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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
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1 来訪者

プロローグ(仮)





 「着いたわ」


 少女ではない、ある程度の年月を経て落ち着きを手にした声が浅い眠りに就いていた男を呼んだ。


「分かった」


 瞼を薄く開き、一言返事をしてむくりと上体を上げる。

 もとより、まどろんでいただけなので身体を起こすのは苦ではなかった。

 幌が掛かった馬車の荷台で目覚めた体に振動が程よく刺激する。

 風に揺れる幌に包まれた車内を御者の席の方の出口に移動する。


「おはよう、ジン。眠れた?」

「いつも通りだ、ユリア」


 ジンと呼ばれた青年の声は気だるさを隠しもしないがよどみない動作で席に座る。

 うなじや目にかかる黒い髪はあっちこっちに伸びてはクシャクシャに流され、元気もあまり無さげだが、顔は悪くない。

 身長は百八十センチかそれ以下、年の頃は二十の前半か丁度。


 あくびを噛み殺した際にちらついた犬歯は非常に尖っていた。

 それなりに暖かい日だというのに、漆黒のロングコートを着用している変わった格好の主だが、総合的に外見を評するなら、目立たない程度に整った顔立ちだと言える。


「そう? なら良いわ。今から検問が有るからしゃんとしてなさいよ?」


 御者席から彼を起こした妙齢の女、ユリアはウェーブがかかった長い金髪と左目の泣き黒子が印象的な、素晴らしく整った目鼻立ちで蒼い瞳をしていた。

 薄手のシャツを着た体は女性らしさに溢れた、男好きしそうな肉感的なシルエットに内側から膨らまされている。

 それでいてウエストや肢体はほっそりしているのだから世の女性の多くが羨むだろう。


「所詮は名ばかりの検問だ」


 鼻を鳴らして背もたれに背骨を預け、空を流れる綿菓子のような雲を見遣る。


「手続きって意外に大事なのよ。分かってるでしょ?」

「……」


 とりとめの無いやり取りをしているうちにも馬は歩む。

 二人の眼前に広がるのは十メートルはあろうかという城壁にぐるりと周りを取り囲まれた町。

 壁の向こうには発展を象徴するような高さの建造物が建ち並ぶ。

 街道の先には町に入るための門が開かれており、その内外には、異常が無いかを検問で調べる衛兵が十数人立っている。

 町に入るには例外無くこの検問を通らなければならない。

 頑丈そうな鈍色のプレートアーマーを着込んだ衛兵の一人が、門の袂まで来たジンとユリアの馬車に全身からカチャカチャ言わせながら近づく。


「こんにちは」


 どうやら彼がこの馬車の担当になったらしい。


「ええ、こんにちは」

「………」


 ジンは無愛想な仏頂面でむっつりと黙りこくって腕組みをしている。


「ここには何しに来たんだ?」

「仕事よ」


 人の良い笑顔を浮かべた若い男の衛兵に対し、ユリアこそ柔らかい応対したものの、ジンは無感情な目で眺めている。


「顔に何か付いているかい?」

「いや」

「……」


 気まずい沈黙に衛兵はたじろいで居心地が悪そうだが、ジンは見つめるのをやめない。


「やめなさいよ、ジン」

「何がだ?」


 重たい空気に耐えきれず、見兼ねたユリアが嘆息を漏らしてジンを窘める。

 一方しかられたジンは白々しくとぼけ、空を見て衛兵を忘れる事にしたようだった。


「うちのがごめんなさいね。それで、ご用は何かしら?」

「おっと、そうだったな。済まないが中を見せて貰っても良いか? 仕事でね」

「お仕事だから仕方ないわよ」

「ご協力感謝する」

「さあ、どうぞ」


 そう言ってユリアは立ち上がり、背にしていた馬車の幌を開けた。

 青年は頭を突っ込み、中を覗く。

 中には食料が詰められたと箱が二三と手荷物の袋が転がって有るだけで、法に照らしても特に問題は無い。


「どうかしら。何も問題ないでしょ?」

「ああ、大丈夫だ。禁制の物は見当たらないな。通ってもいいだろう」


 やけにユリアをチラチラ見る衛兵だが、許可を出したので馬に鞭を入れる。


「よかった。それじゃ……」

「ちょっと待った!」


 動き始めた馬車の進行方向に衛兵が踊り込んだ。


「ッ!?」


 あわや人身事故になりかけたが、ユリアは巧みに手綱を操り回避に成功した。


