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悪魔の心配事。

ウィーレンと手を繋いで歩いていると、浴場の前の廊下で向こうからアミュールが来るのが見えた。

「あらぁ!素子も今から湯浴みするの?」

「アミュールさん、こんばんわ。そうです、ちょうどウィーレンに誘われたところでして。」

「そうだったのね。私も湯浴みしようと思ってたところなの、一緒に入りましょう!」

「はい。」

色々と理解を示してくれるアミュールといるのは、ウィステリアと居るのと同様に心が休まった。

 服を脱いでいると、横で脱いでいたアミュールの背中が目に入った。大きな傷痕が右肩から左腰まで走っている。完治しているものの、見ているだけで痛くなるようなひどい傷跡だった。アミュールが私の視線に気付いて、笑ってみせる。

「ひどい傷でしょう?」

「・・・もう痛まないんですか?」

「心配してくれるのねぇ!素子は優しいわねぇ。」

ぎゅっと抱きしめられ、そのまま腰辺りをさわさわとさすられる。

「ちょっとっ!アミュールさん!!」

「いいじゃない、女同士なんだしっ。ん~、やっぱり女の子は柔らかいわぁ。」

傷跡について、本人が言わないならば、こちらからはあえて聞かない方が良い様な気がした。あれだけの傷跡なんて、そうそうつくものではないし、規模からしても人なら死んでいるんじゃないかと思うほどのものだ。

 髪を流し、身体を洗おうと海綿を手に取ると、それを見たアミュールが小さな石鹸をくれた。それは、一回使い切りの物らしく、平らな楕円形で中に花の刻印が押してある。泡立たせると甘い梔子の香りに包まれた。

「すごい、良い香り。」

「そうでしょう?この石鹸も国の特産の一つなのよ?」

「この国は花とか使った物が特産なんですか?」

身体を流しながらアミュールが言った。

「そうねぇ・・・。この国は「花の女神」の加護があるのよ。」

「「花の女神」ですか?」

「そう。あの方のお陰で、この国はいつでも花が盛りなの。」

「神様が味方なんですか?花って枯れないんですか?冬とか・・・。」

「そうねぇ・・・神様って言うと少し違うかも・・・。国王の様な珍しい生き物とでも言っておいた方がいいかしら。冬は冬で、その時の花が盛りになるわ。」

(・・・・珍しい生き物って、それ言ったら私の中では全ての方が珍しいんですけど・・・)

それにしても心が躍った。花が尽きないなんて、素晴らしい!の一言に尽きると思った。

「嬉しそうな顔するのね?」

「えっ。そうですね・・・花が好きなので。」

「ふふふ、じゃあ、きっとこの国を気にいるわね。」

ウィーレンとアミュールと共に湯船に浸かる。やはり、ゆったりと手足が伸ばせるお風呂は、贅沢な気分にさせてくれる。隣で気持ち良さそうに背伸びをするアミュールは「悪魔だけあって」と言っていいのか分らないが、とても魅力的な体つきをしている。豊満な胸にくびれた腰、引き締まった臀部。

「アミュールさんって・・・本当に・・・なんて言うか、魅了する様な体してますね。」

「あら、ありがとう。素子だって、とても美味しそうよ?」

「・・・・・・・ありがとうございます・・」

「あらぁ、素直に喜んでちょうだいよぉ。」

「何か複雑です・・・」

「うふふ。」

「ウィーレンもー!」

「はいはい。真実を語る者も随分と甘えっこなのねぇ。」

アミュールにぎゅっと抱きしめられて、ウィーレンもえへへと笑ってみせる。ウィーレンはいつも通りといっていいのか、バシャバシャと一人で水遊びを始めた。

 湯煙に霞んで天井の装飾が目に入った。

「アミュールさん、ここの装飾って、全て自分達でやっているんですか?」

「そうよ?興味あるの?」

「ここに来た時に、壁の装飾がとても綺麗だなって思ったんです。他にも至る所にあるし、すべて手彫りなんだろうなって思ってたんですけど・・・。」

「そうね。・・・これはねぇ、私達に初めて協力してくれた「人」が彫り方を教えてくれたのよ?」

「え?異世界の人ですか?」

「いいえ・・・「人」よ。」

「協力してくれる「人」がいたんですか・・・。」

「ええ、その人は国王が「宣言」したあの場に居たの。それから、自国を出て私たちの所へ来て、色んな事を教えてくれたのよ。彼は物知りだったわぁ、彫刻や絵、それに半獣が生きる為に農業を教えてくれた。」

