仲良くなるきっかけなんてそんなもの。
庭園内は芝のような草が地面を覆っていて、素足に心地よかった。
(小さい頃はこうして裸足で庭に出たりしてたなぁ・・・)
ちょっと心が弾みつつ、木々の枝間や壁に這うツル植物を探していく。心地いい緑の香りが風に乗って鼻腔に届く。もう何年も感じていなかった匂いだったけど、覚えのある匂いだった。幼い頃には確かに感じていた、自然の香り。いつから分からなくなっていたんだろう、そんな事を頭の片隅で考えながら藤の花を探していると程なく、大きな木に絡まっている藤を見つけた。花もちょうど満開だった。
「あった!あれだよ。紫色のやつ。」
「あれかぁ。・・・結構綺麗じゃん。」
「そうだね。私も好きだよ、藤の花。私の世界でも有名な方の花じゃないかなぁ。」
「そうなの?」
そう言うとウィステリアは軽く一跳びで木の枝まで跳びあがってしまった。そして、力任せに藤の花の咲いた枝を引き千切って降りてきた。
「ちょっ・・・」
「素子にやるよ。」
手渡された枝の先に藤色の花が揺れる。満面の笑みを湛えて渡してくるウィステリアに、怒る気をすっかり削がれた。
「ありがとう・・・。ウィステリア・・・今度から花を欲しいと思っても、いきなり枝を折るような事しちゃ駄目だからね?」
「何で?嬉しくないの?」
「違うってば。嬉しいけど・・・その、花によっては枝を折ると次の年の花が咲かなくなったりするの。そうなったら、花が可哀想でしょ?」
「分かった。今度から素子に聞いてからにする。それでいいんだろ?」
「・・・・・一旦考えてから行動に移したらいいと思うよ。」
「分かった。」
(たぶん・・・いや、きっと分かってない。)
笑顔で返すウィステリアが理解してくれていないと感じつつも、これ以上の説明も、また無駄だと感じていた。
ウィステリアがその後、部屋までの道を案内してくれたのだが、道順は複雑を極めた。結局、順路を把握するまでには至らなく、また教えて欲しいとウィステリアに頼み、私は部屋へと辿り着いた。部屋に入り鏡で首元と見ると、掴まれた部分がかなりうっ血していて遠目でも分るほどに赤黒くなっていた。
「うわぁ・・・これは目立つなぁ・・・。」
何か首に巻く物は無いかと部屋を見て回ると、ベッドの上に着替えらしい衣類がきちんと畳んで置いてあった。
「着替えろって事なのかな・・・。ストールとかないかなぁ。」
ふと、自分が丸一日働いた後なのも思い出した。
(お風呂とか入りたいんだけどな・・・。っていうか、お風呂あるのかな。外歩いたから足も洗いたいし・・・。)
まあ、無いなら水浴びでもいい。そんないつもの適当癖を発動しつつ、用意してあった服を広げてみる。
「わぁ・・・・・・・・・なんだコレ・・・。」
手に持ったそれは、薄ピンク色のベビードールだった。もう透けに透けていて隠す気なんて更々無いその下着がなんでここにあるのか分からない。
(着ろって?まさかね、ありえない!!)
丁寧に畳みなおし、見なかったことにしてベッドの上に戻した。ただ、着替えが欲しいのも事実だ。そして理不尽に千切られた花を飾る花瓶も。
「なんとかして服を調達しないと・・・。あと、花瓶も・・・。」
折角もらった藤の花だが、入れる器がない。私はこの藤の花が異性からもらった初めての花だということに気付いた。
「・・・・・・こういう貰い方したか・・・。」
こだわる気はないがやっぱり人生初というのは特別であって欲しかった。
(異世界でもらうっていうのも・・・特別っていえば特別だよね。)
私は気を取り直して、エーデルに服と花瓶を頼む事にした。卓上の呼び鈴を鳴らすとチリンチリンと綺麗な音色を奏でた。すぐにエーデルが入ってきた。
「失礼いたします。御用でしょうか?」
「あの・・・花瓶はありますか?あと・・・お風呂と・・・」
「首に怪我を?」
「え、ああ、そうなの。ちょっと落ちたところを助けて貰って・・・その時に。」
「うわさになっています。ウィステリアを怒鳴って黙らせたと・・・。」
「えっ、違うから!」
うわさに尾ひれがつくのはあちらもこっちの世界も一緒のようだ。
「違うのですか?」
「・・・なんて言うか。その怒ったりはしたんだけど・・仲直り出来たって言うか。その・・・。」
(仲直りしたのかな?そもそも、ウィステリアはなんで私に掴みかかりに来たの?)