「ちょっと!? 危ないでしょ!」

「悪い! だが話を聞いてくれ!」

「もう! 何かしら?」

「いや、その……いきなりで済まないが、後で食事でも……」

「あなた……男と一緒にいる女に粉かけるなんて、根性あるわねお兄さん」


 その唐突な申し出に呆れを超え、感心した口調で話すが、ジンへ視線をチラリと送り釘を刺す。


「この町に仕事で来たって言ってたし、冒険者なんだろ? ならその男とはただのパーティー仲間かもと思ったんだ……」


 ユリアの反応から脈なしを悟ったのか、次第に元気を無くす青年に、側から聴いていたらしい近くにいたもう一人の衛兵が駆け寄ってきた。


「おいおい、純情が売りのお前がナンパなんてするもんじゃねえって」

「うるせぇ、こんな綺麗な人見て声掛けて悪いか」


 もう一人の衛兵が振られた青年に肩を組んで慰める。


「まあ! フフ、ありがと。どこかの誰かさんと違って、あなたの素直な所は好感に値すると思うわ」


 わざとらしくジンに聞こえるようにユリアが笑顔で返す。


「そんな年増に言い寄るなんて大した好き者が居たもんだ」


 ジンは空を見上げながらボソッと呟いた。


「お前、なんてこと言いやがる!?」

「おいおい兄さん、こんな別嬪さんにそりゃあ酷くねぇか?」

「フフッ、良いのよ。だってこいつ……」


 二人の衛兵はいきり立つが、ユリアは皮肉を言うジンにも慣れているようで、軽く笑い飛ばして満面の笑みを浮かべる。


「本当はすっごく可愛いのよ!」


「「はい?」」


 突発的にジンを胸に抱きよせたユリアを見て、一見して、険悪な関係をユリアが我慢しているように見えていた二人は目を剥いて、それが間違いだった事を思い知らされた。

 固まる衛兵を置いてきぼりにしたユリアはジンの髪に鼻先を擦り付ける。


「普段はこんなでもやるときはやるのよ?」


 柔らかな弾力に富んだ胸がジンの顔を包み、感触を伝える。


「やめろ馬鹿」

「なぁ〜によぉ〜。いつぞやはあんなにしがみついてきたクセにいぃ〜」


 制止を気にも止めず、ユリアはジンの頭を豊かな胸にうずめてなで回す。

 ジンも、口ではやめろといっても拒絶の態度をとっていない辺り満更でもなく、仕事仲間以上の信頼関係があるのは誰の目にも明白である。

 それを見てさらに衛兵は落胆する。


「嘘だぁ」

「な? 勝ち目なんて無かったろ」

「あ……あぁ……あ」


 一人は悲観し、もう一人がそれを慰めるコンビがどこかに行こうとするのを、柔らかいジンの黒髪の頭をひとしきり撫でたユリアは、手招きして呼び止める。


「ちょっとちょっと、お兄さんがた」

「アンタの方が歳上だろ……」

「あなたはもう黙ってなさい」

「むぐ……」


 ジンの顔をもう一度胸に沈ませ、余計な口を黙らせる。


「まだ何か?」


 歩く気力さえ失ってしまった青年に肩を貸す、もう一人の衛兵が代わりに応じた。


「ええと、通ってもいいのかしら?」

「ああ、好きにしてくれ。俺はコイツを医務室に運ばなけりゃならん」


 五体投地で落ち込む同僚を運ぼうと肩を貸そうとするが、その前にはたと思い出して立ち上がる。


「おっと、これだけは言わないとな。ようこそ、自由都市アンヴィルへ」


 友の精神の安否を気遣うあまりか、それほど形式的な物でなく、口頭だけで言う。


「うう……」


「しっかりしろ! 傷は浅いぞ! クソッ、人生最初のナンパでこんな目に遭うなんて!」


 振られた挙げ句、目の前でイチャつかれた青年は哭きながら友に再び肩を貸されて城壁のドアに消えていった。


「さあ、行きましょ」


 二人が消えたのを目視で確かめてご満悦の様子のユリアはさっぱりとジンの頭を離し、門へと馬車を進める


「アンタ最悪だ」


 行く手を遮られた腹いせと暇潰しに一人の男の心をへし折る。

 それを悪女と呼ばずして何と言う。


「嘘は言ってないじゃない」


「……」


〝これだからこの女は〟


 えもいわれぬ疲労感に包まれたジンは口を開けるのも億劫だった。

 心なしかご機嫌な御者の操る馬車は人が盛んに出入りする門を潜っていく。



ユリアがメインヒロイン?ですかね一応は。


それ以外にも何人かレギュラーキャラに女性は出ます。


二週に一回を目指す亀投稿ですが暇を作っては投稿をしていきます。





感想・指摘・罵詈雑言、何でもいいからお待ちしてます。


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