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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
17/47

16 歌声の残光

 ギルド会館アンヴィル支部へ《暁の夜鷹》は訪れた。

 一階カウンターの一角には今日も事務処理に精を出すシリアがいた。

 早朝だけに冒険者も押し掛けるほどではなく、他の職員が応対する数名だけだ。


 ジンやオリガとシリアの目が合う。

「おはよう」

「おはようございます、オリガ様、ジン様」

 オリガは軽く手を上げて応える。

「おはよう。昨日は大丈夫だったか?」

「はい。伊織様とリマイト様に家まで送っていただきましたから」

 シリアは朝から眩しい笑顔を振り撒く。

「そうか。なら、良い」

 あの二人なら、そこそこの不測の事態にも対応できるだろう。


「それより、本当によろしいんですか?」

「昨日の件か」

「はい。D5ランカーでAランクの依頼を成功するなんて異例ですよ? Bランクまで一っ飛びに上がれるかもしれませんよ? それなのに普通の依頼一件でカウントするなんて……」

「いいんだよ。別に名を売りたいんじゃない」


 シリアの心配を斜め上の方向に裏切って、《暁の夜鷹》はすんなりと依頼を達成した。

 往復六日はかかる距離を僅か三日で行って戻り、耳が詰まった袋をポンと置いた時のシリアの顔と言ったら。

 あり得ない。

 顎が外れそうなぐらいにあんぐりと口を開いていた。

 D5の駆け出しがそれをしたとなれば、どう考えても不正行為を働いたとしか思えない。


 だが、ギルド全体の健全化を担うギルドナイトであるオリガが同行したのだから、不正はもっとあり得ない。

 どんな移動手段を秘匿してるのか、興味を惹かれたが、それをおくびにも出さなかったシリアはギルド職員の鑑と言えよう。


「どのランクも大して変わらん。高かろうが低かろうが一緒だ」

 ましてや、高ランクに伴う名声や優遇など金を積まれても得る気はない。


「それに皆様は命を賭けている訳なんですが……」

「だから同じなんだ」

「???」


 多くは語らないジンに戸惑うシリアの肩にオリガはそっと手を置く。


「頭が良すぎて変な男なんだ。気にするな」

「ははぁ……」

「そんな事より仕事だ仕事。ジン、この前みたいに希望はあるか?」


 気にしたら負けだと、カウンター越しにシリアの背中を一打ちし、振り返る。


「今のところは無い。適当に見繕ってくれ」

「それなら、気分転換に魔物討伐にでも行こう。構わないか?」

「魔物はお前の専門だろう。何も俺に合わせる必要はないぞ」

 獲物が何でも新鮮な感覚に変わりはない。



「だそうだ。ギルドナイトとして依頼を受けるとするよ。今日のおすすめは?」

 夕食のリクエストを聞いたら、なんでもいいと、息子に返された母親の心境だった。


「幾つか候補はございますが……」

 カウンターの内側に置かれた棚の依頼の束から、一枚の紙を抜き出す。


「現在の最優先依頼はキメラ討伐です。南東の未踏破エリアから山脈を越えてきた個体が近隣の森に住み着き、既に村人が何人も犠牲になっているとの事で、被害がこれ以上出る前に迅速な解決を希望しています」

