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例えばの話は所詮例え話 その1

 朝の少し肌寒い感覚に、布団の中で手足を縮めた。

「ん・・・んん・・・」

目を覚まし、窓の方を見やるともう外がぼんやりと明るかった。陽が昇って来ているが、薄いその光は明け方という所だろうか。昨日はウィーレンが他の部屋で寝たようで、私は邪魔される事もなくゆっくり眠る事が出来た。

(あー・・・もう少し眠れるかなぁ・・・・・・。・・・二度寝したら確実に起きれないだろうなぁ・・・)

ほぼ毎朝、こんな格闘をしてから私は起きる。とても楽しみな事がある日以外は。

 渋々と言ってもいい状態でベッドから下り、大きく背伸びをしてバルコニーへ出た。思ったとおり、日はまだ昇り初めという所で、朝靄に森が霞んでいる。しかし、鳥達はもう次々に飛び立ち始めていて、所々群れを成して飛んでいた。

(初日から遅刻とか嫌だし、早起きして良かったかも知れない・・・)

私の心は、既に今日のアセナとの訓練に向けて身構えている。自分の事を「女だから使えない」、「人」と同じと言ったアセナに、すぐに歩み寄れるような広い心は、実際問題持ち合わせてはいない。何かあれば、直ぐにでも嫌な気持ちに占領されかねない状況を、何とか打破したかった。

(・・・・私って・・・精神攻撃とかすぐに掛かるタイプだよなぁ・・・。)

自慢ではないが、私はすぐへこたれる。精神に来るタイプは、即効タイプの殺虫剤並みに私にダメージを与えるのだ。昔々、小学生の頃、通信簿に「素子さんは人の気持ちになれる子です。」と書かれてきた事があった。当時は褒められたと思ったが、大人になるに連れて「物は言い様」という言葉も知った。私のは「人の気持ちになれる」ではなく「人の顔色を伺う」に近い。幼稚園に通っていた頃の話だ。良くある話で、子供の喧嘩だったが、思い当たる節もなく急に仲間はずれにされた事があった。数日後、なんの事なく仲直りし、また、遊びまわる友達となったが、それ以来、周りが楽しそうにしていないと、とても不安になる。何か不愉快にさせただろうか、私はまた何かしてしまったのではないか・・・と。あの日の喧嘩は、未だに何が悪かったのが分らないが、あの出来事が今の性格の原点かも知れない。

 私は、何か用意をと思い立ったが、ここでは全ての身支度はエーデル達が用意してくれている。つまり、身の回りの世話をして貰っている為に、何かしようにも持って来てもらわないことには何一つ進まないのだ。それに気付いてちょっとうんざりする様な気持ちになった。

「・・・ちょっと面倒だな・・・」

今まで、自分でしてきたからこそ、自由だったと思い知らされる。

 結局、私は着替える事も出来ず、仕方なしに剣を手に取り振ってみたり、鞘から無駄に抜き差ししたりと遊びに近い動作を一通りして時間を潰した。

 剣はあれから何の反応もしていない。よくある「怒りに反応して・・・」などという展開なのだろうか。しかし、制御できないなら、それは「使えない」事に他ならない。原理も仕組みも分らないこの剣をどう扱えば良いというのだろうか。本物の剣を扱う事などもちろん今まで無かったが、無理やり考えて、近いとといえば幼稚園の頃に園の方針で皆でやった剣道くらいだった。それだって、面・胴・籠手という当てる部位を習い、竹刀の振り方とすり足の運び方を教わり、防具を着けてもらい、ちょっとした試合をしたという話であって、実践には程遠い。更に言えば、私は運動らしい運動を社会人になってからはしていない。

 金属製の剣は重たく、とても片手で振れる様な物ではなかった。竹刀の様に頭の上まで振り上げたなら、筋力の無い私は勢い余って自分の背中を切るだろう。

 五分も、ああだこうだと振り回していると腕が限界を迎えた。

(・・・・うわぁ、腕がぷるぷるしてきた・・・ちょっと早すぎ・・)

アセナが、何から私に教えるつもりなのかまったく分らないが、基礎体力から考えてくれているとは思えない。

「ちょっと・・・やばいかな・・・。」

あまりの体力の無さに、アセナに凄い嫌な顔をされる絵が嫌でも浮かんでくる。私は悩んだ末に、やらないよりはマシだろうという考えの下、一人部屋で筋トレをする事にした。学生時代は体操部だったから、運動部なりの筋トレの方法は覚えている。しかし、直ぐに現実に打ちのめされた。

(・・・・やばいぃ・・・・・・・腕立て伏せが・・・・・・・・・・・10回出来ないっ!!!!)

