそのまま中庭に出ると、住人に見られない様に低木の陰を通り、大きな木の下まで走った。木陰に座り込むと、激しい心臓の鼓動に沿って息が乱れた。
(・・・・・・・・どうしよう・・・)
その答えがないのは知っている。答えが出ないからこそ「どうしよう」と思い悩むのだ。
(歓迎ばかりじゃないのは分ってたけど・・・。そっか、あの時の「がっかりしていない」っていうのは・・・どうせ「人」と同じだろうと思っていたから想像通りでしたって事だったのか・・・)
「・・・私・・・諦められていたんだ。失望するほど・・・望まれてもなかったんだ・・・。」
(私の事だから、望まれたら望まれたで嫌だって思うんだろうな・・・)
「素子!何してんの?」
「-!?なっ、何もしてない。迷って・・・・あ、なんだウィステリアか・・・」
「なんだって何だよ。迷ったの?」
「・・・うん。簪を持って行かれちゃって・・・探してたんだけど・・・」
「誰に?」
「えっと・・・「真実を告げる者」って呼ばれてた女の子に・・・」
「あぁ、あの地響きは降りてきた時のか・・・。素子は気に入られたんだな。」
「・・・一緒にお風呂入っただけだよ?」
「会いに来たんだろ?めったにないよ、空から降りてくるなんてさ。」
「そうなんだ・・・。」
「どうしたよ?」
「え、いや・・何でもない。部屋に連れてって貰ってもいいかな?エーデルに服を見せてもらう筈だったんだよね。」
「・・・ふぅん。まぁ、いいや。こっち来て。」
「ありがとう。」
私はウィステリアに案内してもらって部屋に戻った。部屋には少女とエーデルが私を待っていた。
「おーーそーーいーー!」
少女が抱きついてくる。
「だって・・・迷ったから・・・。そもそも!簪持って行ったからでしょう?」
(話を立ち聞きしていたなんて言えない・・・)
「だってぇー、遊んでくれないんだもんー。」
「今日は色々とあるみたいだから、今度にしよう?私、どうせどこにも行けないし・・・。ね?」
「わかったぁ・・・」
聞き分けてくれた少女に「ありがとう」と頭を撫でる。
「ところで、簪は?」
「落としたっ。」
「・・・・・・・・。エーデル、ごめんなさい・・・。」
「ふふふ・・仕方ありませんね。場内で落としたのなら、そのうち見つかるでしょう。さっそくですが、服を見にいきましょう?ちょうど、新調された物もあるようですし。」
「わかりました。すみません、遅くなってしまって。」
「ほんと、早く覚えろよ。」
「だってここの部屋の造りが複雑なんだもん・・・。でも、本当にありがとう。」
「・・・いいよ、別に。案内くらい。」
「それでは、こちらへ。」
ウィステリアと少女に見送られて部屋を後にする。あの話を聞いた後では、ウィステリアが「人」嫌いで名が知れるとはどうしても思えない。