「通常の獣種か?」

「はい。ただ、遭遇者の生存率が低いため、目撃情報も曖昧です。また、未確認情報ですが、事前調査では亜種という報告も上がっています」


 カウンターに置かれた用紙をジンが手に取り、内容にざっと目を通す。


「フム……キメラか……」


 ここに来る前にユリアに読まされた、百科辞典かと言いたくなるような分厚い資料に載っていたな。

 神の悪戯か、数種類の生物を混合した異形の魔物。

 考古学者曰く、遥か太古に死滅したと云われる生物の面影を色濃く受け継いでいるらしい。

 いかなる経緯で合体したのか、それは分からない。

 危険度は混合元の生物によってピンキリだが、異種交配で時には強力な個体も誕生する。

 多くが駆逐され、分布に多寡は差異は有るが、未だ大陸全土に蔓延る事がキメラの生命力を示す。


 そういった事が小難しく所狭しと書かれていた。


「見たことあるのか?」

「小型で草食の奴ならな。肉食で大型となると、見当も付かないがな」

「家屋を超える体格のキメラも稀に出現するぞ。今回は馬車とどっこいどっこいだと思うが」


「獣種のキメラ自体はAランク前後ですが、不確定要素があるため通常冒険者には依頼するのはリスクが高く、ギルドナイトの方限定の依頼としています」

「要は引き受け手が居ないのさ。誰だって危ない橋は渡りたくない。命あっての、この家業だからな」


 オリガは肩を竦めてやれやれとおどける。


「ルカ村……灰降り山脈か。大分遠いな。早いところ行くとしようか」

「正義のギルドナイト様を今か今かと待ってるからな。大忙しだな」

「だからといって飛ばし過ぎないでくれよ?」

「急ぐんだろ?」


 依頼書をシリアに渡してジンは踵を返す。

「先に戻る。アレが食べたくないなら嵩張らない食い物を買ってこい」

 年頃の女が小刻みに震えながらクソ不味い缶詰めを見ても楽しくない。

 それに、移動中に背中で吐かれても困る。


「本当か!?」

「十五分で準備してセーフハウスに戻れ」

「ああ! シリア、早く受注させてくれ!」


 そんなに嫌だったのか。


 急に生き生きしだしたオリガが、シリアの手からもぎ取るように何かの台帳に書き込むのを尻目にジンは広場に出た。





 ギルド会館を出たジンが足を向けたのは串焼き屋の屋台だった。

 朝方という事もあり、店主の親父は屋台の裏で仕込みをしていた。


「よう」

「おわっ!?」


 巨体を縮めて仕込みをしている親父は、ジンの声に過剰に反応して飛び上がる。


「景気はどうだ?」

 人の顔見て悲鳴を上げるとは、失礼な奴め。


「よよ、止せよ兄ちゃん。おれは改心して真面目に始めたんだ!」

「本当か?」

「本当だって! あの日の内に壺ごと割ってタレも捨てたんだよ!!」

「一本焼いてくれ。それが手っ取り早い」

「お、おう! すぐ焼いちまうから、ちょっと待ってろ!」


 やたらとそわそわしながら、親父は串を焼き上げ、ジンに手渡した。


「ほらよ、待たせたな!!」

「フム……」


 匂いは無くなっているが、調合パターンでは匂い消しの方法も無くはない。


 ジンは一度匂いを嗅ぎ、目を瞑ってゆっくりと口に運ぶ。



 その間店主は、赤くなったり青くなったりと、顔色が目まぐるしく変わっていく。

 それもそうだろう。

 どこの馬の骨とも分からない若造に、弱味を握られたのだから。

 お上に密告でもされたら、待っているのは死だ。

 よしんば生き長らえたとしても、悪行を暴かれて信用を失った商売人など、緩慢な死の中にいるようなものだ。

 その場で斬殺するか、重りを付けて海原へ蹴落とすかといった程度の違いだろう。


 ジンにはそんなつもりは毛頭無いが、密告を突きつけられて、何を強請られるのかと戦々恐々だろう。


 味を精査してから咀嚼した肉を嚥下し、目を開ける。

 根幹の部分はそのままで味は変わらないが、確かに……抜かれている。


 しかし、罪が消える訳ではない。

 この街の法に、刑の執行猶予は無い。

 拘束され、数日中に刑を執行する。

 食料に危険性のある物質を混入したとして、恐らくは拷問してルートを吐かせた後に処刑される。


 この屋台の串焼きを愛好していた町民は多い。二度三度食べれば、知らず知らずに魅了されている。

 オリガもその一人。

 正義の名の元に店主の仕業を暴くのは簡単だ。