当然と言えば当然なのだが、こんなにも出来ないのかと自分に驚愕した。

(これは・・・・本当に練習どころの話じゃない・・・。)

 私はあまりの衰えぶりに焦った。直ぐにどうにかなるものではないが、直ぐにやり始めないと手遅れだと思った。ベッドに戻り、ストレッチをする。寝起きなのもあり、柔軟体操というよりは筋を伸ばす運動といった体になる。

(膝裏のスジ痛っ!)

確実にこのままで激しい訓練が来た日には、筋や関節を痛めて終了が関の山だ。筋力なんていう前に、身体そのものにガタが来る。

 一通り柔軟体操を終えると、始めよりは随分と稼動域が広がった気がした。

(柔軟性は大して衰えてないのか・・・唯一の救いだなぁ・・・。あっ、ラジオ体操からするとかいいかも・・・。)

思い立ってやったラジオ体操は思いのほか覚えていた。

(忘れないもんだなぁ・・・)


「失礼いたしま・・・」


ラジオ体操第2に差し掛かったところで、エーデルが起しに部屋に入ってきた。

「何をしているんですか?」

「・・・・・体操を・・・」

ラジオ体操をしていただけなのだが、思った以上に恥ずかしかった。

「今日は早いんですね?」

「・・・起きちゃって。それに、今日から本格始動っていうか・・・アセナさんに教えてもらうしと思って準備運動を・・・。」

「ふふ、努力家なんですね。」

(・・・・その努力の怠りが原因でこんなことに・・・)

「身体を動かすとのことでしたので、今日はこういったものをご用意させていただきました。この国での戦士が着る物になります。」

手渡されたのは、一番初めにアセナと会った時に彼が着ていた様な、シンプルなパンツとハイネックの前合わせの上着だった。

「ありがとうございます。・・・あの、服なんですけど何着かこの部屋に置いておくっていうのは駄目なんでしょうか。」

「可能ですが・・・。この時間では都合が悪いのですか?」

「いえ、その早起きした時に外に出たいなって思ったりして・・・。あっ、もちろん中庭とかの話なんですけど。」

「分りました。私から、その様に出来るかを聞いて見ましょう。ただ、返事が来るまでは、出来るだけこの部屋に居て下さい。いつ、また先日のような事があるかわかりません。対策はとっていますが、万全とは行かないと思いますので・・・。」

「はい、すみません。わがまま言ってしまって。」

「そんな事はありません。さあ・・・」


ぐぅぅ・・・・・・


それは完全な不意打ちだった。寝起きから身体を動かしたからか、腹の虫が盛大に鳴いた。

「--ッ!」

「・・・それでは食事もお持ちした方がよろしいですね。」

「・・・・・笑ってくれてもいいんですよ?」

「・・・それは失礼だと思いますが?」

「笑ってくださいっ!だってその顔っ、エーデル笑うの我慢してるでしょ!」

「・・・ふっ・・・ふふふふ。見抜かれていたんですか?すみません、あまりにも大きな音だったので。」

「もう・・・変に気遣わないでくださいよ。こっちが惨めですよ・・・もう、恥ずかしいったらないのに。」

「ふふ、朝食を直ぐに持ってきますね。」

「すみません・・・」

(なんなの・・・このタイミング・・・)

とても素直な自分の腹の虫に、ため息をつきつつ服を着替える。大した仕事をしていなくても腹は減る。それは、普通の事なのだが、どうにも申し訳ない気持ちになる。

(この国の服は何で出来ているんだろう・・・)

ふとそんな疑問が頭をもたげた。アミュールが特別な素材というような事を言っていたが、こうして着させてもらっているし、綿花の摘み取りのような仕事や手伝える事があるならば、是非手伝いたいと思った。

 食事を済ませ、アセナが呼びに来るのを一人部屋で待っていた。アミュールが風通しの為・・・と廊下のドアを開けて行ってくれた。開いている窓から、爽やかな風が部屋を吹抜けて行く。

