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ウザいって分ってるけど仕様です。

 連れられて行くと、洞穴の様な石を削った壁は、進むに連れてどんどん整えられて行って、最終的には綺麗な装飾のある壁になっていた。細かい彫刻が彫られていて、よく磨かれた岩肌の装飾壁は乳白色でとても綺麗だった。すれ違う生き物は、完全に獣かまたは獣人ばかりで、誰がこんなに器用なのかと疑問もあったが、相変わらず人間の形をしているのは、前を歩く、孔雀から変貌した青年だけだ。通り過ぎた各部屋には役割がある様で、本が沢山あったり、何人も座れる大きなテーブルと椅子があったりと様々だった。大きな窓がどの部屋にもあり、その窓から柔らかな光が差していた。

(・・・・昼なんだ。)

青年は、木製の扉の前で止まった。来た道にも他の部屋はあったが、扉があるのはここだけだ。木製の扉は、複数の板を鉄製の金具で留めている。中世のヨーロッパの様だった。

「こちらを、貴女様の部屋として用意させて頂きました。後ほど、国王よりお話がありますので、それまでこちらでお待ち下さい。何か足りない物があれば、何なりとお申し付け下さい。侍女に言い付けて頂ければ、出来る限り用意させて頂きます。」

「あ・・どうも、ありがとうございます。」

そういうと青年は私を部屋に残し、出て行った。私はおもむろに左手の甲を目一杯抓ってみた。

「・・・・・・・・・・・・・・・痛い・・・普通に痛い・・・」

結構な力で抓ったが現実味のある痛みが広がるだけだった。

(死んでからも痛いとは・・・・でも、現実なわけない・・・・・何だろう、このVIP待遇。)

通された部屋を見渡すと、中央に赤い絨毯と装飾の凝ったテーブルがあり、奥にはベッドがある。天蓋の付いている豪華な物だった。部屋の中央に来るように造られた、大きな窓にはワインレッドの厚いカーテンがゆったりと括られ、その外はバルコニーになっている様だ。ベッドの反対側には書き物用だろうか小さな引き出し付きの机がある。その横に、これまた凝った装飾で周りを飾った姿見があった。鏡の前に立ってみる。いつもと変らない自分が映る、結構ぼろぼろの格好で。

「うわ・・・・・」

手ぐしで髪を整え、洞穴の物だろうか制服についた白い埃をパンパンと叩く。

(酷い格好・・・っていうか死んだときの格好って事?ストッキングとか無いようなもんじゃん・・・生きている時の、もっともいい時とかの姿にならないの?・・・もっと痩せたりとか可愛くなったりすればいいのに。)

指先でぐにぐにと頬を押してみる。感覚も質感も実にリアル、「死後はもっと安らかであるべきだ」とぶつけようの無い不満を感じながら、口を開けたり目を見開いたり。どこかに死人のマークとか出ていたりしないかと探してみる。

(・・・あ・・・目の下クマ出来てるじゃん・・)

 

コンコン


ドアをノックする音がして心臓が跳ね上がった。

「はいっ!!」

鏡に向かってアホ面をさらしていた自分が急に恥ずかしくなる。

(びっくりしたぁ・・・・・・)

「失礼致します。」

(えっと、なんて言えば・・・)

「・・・は、はい。」

(ああああ、もうなんて言うのが正解か分かんない。)

「ご挨拶に参りました。お世話をさせて頂きます。侍女でございます。」

入ってきたのはメイドの格好をした可愛らしい人だった。

(あ・・・人間の形してる・・いや、人なのかな?メイド服はやっぱりエプロンドレスなんだ。)

「こちらこそ、あの・・・よろしくお願いします。」

何て言っていいか分からず、深々と頭を下げる。濃紺のロングエプロンドレスを小奇麗に着こなす侍女は、そんな私を見て不思議そうな顔をしていた。靴を脱いだ時の青年もそんな顔だった事を思い出す。

「お茶などをお持ちしました。如何でしょうか?」

「あ、すみません。」

お客様にお茶。現実と変らない対応だ。私は思い切って侍女に聞いてみた。

「あ・・あの、ここは何処ですか?」

「人は此処を「魔の森」と呼びます。国名として「リーディア」と名乗っております。」

(聞き方を間違った・・・・)

