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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
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4 西風の息吹

やせいのアル中が飛び出した!

俗物キャラは楽しいです

 活気溢れる食堂兼酒場の壁際の六人掛けのテーブルにて。


「で、コイツがうちのパーティーの治癒師よ。腕は確かなんだけど……」

「えー、ではご紹介に与かりまして」


 白く清らかな僧衣を羽織り、羽ばたく鳥の意匠がされた白い杖を持つ青年がジン以外の全員とでテーブルの前に横並びになる。


「はじめまして。私はこのパーティーの回復役を担当してまして、リマイトといいます。本職は教会勤めの司祭です」


 一見礼儀正しく挨拶をする青年は笑顔を絶やさずかなりの好青年に見える。


「毎日ブラブラしてたある晩、女神様らしき人から神託を受けまして、教会に入りまいました」


 ご立派な杖を持っていない右手に揺れる酒瓶が色々と台無しにしており、紹介との相乗効果でダメ人間と雄弁に物語っていた。


「まずその手の物を離しなさいよ! このアル中!」

「正気ですか!? 神の雫を手放すなんて! 私は神の一柱に使える司祭ですよ!? そしてその女神様に好きにしなさいと命令されているから呑んでいるんです!!」

「たまたま教会に居るだけの呑兵衛が神様を出しにすんじゃないわよ! いいから瓶を寄越しなさい!!」

「そんなに瓶が欲しいんですか? ではどうぞ」


 やけにあっさりと、純白の僧衣の懐から瓶を出してクレアの手に握らせた。


「はっはー! 観念したわね!」


 だが瓶は瓶でも一滴余さず飲み干された空瓶だった。


「ムキィーーーッ!!」


 いい加減、頭の悪い犬よろしく噛みついてくるクレアを弄る事に飽きたのか、それともこの騒ぎを遠巻きに眺めるギャラリーの視線が増えていくのを歯止めをかけるためか、適当に落ちをつけて話を終わらせたかったらしい。


「アンタはもしかして、酔うほどに頭が回るクチか?」


 若干酒臭い息をプハァと吐きながらでもよく回る彼の口をジンは避けつつ訊く。


「確かに、言われてみれば……司教様のお叱りの言い逃れを考えている時は素面だったら上手い考えは思い付きませんからね。そうかもしれませんね。でもどうしてそう思ったんですか?」

