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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
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5 入居

 西風の息吹の面々が大体泥酔し、夜も更けて宴もたけなわとなった頃合いを見て酒宴はお開きとなった。

 宿の前、街を南北を貫く通りではあちこちで一日の労働の締めの酒を供給する店が開いている。

 そんな通りの一部。


「俺はそろそろ失礼する」


 泥酔してテーブルに突っ伏していた、クレア・クウリ・イリスの若年組を男女別の部屋に運び終えたリマイトと伊織に店の前で別れを告げる。

 この二人もバスタブの底を抜いたように呑んでいた気がするが、うわばみと呼ばれる人種だったようで意識は鮮明である。

 当然ジンも若き酔っ払い達に勧められるがままに呑んではいたが、気分はすっきりしているし手も震えてはいない。

 大丈夫だと自覚している。


「ええ、また」


 宴の途中に、パーティーに入らないかとの誘いを彼らから受けたがすっぱりと断った。

 パーティーを組むなら、お偉方が専門家から勝手にチョイスして組み上げるだろう。


 外回り役職に移動するだけでも、方々に借りを作りながら上に申請して暫く待ち、条件付きで実現したのだ。

 追加で一般人とパーティーを組むなどと言い出した暁には、各種手続きを善意で行ってくれたユリアが過労か胃潰瘍で倒れる。

 あれやこれやと断りはしてみたが、主に伊織がなかなかに食い下がった。

 正直に言わせれば組手したいからだろう。


 最終的には他に仕事があり、冒険者は副業だと告げると渋々ながらに諦めてくれた。

 また、受付嬢のシリアのストーカー問題という話題も挙がった。

 追跡者に対しての訊かれればアドバイスはしたが、ジンが口を挟むのはそこまで。

 能動的な発言は避けた。

 結局、それは翌朝にギルドの仕事を始める前にシリアと考えようという結論に落ち着いたようだ。

 クウリがなぜあんなに激昂していたのか疑問は残ったが、それはリマイトがニヤニヤしながら、あの娘に惚れているのだと耳打ちしてきた事で解決した。

 冒険者特有のプライバシー保護はどうしたと言いたくなったが、この男にそんな概念は無意味らしい。


「おやすみでござる」


 糸目の彼女が手をヒラヒラと振る横でリマイトも手を振る。

 こっそりと懐にキープしていた新たな酒に口を付けながら。


「ああ」


 悪くない時間だった。

 淡泊な別れを交わし、彼らは宿の部屋に、ジンはねぐらに向かい歩く。

 荷物の袋の中で微かに振動が発生している。

 予定とは違ったが、歩きを止めずにそれを取り出す。

 そして黒い箱形のボディの一端にコードで接続されたマイクと一体化したイヤホンを片耳に嵌める。

 通信を始めるスイッチを入れる。


「どうした?」

『ごめんなさい』


 聞き慣れた声が鼓膜を揺らす。

 その声色には後ろめたさが見える。


「気にするな。俺の管理がアンタの仕事だ」

『今からでも遅くないわ。一緒に何もかも捨ててあの家で──』

「誓ったんだ」


 ただ楽しく飯を食べ、話すのは願いの一つだった。

 実際やってみて楽しかったし、こんな日ばかりだったらどれだけいいかと思った。

 ジンの心を読めるほどに親しいからこそ、自分の存在が重荷であることに痛みを感じる。


「燃え尽きるまで走り続けると、俺は誓った」


『ごめんなさい』


 その一言にどれ程の謝罪が籠められているか、無線の向こうの彼女が本心から自分を嫌悪しているかは俺が一番よく分かっている。


「俺はアンタを責める気はない」


 支えが無ければ死を選んでいた。

 愛する者がいるからこそ生きる苦しみを耐えられる。


「それに俺も今までそっちの仕事を増やしてきた。それで相子だ」


『そうね、そうしましょう。ていうか、あなた達二代の貸しもソートーなモノよ?』


 いつもの調子が戻ってきたようだ。

 明るい彼女の方が似合っているし、ジンは好きだ。


「それで、そっちはどうなんだ?」

『ん〜、ここのお偉いさんに嫌味をねっちねち言われたわね』

「いつも通りだな」


 つまりはアンヴィルに来る前と変わっていないらしい。

 どこもお偉いさんは日課のように嫌味を垂れ流す生き物ということか。


『そ、誰かさんのお陰でね〜』


 低い声でやたらと〝誰か〟の部分を強調する。


「一体誰だろうな、それは……」

『………』


 苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう事をジンはこれまでの経験から知っている。


『……まあ、ここでの活動の許可は取ってあるし、好きに生活していいそうよ。任務で必要な情報は追ってこちらから伝えるわ』

「……助かる」


 しかし、小さな籠から移された巨大な籠の中でだけ飛べることを、さっき別れた彼らはなんて呼ぶのだろうか。


 