「えっと・・・私は死んだんでしょうか?」

「・・・・?死んだらその様にしていられないと思いますが・・・」

(・・・・・・・・)

「そうですよね・・・」

言葉って難しい・・・完璧に聞き方を間違った為に欲しい答えは聞き出せなかった。挙句、死んでいる事も今否定されている。私は使い物にならなくなった靴を足元に置き、テーブルに着いた。

「どうぞ。」

「ありがとうございます・・・」

(これ・・なんだろう・・・)

不透明な茶色のお茶に一瞬手が止まる。恐る恐る口元に運ぶと抹茶のような香りがした。

「・・・・・美味しい。」

香りはそのまま味を示していた様で、抹茶ほど濃くないものの緑茶に似た味わいだった。ごくごくと半分ほど飲みカップを置くと、これまた侍女がびっくりしている。

「あの・・・私、何か変な事してますか?確かに・・・靴とか脱いではいますけど・・・」

「いいえ・・・。「人」が靴を脱いで歩くなんて・・・とても珍しい事ですし。初めて来られた方で、直ぐに私どもが出した飲み物や食べ物に口をつける方もあまり居ませんでしたので・・・」

(・・・確かに、壊れたとはいえ裸足では歩かないか・・・。ガツガツ食うなってことも・・・)

「・・・そうですよね。」

(聞いた自分がバカだった・・・何か言葉尻も冷たい気がするし、私呆れられてるな。)

その後、何とかして、もう一方の靴もヒールを折って高さを合わせようと思考錯誤したが、お邪魔している場所の床に叩きつけるわけにもいかず、結局は諦めた。そんな悪戦苦闘している最中も侍女は入り口付近で静かに立っていた。あまり歓迎されていない気もしていたし、「監視」と言う事もあるのかと考えて、そのまま声を掛けずにいたが、沈黙に私の方が耐えられなかった。

「・・・・あの・・聞いてもいいですか?」

「私で答えられる事でしたら。」

「・・・じゃあ・・・。あの・・・あなたは「人」ですか?」

「・・・いいえ。」

侍女の顔が曇る。

「あ、ごめんなさい。嫌な事聞きましたよね。・・・・すみません。」

「お世話の時は必ず、人の容をとりますので心配なさらないで下さい。」

「え、いや。別に元の姿でも何でもいいんですけど・・・。」

何でもいいと言ってから蛙とかだったらどうしようと不安になった。

「・・・そうなんですか?人は「ケモノ」がお嫌いなのだと思っておりましたが・・・」

侍女が不思議そうな表情をこちらに向ける。侍女の言った「ケモノ」という言葉が引っかかった。

「あの、ちなみに本当はどういった・・・。耳とかだけでもいいんですけど・・・」

(耳を見ればだいだい何か分かるし・・・)

私の興味本位の質問だったが、侍女は静かに髪を押さえていたホワイトブリムを外した。

「私の事は「ねこ」という名で人は呼ぶようです・・・」

髪の間からふさふさした毛を纏って、三角形の耳が現れた。

「猫~~~~~~~~大好きですッ!」

侍女が私の声と態度にびくんっと身をすくめてびっくりしている。びっくりさせたのは悪いと思ったが、この時の私の感動は後にも先にもこれが一番だと思う程強かったので許して欲しい。私の高揚ぶりに完全に侍女が押されている。

「すみませんっ、驚かせてしまって・・・。それは本物・・・ですよね・・?」

「え?はい・・・体の一部ですから・・・」

「実際に・・・まぁ、細かい事は置いておいたとしても、こうやって見れると思わなかったので嬉しいです!」

「そう・・ですか。」

 一気にテンションが上がった私は、完全に不審人物だった。相手は、私の事を嫌っているかも知れないが、そうだとしても有り余って侍女に好意というか興味を抱いた。一気に親近感というか親密化したような気さえした。出されたお茶のおかわりも、警戒も何も無く飲み干し、出された茶菓子にも手を出していた。侍女が立ったままだったので、椅子に座る事を勧めてみた。

