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綺麗な羽とヤタの酒。

 部屋では、ウィーレンが大人しく本を読んで待っていた。

(あれ、めずらしい・・・騒いでいないなんて・・・)

「ウィーレン?何読んでいるの?」

「あ、おかえりなさいっ!これっ!」

差し出された本は、完全に異世界の言語で書かれており、解読不明だった。

「・・・ごめん・・・分らない。何が書いてあるの?」

「ドラゴンの殺し方。」

「えっ!何てもの読んでるの!」

「なんで?」

「だって・・・」

「おもしろいよ?」

「おもしろい?何で?」

理解できなかった。自分の殺し方を記した本がおもしろいなんて。

「だって、書いてある方法ではウィーレン死なないもん!」

「え・・・」

「なのにねー、「殺した」って書いてあるの!「人」ってきっとドラゴン殺した事ないんだよ!」

「・・・・ウィーレン・・」

「これじゃあ、死なないよ?」

ウィーレンの瞳に一瞬、銀色の冷たい光が宿った様に見えて、ぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。

「ウィ・・・ウィーレン!かくれんぼしよう?」

「いいのっ?!」

「うん。もう国王との用事終わったし。庭に出てやろうか?」

「やるぅっ!!」

ウィーレンにとっては、何でもない内容なのかもしれない。でも、私は、あのまま自分の殺し方が書かれた本を読んで欲しくなかった。

 中庭に出ると、中央の池のほとりに、手や足に包帯を巻いた子達が数人で遊んでいた。昨日の「人」の襲撃で怪我をした子達だろう。子供達は私を見つけると、どこかへ走って行ってしまった。

(嫌われちゃったなぁ・・・。無理ないよね、私が原因で襲われたんだもんね・・・。)

仕方ないと分ってても、やはりショックだった。

「どうしたの?」

「・・・何でもない。さて、どっちが鬼する?」

「私やるっ!」

「じゃあ、10数えてね?」

「うんっ!いくよーっ?いーーーち、にぃーーー・・・」

私は隠れる茂みを探して走った。ちょうどいい所にウツギの茂みを見つけ、急いでその影に隠れた。

「もういいーかあーーいっ!」

「もういいよー!」

遠くからウィーレンのはしゃぐ声が聞こえる。

(まだ、ウィーレンがドラゴンだって忘れそうになるなぁ・・・。っていうか、異世界にいるって事自体がまだ・・・・)

本当は、そんな事言ってる場合じゃないのは分っていた。昨日の件で、異世界から来る者が「人」にとっても、とても大事なんだという事がわかった。でなければ、あのように敵陣の真っ只中まで切り込むだろうか。向こうにとっては、自分達の力が使える者が「獣」側に付いたのは脅威だろう。しかも、昨日私を説得に来た「人」によって、私が非力な女だと知れたはずだ。もし、私が敵なら・・・早めに潰しにかかる。

「素子みーーーっけ!!」

「早っ!?」

隠れおおせたのは何秒だろうか。

「すごいね、ウィーレン・・・」

「だって音したもん!」

「え?独り言喋ってた?」

「ううん。心臓の音がした!」

「・・・・・・・どうしろと・・・。」

「隠れている時は小さくしないとだめだよぉ!直ぐに見つかっちゃうじゃん!」

「無理だよぉ・・・・・」

そんな、ウィーレンからの無理難題に泣かされていると、先ほど、私を見てどこかに行ってしまった子供達が、少し遠くからこちらの様子を見ているのに気がついた。

「あ。あの子達・・・。」

「こ?」

子供達は、何かひそひそと話した後、その中の一人がこちらに駆けて来た。

「もとこ?」

「そうだけど・・・」

「これ、あげる・・・」

至る所に包帯を巻いたその子は、ぴんと立った茶色の犬耳だった。文句を言われると思っていたが、私の手を取り綺麗な羽を握らせてくれた。手渡されたのは、大きく色鮮やかな鳥の羽だった。光の加減で七色に輝くその羽根は、とても軽く、そして美しかった。