『良いのよ…。これが私の仕事、でしょ?』


「…ありがとう。アンタはイイ女だ」


「いや、訂正する。最高だ」

『無理しちゃって。またね』


 プツリと通信が途切れ、イヤホンから何も聞こえなくなった。

 役目を終えて沈黙する無線機を袋に戻す。

 ふと気が付けば、人影も無くなり、月明かりと静寂が支配する裏通りまで来ていた。

 代わり映えしない街並みだが、頭に入れた地図が正しければ、クウリと遭遇した場所はもう過ぎただろう。

 その証拠に、この街でのジンの住み処が見えてきた。


 貨物を保管しておく為だけの、暗い道に面した指示された住居の外観は他と変わらない。

 窓と呼ぶよりは明かり取りと呼ぶ方が正しそうな高い位置に作られた格子付きガラス。

 シャッターの隣の金属のドアを鍵を開けて中に入っても感想は変わらず、打ちっぱなしのセメントの床と壁に、低いテーブルとソファーが一脚のセット。

 ゴツい鍵付きの縦長ロッカーが壁沿いに二つ。

 奥の右角には細かい格子でできた排水口の上にどこから水を引いたか、シャワーがある。


 二階部分に当たるロフトには簡素な鉄ベッドが一つ。

 一階を見る限り、せいぜいが倒産寸前の運送会社の事務所といった風だ。

 そこら中にそのお味をよく知っている缶詰めが入った段ボールが転がっている。


「またコレか…」


その缶詰めとは、味見をさせられる調理係と下士官からクソ不味いと大反響のレーションである。


正式名称は長ったらしいせいで覚えていない。


一体何を目指して作ったのか、酸味と苦味が同居している謎の煮豆。

コストをケチったら良い物は開発出来ない事の良い教訓だと思うが、初めて口にした時から未だ変わらぬ味と来ている。


噂じゃ、コレを食って舌が馬鹿になった分年金を上乗せしろ、というストライキ活動もあるらしい。


幸い、俺はあまり味覚がよろしくない。


大ブーイングのコレも、変な味だとは思うが食べるのは苦痛では無い。


散々飲み食いした今、進んで食べる気も無いが。


苦酸っぱい思い出を横目に、南京錠の掛かるロッカーの片方を事前に支給された鍵で開ける。


中には上の方に固定されたバーとハンガーが一つ。


無線だけを袋から出してコートの中の腰のベルトに装着し、他はロッカーにぶち込む。


仕事も無い。

ならば体を休めるか。


「だが、まさかとは思うが……」


とロフトに上がって的中してしまった嫌な予感を噛み締める。


薄っぺらなマットレス一枚の鉄ベッドでも良い。



俺が上っても軋まない堅牢な階段とロフトはなお良し。


「………」


だが、何故明かり取りの窓際にベッドがあるのか。


これは、暗に死ねと言われているのか。

睡眠中に窓から奇襲されたら仕舞いだろうに。


前後左右を同じ高さの倉庫に囲まれているから狙撃は無いと思うがそれでもこれは酷い…。


後で報告モノだな…。


心の中で悪態を吐いて階段を下りながら幾つか代替案を考案した結果、ジンは最終的にソファーを採用した。


スプリングがお釈迦になってはいるが命の危険のあるベッドよりはよっぽど上出来だ。


暖かい季節になってきたが夜はまだ肌寒い。


黒コートをしっかり着たままでソファーに横になる。

疲れていないが、射し込む月明かりがゆっくりと動くのを眺めながら浅い眠りに落ちていく。



 薄暗い森の中を俺は一人で走る。


俺の先の空は真っ赤に燃えている。


遠くで幾度も幾度も、人の絶叫と不快な悲鳴が交差する。


余計な荷を全て投棄し、限界まで軽装になった脚を最大の力で地を蹴る。


息が切れる。


それでも先から漂う、血と肉の焦げる匂いが連想させる嫌な考えは頭から離れない。


間に合え…間に合え…間に合え…ッ。


何度も言い聞かせて森を走り抜けた。


 