(・・・そういえば、ずっと晴れてるけど台風みたいな物もあるのかな・・・。)

ふと、気になった。ずっと良好の空模様。植物が育つのだから、それなりに降雨もあるのだろうが、今までの考えをそのまま、この異世界に当て嵌めるのは無理がある。それに、時間軸も一年という様な区切りがあるからこそ、国の歩みを説明された時に「年数」が出てきたのだ。

「・・・・知らない事ばかり・・・」

まるで子供の様だと思った。いいや、もしかしたら、赤ちゃんかもしれない。自分の身の周りの事も出来ない、何も知らない。知る術も・・・。


「お待たせ致しました。」


「はっ・・はい!」

不意に呼ばれてハッと我に返った。呼びに来たのはアセナだった。皮だろうか、茶色の軽量の防具を身につけている。

「準備は出来ていますか?」

「・・・はい。」

準備と言われても、寄越された服を着ただけなのだが・・・。私は、国王から貰った剣を携えて席を立った。

「あの・・アセナさん!」

「はい・・・何でしょうか。」

「私・・・色々と手間を掛けると思いますが・・・。必ず、使いこなしたいと思っていますのでご指導宜しくお願いします!」

今まで、新しい事にチャレンジしなければいけない事は多かった。嫌でも、向いてないと思ってもやらなければいけなかった事は数知れない。その度に時間が掛かってもやってきたのも事実だ。しかし、それには、周りの協力があったからこそというのも事実だ。協力なしに人が出きる事は恐ろしく少ない。何より、私にはアミュールにした約束がある。深々と頭を下げる私に、アセナがきょとんとしているのが分った。

「・・・貴女は、使いこなせると思っているのですか?今まで、まったく知らなかった物を・・・。」

アセナの言葉からは冷静さが滲み出ていた。冷たいくらいに。

「使いこなせる自信から来た言葉ではないです。・・・でも、「やらなければいけない」と思っています。・・・まったく、知らない事も事実です。だから・・・時間が掛かると思います。・・・皆の事を煩わせるとも思っています。でも!やる気はあります!!」

「・・・そうですか。」

アセナはそれだけを私に返した。

「練習場へ案内します。着いて来て下さい。」

「・・・はい。」

(・・・言っておかなければと思ったのけど・・・。失敗だったかなぁ。)

私は、アセナの反応の薄さに、何言ってんだコイツ的な印象を与えたと実感して軽く落ち込んだ。


 案内された訓練場は城内にあった。広いその練習場には獣人達が隊列を組み、待機していた。一斉に向けられる視線に、思わず身構えた。

「気を付けぇっ!!」

一人の獣人の掛け声で、隊列がびしっと体制を正す。

「楽にしてくれ。今日から「異世界の者」も一緒に訓練する事となる。皆留意する様に!・・・異世界の者よ、何かあればこの場で言って欲しい。」

「え・・あの・・不慣れなので色々ご迷惑を掛けると思いますが、ご指導下さいっ!宜しくお願いしますっ!!」

大きな声で出きるだけはっきりと・・・。好印象を与えられるようにと精一杯の頑張ったつもりだったが、顔を上げて見た獣人達の表情からは何も伝わらなかった。一様に反応が無いというか、無表情というか。

(・・・・何の反応もないって辛い・・・)

「それでは1班から11班までは通常通り訓練を!12班は我々と共に訓練をする。以上だ!解散!!」

アセナの号令で隊列がそれぞれ崩れていく。私の前に集合した12班は半獣と獣人が混じった班だった。他の班とは違い、構成員の体格も種族もばらばらだった。

「これから12班には当分の間、異世界の者と訓練を共にしてもらう。」

獣人達は、それが当たり前かの様に微動だにせず聞いている。

「私も暫くは行動を共にするが、有事の際はレナーダ、君が異世界の者を護れ。いいな?」

「はいっ!」

レナーダと呼ばれたのは半獣の少年だった。背は私と同じくらいだから、160cm前後だろう。ちらちら見える尾の模様は黒い縞模様だ。

(虎・・・なんだ・・。)

「それでは、第二訓練場へ移動し各自訓練を始めろ。」

アセナの声を合図に、12班は訓練場の更に奥へと隊列のまま進んでいった。私も、アセナに着いてその第二訓練場へと脚を進めた。


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