2 身分作成
門の先には往来の激しい石畳の大通りがあり、石造りの住居や商店街軒を連ねていた。
道には金属の全身鎧を身に纏う者、稀に裾の長いローブを頭からすっぽり被る者、その他諸々と多種多様な身なりの者が犇めいている。
そんな町の北側のとある家に馬車を預ける。
そばの案内を見た限り、通りが東西南北に二本とそれにかかるような環状の道で出来ているらしい。
ジンは一つの荷袋だけを担いで路傍に立つ。
「町に着いた事だし、仕事があるから私はもう行くわよ?」
「ああ」
ジンが行くのは大通りの交わるアンヴィル中央にあるギルド会館。
ユリアとはここで一時別れる。
そのままユリアに背を向けて歩きだそうとした矢先、ジンは襟首を掴まれて急停止してしまった。
「……何だ」
「可愛いげが無いわね。お礼の言葉くらいあってもいいんじゃない?」
両肩を掴まれて回転させられ再び向かい合わされる。
「今さらアンタに言うことなんて……いや、強いて言うなら」
至極真面目に考案すると大事な話のように切り出す。
「そうだな、夜更かししないように気をつけろ」
「不眠は乙女の敵という意味ではそうだけど、何か違わない!?」
〝何を言っているんだこのモッサリ金髪は〟
思わず怪訝な目で見る。
「アンタは体力が無いから、疲労に注意しろと言ったんだ。アンタのパフォーマンスが落ちてトチったら、運が悪ければ仲良くあの世行きだ。ついでに言うとどこが乙女だ? 良い歳こいて、酷い冗談は止めろ」
仕事をしていて、一瞬の判断ミスや失敗は命取りになる。
間違った事は何一つ言っていない筈だ、とジンは言う。
「っっ! あなたがアイツそっくりのこういう人間だって事、すっかり忘れてたわ! というか、最後の普通に酷くない!?」
「酷いも何も、事実だ」
「もういいわ……」
肩を落としたユリアがどこかに行こうとする。
「待て」
少しだけ低い高さにあるモッサリ金髪頭の載った肩を、ジンは後ろから抱えて耳に口を寄せる。
「本当に感謝してる」
半分は本気だったジンだが。
「まったく……最初から真面目にやりなりなさいよ。バカ……」
「頑張り過ぎるなよ。もう俺にはアンタしか居ないんだからな?」
「そんな口が聞けるなら、大丈夫そうね。でも……あなたも、あんまり気を張らないでね?」
「ああ」
別れ際に甘い言葉を囁き合う必要は無い。
お互いがこの世に唯一の存在だと重々承知している二人ならば。
「それじゃ、またね」
肩を解放して軽く唇を重ね合わせると、ユリアは振り向かずに人混みへ消えていった。
用が有るのはギルド会館。
どんな交渉をしたのか知らないが、きっとユリアにはいくら礼を言っても言い足りない。
同僚がかばってくれたのもあるだろうが、それでも立場は一気に悪くなっただろう。
ジンの為になら、職も辞さない覚悟で働き掛けるのがユリアという女だった。
「ありがとう、ユリア」
感謝を込めて名を呟く。
ギルド会館は今いる町の中央の広場に面している。
ギルド会館アンヴィル支部、と一目でそれと分かる看板が掛けられた、白いレンガ造りの四階建ての広い建物だ。
事前情報と一致する。
他にすることも無いのでさっさとギルド会館に足を踏み入れる。
開け放たれた扉から入った先には、例えるなら役所のような光景だった。
味のある色をした木でできたカウンターが奥にあり、ブラウンのセミロングヘアの愛嬌のある受付嬢が座っている。
手前側にはテーブルセットが何組かあり、様々な年齢の男女がたむろしている。
カウンター手前の左右の横の壁には依頼の貼られたボード、左奥には関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアの脇に階段があり、二階は無人のようだ。
ジンは他の町のギルド会館に足を運んだ事もあるが、みな違う造りをしていた。
ボードを見た所、ここでは二階に一握りの上級者向け依頼が置かれているようだ。
ギルド支部長に顔を見せようと思っているジンは執務室まで行きたいのだが、ギルド関係者でもない男が幹部に会いたいというのも無理な話だ。
まずはギルド員としての登録が先決だろう。
「失礼」
カウンターのテーブルの足元に荷物を置き、話しかけてみる。
「はい、なにかご用でしょうか?」
余談だが、明るい茶髪のセミロングを揺らして、柔らかい笑顔で応対する受付嬢は可愛いと評判である。
「冒険者になりたいんだが、登録はここで良いか」
「はい、こちらで承っています。新規の登録でしたらこちらの用紙に各種必要事項をお書きください」