辿り着いた村落は猛火に包まれ、道は朱に染まっていた。


四肢を損傷した死体がそこら中に転がっている。


呼べど叫べど誰も応えぬ道を進む程にその爪痕は明らかになる。


男は全身を斬り刻まれて打ち捨てられ、女は手足を失った姿で凌辱の果てに皆舌を噛んでいる。


震える足が血だまりにとられて倒れるがすぐに起き上がり血塗れで歩く。


子供は広場で並べられて片端から撫で斬りにされていた。


その首は無惨に転がり、蹴り回されたように破損している。


その中に良く見知った顔がある。


叩き割れた頭蓋からは脳漿と大脳が撒き散らされていて…まるで石榴が弾けたみたいだ…。


そうだ…脳味噌を戻さないと…。


そう思って拾い上げた脳はとても柔らかくて温かくて―――――ダムが決壊したかのように嘔吐する。


吐いて。


吐いて。


吐いた。


俺は倒れ―――誰かに抱き止められたと思ったら灰色の世界は光って消えた。


次に見えたのは寒寒しい倉庫の天井。


習慣付けされた時間の朝日が俺の意識を完全に覚醒させる。


「……朝か」


いつもよりはマシな夢見だった気がするが……。


コートを置き、トレーニングを黙々とこなす。


一種類のトレーニングを限界までやり、他のトレーニングをしている間に休ませる。


そうして代わる代わる筋肉を運動させる。


目標回数を越え、心地好い痛みが立ち上がった全身を満遍無く刺激している時にふと思い出す。


難癖をつけては頬を張る嗜虐趣味の女性教官だった。


「マリーは……今も誰かを扱いてるか…」


愛称で呼ぶと怒られるが、彼女にはさんざっぱら走らされ、殴られたんだからコレぐらいは可愛いもんだ。


鼻くそ以下のクソ虫と呼ばれた日々を思い出したら笑いが込み上げてくる。


身に付けている物を脱ぎ捨てシャワーを浴びてかいた汗を流す。


湯なんて気の利いたものなんて出ないが今さら文句もない。

寒中水泳と称して氷の浮かぶ泥濘に蹴落とされるのと比較すれば最高だ。


スッキリして水滴の滴る身体でテーブルから鍵を拾い、閉じていたままだったもう一方のロッカーを開ける。


中にはシャツ等の衣類が詰め込まれている。


肌着なども、其の節は大変お世話になった物が取り揃えてある。


衣類のデザインに統一感は無いが、共通するのは主に黒か灰色で揃えている。


それは俺が頼んだからだが。


俺の役回りを知っていて、流行だのお洒落だのと抜かして明るい色を寄越す馬鹿女に任せられるか。


濡れた体を拭い、服を着る。


紺色のカーゴに黒いTシャツと、コーディネートもクソも無い。


生憎とそんな高尚なご教養は“学校”では教えて頂けなかったからな。


“いつもの”を身に付け、ロッカーから拾ったポーチに必要最低限の荷物と金を入れて腰のベルトに提げる。


最後に無線機を腰に固定し、イヤホンマイクを填めてコートを着る。


そして美味しい美味しいお食事の時間だ。


本日のメニューは豆の缶詰めとなっております。


「昔、流行ったな」


不味さに定評のある缶詰めをいかに上手に調理出来るかを競っていた時もあった。


目を閉じれば蘇る。


テントのあちこちで飛ぶ怒号、悲鳴、嘔吐されて強化された豆の酸っぱい香り。


その大抵が素材の味が生きている悲惨な料理となって幕を閉じたのは言うまでもない。


「……」


段ボールの山から缶詰めを拾い、ソファーに腰掛けてサバイバルツールの缶切りで開ける。


蓋が開くと中の香りが空間に飛び出した。


ツールの缶切りをスプーンに切り替え、缶詰めのへりに口を付けて掻き込む。


そうだ、この味だ。


五臓六腑に染み渡ってゆく、苦味を伴う酸味がなんとも……吐き気を催す。


味覚が鈍い俺がこれだけ不味いと感じるなら他の奴等には苦痛だろう…。


だが美味くないものを長時間口に入れておく趣味はない。


早く食べきるべく、ジンはただ無心に口に流し込んでは咀嚼する。


飲み込む。


噛む。


飲み込む。


終わってみれば、数口だった。


俺の一口がデカイのか、缶が小さいかは知らない。