「農業ですか?」

「ええ、国王が言ったとおりに半獣は年々増えているの。彼らはどちらにも成れない・・・。どちらの世界でも受け入れられないでしょうから、なんとか生活する場所と術を確保する必要があったの。」

「・・・・半獣の人達は・・・その、人の国から追われて来るんですか?」

「色々よ。自分達だけで生きようと森に入るけど、生活に困って来たり、隠してきたのがバレて国を追われて来たり。少ないけど、人もこの城にはいるのよ?本当に少ないけどね。」

「・・・・・そうなんですか・・・。」

「半獣の彼らは「人」ではないけれど毛皮も持たない、そのままでは冬は越せないわ。かといって、獲った獲物を服に変える為に「人」の町に行く事もできない。ね?分るでしょう?」

「・・・自分達だけで生活する為には、より「人」の生活に近づかないといけないって事ですか?」

「そう。結局は「人」の生活と酷似しないと無理なのよ。それに、垣根を越えて行こうとする彼らに手が差し伸べられないのは、とても悲しい事だわ。愛を貫いた結果があのようなものなんて・・・。」

アミュールの憂いを秘めた瞳は、悪魔というより天使に近いとさえ思えた。

「私・・・何が出来るのか分からないんです。この国の為にって言ったけど・・・。国王の意見に賛同する人を取り込めないんでしょうか・・・。」

「いいのよ、素子はそのままで。この国に居てくれれば・・・貴女がいるだけで、私たちにとっては、とても心強いのだから・・・。無理な話では無いと思うわ。ただ、それが「人」に攻撃する口実を与えなければの話だけど。」

「そうですよね・・・。私の件でも・・・完全にこちらが悪いって言い方でしたもんね。」

「ゆっくりでいいのよ?素子は、この世界にまだ慣れてないんだし、これから色々知ればおのずと道も開けるわ?」

昼間の子供達といい、アミュールさんといい、何でこんなに優しいんだと涙ぐんだ。そして、ふと、国王が選べと言った人選の中にアミュールが入っている事を思い出した。

「そういえば・・・アミュールさんって、女なのに人選に入ってますよね?」

「ん~?うふふ。えいっ!」

急に抱きつかれる。

「アミュー・・・」

「ねえ・・・俺が、女って何時言ったっけ?」

「ル・・・・・・えっ・・えっ!!!!」

耳元で囁かれた声は、途中から完全に男性の声だった。

「俺も候補に入ってるから。よろしくね?」

耳元から離れたアミュールと眼が合う。その姿は完全に男だった。

「はっ・・・・?」

本紫の様な艶やかな紫色の髪、捕らえて放さない様な眼。悪魔的な不適な口元、男性的でありながら繊細な鎖骨としっかりとした肩に厚い胸板。濡れた髪から滴った水が湯船にわずかな波紋を作っていく。我に返り口を継いで出たのは悲鳴だった。

「きゃぁッーんんっ!」

「騒いじゃダーメっ。まるで私が変な事したみたいじゃない?」

「う・・んん?ふぁみゅーうふぁん?!」

私の口を押さえたアミュールは、元の女性の姿に戻っていた。

「驚いた?」

「驚くに決まってるじゃないですかっ!!」

「ふふふふふ。良かったぁ、驚かし概があるわぁ。」

「・・・・・心臓が持たないので止めてください。えっと・・・アミュールさんは、どっちが本当なんですか?」

「どちらも本当よ?私は性別を変えられるの。相手に合わせてね。」

「えぇっ・・」

「だ・か・ら、安心して任せて頂戴ね。素子が「どちらでも」対応できるし、求めるまでそういう事はしないからっ!」

アミュールが微笑みながら、人差し指で自分の唇に触れ、その指で私の唇にそっと触れる。

「そっ・・・そういう事ってっ!!」

もう、湯にのぼせてかアミュールのせいなのか分らないが、顔に真っ赤になっているのだけは、はっきりと分った。

「アミュールさんって本当に悪魔なんですね・・・。あの・・・女性で居て下さい。」

(男の姿でそんなことされた日には・・・耐性の切れてる私はきっと死ぬ・・・・)

