第一印象がほぼ総てを決めるということは私はすでに会った時点で終わって・・・泣いてないです。
ウィステリアに抱えられて跳ばれるのは慣れてきたと言えばそう言えなくもないが、今回は片手に小瓶を持っている。しかも、もう片方の手は傷が痛み、力一杯ウィステリアの服を掴めないという状態。不安を抱えた私を察したのか、抱きかかえるウィステリアの腕にいつもより力が入っているように感じた。
夜の闇がいつの間にか世界を覆っていた。
「・・・陽がもう沈んでいたんだね。」
「そうだな。今からは、どんどん夜が長くなるからな。」
「ふぅん・・・」
(この異世界にも日の長い短いがあるのか・・・ってことは地軸の傾きがあるってこと?)そんな事をぼんやり考えていた。
(曲がりなりにも異性に抱きかかえられているというのに・・・ときめきが少ないのは何でだろう・・・)
心地よい夜風の中、ウィステリアの顔をじっと見る。
(・・・まつげ長いなぁ・・・)
「・・・素子。」
「ん?」
彼は前を向いたまま話した。
「俺には・・・俺にだけはさ・・・嘘つかないって約束しろよ。」
「嘘って・・・」
「頼むよ・・・。」
思っても見ない言葉だった。恋人にでも言うようなセリフなのだが、何故か「きゅん。」とも来ない。
「ウィステリア・・・」
「何?」
「・・・どこか悪いの?」
「な・・なんでだよっ!折角、この俺が真面目に言ってんのにッ!!」
「ごめんごめん、なんかしっくり来なくて。うん・・・、さっきは誤魔化すように言ってごめんなさい。変な嘘、つかなきゃよかったのにね・・・本当にごめんなさい。」
私が茶化した事にもウィステリアは怒らなかった。
「俺、絶対に素子の力になるからさ。」
「ウィステリア、ありがとう。・・・・それにしても、なんて中二病的セリフ・・あはははは」
「ちゅーに?・・・なんだよ、なんか馬鹿にされてるのは解るっ!」
「なんでもない・・ふふふ・・・」
今、皆それぞれが私の事を考えてくれていて、その中でもウィステリアが一番わかりやすく、私の事を心配してくれている。
(やっぱり嘘は良くないな・・・。ちゃんとアセナにも話していこう、自分の考えとかも。)
「ほら!あの光ってる所あるだろ?」
「うわ、何?!どうなってるの?」
ウィステリアに指差されたその先には、まるで宝石を散りばめた様に多彩な色に輝く森があった。正確には広大な森の一部分がそこだけ、変質していると言った方がいい。
その光はギラギラしているわけではない、あくまでも控えめに、しかし存在感をしっかりと残す不思議な光だった。
近づくにつれて、それらは花々が光り輝いているものだと分かった。
「すごい・・綺麗・・。」
ガラスの様な硬質な感じではない、あくまでもしっとりとした質感の花弁なのに、それらは内側から淡く、時に強く輝いていた。
「ヤタ!連れて来たよ!」
ウィステリアは大きな木の下で、私を地に下ろした。どこに言うでもなく叫んだその声に、すぐに返事があった。
「遅かったじゃないか・・・」
周りには家があるわけでもないし、居住スペースになるような洞窟のような場所もない。その声が耳に届くとほぼ同時に、目の前に白い霧のような物が集まり始めた。明らかに意志をもったように動くその霧は、瞬く間に塊を作り、人の形へと変わった。
「・・・・」
(ちょっと・・・新手だ・・・。)
言葉を失う私を横目にウィステリアは楽しそうだ。その態度から、ウィステリアとヤタは仲が良いのだと解釈した。同時に敵ではないと言うことも。
晴れるように薄くなった霧の中から、漆黒の髪の男が現れた。後ろに一つに束ねた黒髪はとても綺麗に結ってあり、所々に宝石だろうか美しい石飾りが飾られていた。濃紺に金糸の刺繍の衣は、前合わせで和服のような風体だった。年の頃は30歳頃だろうか、物腰の柔らかい、優しそうな人だった。
「素子を連れて来たよ。」
「君が・・・異世界から来たこの国の救世主か。可愛らしい人だ。」
「えっ・・いや・・。あの・・・・・・。」
「可愛らしい」そんな単語を今まで自分宛に言われた事なんてない私は、すっかり動揺してしまった。もちろん、真に受けたわけではないが「お上手ですねぇ」などという返しはまったく浮かんでこなかった。なんて反応したらいいかわからない!そんな心理状態を知ってか知らずか、ウィステリアが横から「褒めたんだぞ?」などと「それくらい分かってるわッ!」と突っ込みたくなるような指摘をしてきた。
