例えばの話は所詮例え話 その3
レナーダは道すがら、休憩とはお昼ご飯も含む事を教えてくれた。
「あぁ、そうだったんですか・・・」
(何・・もしかして、声掛けられなかったら私ずっと木の下で待って・・・)
やっぱりアセナは自分の事が嫌いなんだと確信しつつ、案内に従い木々の間を抜けると獅子の紋章のある石造りの門に行き当たった。
「ここが隊が常駐する場所です。・・・休憩とかもここで。」
「・・・あの・・場所が一回では覚えられないので・・また教えてもらえますか?」
何とか一回で覚えようとはしているが・・・標識も何も無いこの森を抜ける道では、どんなに自分の頭をフル回転させても一回で理解しきるのは難しかった。
(まさか石とかで木に矢印書けないよね・・・)
重々しい音を鳴らして鉄製の扉が開く。同時においしそうな匂いが漂ってきた。
「どうぞ。」
レナーダに促されて門をくぐると、そこは大きな広場になっていて広場を囲むようにコの字にベランダが配置された建物となっていた。ベランダには所々に兵士達が集まり談笑している。
「おい・・あれ。」
その中の一人が私に気付き声をあげた。
「異世界の・・」
「え。どれ?」
一気に場がざわつく。
「・・・・」
(どうしよ・・)
「おじゃまします・・・」
私の頭で搾り出せた一番無難な挨拶がそれだった。
騒ぎに気付いてか、各階からぞろぞろと人が顔を出し始めた。そんな中、一階部分の奥から大きな包丁を持った羊頭の獣人が出て来た。
「--ッ!!」
その手に持つ包丁は言うなれば中華包丁のような幅の広い包丁で、いかにも今使っていましたと言わんばかりに血の様な赤い色まで所々に付着している。
「レナーダッ!お前・・・」
がつがつと歩み寄ってくる羊頭の獣人にたじろぎ、後ろに下がろうとするとレナーダに退路を塞がれる形になった。
「え・・」
「だ・・だめです!」
必死な形相のレナーダに前方からは包丁を握り締めた獣人。
(ちょ・・・何その必死な感じ・・えっ・・まさか・・)
「す・・・ストップッ!!!」
命の危機を感じるような状況に、思わず口から出て来た言葉だったがぴたりと双方止まった。
(あれ・・通じた?)
「・・・何の・・呪いだ?」
羊頭の獣人の言葉に、すぐに私の言った単語が通じていないと判明した。
「いえ・・・あの、ちょっと・・止まって欲しかっただけです・・・びっくりしているんです・・これでも。」
自分でびっくりしていると説明するようになるとは・・・。いざ口に出して説明するとそこまで通じないかと物悲しくなった。
「おお、申し訳ない。驚かせるつもりはなかったんだ。まさか、本当にレナーダが貴女を連れて来るとは思ってなくてね。私は、料理長をしている「イナダ」という、以後よろしく。」
(イナダ・・・羊なのに魚の呼称とは・・・)
「よろしくお願いします。」
「さあ、もう昼の食事も出来る。寄っていってくれ!午後からも訓練に参加するんだろう?」
「え・・あ、はい。一応・・・。」
(午後から使い物になるのかな・・・この腕・・・)
イナダと名乗った羊頭の獣人は「さあさあ!」と言わんばかりの身振り手振りで歓迎の意を表してくれた。包丁をまず置いてッ!と言いたかったが、イナダに悪意がないのは伝わってきたからぐっと堪えた。
「おお!異世界の人だっ!」
「レナーダすげぇ・・」
通された食堂と思われる部屋には、既に獣人達が集まっていた。
(・・・疎まれてはいないっぽい・・良かった・・・)
私はようやく少しほっと出来た。獣人達、特に獣頭の人達の感情はなかなか表情から読み取れない、というか人のように分かりやすく変化しない。この世界に来てから、今までどれだけ人の表情がコミュニケーションに役立っていたか、重要だったかを思い知った。
「レナーダ、お前すごいな。悪かったよ・・本当にすまん。」
「いいんです。・・・あの、その話は・・」
「え・・あ、ああ。」
後ろの方へ繰り広げられるレナーダを囲んだ話が耳に届き、聞き耳を立てるつもりはなかったが、予想がつくくらいには聞いてしまった。なんとなく、察しはついていた。はじまりは分からないが「出来るもんならしてみろよ」的な流れで、私に声をかけに来たんだろう。
(物珍しいからかな・・・)
純粋に心配されたとか気を使われたとかでない、それはそれで普段なら「何なの」と怒るかも知れないが、今はそんなことは「小さな」事で、自分の自尊心より「早く輪に加わる事」の方が重要視されていた。