「分かった」
カウンターに差し出された用紙に眼を落とすと、書くことはあまり無く、名前、年齢、戦闘スタイル、後は他愛ない物が幾つかだった。
カウンターに置いてあったインク壺のペンを手に取り、サラサラと書き上げ受付嬢に渡す。
「書けたがこれで大丈夫か」
「ええと……はい、問題ありません」
「年齢は適当だが」
「ええ、大丈夫です。生まれた土地などの理由からそういった方は結構いらっしゃるので年齢は大体で構いません。その代わり、戦闘スタイルは正確にお願いします。パーティーを斡旋する場合、戦術の穴を埋められるパーティーを探せますから書いて頂いているんです」
一理ある。
「では主な所を確認させていただきます。お名前はジン、年齢は二十一、戦闘スタイルは格闘。以上でお間違いありませんか?」
「それで大丈夫だ」
「かしこまりました。では、ギルド所属の証となるタグとプレートは明日の朝方には出来ていますので、その時に登録料として、銀貨一枚をお持ちください。タグの受け渡しが済んだ事が正式なギルド登録でもありますのでご注意ください」
「分かった」
銀貨一枚。
一晩酒場に居られるほどの小金だが、今のところはジンは金には苦しんでいないから問題は無い。
面倒だが今日の面会は難しいだろう。
「改めましてジン様、当ギルドへのご加入ありがとうございます。それでは、当ギルドの説明をさせていただきます」
「頼む」
「はい。まず、ギルドで出来るのは依頼をする事、受ける事です。魔物や遺跡から発見したアイテムの売却は提携する商店でお願いします。成功を証明する物品の納品はそれらの商店や、ここの裏手にあるギルドの鑑定所が担当しています」
一息いれて呼吸を安定させた受付嬢はジンの瞳を見据えて続ける。
「そして所属する冒険者にはランクがあります。ランクはDから始まりC、B、A、S、そして、最高がSSです。各ランクに上は1から下は5のレベルがありまして、当然ですが、上にいくほど報酬が上がり、閲覧出来る情報や魔物図鑑の種類が増えますが、その反面、難易度や危険度が上がりますので、ご無理は禁物です」
カウンターに身を乗り出して諭すように受付嬢は言う。
「本当に無茶をしないでくださいね? 冒険者の死因の大半は無理して推奨レベルが自分より高い魔物に挑んでしまった事ですから。推奨レベルが一つ違うだけの依頼でも、魔物の強さはガラリと変わる事はあります」
「………」
ジンは彼女の力説にもノーコメント。
ジンが返事をしなかった事を死にたがりと捉えたのか、彼女はほんの少しだけ、ムッとした目になり。
「ちゃんと聞いていますか?」
と可愛く睨んだ。
「ああ」
生返事を返す。
「気をつけよう」
「はい、ご理解いただけたなら幸いです」
形だけの同意でも、彼女の顔はまた元の微笑に戻った。
「次に、昇格についてですが、レベルの昇格は一定数の自分のレベルの依頼を達成すると自動的に上がっていきますが、ランクはレベルが1になってから必要な数の依頼を達成するとギルドからランク昇格の依頼が通達されます。この依頼は次のランクの依頼ですのでご用心下さい。
ランク昇格依頼は何度失敗して受けられますが、受けるにはまた同レベルの依頼を積み重ねる必要が有ります。ここまでよろしいでしょうか?」
「ああ、覚えた」
少しばかり、ジンは感心する。
人は見た目では判断出来ないものだと。
性格によるところが大きいと思うが、ジンならばこのような説明を日夜繰り返す仕事に辟易するのはまず間違いない。
「ここまでで質問はございますが?」
「ランクは一気に二つ以上は上げられるか?」
「……先程無理をしてはいけないと言いませんでしたか…?」
「不可能とは、言わないんだな」
「可能か不可能かと問われれば、答えは可能ですが、それは特例中の特例です。高ランクのモンスターを単身で撃破するなどを成し遂げる程でなければ出来ませんが……」
渋々といった顔で眼を伏せながらだが、説明してくれた。
「それにもし、成功して昇格を果たしても、急激に難易度が上がると大変危険ですから……」
「やらないから心配するな」
「本当ですか?」
「ああ、約束する。指切りが必要か? なんなら神に誓ったっていいぞ?」
〝生まれてこのかた、信心なんで抱いたことはないが〟
「いえ、そこまで言われるなら……」
まだ信じてくれてはいなさそうな表情だが、食い下がっては来なかった。
「それより、まだ説明の途中じゃないのか?」
「あっ……そうでした」