「私が作っている酒を飲んだそうだね?どうだったかな?」
「あ。すごく美味しく頂きました!すみません、始めにお礼を言うべきでした。ありがとうございました。」
「そうかそうか!そういってもらえて嬉しいよ。どうしても、早いうちに貴女に会っておきたくね。無理を言って申し訳ない。」
ヤタの笑った顔は少年のようで、始めの大人っぽい印象とのギャップに少し戸惑った。
「そんなことないです。こちらから、呼ばれる前にお礼に伺えればよかったんですが。ところで・・・なんで早いうちに・・・?」
「いや、私もあの方も、貴女を早く知りたかったっていうだけの話ですよ。さあ、どうぞこちらへ。」
ヤタに促されて、私は輝く森の奥へと踏み込んだ。
輝く花々は、触れる度に光の粉を舞わせた。色んな花の香りが混じるその森は、あまりにも異質であまりにも神秘的で、きっと一人きりで来たなら「恐怖」という感情も混じるだろうと感じさせた。
私の前を、談笑しながらヤタとウィステリアが歩いている。身長差がある二人は、まるで年の離れた兄弟のように見えた。もちろん、ウィステリアが弟だ。
しばらく進むと、大きな池が現れた。清んだ水を満々と湛えたその池の中央に、静かな波紋を立てて、沢山の花が小島を造っている。花の島には、綺麗な女性がゆったりとしたスカートを拡げて座っていた。ヤタが私の方を振り返り、紹介した。
「素子。紹介しよう。この国を加護している「アレビンゲーテ・ルオ・アメニテ」、皆が「花の女神」と呼ぶ人だ。」
花の女神と呼ばれたその人は私を見るなり、とても嬉しそうに、水の上をまるでガラスの板があるように、小さな波紋だけを作り跳ねて来た。金色の長い髪をゆったりと編んで、花冠を被り、シンプルな白いドレスにながいベールを後方に流す。自分の中の女神のイメージそのものだった。
「いらっしゃい!貴女が国王が呼んだ「異世界の者」なのね。私はアレビンゲーテ、花の女神と呼ぶ者もいるけど・・・特に決まった呼び名はないの、好きに呼んで頂戴ね。貴女の事は・・・?」
「も・・素子です!」
綺麗な容姿だったから大人の女性というイメージだったが、今こうして目の前で興味津々と、はつらつとした笑顔で話すアレビンゲーテはまるで少女のように映る。
「素子っていうのね。これからどうぞよろしく。ウィステリアも素子を案内してくれてありがとう。」
「いいえ、遅れました。」
「いいのよ。ありがとう。」
アレビンゲーテは、にこにこと笑みを浮かべながら手を差し出して来た。私は、アミュールが「あの方」という呼ぶ位の人で、しかもウィステリアが敬語を使う相手を前に恐縮していた。
「よろしくお願いします。」
握手を交わしたものの、かなり恐れ多いような気がする。
「素子に渡す物があるのよ?きっと気に入るわ。」
そう言ってアレビンゲーテはヤタに目で合図をする。ヤタは右手で空中にサラサラと何か描き始めた。ヤタの指がなぞった所はぼんやりと光を帯び、それは描き進むにつれて光を増していった。法円のようだったが、それは何も知らない私から見ると、とても綺麗な花文様という表現の方がしっくり来た。
法円が完成すると、ヤタはおもむろに中心に手を突っ込んだ。
(・・・・・目の前で見るとなんかシュール。)
法円からヤタが引っ張り出したのは、輝く真っ赤な防具だった。それらは、ふわりと地面に接地すると光を失い、鮮やかな赤色だけが残った。
「これは・・・」
「素子、貴女の身を護るように精錬された防具よ。剣は国王から渡されたでしょう?身を護る物もないとね。」
ヤタに真紅の防具を手渡される。私は持っていた小瓶をウィステリアに渡し、重いだろうから・・・と覚悟して受け取った。しかし、それはすぐに裏切られた。
「・・・すごい、なんて軽い・・・。」
見た目に反して・・・というか、考えられない程にその防具は軽かった。見た目はしっかりした金属のように見えるのに、持った感覚は羽だった。何で作られたら、こんな物が出来るのか。言葉を失う私にアレビンゲーテが続けた。
「その鎧は、この国の「花」と「生き物」で出来ているの。「貴女を護る」その為だけに存在する物よ。」
「・・・い・・生き物ですか?」
(血肉・・・の赤色とか無いよね?まさかね?!)