獣人達は、余程私の事を大事に扱うように言われているのか、それとも粗末にすると罰でも当たると言われているのか。とても丁寧に扱ってくれた。
「おい、もっと綺麗な椅子持って来いよ!」
「そもそも、此処で食事させていいのか?」
(・・・・・・・・)
「あの、普通で・・・皆さんと一緒でいいですから。」
「・・・・ウサギとかそのままでも・・」
「あ。すみませんそれはちょっと・・・」
遮っての即答は失礼だとは思ったが、流石にハッキリ断らないと無理な事もある。
「さあ!運んで!」
イナダの言葉に皆が一斉に動く。
「あ・・」
「座ってて下さい。」
レナーダに言われ、浮かしかけた腰を下ろした。目の前に食事が運ばれてくる。
「これは・・・トマト・・」
出されたのは、香りも見た目もトマトソースのリゾットのような風体だった。
(あの包丁に付いてたの・・・トマトだったのか・・・)
「恵みに感謝を・・」
「感謝を!」
「っ!か・・感謝を」
一人だけ食べる前の「いただきます」のタイミングを外しながら、皆を追いかけるように食事を口に運んだ。その間、周りの獣人達はじっと私を見ていた。
「うんっ、おいしい!」
香りは裏切らず、味はトマトだった。そこにチーズのような爽やかな酸味と濃い風味。それが食べなれた味だからなのか、とても美味しく感じた。
「よかったよかった!」
向かいに座っていたイナダが安心したように言うと、周りからも安堵したような笑いが聞こえ、一斉に食事が始まった。見れば、私と同じ物を食べている者もいれば、映像にしたらモザイク処理をしなければいけないような、生き物をそのまま食べている者もいた。何故か、私はそれに違和感を覚えず、獣人が美味しそうに食べるその光景を「食事」としてすんなり認識していた。
(・・・・慣れって怖い。そして、それにしても美味い。)
「「人」は我々の食事は取らないと聞いていたが・・・貴女は違うんだな。」
イナダの問いに、この世界に来たばかりの時の問いかけを思い出した。
「・・・この世界に来た時に、靴が壊れてしまって・・脱いで歩いた時もとてもびっくりされましたけど・・。「人」は・・、そのこの国の物を食べたりしないんですか?」
「・・・まあ、そうだな。」
「でも・・・、陸続きである以上は・・何て言うか。同じ穀物を育てたり、肉を狩ったりじゃ無いんですか?」
私はあえて「動物」と言わなかった。
「・・・何でも、「浄化された土地」で育てられているらしい。」
イナダの言葉に、自分の中の警鐘が鳴った。
「浄化・・ですか?」
食事を口に運ぶ手が止まる。
「ああ。良く理解が出来なくて・・・貴女にきちんと説明できないが・・・。「清められた土地の物のみ口に入れる」んだとか。」
(・・・完全に宗教・・・)
人の文化に宗教が深く関与してきている事は知っている。この世界の人達がそうであっても何ら不思議ではない。ただ、その宗教が害となることも知っている。
「そうですか・・・私には理解出来ないですね。」
(信仰は・・・ある意味とても厄介なんじゃ・・・)
私の中に、宗教団体の起した事件のニュースが去来する。信仰は尊いものだとは思う、それによって絶望からも立ち直れたりする。しかし、同時に「正義」の肯定となってその道に人を走らせる。振り返り、考える事を否定する時がある。「それを信じればいいのだ」・・・と。
「私達には・・貴女も理解が出来ていない・・・」
イナダが余りにも申し訳なさそうに言うので、思わず笑ってしまった。食事を再開しつつ、イナダに聞いてみた。
「イナダさん・・・例えばですけど、私がこの世界の人達と同じだったらどうしますか?攻撃しますか?」
「・・・攻撃されれば・・攻撃すると・・。本当に攻撃するっていうことじゃ・・」
「ふふふ、大丈夫ですよ。例えばですから・・・」
(そうだ、例えばは所詮例えであって。事実とは違う事象をもってくる・・・だからこその「例え話」なんだよね。)
うろたえるイナダに少し申し訳ないと思いつつも、少なくても獣人達は私とこの世界の「人」を違うものと認識したいが、情報が足りなくて出来ないという状態なんだと思えた。そういう風に思えるだけで、とても心が軽くなった。
私は食事を済ませ、皆と一緒に訓練場へと戻った。好意的に接してくれる獣人達に感謝しながら、この世界の「人」に一層の警戒心を抱きながら。