「これは・・・?」

「この羽根ね、持ってると良い事があるって教わったから・・・」

「くれるの?」

「うん・・・。もとこが・・・お兄ちゃんの最期を見ててくれたんでしょう?」

「-ー!?あなたは・・・昨日の・・・」

「うん。お兄ちゃんが昨日戻ってこなくて・・・お母さんから「人」に殺されたって聞いたんだ。でも、もとこが「人」を追い払ってくれて、お兄ちゃんの事、最期まで大事に抱いていてくれたって聞いた。だから、「もとこ」に、これから良い事がいっぱいあったら・・・恩返しになると思って。」

「・・・・ごめんなさい。」

握り締めた羽根に涙が落ちた。

「え?!何で泣くの?」

おろおろするその子を、私は強く抱きしめた。

「・・・ありがとう。大事にするから・・・。お兄ちゃん・・・助けられなくてごめんね。」

お前のせいだと言われても仕方ないと思っていた。それが、感謝の言葉を言われ、しかも、恩返しなんて言葉も貰った。私が原因で兄が死んでいるというのに・・・。

「ウィーレンもっ!ウィーレンもぎゅってするぅーーー!」

「ウィーレンもおいで・・・」

私は抱きついてくるウィーレンも一緒に強く抱きしめた。

(私・・・何をしてあげられるだろう。こんなに、良い子達に・・・・)

「お前らぁ!何、素子泣かせてんだよ!」

どこの部屋から飛び降りたのか、ウィステリアが私達の横に、すとんと着地する。

「ウィステリア。違うの・・・私が勝手に泣いただけなの。」

「何だ・・・お前ってさ、本当に泣き虫だよなあ・・」

「何でよ?!」

「だって、俺と初めて会ったときも泣いたじゃん。」

「・・・あれはウィステリアが悪いんでしょうが!」

ウィステリアの雰囲気に飲まれ、すっかり涙は引っ込んでいた。少年がウィステリアに言った。 

「ウィステリア何してんの?」

「え・・・ああ、ちょっとな。」

少年はやけにウィステリアと親しそうだった。

「知り合いなの?」

「おう、俺が初等教育しているやつらだしな。何だよ、お前らも来いよ!」

ウィステリアに呼ばれて、様子を見ていた他の子も駆け寄ってきた。

「こ・・・こんにちは!」

「こんにちは。・・・ウィステリア、ちゃんと教育してるんだねぇ。」

「ちゃんととは何だよ!ちゃんととは!俺はいつでも真面目なの!」

「あー、はいはい。」

「おまっ・・・・くそ、もう許さねぇ!」

ウィステリアは、木の上に跳び上がると不適な笑みを浮かべ、何か小さな木の実の様な物を投げつけてきた。それは、私の足元の地面にぶつかると、パンッと弾けて白い粉を舞わせた。

「ちょっと!何投げて・・・んの・・ふふ・・ふふふふ・・・あはははははは・・はっ・・何これっ・・あはははは・・・」

言葉の途中から、私はおもしろくも無いのに笑いが止まらなくなった。

「「笑いコショウ」だよ。止まんないだろ?笑い。」

ウィステリアの不適な笑みの正体はこれだったのだ。しかし、今更気づいても、もう対処のしようがない。

「卑怯なっ・・・ふふふふ・・降りて・・・・あははははははははは!」

「ウィーレンもっ!きゃははははははは!」

「ウィーレンっ・・・ふふふ・・・あなた・・・吸ってない・・はははは・・・でしょっ・・・・・」

「うん!でも、素子楽しそうだから!」

「楽しくっ・・・あはははは。ないんだってばぁ・・あははっはははっはは・・・」

笑い転げる私達を見て、子供達もはしゃぎ出した。

「おい!もとこを守るぞ!」

「分った!」

子供達が次々に落ちていた木の実をウィステリアに投げつける。

「うわぁっ!お前ら・・・どっちの味方だよ!」

一気に一人対多数になったウィステリアが、枝の上でひょいひょいと木の実をかわす。

「もとこの味方だし!」

「だし!!」

「お前ら・・・俺にぶつけようなんて・・・甘いんだよっ!」

ウィステリアの投げた笑いコショウの実は、手元が狂ったらしく、子供達の方ではなく、私のすぐ横で弾けた。

「ちょっ・・・あははは・・・やめっ・・・止めてぇ・・・・ははっはははっはっ・・・」

私は何年かぶりに笑い死にするのではないかと本気で思った。そのうちに、エーデルが中庭の道を通り掛り、笑い転げまわる私に一杯の水を飲ませてくれた。そして、笑いコショウを吸ったら水を飲めば収まると教えてくれた。もちろん、その後、ウィステリアにはまだコショウが効いているフリをして、子供達と示し合わせ、至近距離から笑いコショウの実を投げつけてやった。