「ふふふ、褒め言葉ねっ。そう望むならそうするわ。」

「なにするのー?ねえねえっ・・・」

ウィーレンがバシャバシャと泳いでくる。

「ウィーレン・・・もしかして、ウィーレンも本当は女の子じゃなかったりするの?」

「女の子?わかんない。」

(えっ・・・何、私知らず知らずに男の子と風呂に入ってるとか?!)

「ドラゴンという種族には雌雄差があるから、真実を告げる者は女の子よ。たぶんね。」

「たぶん・・・」

「ねえねえ、何の話してるのー?」

「ウィーレンが私と一緒かなって話・・・もう・・深く考えない事にしたからいいよ。」

そう、深く考えない事にした。固定された性が元から無いなら、どちらかなんて考える方が可笑しい。

 湯上りに休んでいこうとアミュールに中庭に誘われた。陽がすっかり落ちた中庭には、甘い花の香りが漂っていた。月下美人だろうか、夜に咲く花は色で虫を誘えない分、香りが強い。月明かりは、歩くには十分に地上を照らしていた。柔らかな光の中をアミュールに着いて歩いていく。夜風がそよそよと気持ちいい。

「こっちよ?二人とも足元に気を付けてね。」

「はい。」

「ウィーレンは大丈夫!」

小道を進んでいくと、更に周囲が明るくなるのが分った。夜の闇の中、一本の木が淡く光を放っていた。正確には、木々の枝々に咲いた花が光を放っているのだ。

「花自体が光るんですか?!凄く綺麗です!」

「この木は素子の世界にはないの?」

「無いですっ!すごい・・・何で光るんですか?」

「見てると分るわよ?」

アミュールに言われて少ししてからだった。どこからとも無く、ちらちらと小さな光が集まって来た。それは蛍のそれよりもか細い光で、花に近づくと花の明かりで見えなくなるほどだった。次々と微かな光たちは花に集まると、見る間にその木の光は強くなっていった。

「そろそろいいかしら・・・。」

アミュールが、おもむろに枝先にあった花を一輪摘んだ。すると、花が纏っていた光は、粉が舞い上がるように空へとふわふわと昇って行き、花は月明かりを浴びる普通の花となった。群からはぐれた光が私の手元まで飛んできた。ウィーレンが舞った光を追って走り出す。

「待てぇーっ!」

「ウィーレン、足元気を付けてねー?」

「はあーいっ!」

手の甲に留まった光の粉は、良く見ると小さな羽虫で羽をパタパタとさせている。

「これは・・・虫?・・ですか?」

「そう、光虫の一種なの。一匹では大した事無いんだけど、集まると綺麗でしょう?これ。飲んでみて?」

アミュールに差し出されたのは、さっき摘んだ花だった。光が消えた花は白色で銀盃草に似ているカップ状の花だった。その奥に蜜らしき物が見える。

「このまま飲んでいいんですか?」

「えぇ。」

花を受け取り、そのまま盃の様にして傾けると、爽やかな甘さが口に流れ込んだ。ほんのわずかの量だが、爽やかな中にもしっかりと甘味が分る。

「・・・美味しい。」

「この木の花には満月の時にだけ、この光虫が集まるの。それに合わせて、花も蜜を溜めるから、これは満月の夜にしか採れないのよ。」

「え・・・」

そう言われて夜空を見上げると、漆黒の空には今まで見た事も無い程の星と二つの月が並んで輝いていた。周りに灯りがない分、細かな星まで肉眼で確認出来る。恐ろしいほどの星の海に息を飲んだ。

「・・・ねぇ素子。私が悪魔だって知っても何ともない?私、素子が無理してるんじゃないかって心配なの・・・。」

唐突なアミュールの質問に少し戸惑った。異世界に来た私にとっては、全てが現実離れしているわけで、悪魔がどうのこうのという次元ではない。

「そんな・・・、無理とかはしてないです。種族って話になれば、私はここの皆さんとはそれこそ初めて会うので・・・色々教えてもらわないと失礼になる事もしてしまうかもしれませんけど。」