「知り合いに似たのがいる」


 ジンが何も乗っていない長方形のテーブルに腰掛ける。


「フフ、なんですかそれ」


 灰色ながらそれなりに艶があって綺麗な髪だが、肩まで伸び放題、絡まり放題の癖っ毛頭をリマイトはポリポリと掻いて苦笑い。

 要するにリマイトもジンの知己も、重度のアル中の可能性が高いということなのだが。


「もし急な用事の時に酔っぱらってたらどうすんのよっ!」

「……クレア、うるさいし話が進まない」

「でござるよ」


 他の卓から視線が降り注ぐが、その大体がなんだまたか、という目でこのパーティーにとってこれは日常茶飯事らしい。


「そうだぜ。早いとこなんか食べねぇか?」

「うっさいクウリ!」

「ひでぇ!」


 リマイトの治癒で正気を取り戻したクウリは状況は分からないがとりあえず一列に立ったが、昼も過ぎて腹の虫が鳴き出したようだ。

 だが、彼の意見は一喝されて吹き飛んだ。

 因みに並びは左から、リマイト、クレア、クウリ、イリス、伊織である。

 魔法使いの中でも、特に貴重な治癒師がなぜこんな若いパーティーに居るのかは甚だ疑問だが、事情なんてこの世の何処にでも有るものだ。

 彼は酒に酔っていたようだが、昏倒していたクウリへ迅速に治癒魔法をかけて意識を回復させる腕を見るに、治癒師としての腕は確かなようだ。


「まぁ、広い世界でこうして巡り逢ったのも神の……まあ、なにかでしょう」

「かもな」

「歳も近そうなので、よろしくお願いしますね。ジンさん」


 宗教者のくせに、常套句である神の思し召しなどとのたまわない辺り、リマイトの適当な人格が窺い知れる。

 ありがたいお言葉より、一度の乾杯を重視しているのは間違いなさそうである。


「呼び捨てで良い」


 すっと出されたリマイトの手を無表情のジンが握り、握手を交わす。


「次は私ね」


 切りがいいところでクレアがコホン、と咳払いを一つして仕切り直す。


「私はクレア。歳は十七。このパーティーのリーダーで、ショートソードを使っているわ」


 引き締まった若い体の腰に吊り下げた、刃渡り六十センチ程度の装飾の無い鞘に納まった直剣の柄を叩く。

 見ての通り、彼女の細腕では並みの剣でも振り回されるのが落ちだろう。

 軽く、取り回しのしやすい短剣を選ぶのは、身の丈な合った良い選択と言えよう。


「あと、クウリとイリスとは同じ村で、大陸のずっと北西の出身です。ランクは全員一緒でC2ランクです」

「そうか」


 後ろ手に腕を組んで休めの姿勢のジンは、二人の長年、供に戦ってきた仲間のような空気を内心、感じていたのでやっぱりなという気分だった。


 そして、下位または中位にあたるであろう彼女らのランクから、平均的な他の冒険者の実力も想像出来る。

 呆気なく倒したクウリがまさか高ランクではないだろうなと一抹の不安があったが、それは払拭された。


 流石に一流の戦士なら肝臓への一撃を避けるか耐えるかするだろう。


「私からはこんなところかしら。ほらアンタの番よ。クウリ」


 肩をパシリと叩き、次のクウリを促した。


「……」

「ほら、アンタの番だって! それにアンタから言うことが有るでしょ!」


 クウリは暫し口を噤んでいたが、背中を押されて意を決したのか重たげに口を開く。


「な……」

「な?」

「殴りかかって悪かった!!」


 言うが早いか、クウリが繰り出したのはジンが寄りかかるテーブルへの頭突きだった。

 ゴスッと音がしたが、見たところ彼にあまりダメージはない。

 相当な石頭なのだろう。

 だとしたら、その石頭を備えた彼を拳骨一発で昏倒させたクレアが鎧を着て、敵と押し合い圧し合いした方がパーティーとして効率が良さそうだ、などとジンはつい頭に浮かんでしまったが、返答するために頭を切り換えた。


「実害が無かったのだから、もう終わった事をとやかく言うつもりはない」

「許してくれるのか?」


 暗闇で光を見つけたように顔を勢い良く上げたクウリの臙脂色の双眸はジンを見つめる。


「許すのとは少し違うが、お前は詫びを入れた。そして俺はこれ以上何かして欲しい訳でもない。なら、この話は終わりだ。早とちりの原因の短絡な性格には気をつけるんだな」

「わ、わかった。気をつける……」

「くっくっく……」

「プフッ……フフフ」


 クウリは分かるが、なぜか渋い顔のクレアの二人と相反して、リマイトとイオリは声を噛み殺して笑っている。

 しかも時折目配せし合っては肩を震わせている。

 そこに挟まれるイリスだが、一貫して表情の変化が乏しい。


「いやぁ青春してますね」

「でござるなぁ。実に羨ましい」


 冷やかすような事を言う。

 やがてそろそろ次の話題に行こうとジンが口を開いた。


「それで?」

「は?」


 殴りかかったが撃退された相手に謝るという奇妙な状況で頭がいっぱいなっていたらしく、ジンが口にした言葉の意味はクウリにはどうやら伝わらなかったようだ。


「俺はまだお前の口から名前を聞いていない」

「あ、そうだったな!」


 言葉を改められて合点がいったクウリは手をポンと打つ。


「悪い悪い。えーっとな……俺はクウリ。パーティーでの仕事は敵を引き付ける壁役をしながら魔物と斬り合いしてる」


 そう言いながら背に負った大型の直剣、グレートソードの鞘と鋼板に包まれた肩を緩い拳の甲でコンコンと順番に叩く。

 鍔や鞘は細かい傷は無数に付いているが剣はよく磨かれており、汚れはない。

 手入れは丁寧に行われているようだ。


「出身とランクはさっきクレアが言ったからいいか。俺からはこんなもんだな。それじゃ、次いいぞイリス」


「……イリス、火炎魔法使い」


 質素なローブを揺らしてシンプルな木の杖を床に突き、ぶっきらぼうに述べる。


「……」


 簡潔な自己紹介だったが、表情こそ変わらないジンだが内心少しだけ驚いていた。

 火炎魔法を使うと言うが、自分の魔法であっても至近で使ったり、威力を誤れば傷を負う。

 自身の系統の魔法には魔力に応じた耐性が付くが、それでも彼女らの焦げ一つない身なりを観れば細かなコントロールが出来ている事が読み取れる。

 よもや誤射や自爆をするたびに燃えた装備を買い換えるような資金力はこの若いパーティーにはあるまい。


「自己紹介は終わりか?」

「では拙者の番でござるが、さっき歩きながら大体話してしまったでござるから、言うことと言えば……パーティー内の仕事は戦闘及び斥候とトラップの解除ということ位でござるな」