 私は子供達の笑顔にすっかり癒され、夕方部屋に戻った。ウィーレンは部屋に戻るなり、うとうとし始め、すぐに私のベッドを占領してしまった。貰った羽を机の引き出しにしまい、健やかな寝息を立てて眠るウィーレンに、そっと掛け物を掛けた。私は一人、椅子に座って明日の事を考えていた。

(久々に大笑いしたな・・・。それにしても、明日やだなぁ・・・・。何て言おうかな・・・私を良く思ってないってもう知ってるからなぁ・・・)

自分を良く思ってないと知っている人とうまくやれるほど、私は出来ていない。しかも、立ち聞きしたとなれば、更にいい印象は持たれないだろう。

(・・・聞かなかった事にしよう・・・性別は変えられないし・・・)

「失礼致します。夕食をお持ちしました。」

エーデルが数人の侍女達を従え入ってきた。

「あ、ありがとうございま・・・・す・・・」

何やら、やたらと皿数が多い。メインと思われる大皿が置かれ、フードカバーが外される。

「・・・・大きい魚ですね・・・」

丸々と太った大きな魚が、そのまま蒸し焼きにされている。他の皿も、サラダに和え物にフルーツと、どう考えても一人分ではない。

「・・・・誰か、来るんですか?」

「ウィステリアが夕食は一緒にとることになったと・・・」

(聞いてないし!)

「・・・そうですか。」

「お聞きになっていませんでしたか?」

「え、ああ・・まぁ、いいんですけどね。」

私の苦笑いに、エーデルは察したように微笑んだ。エーデルはウィーレンを起こし、食事を用意したと別室へと案内して行った。

 テーブルの上がすっかり整えられた頃だった。

「素子っ!待たせたな!」

「ウィステリア・・・」

ウィステリアが籠を抱えて部屋に入ってきた。

「では、私どもは下がりますので、何かありましたらお呼び下さい。」

「はい、ありがとうございます。」

待機していた侍女が、部屋を出るのを見届けてウィステリアが席に着いた。

「素子に、これ飲ませようと思って!」

ウィステリアが籠から出したのは瓶に入った液体だった。

「何?それ・・・お酒?」

「酒?・・・ん~、違うと思うけど・・・。まあ、そんなもんかな、「ヤタ」から貰ってきたんだ。疲れが取れるよ?」

グラスを取り出し、渡された。

「ちょっと、どっちよ?ヤタさんに貰ってって・・・私の為にわざわざ持ってきてくれたの?!」

「何だよ、素直に喜べよ!」

「・・・喜んでるって・・・ただ・・・」

「ただ?」

(・・・ただ、今まで男の人にそんなに優しくされた事ない・・・とか、ちょっと言えない・・・)

「・・・何でも無い。ありがとう、ウィステリア。」

「おぅ。それよりさー、腹減ったし食おうぜ?」

「うん。戴きます。」

いつもの癖で、料理を前に手を合わせた。

「いただきます?」

「あ、こっちは違うのか・・・。食べる前は、何て言うの?」

「「神の恵みに感謝します」だけど?素子のは何?どういう意味?」

「向こうの、私のいた国では、食べる命に対して感謝を込めて「命を戴きます」って意味でこうするの。神様を拝む時と一緒の動作って言うか・・・仕草かな。」

「へぇ・・・そっちの方が俺らに合ってるかも知れないな。」

「そう?・・・って、そうだった。話し替わるけど、ご飯一緒に食べるのは嬉しいんだけど、一声掛けてよ!エーデルに言われて初めて知ったんだから!」

パンをむしゃむしゃと食べながら不思議そうに返された。

「・・・別に、他に誰と食べるとか約束してたわけじゃないだろ?」

(そうだけど・・・中庭で結構汚れたし、髪の毛くらいきちんとまとめ直したかったのに・・・)

「そういう問題じゃなくて・・・色々仕度もあるの!」

「そういうもん?」

「そう!」

「あはは、分ったから・・・そんなに怒るなよ。」

「・・・何がそんなにおもしろいの?怒ってるのに。」

「何でだろうな。素子見てると飽きないんだよなぁ・・・おもしろくて。」

(回答になってないし・・・)