汁気も飲み干した空き缶を、何もない片隅に放り投げる。


建物の内壁に当たってカランと音をたてて転がった。


…ギルドに行くか。


ジンはコートのジッパーを上げて口をゆすぎにシャワーの水道管の途中についた蛇口に向かう。

「だがこの臭いはマズい」


  ◆


「おはよう。受け取りに来た」


ギルドのカウンターには昨日と同じ受付嬢――シリアだったか――が座っていた。


「おはようございます。お待ちしていましたジン様。今お持ちしますので少々お待ちください」


昨日も見た笑顔で挨拶をしてカウンターの部屋からドアで仕切られた奥の部屋に入っていった。


その間に渡す金を出そうと手をポーチに入れたと同時に彼女は帰ってきた。


時間にして約五秒……本当に少々だった。


「お待たせしました。こちらが昨日お話しした冒険者の身分証になります」


首に下げるボールチェーンが通された二枚組みの金属製のタグとプレートがトレイに載せられてカウンターに置かれた。


銀色のタグには名とランクが印刻され、掌に収まる小さな緑色のプレートには白い文字で大きくランクのD5と、その脇に名前やら支部名やらが書いてある。


「両方とも大事な物なので紛失にはご注意を。再発行は可能ですがまたお金が掛かりますし、騙りを防ぐための本人確認の手間が大変ですから」


「ご忠告ありがとう。気を付けよう」


二つを拾い、代わりに硬貨をトレイに二枚載せてシリアに返す。


「はい、確かにいただきました。これでジン様は正式にギルドに登録されました。頑張って下さい」


「死なない程度にな」


「そう、その意気です」


「死んだら元も子もない」


「全くです」


命あっての物種主義にジンは賛成である。


師には口を酸っぱくして何がなんでも生き延びろと教えられてきたし、それを何度も実感した。


いのちをだいじにというお願いが受諾されてか、ホッとした彼女にもう一つの用件を伝えるとしよう。


美人と話すのは楽しいが優先順位という世知辛い物が世の中にはある。


「いきなりで悪いが…頼みがある」


「ギルド職員のナンパは御法度ですよ?」


「非常に残念だが、ナンパじゃない」


ギルド職員だけあってか、若い女性でもジャブを打てるようだ。


ジンの中で彼女の評価が僅かに上昇した。



「ではなんでしょう?」


「支部長に会わせてくれ」


「………!?」


うむ、いい驚きっぷりだ。


ドが付く新人が支部の最高責任者に会わせろという無茶な発言をしたのだから当然か。


もし、俺がそんな事を言われたら、序列や秩序とはなんたるかを懇切丁寧にソイツの“身体”に教授しているだろう。


だが……特例というのはルールには付き物であり。


「それは…ちょっと……」


「いいや、絶対に会ってくれる。君が支部長に一言だけ言伝てをしてもらえれば絶対にな。その秘密の呪文を教えるから耳を貸してくれ」

「私は構いませんが…」


シリアはきっと面会は無理だ、というニュアンスを仄めかして言葉尻を濁しながらカウンターのテーブルへと身を乗り出す。

そうして差し出された小振りな耳に口を近付け。


「――――」


「…………? たったそれだけですか?」


「ああ。これだけだ」


「では、行って参ります。ですが、過度な期待はしないで下さいね?」


「良いから行った行った」


そう何度も確認されては埒が開かない。


「……」


何か物言いたげな有り様ではあるが、背中をずいと押してやれば、一度の言伝てくらいならという様子でカウンターの部屋から出ていった。



ストーカーさんとはジンは直接戦いません


歯痒いですがそういう主人公っぽい展開は少年少女に任せて進みます


世界観など説明不足はそのまま読んでいってもらえればいつか書けるかと


家名のある無しは産まれた地方や地位によりますが大体の地方では無いです


いつかスピードワゴン顔負けの解説キャラでも出そうかな…



感想お待ちしています。


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