「・・・国王が、異世界から呼んだ者のうち一人は行方不明って言ったでしょう?」

「はい。」

「あれはね、私の所為なのよ。」

「え?」

花に留まっていた光虫が光の筋を作り、空へと舞い始める。

「私、ずっと黙っていたの。自分が悪魔だって事・・・外見って「人」とそんなに変わりないから大丈夫だと思い込んでたのよ。でも、彼女は「悪魔」という種に強い嫌悪を持っていた・・・。交渉の作戦会議の席でふとした話から、私の正体を悪魔だと知った彼女は「人」の国に入ってから「人」に助けを求めたの・・・「助けて」って。あの時の彼女の瞳、忘れられないわ・・・本当に私の事を嫌いなんだって思ったもの。」

「じゃあ、行方不明っていうのはそういう事があって・・・。」

「素子は・・・私の事どう見えてるの?」

私はアミュールの手を取り、しっかりと眼を見た。

「アミュールさんはいい悪魔っていうかっ・・・その、いい方だと思っています。とても、親切にして貰ってますし、実際にその言葉に私は励まされたし。」

「でも、素子の世界でも悪魔は悪い物なんでしょう?」

「確かにそうですけど・・・実際問題、悪魔と話した事なんて無いし。こうやって話している悪魔がいい人だと感じられるし、私にとっては特別に「悪魔だから」って考える必要はないって思ってます。姿だって、男でも女でも構いません!さっきは女のままでって言いましたけど・・・もし、アミュールさんが嫌なら男でもいいんですっ!」

私は言葉を選んで理由を話そうと思っていた。言い訳の様に取られるのも嫌だったし、本心ではないと思われるのも嫌だった。でも、話してる途中から一生懸命になって選んだ言葉は出てこなくなっていた。

「・・・私が、急に襲ったらどうするの?死んじゃうかもしれないのよ?」

「アミュールさんの事をきちんと止められる様になりますっ!・・・身を護る為にって戴いた剣もあるし、筋力つけて力で止められるようにだってなれるかもしれないしっ。今は無理でも、アミュールさんが不安に思うことの無いようにします!だから、私に対してはそんな風に気を使わないで下さい!」

「素子・・・貴女は本当にいい子ね。」

安堵した様な顔を見せたアミュールに、私もやっとほっと出来た。

「・・・・このまま、襲っちゃおうかしら。男でもいいのよね?」

「はい?ちょっ・・・止めてくださいっ!」

心臓がどくんと鳴ったような気がした。アミュールと眼が合っていたし、瞳に捕らえられた気がして、顔を背ける。

「あらぁ、私まだ力使ってないわよ?ふふふ、そんなに意識してくれてるのね。うれしいわぁ。」

「えぇっ・・・意識って・・防衛本能ですっ!それに、そういう素振りしたじゃないですかっ!」

「ふふ、可愛いわねぇ。」

(・・・悪魔にここまで気を遣わせるってどうなの?私って、ずっといじられキャラで行くような気がする。そして、もう可愛いとかいう年じゃない・・・・)

アミュールが元の調子に戻ってくれて本当に安心した。同時に、アミュールも悩んだり、悔やんだりする、私と同じなんだと思った。どこか、物凄く特別なんだと思っていた。悪魔って、悩みなんか無くて、強くて、何でもお見通しで余裕しゃくしゃくなイメージがあった。

「もとこーーー!みてみてーー!」

ウィーレンが何やら両手に持って走ってくる。ぼんやり光っているから、花にいた光虫だろうと近寄った。

「光るの綺麗なんでしょ?あげるぅ!!」

出した両手に、羽虫ではない感覚が大量に落ちてくる。

「ん?」

両手に乗っていたのは、光る芋虫だった。うぞうぞと光を放ちながら蠢く柔らかな感触に、一瞬にして全身の毛穴が閉まるような感覚が襲う。

「あら、夜光蝶の幼ち・・・・・」

「きゃあああああああああああああああッ!!」

アミュールの言葉を待つ余裕はなく、私の悲鳴は夜の城内に響き渡った。

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