「いいけどね、女だからって嫌われるよ・・・」

言いかけて仕舞ったと思った。

「嫌う?」

「いや・・・人だから嫌がられるよりは断然いいって話。」

「ふぅん・・・素子さ、何か隠してるでしょ?」

「え?いや、別に・・・」

「・・・心臓の音、すごい早いけど?」

「き・・聞かないでよっ!」

(忘れてた・・・聞こえるんだった・・・)

スープに口をつけ、何とか話題を変えようと思った。

「そういえばさぁ・・・」

「言えよ。何隠してんの?」

ウィステリアの、何時に無く真剣な表情に観念せざるを得なかった。

「・・・・・実はね、話立ち聞きしちゃったんだよね。そういうつもりじゃ・・・なかったんだけど。」

「立ち聞き?誰の話を?」

「シンハさんと・・・アセナさんが話してるのをね・・・。」

「それで?何か文句言われたの?」

「文句とかじゃないよ!ただ・・・ほら、ね?私は女だから、戦闘には不向きだって話で・・・。」

「アセナが言ったの?」

「・・・・・そうだけど、お願い!黙ってて!!」

「何で?俺が、そんな事ないって言ってやるよ!」

ウィステリアは不思議そうだった。

「何て言うか・・・・自分で証明したいっていうか。私が女なのは変らないから、女は女の良い所があるって思って欲しいって言うか・・・。」

「素子はそれでいいの?」

とにかく、事を荒立てたくなかった。

「うん。ちょっとショックではあったけど・・・。」

「そっか・・・。アセナはさ・・・そんなに悪い奴じゃないからな?」

ウィステリアが持ってきた瓶の蓋を開けて、グラスを持つように促す。

「うん。ありがとう。」

グラスを差し出すと、瓶の中身がゆっくり注がれる。トクトクと音を立てて注がれた液体は、少しとろみのある透明な液体だった。そして、注がれた直後から、何ともいえない甘い香りが漂った。

「すごい・・・いい香り。材料は果物とかなの?」

「さあ・・・何だろうな?ヤタしか作り方知らないから。」

「え?」

「あはは、大丈夫だよ。人が食えるもので作ってあるって言ってたし。」

「うん・・・」

失礼だとは百も承知なのだが、やはり人の軸で動いていないこの世界では、いつもの様な「出された食べ物が人の胃腸に対応している」という当たり前は通じないと思ってしまう。しかも、持ってきた本人が材料を把握して無いならなお更だ。果実の様な甘い香りに、おそるおそる口をつける。

「美味しい!!何これ!」

それは、今まで飲んだどの飲料とも違う味がした。アルコールが入っている感じではない、果物を搾ったという感じでもない。甘味があり、爽やかな果実の風味もするがもっと近いのは花の香りだ。バラ水に果物を足した様な香り。

「ウィステリア!もうちょっと頂戴?」

「お前のだからいいよ、好きなだけ飲んで。」

「本当に美味しい。何から作っているんだろう・・・」

「今度行ってみる?」

「え、いいの?お礼も言いたいし行きたい!」

「いいよ。連れてってやるよ。ヤタにも紹介しておいた方がいいと思うし。」

「ありがとう。」

その後、私とウィステリアはなんて事ない会話で盛り上がりながら食事を楽しんだ。ただ、本当に当たり障りの無い話に終始した。どちらがそうしたと言うわけではない。二人とも、気遣いなのかまた本当に打ち解けていないからなのか、深い部分には触れなかった。ただ、とても楽しい食事だった。しばらく独り暮らしをしていた私にとって、夕食を他の人と囲むというのは特別な事だったのだ。

「じゃあ、また明日な。」

「うん。また明日。」

夕食の片付けが終わり、ウィステリアを見送る。部屋に戻ろうとすると、向こうからウィーレンが走ってきた。

「おふろっ!お風呂行こう?」

「用意持ってきたの?」

「うん!エーデルにもらってきた!!はい、素子の分!」

「ありがとう。行こうか。」

「うんっ!!」

ウィーレンとお風呂に行くのも当たり前のようになってきた。差し出されたウィーレンの手をしっかりと握り、浴場へと向かった。

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