「座ったらどうですか?」

「いいえ。お客様と同じ席にはつけません。」

「・・・・・・・・嫌じゃなければ、話し相手になって欲しいんですけど・・・」

「では、このままお話させて頂きます。」

(うわぁ・・・・やっぱり嫌われてる・・・あれだけ一人ではしゃいでいれば引かれても仕方ないよね。馴れ馴れしいって思われたかなぁ。そもそも、猫、うるさい人嫌いだもんね。)

はしゃいだ事を後悔しつつ、簡単な質問からすることにした。なるべく、簡潔にまとまる様にクローズ質問にして。

「じゃあ、そのままでいいので・・・教えて欲しいんですけど。答えたくない事は答えないでいいので。」

「どういったことでしょうか?」

「この世界は、あなたの様な方と、私の様な生き物がいるんですか?」

「はい。」

「あなたの様に人の形をとれる方ばかりですか?」

「答えたくありません。」

「・・・私の様に、ここに来た生き物は他にもいますか?」

「・・・・・答えたくありません。」

少しの戸惑いと侍女の声色が一気に重くなる。私は、他にもいる前提で質問を重ねた。

「その生き物は私と同じ形ですか?ここに来て、今どうしていますか?」

「・・・・・・・・・・」

侍女の言葉がつまった。その沈黙は、あまり良い顛末では無かったと言っている様に見えた。

「・・・・答えにくいですよね?すみません。」

私は謝って質問を止めることにした。自分の立場では答えられない事もある。それが、会社での自分と被ったのだ。

「・・・」

侍女は無言だったが、少し安堵したような表情を浮かべていた。

「あの、最後に一つだけ質問していいですか?」

「はい」

「・・・私は・・この世界で「死ぬこと」はあるんでしょうか?」

「あります。」

(・・・・えらいはっきり言い切るな・・・・)

侍女の言葉が突き刺さる。そして、大事な事が判明した。

(・・・この世界でも死ぬ?ここは死後じゃないの?じゃぁ・・・パラレルワールド・・とか?) 

死後でないかもしれない。それは、この世界に私が単にお邪魔しているだけで、死後のように私が居て当たり前な状況ではないという事。

(死んでなかったってこと・・・・?)

「じゃあ・・・ここは現実・・・?だって・・・・」


「「現実」になると思いますが?」


廊下からの、聞き覚えの無い声に振り返ると、侍女がサッとドアを開けた。侍女が下がり、頭を下げると廊下から茶色で短髪の男が入ってきた。年のころは30歳前後だろうか、孔雀の青年とは違い、いたってシンプルな黒い服に同じく黒いパンツスタイル。腰には、剣を携えている。腕や首筋からもわかるが、その屈強な体つきは服の上からでも容易に想像できた。立ち上がり、男の方に向き直り、頭を下げて挨拶をした。

「楽しそうな声が廊下にまで聞こえていますよ?」

「・・・すみません。あ、お邪魔しています。」

「ははは・・・そういう言い方をしたのは貴女が初めてですね。」

言葉遣いは丁寧だった。姿から熱血な感じの印象を受けていたが、とても物腰が柔らかだった。

「あの・・・、私、もしかしたら色々勘違いをしているっていうか・・・理解が追いついてないんですが・・・。「お邪魔している」・・・よそ者に変わりないみたいなので・・・。」

本心だった。獣人や獣の姿の中に「人」の私はやっぱりおかしい。それと、半分はいつも初対面の人にも積極的に行き過ぎる自分への反省だった。人見知りしないと言えば長所かもしれないが、馴れ馴れしいと言われた事も過去にはある。

「そう思いますか・・・」

男はとても悲しそうな顔をした。

「・・・すみません。」

「何故謝るんですか?」

「え、だって・・・何か、がっかりさせてしまったみたいで・・・。」

「そうでしたか。すみません、表情というものが苦手なんですよ。そんなに、がっかりしていませんから。」

「・・・そうですか。」

私は、この時の彼の心情を後で知る事になる。

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