口に手を当て、眼を真ん丸にしたのを見ると、ド忘れしていたようだ。
「失礼しました。まだ依頼の説明の途中でした」
「続きを頼む」
「はい。では、依頼を失敗したらどうなるかですね。依頼の失敗による罰金等の直接的な罰則は有りませんが、自分のランク以下の依頼を連続で失敗すると、色々な要素を踏まえ、ギルド幹部の裁量の下、レベルが一つ下がる事がありますのでご注意下さい。一因ですが、これも高ランカーが少ない理由の一つです」
高ランクほど連続での依頼達成が難しいだろうから至極当然の話ではある。
「参考までですが、現在のS以上のランカーは大陸全土にも五十人も居ませんが、誰もが百戦錬磨の強者です。しかし、SSの高みに登り詰めてご存命の方は現在たったの二人しか居ません」
人差し指と中指を立てて、その二人は人の形をした化け物か何かのような言い様をする。
「ついでに聞くが、SSの依頼はどんな内容だ?」
「詳しくは言えませんが、過去には南東の未踏破の地域、つまりこの大陸南東に拡がる日の差さない荒野の探索や、クリア者ゼロの遺跡を調査、亡命する王族を一人で護衛する、なんて物までありました」
護衛はなんとかなるかも知れないが、南東の探索は確かに困難だ。
魔物を束ねる知性と実力を持つ魔物、危険度Sランク以上がゴロゴロ居る地域に行って帰って来いという。
大陸南東部、通称魔界に行けというのは実質処刑である。
それゆえのSSだろうが、普通の人間からしたら正気の沙汰ではない。
「他に説明はないか?」
「いえ、最後にパーティーシステムについてお話させていただきます。パーティーとは仲間を集って依頼に挑むもので、難易度はパーティー内の最高ランカーのランクまでを受けられ、数も人数分まで受けられます人数制限はありませんが、あまり多数で行くのはお薦めしません」
「報酬や拾ったアイテムの奪い合いか?」
「はい、幾つものパーティーがそれが原因で仲間割れをしてきました」
必死に魔物と戦ってたら後ろから昨日の恨みでブスリ、など洒落にならない。
「心配は要らん。俺はしばらくソロでやるつもりでいる」
「それはそれで心配ですが。パーティーで依頼をこなす時は依頼を受ける前にパーティーメンバーの役割を申請していただきます」
「ギルドが使える戦力の把握と戦略の為か」
「はい。ご存知でしょうが、近年の魔物の狂暴性は悪化の一途を辿っています。それに加え、魔人の侵攻を防ぐ為の人材の育成は急務ですから」
魔人は稀に現れる人形をした怪物。
発生のメカニズムは未だ明かされていないが、とにかく強力で、生半可な攻撃など跳ね返し、極大の魔法で一面を焼き払う。
過去に魔人は幾つもの国を滅ぼしてきた。
何十年か前にも現れた魔人が魑魅魍魎で構成された大軍と共に魔界より現れ、大陸南部で猛威を振るったことは記憶に新しい。
南部と言えば、アンヴィルもそれに含まれる。
住人にとっては他人事ではない。
都市を侵略するそれを防げなければ壊滅的な被害を被る。
これまで、大陸中の国家より選び抜かれた精鋭が幾度と無く戦い、数万の命を荒野に散らしても免れはせず、いくつかの町の破壊を許してしまった。
一説によると、事態を重く見たとある大昔の大富豪が協力して撃退する組織を立ち上げたのがギルドの起源だという。
「では、説明は以上になります」
「ありがとう、明日取りに来よう」
「はい。お待ちしてます」
しっかり仕事を果たした彼女は、最後に深深と頭を下げて一礼し、扉から出ていくジンを見送る。
あらかじめ指定された家に向かって噴水が吹き上がる広場を抜け、東西の通りを東へ歩く。
〝そう言えばあの娘の名前を聞きそびれた〟
お人好しか打算的かどうかはさておき、どんな些細な事でも、女に世話になるなら服や飯を奢ってやれとジンは師に教わってきた。
今のところそれを実践して対象と険悪になった事はないので今回もするつもりのジンである。
ところが、名前すら聞き出せなかったのは情けない。
普段なら初対面の仕事仲間とも難なく話しているというのに。
自覚が無くとも、周りの環境の変化に精神が戸惑っているのか。
何にせよ、明日にでも聞けばいい。
明日では遅いということもない。
そう結論付けたジンが、とりあえずはねぐらへ行こうと、東の大通りの脇にある、人気の無い小さい倉庫街の道に入ったその時。
「待ちやがれッ!」
若い男の声が人通りの無いに響いた。
解説は追い追い。
今は放置で行きます。
(行けるのか?)
どんな感想でもいい!
誰か~!