「・・・とにかく、花を貰って、私は良好な状態で部屋に送ってもらったと思ってるんだけど。」
「そうなんですか。良かったです・・・殺されなくて。」
エーデルは安心したように笑ってくれた。エーデルの笑顔をはじめて見た気がするが、その前に聞きたくない言葉が放たれている。
「え。・・・なんで?」
「ウィステリアはかなり「人」が嫌いですし。異世界から呼び入れるのも反対していますので・・・てっきり手に掛けられたのかと思って心配しておりました。」
「ああ、そうなんですか・・・。」
(始めの方は本気だったってこと?それにしたって、じゃあ何で助けたんだろう・・・。)
「入浴は只今準備をしておりますので、少々お待ち下さい。花瓶は今持ってまいります。」
そう言い残して部屋を出て行ったエーデルは、直ぐに白い花瓶を持って戻ってきた。
「こちらで如何でしょうか。」
持ち手の付いたその花瓶には、親切にもう水が入っていた。
「ありがとうございます。調度いいと思います。」
枝を入れると、花の重みで枝先が回ってしまい、見せたい位置に収まらなかった。私は、いつものように枝を一度抜き、切り口の方を一回折ってそのまま差し入れた。折ったところが返しと厚みとなり、枝は調度花が良く見える位置で収まってくれた。
(白い花瓶に緑と藤色の花が綺麗っ!)
そんな自己満足に浸っていると、横からのエーデルの視線に気付いた。見るとしげしげと花瓶を見ている。
「エーデルさん?どうしたんですか?」
「器用に飾るんですね。今度教えていただけませんか?」
思っても見ない返答にびっくりして直ぐに言葉が返せなかった。
「駄目でしょうか。」
「あ、いや、そんな事はないです。こんな事でいいのなら、いくらでも教えます。」
「ありがとうございます。ウィステリアが花を贈ったなら、貴女はきっと「いい人」なんですね。」
「え・・・。どうでしょうか・・・。でも、そう思っていただけるなら私は嬉しいです。」
あんなに表情が硬く、会話の弾みようもなかったのに・・・。ウィステリアとの一件がこんな風に作用するとは以外だった。エーデルは「準備が出来たら呼びに来る」と言い残し部屋を出て行った。私は、なんだかんだと透け透けのベビードールの事を聞きそびれたまま、待つことになった。性懲りも無く、バルコニーに出て景色を眺めて時間を潰した。壁にもたれかかり空を見上げると、どこまでも続く空を白い雲が次から次へと流れていく。上空はかなり強い風が吹いているようだった。
(あ・・・・鳥だ。)
私の目が認識した鳥は雲間を円を書いて跳んでいた。
(鳶みたいな飛び方する鳥がこっちにもいるんだ・・・)
ぼんやりと眺めていると、そのうちの一羽が降りてきている様で、どんどん大きくなって来た。
(・・・・・・・・・・・嫌な予感がする。)
鳥だと認識していた物がどんどんとはっきり見えてくるのにしたがって、色や形が鮮明になる。
(首が長い・・・・尾も・・・長い。羽じゃなくて鱗が・・・・)
「ドラゴンじゃんっ!」
それは赤色のドラゴンだった。蝙蝠のような皮膜の羽根に鱗。長い尾に、長い首。急いで、部屋に入る。流石に見つかりたくなかった。一瞬で消し炭・・・そんなシーンが脳裏を過ぎる。ベッドの陰に避難していると、瞬く間に風が強くなり、大きな風きり音がしてきた。
ズンー
地鳴りと言っても過言ではない振動と共に風も止む。大きな息遣いだけが感じ取れる。
(降りた・・・)
様子を伺っているとバルコニーに気配を感じた。息を殺していると、ぱたぱたと足音が近づいて来る。
「あー、見つけたぁー!!!」
ベッドの縁を回るようにして赤い髪の小さな女の子が走りこんできた。少女は服を着ておらず、左足に宝石の散りばめられた銀色のアンクレットをしていた。
「別のところから来たの?」
「は・・・はい・・。あの、はじめまして・・・。」
「はじめまして。ウィーレンですっ!」
隠れていた私にとっては、それすらも心臓に悪い事態なのだが、相手は小さな女の子。しかも、話が通じる相手となれば少しは安心だ。差し出された手をとり握手をした。
(冷たい・・・)
思いのほか冷たい少女の手にびっくりする。キャッキャとはしゃぐ少女が後ろを向いたときだった。その肩甲骨付近に赤い鱗を発見してしまった。嫌でもピンとくる。
(・・・・・・・・・・・あのドラゴンってこと・・・?)
