例えばの話は所詮たとえ話その2
第2訓練場は、拓けた体育館ほどの広場とその横に森が続く形となっていた。
「それぞれ対人訓練をしろ、異世界の者とレナーダはこちらへ。」
アセナに言われて、私とレナーダは他の班員から離れた位置へと移動した。
「まず・・・今日は剣の扱い方から指導する。・・・経験は?」
一応。と言った様子でアセナに聞かれた。
「・・・無いです。」
「分った。・・・レナーダ。持ち方を見せてやれ、それから、基本の扱い方だ。」
「はい。」
レナーダが腰の剣を引き抜く。シュッっという音と共に、キラリと光を反射して銀色の刃が現れる。レナーダが持ち手が私に見える様に身体を斜めにしてくれた。しっかりと握られた持ち手の部分の皮は、しっかり使い込まれているらしく褐色になっている。
「・・・利き手を前に、両手でしっかり握って。」
アセナの声が「こいつ分かってるのか」と言わんばかりだ。
「はい・・」
私の返事もとりあえず聞こえていますレベルの「はい」だ。
「基本の形を指導する。剣を抜いて、前に構えて。」
アセナに言われるままに、剣を抜こうと強く持ち手を握り、引っ張った。
「-ッ!」
腰の位置から一気に抜こうとすると、腕の長さが足りないのか剣先が鞘に引っかかった。
(ちょっと・・・何このよくあるハプニングみたいなやつッ・・・恥ずかしい・・・)
苦笑い・・と思ったが、場の雰囲気は完全に「なにこいつ」といった状態で、とても笑って誤魔化すような雰囲気ではなかった。しかし、私自身どうしていいのかわからない。まごついているとレナーダが見かねたのか鞘を繋ぐ革紐を調節してくれた。
「・・すみません・・・」
レナーダは何も言わず立ち位置に戻った。
「もう一度。」
「はい・・」
スッっという微かな音と共に刀身が光を浴び、煌く。剣は沈黙したまま、ただの剣だった。
「・・・・・基本の形をレナーダに続いて真似て覚えろ。」
「はい!」
アセナの号令の元、「基本の形」とやらをお昼ごろまで延々と反復練習した。案の定、それだけで私の腕の筋肉は疲弊激しく、掌にはまめが出来て、中指の付け根のまめはもう水ぶくれになり破ける寸前だった。
アセナから休憩を言い渡され、私は一人木陰へと入った。日の下での慣れない運動にじっとりと汗ばみ、それ以上に腕やら脚やら筋肉が悲鳴を上げていた。周りを見ると、いつのまにかレナーダの姿も他の人たちの姿もない。訓練中聞こえていた声や金属のぶつかる音も消えていた。
(休憩所とかあったのかな・・・喉渇いた・・・)
水をもらって、椅子に座れるなら・・・とも思ったが、特に話し相手も居ないし、あの無表情な中にいるのも辛かった。もっとも、どちらかと言えば私が行った事で場がしんと静まるのが嫌だった。
「はぁ・・・」
気付くとため息をついていた。掌を見ると、小刻みに手が震えている。此処まで筋肉を酷使したのも何時以来か覚えていない。
「弱いなぁ・・・」
こんな程度で・・・と心底思った。ジンジンと痛む手は、まるで今までの「楽」な生活のツケのようにも感じられた。
(駄目駄目ッ!住んでる世界が違うんだから・・・なんでも全否定するのは良くないッ!)
木にもたれ掛かり、そのままズルズルと座り込んだ。ふと、足元に見知らぬ蟻に似た生き物が列を成しているのが目に入った。
(・・・ありんこだ。・・・・ここにも居るんだ・・なんか・・キラキラしてて綺麗。)
その生き物はきれいに隊列を組んで進んでいく、形は蟻そっくりだが体表は黒ではなく、玉虫色だ。見る角度でキラキラと色を変え、とても綺麗に映った。
(私・・・本当にどうしたんだろう。まともに考えれば・・こんな世界ない。私が昏睡かなんかで見ている「夢」の可能性の方が遥かに高い・・・。)
疑問が再燃する。
(例えば・・・何か明確な理由があって・・・この世界に呼ばれたとしたら・・・。私が選ばれる理由がある筈・・・。逆に、誰でも良くて・・・偶然選ばれたとしたら・・)
答えがすぐにでない問題が頭を埋め尽くす。
「あの・・・」
「ハイッ!」
急に声を掛けられ、返事する声が裏返る。
「あ・・レナーダさん・・」
そこにはレナーダが心配そうに立っていた。
「休憩終わりですか?」
そろそろと立ち上がる私に、レナーダが何か差し出した。
「い・・いいえ、あの・・・飲み物とか・・・」
レナーダは木で出来たカップに水を持って来ていた。喉が渇いていた私に、受け取らない理由は無かった。
「あの・・・わざわざ、その・・すみません。ありがとうございます・・・。」
純粋にお礼を言えば良かったのだが、申し訳なさが先に立ってしまった。渡す方も受け取るほうも、きょどきょどしていて、急におかしくなってしまった。
「・・ふふふ。すみません、ありがとうございます。」
我慢しきれなくなって笑った私につられるようにレナーダも少し微笑んだ。
水は冷えていて、文字通り五臓六腑に染み渡るといったところだ。
「・・・皆さんは・・・その・・休憩所とかに行って休んでいるんですか?」
「はい・・・都度、水場に行くんですが・・・」
私も行きたいと言っていいのか少し躊躇した。
「あの・・駄目じゃないならでいいんですけど、私もそっちで休んでもいいですか?」
口に出した瞬間、レナーダがうろたえた様に見えて、失敗したと思った。その様子は完全に「どうぞどうぞお越しください」では無かったからだ。
「あっ・・あの、忘れてくださいっ・・その・・」
「え・・いや、いいんです・・。歓迎しますっ・・案内しますから・・」
私の言葉を遮ってレナーダが言った。
「・・・あ・・はい。」
レナーダの言葉には何か含まれていた。すんなりとは行かないと思われるその言いぶりに、引っかかる物を感じつつ、私はレナーダの後に続いた。