「ふふふ・・・。まさか、血肉なんて使わないわ。安心して頂戴。」
「なんだ、ならよか・・・って、私・・・今、口走りましたか?!」
「私は、相手が話さなくても「理解」出来るの。普段は努めて聴かないようにしているから、安心して頂戴。・・・人は特に嫌がるものね。」
微笑んではいるが、かなり恐ろしい能力だ。
「・・・はい。」
何をしても隠しても無駄。そう言われた様なものだった。
私はヤタとアレビンゲーテに「輝く森」を案内してもらう事となった。ヤタから、アレビンゲーテはよっぽどの事がなければこの森から出ることはないと言う事、その加護が森を輝かせている事、輝く花々から集める蜜や朝露が私が飲ませてもらった飲み物になる事を教えられた。アレビンゲーテは終始にこやかで、私の反応に興味津々と言った様子だった。まるで私という「生き物」の反応を楽しんでいるようだった。
アレビンゲーテとまた会う約束をして、というか、遊びに来てと言われ「はい」と答えただけなのだが、次の約束をし輝く森を後に城へと戻った。
ウィステリアと別れて部屋に戻ると、ベッドの上に洋服の山が築かれていた。
「・・・・・何・・・こんなに・・・」
犯人に心当たりはある。
「も・と・こっ!」
不意に後ろから抱きつかれる。
「アミュー・・」
ペロ・・
首筋を滑らかで柔らかく、そして湿った感触がなぞり上げた。ぞくりと悪寒にも快感にも似たものが背筋を走った。
「ーッ!!ちょっ・・・」
「輝く森を歩きまわったでしょう?花の薫り・・・おいしいわぁ、ふふふ。」
アミュールの瞳が不適に微笑む。
(まるで小悪魔・・あ、アミュールは悪魔だからこれでいいのか・・・)
何も可笑しいことはない、冷たいような魅惑的な瞳でもそれが云わばアミュールの普通なのだ。ふと我に返った。
「ま・・まず離れて。」
「えー・・・。」
「・・・この服はどうしたんですか?」
「国王が竜王と会うみたいでねぇ、素子も連れて行くっていうから用意したんだけど。どれが好みかしらぁって思って、一応みて貰って決めようかなって。」
「こんなに沢山・・・。アミュールが選んでくれて良かったのに・・・っていうか、あの・・・誰に私会うんです?」
「竜王よ。此処よりも、もっとずーーっと森の奥にある「国」を総ているの。国と言ってもどちらかというと竜達の住処って所かしら。この国ように人を模倣してはいないのよ。」
「・・・・私が行く必要が・・・」
言いかけて私は口を止めた。必要があるから呼ばれているのだ。国王が、ただ理由もなく連れて行く訳はないだろう。それは、さっきウィステリアとアセナの言い合いから分かっていた。あのように言い争うくらいに私の存在は「切り札」なのだ。
「あら、素直ね。・・・国王から聞いていたの?」
「・・・・・・・・・・・いいえ。」
「竜王はねぇ、「人」が大嫌いなの。だから、何とか素子に取り持って欲しいのよ。」
「は・・い?」
できる訳がない。取り持つなんて、だって・・・国王の話を聞いて私も「人」が嫌いになり掛けている。
「無理無理っ・・・だって・・・」
「だって?」
「人が嫌い」と言ってしまいたかった。でも、それでは私は、ただこの国と人の国の戦争を後押しするだけではないか。少なくとも、国王はそんな事を望んではいない。だからこそ、この国を建国したのだ。
「・・・・ごめんなさい。何でもない・・・です。でも、本当に自信がない。」
俯く私にアミュールは微笑んだ。
「そのままでいいのよぉ?貴女は向こうの「人」とは違うわ。国王と共に歩める考えを持っているもの。」
「それは・・・。」
「そうよ。さあ、目一杯おしゃれして出掛けましょう!」
「アミュールも行くの?」
「そうよ。護衛としてね。私も色々着飾って・・・うふふ。」
「・・・楽しそうだね。」
「第一印象が大事よぉ。」
(・・・・・・ここでもか・・・)
世界を変えてまでもついてくる「第一印象」の壁。ここでも私はそれにぶち当たった。