 これ以上イリスが何かを言う素振りが無かったので温厚な人相で尻尾のようなひと房の髪を揺らし、ほのぼのと告げる。

 そして思い出したように、あと鍵開けなども少々嗜む、と白くすらりとした十指をバラバラに動かしながら付け足した。

 器用であることはピッキングにおいて、重要な要素の一つである。


「最後は俺か」


 ジンは寄り掛かっていた卓から離れ、両の足でしっかりと立つ。


「まず、歓迎に礼を言う。俺はジン。東から今日ここに来て冒険者に成り立てのD5だ。よろしく頼む」


 十五度ほど上体を傾け、軽く会釈をする。

 その間も見る者に機械のような印象を与えるジンの眼差しは揺るがない。


「見ない顔でござったが、新人とは。あの格闘術でDランクなど、詐欺も良いとこでござるなぁ……」


 世界は広いと伊織は苦笑する。


「体の頑丈さだけならB上位に相当するクウリが一撃だもんね」

「だよなぁ? 殴られた腹がまだ痛えし」


 あの場に居合わせた面面が口を揃えてランク詐欺への嫌疑をぶちまける。

 街道を行けば、遺跡や森林などのダンジョンから迷い出て、空きっ腹を抱えた魔物と出くわす確率はそう高くはない。

 だが荒野を彷徨う魔物の餌になる旅人も少なくはないのもまた事実。

 冒険者の手によって数え切れない程の間引きが行われているが、町から町への移動は安全と呼ぶには程遠い。

 しかも魔物は年々増加している傾向がある。


「敬語は要らない。俺はそんなご立派な人間じゃないからな。俺からは以上だ」


「そう? 分かったわ。マリーダ!」


 長方形のテーブルをクレア、イリス、クウリとリマイト、伊織、ジンで挟んで腰を下ろす。


「ハイハーイ!」


 返事をしながらロングの茶髪に三角巾を被ったウエイトレスが早足でやって来る。


「よぉ、マリーダ」

「いらっしゃい!」


 手を挙げたクウリと歩きながらハキハキと挨拶を交わす。


「注文はいつものでいいかい? おや、このお兄さんは新入りさんかい?」


 至近距離まで接近したことで、他のテーブルの客の陰に隠れていたジンを発見した。


「そうじゃないけど色々あって食事に誘ったの」

「ふーん。じゃあ、すぐ料理持ってきちゃうね〜」


 興味が有ろうと無かろうと、深くは聞かない。

 故に冒険者にとっては付き合いやすい。

 だからこそ、マリーダは酒場の看板娘だ。


「マリーダさん! 彼の事はいいですから、は、早く喉を潤す神の水、光の雫、金色の杯を……」


 堪えられなくなったのか、リマイトがマリーダへと震える手を伸ばして酒を要求する。

 リマイトが杖より大事そうに握っていた瓶はいつの間にか空になっている。

 急性アルコール中毒が心配になってくるようなペースだが、当のリマイトはけろりとしているのだから問題ないと信じよう。


「あははッ! うちのビールを金色の杯だの光の雫だの、リマイトは嬉しいこと言ってくれるよ。わざわざ遠方から卸してらのが報われるよ。んじゃ、ちょっと待って頂戴ね」


 このパーティーは常連らしく、マリーダは注文の確認すらせずに小走りでカウンターへ引き返し、注文を厨房へ伝える。

 それを見送りながらそれぞれが思い思い雑談する。


「ここの料理は美味いのでござるよ」


 その片隅では無言を貫いているイリスですら小さく腹を鳴らしていた。


「……」


 小さな主張は周囲の喧騒に飲み込まれて誰の耳にも届かなかったが、鳴らした本人は余程恥ずかしかったのか、赤面した顔を隠すようにフードをいっそう深く被った。


「よぉし、注文も終わったし、改めて挨拶をしましょう!」


 クレアがこほんと空咳を一つ付いて椅子から立ち上がり、皆の視線を集める。


「私たち五人がランクC2パーティー、《西風の息吹》。これからよろしくお願いします」


 全員を代表してクレアが対面のジンに握手を求め、


「こちらこそ、よろしく頼む」


 一瞬の躊躇いの後ジンがそれを握り返した。


「おや、どうしました? もしかして女性恐怖症ですか?」


 着着と進む会話の中でジンが握手を拒む理由が見つからないリマイト首を傾げた。


「それなら私と一緒ですね!」


 友を見つけたようなリマイトが一笑する。


「よく言うわ。お気に入りの娼館に通いつめてる破戒僧が……」


 そんな背景を余所にジンは目を伏せてため息混じりの深呼吸をする。

 自分を落ち着かせ、掌を開閉して目を閉じる。


「何してんだ?」


 喧騒の中でジンの奇妙な様子に気付いたクウリが尋ねる。


「いや、なんでもない。なんでもない」

「?」

「お待たせ!」


 謎めいた言動よりも気を引く物にパーティー全員の意識が奪われる。


「とりあえずビールとツマミだよ!」


 詰まるところそれは料理である。

 両手いっぱいにジョッキと皿の乗ったトレイを持したマリーダがテーブルに到着したのだ。

 ごった返す酒場の中を洗練された体捌きで最短距離を来たマリーダは次々に皿とジョッキを置いて再び料理を取りに戻る。


「皆、ジョッキいった?」


 ぐるりと見回して確かめる。

 その視界に入った誰もがジョッキを手にしている。

 ジンや、幼く見えるイリスもその例外ではない。

 空腹を訴えていたクウリは既に何やら咀嚼していたり、リマイトはもうビールのお代わりを頼んでいる始末である。


「よし、それじゃ」


 しかし見慣れた光景なのか、クレアの進行に淀みは無い。


「乾杯っ!!」


 こうして、クレアの音頭でジンを交えた西風の息吹の晩餐が始まった。



ジンはまだ彼らをそれほど信用出来ないようです。


攻撃される動機などはさておき、直接接触する時は内心警戒は解いていません。




じりじりとお互いを理解していかせる感じになりそうです。



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