 だが、それがジンの望む結末では無い。


「親父」

「……分かってる。おれは許されない事をしたんだ。改心しようが関係ないよな。大人しく裁きを受けるよ……」


 店主はそのうすらでかい体を固くして、前掛けを外した。

 観念したように撤収作業をする親父の胸ぐらを掴んで屋台の裏に押し当てる。


「本気でそう思っているのか?」

 屋根を支える支柱が歪み、メキメキと不安な悲鳴を上げる。


 潔さは美徳という考え方は何時の世にもある。見苦しく逃げ回らず終わりを待つのだ。

 だがジンはそれを良しとしない男だ。


 自ら望んだ茨の道なら、灰になるまで走り続けろ。


「あんたに選択肢はない」


 声を殺して泥よりも重たい言葉を吐き出す。


 親父が握る藍色の前掛けからは、女の微香がした。

 前掛けの裾の解れの手直しや、丁寧な染み抜きの痕跡も幾つもある。



「借りるぞ」

「あっ」

 店主の手から前掛けをスリ盗り、広げて日に翳せば細かい所まで見える。


 前掛けを丸めた形で、握るように皺がついている。


 もみ洗いの形跡に浮かぶ手の大きさは、成人女性のものだ。

 布地の復元性に対しての皺の浅さは握力の弱さを示しているが、老境の熟練した染み抜きではない。

 丁寧に染みが抜かれてはいるが、じっくり見るとそれと分かる程度の若い技術だ。

 つまり。


「これを洗ったのは、何らかの理由で運動能力が低い女性。当然平民で、年齢は二十後半から三十前半だ」

「なぜ分かる!?」


 さらにジンは前掛けのを嗅ぐ。


「お、おい!」

「思った通り、乳臭くも婆臭くもない。三十歳前後。あんたの匂いとの類似点はゼロ。近親者の線も消える。あんたの年齢的に三十路の養女は有り得ない。残る答えは配偶者だけだ」


 前掛けを店主に突き返す。


「あんたにどんな事情があったかは知ったこっちゃない。どこであれを手に入れた。これからも家族と一緒に居たいなら答えろ」

「……サーシャ……」

 店主は前掛けを抱いて俯き、何かに祈る。

 やがて、口を開いてある住所と名前を言った。






「間違いないな?」


 時間にすればものの数分でめっきり老け込んだ店主は頷く。

 これだけ憔悴しきった状態で嘘を言う演技力は無いだろう。


 懐から紙幣を抜いて、調理台に置く。


「店を荒らして悪かった。家族が大切なら、もう悪魔の囁きに耳を貸すなよ」


 崩れる店主を背に、ジンは倉庫街へ向かう。






「聴こえたか?」


 ワイヤレスイヤホンを耳に付け、声帯マイクに手を当てて話し掛ける。


『バッチリよ。裏が取れ次第、強襲班が向かうわ 』

「今度は無駄足にならないといいがな」

『いつものことじゃない。トップが相当キレるみたいだし、末端から芋づる式に取っ捕まえられるわけないわよ』

「後はプロが何とかする」

『ま、ヤクタイに貸し一個作れただけ良しとしなきゃね』

「ああ 」


 どこで尻尾を掴むか分からないものだ。


『あんなヤバい物がこんな所まで浸透してるなんて、世も末ね』

「それでも絶滅しないから恐ろしいな、人間は」

『慣れって怖いわね』


 イヤホンの先でペンを走らせる乾いた音が鳴る。


「何にしても、重度の中毒症状が起きる程の量を混ぜられてはいなかったのは幸いだな」

『全くね。入っていいわよ』


 誰かにドアがノックされ、呼び出されたようだ。 


『報告に行かなきゃだからもう切るわよ。再編予定者の捜索に進展が有ったらまた通達するわ』


 それと、と付け加える。


『あんまり無茶な運転はしないでね。あの子が可哀想だわ』

「努力しよう」


 安全運転をするとは言ってない。


『……あの子には同情するわ』

「少しは自分の教育を信じたらどうだ」

『あら、信じてはいるわよ。アイツに似て意地悪に育った所をね』

「うるさい」


 ジト目になっているんだろうな。


 何か文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、じゃあね、と一方的に回線を切られてしまった。


「……チッ」


 今度はどうやって啼かしてやろうか。


 次に会った時の仕置きを考えながら、ジンは倉庫街へ歩く。



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