「失礼ですが・・・あなたは空から来た・・・方ですか?」
あえて名詞を指定しなかったが即答された。
「そうだよ?ドラゴンって「人」は呼ぶよ?」
「そうですか・・・・。・・・・・よろしくお願いします。」
もうそれしか言えなかった。私はこういう人達・・・生き物達とよろしくしなければいけないのだ。
「ねぇねぇ、怖くないの?火噴いたら黒くなっちゃうんだよ?」
「いや、怖いので止めてください。」
「・・・ふうん・・・。・・・ねぇねぇ、遊ぶ?」
「はい?」
「遊ぼうよー!」
(遊び相手くらいなら・・・力が強かったりしたら困るから怪我しないようなやつ・・・)
「・・・いいですよ。「かくれんぼ」とかはどうでしょう?わかりますか?」
「分る!隠れてる人見つけるやつ!」
(ああ、分るんだ。よかった・・・。)
「じゃあ、鬼やる!」
そういって少女はバルコニーに向かって走るとそのまま柵を飛び越えてしまった。
「-------!?ちょっと!」
少女を追って、バルコニーに走り出たそのときだった。
ズシンー
赤い巨体が視界を塞いだ。真っ白な霧の隙間に、金属のような銀色の瞳が見える。風で霧が流され、私にその姿が晒される。光を浴びて、赤々と煌く鱗を纏ったドラゴンが私を見下ろしている。鱗に覆われた巨大な口元からは、真っ白で鋭い牙が見え隠れしていて、見下ろす瞳は蛇の目の様に鋭く、私を捉えて瞳孔がキュッと閉まった。銀色の鋭い眼光が私を捉えて言った。
「10・・・数えルね。」
「ちょおおおおおおっとまってええええええええ!!!!」
「ドうしたノ?」
「も・・・戻って!!小さい姿に戻って!!!!」
(死ぬ!絶対死ぬ!!!)
「かくれンぼすルんでショ?」
「そう!中でするから!」
「コッチのほウガミツケやすいノニ・・・」
「お城が壊れちゃうからっ!!皆困るからぁ!」
(その状況は私きっと生きてないからああああああああ!)
「・・・・・ワかった。」
真っ白な霧がドラゴンを包むと、その中から少女が顔を出した。霧の上を歩くようにしてバルコニーに降り立つ。私はその場にへたり込んだ。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・何でもない。」
「早く遊ぼうよー」
ぐいぐいと腕を引っ張られる。こんなに大声を張り上げたのはいつ以来か・・・そして無邪気というものがこんなに怖いとは・・・。
「真実を告げる者よ。お客人はお疲れなのです。今度改めてお誘い頂けますか?」
部屋に入ってきたのは白髪の青年だった。高い襟の紫色の服を着ている。
「ええー・・・折角来たのに。」
むすっと膨れっ面になる。
「あの大風に乗っていらっしゃったのですね?来る前に言って頂かないと・・・貴女の足の下に敷かれる者が出てしまいます。」
(さらっと怖い事を・・・。それに・・・「真実を告げる者」?この少女は偉い立場の人って事なの?)
本来の姿がドラゴンならば、そういった位置づけも不思議と納得できるが・・・。
「むぅ・・」
「大丈夫ですか?とても疲れていらっしゃるようですが?」
「あ・・大丈夫です・・・・・・。」
青年の顔に見覚えがあった。いや、その目にと言った方がいいだろう。
「あれ・・・貴方は。あの時の猫・・・?」
青年の瞳は綺麗なオッドアイだった。金色の右目と青色の左目・・・駐車場で会った猫と一緒だ。
「おや、覚えていらっしゃるとは・・・。そうです、私が貴女を選びました。」
(・・・・・ある意味、この人が元凶・・・)
「そうだったんですか・・・。」
「恨んでいますか?」
「・・・・・少し。」
「そうですか。貴女は正直な方なんですね。」
それはこの世界だから・・・向こうならば、気を使って「そんなことないですー」と口が言っていた筈だ。慣れた愛想笑いと共に。
「本日の拝謁式についてお知らせに上がりました。」
「拝謁式ですか?・・・・拝謁式って・・・国王にはもう会いましたけど・・・。」
「一応、「人」に習い式として行いますが、これを経て正式にお迎えするようになります。」
「・・・わかりました。」
「その際に、貴女に護身用の剣もお渡ししましょう。」
「剣ですか?」
「この世界は貴女のいた世界とは違います。ここに居れば安全ですが、もしもの為にお持ち下さい。」
「はあ・・・」
「・・・貴女は爪も牙も持ってはいませんからね。」
「・・・はい。」
そう言われると言い返せない。頭があります!とか言えるほど頭も良くはない。
「かくれんぼぉ・・・・」
腕に少女が張り付いて引っ張る。
「はいはい・・・」
「入浴の準備が整いました・・・・。賑やかですね。」
「エーデルっ!」
渡りに船だった。
「にゅ・・うよく?」
「湯に浸かるのです。「人」の習慣なんですよ。」
青年に言われ少し考え込んだ少女は何を思いついたのか自分も行くと言って来た。
「行く!」
(えぇ・・・・・ゆっくり入りたかった・・・・)
「それではご一緒にご案内いたします。」
エーデルに即答され、私に拒否権が無い事を知った。