特別編 奴隷のシオン
今回のお話はリクエストに基づいて書かれた、
かなり特殊な物語に付き、特別編とします。
今回は…冒険者視点でお送りするお話。
更に、以下の内容を含みます。
・厨二テイスト
・俺TUEEEEEEEE
・性的描写
それでもよいと言う方は、どうぞ。
ちなみに舞台はススキノ。ヤマト随一の危険地帯都市です。
0
10を越える死体が転がるその場で、
斥候部隊でただ1人生き残った少女はぼんやりと座り込んでいた。
酷い戦だった。
帝国の意思統一のため、帝国にまつろわぬ狼どもとその長を討つべし。
若き皇帝の命の元、300の正規騎士団の元に700の傭兵が雇い入れられ、
戦が始まった。
帝国の征伐軍は合計1,000。対する狼の群れの数はおよそ200。
狼どもは歴戦の猛者揃いとはいえ、こちらには圧倒的な数の差がある。
相手が冒険者だとでも言うのならばともかく、所詮は大地人に過ぎぬ狼ども相手。
大地人同士の戦にはまず介入しない冒険者が出てこなければ負ける要素は無い。
狼どもとてそれなりに精鋭を揃えたらしいが、
それでも帝国軍の征伐軍と技量はほぼ互角。
後は数で押しつぶし、代替わりしたばかりだという若き狼の長を討てばこちらの勝ち。
そのはずだった。
のろのろと少女は立ち上男がり、最後に倒れた男を見る。
無数の傷を負い、前のめりに倒れた男は…笑みを浮かべて、死んでいた。
―――女を守り抜いた。悔いは無い。
死ぬ間際、そんなことを言っていたことを思い出した少女は、
そっと首に巻いていたネックレスを外し、墓標のように男の上に置いて、
その場から離れて二度と征伐軍には戻らなかった。
敵前逃亡。
少女の犯した罪は重かったが、その罪は問われなかった。
…3日後、『狼王』とその側近が直々に率いた2つの百人隊に挟撃されて
800近い征伐軍の主力を壊滅させられ、それどころではなかったが故に。
そして2年の月日が流れ…
『特別編 奴隷のシオン』
1
ススキノは相変わらず、最高だった。
このヤマトに生まれた、自由と暴力が支配する街。
ここの掟は厳しい。
弱い奴は食い物にされ、強いものが全てを得る。
それがいい。
僕がそう思ったのは実に簡単な理由で、素晴らしいことに
僕が「この世界」では、圧倒的に“強者”だからだ。
銀髪と赤目が特徴の、元シルバーソード所属盗剣士、
“惨殺”キリヤ。
Lvはこの前さらに上がって92。
愛剣は中国サーバーで大規模戦闘を突破したとき手に入れた、
幻想級武器〈陰陽の夫婦剣〉
他の装備もスキルも僕が不登校になった中学2年のころから
3年間かけ、考え抜いて揃えた一級品揃い。
恐らく日本サーバー全体でも僕より強い人間なんて100人に満たないし、
ソロでの性能、で見たら20人も残らない。
そんな僕だったから大災害にもあっという間に適応した。
食事なんてどうせ栄養補給に仕方なく食べるものだったから不味くても平気だったし、
それより何より、本当に強くなったという興奮は、それを補って余りあった。
ステータスが見えないとか、大き目の仕様変更はあったけど、それも1ヶ月で慣れた。
今の僕は大災害前とまったく同じ、或いはそれ以上の強さで戦える。
(色々試して、昔よりスキル使用の自由度が大きく上がってるのは、確認済みだ)
キリヤの…僕の性能は完全に把握してたしね。
これからは僕は何でも好きなように出来る。
だから、ウィリアムがアキバで権力の座を蹴り飛ばしたときに
僕はあいつらを見限って、こっちに来た。
ここはススキノ。暴力と自由が支配する、弱肉強食の街。
だから、この街で屈指の実力を持つ僕はどんなものでも食い物にできるんだ。
そう、今のように。
「ひ、ひぃ!?助けてくれ!か、金でも何でもやるから」
ススキノから少し離れた、通常のフィールドゾーン。
少し前まで生きていた、妖術師の死体の隣。
両手の2本の剣をもてあそぶ、戦闘状態を維持した僕の目の前で、
情けない声で懇願しているのは、1人の守護戦士だった。
Lvは一応90みたいだけど…装備が安っぽい。
クラスティさんとかアイザックさん位強いならともかく、
この程度でススキノで生きてこうなんて、度胸あるなあ。
逆に尊敬するよ。
「お金?別にいらないよ。多分君の3倍は持ってるし、
使い道も今は思いつかないから。それに、欲しければ奪えばいいじゃん?」
僕の答えに、守護戦士はますます顔を歪め、さらに懇願する。
「じゃ、じゃあ女だ!こいつをやる!見ろよ!綺麗だろ!?
奴隷市場でなら2万はするぜ!?なっ、なっ!?」
…コイツ馬鹿だ。僕の話聞いてなかったんだな。
ちょっと、いらついた。
「だから、欲しければ殺して奪うよ。別にいらないけど。
大体なんで死にたくないのさ?デスペナが着くけど、本当に死ぬわけでもないのに」
殺すのも殺されるのも、ここでは安い。簡単に蘇るから。
まあ、今の仕様だと経験値稼ぐのは結構難しいから、レベル下がると大変だけど。
所詮その程度だ。
「お、お前だって噂は知ってるだろ!?
死んだら、少しずつ向こうのこと、忘れるんだぞ!?」
…
……
僕は無言で剣を構え、全力で切り刻んだ。
「や、やめっ…!?」
奴が事切れるまで、8秒。〈ストーン・オブ・キャッスル〉使えば最低10秒はもつし、
スキル駆使すれば30秒はもったのに、その程度も出来ないなんて本当に雑魚だ。
「それこそ、この世界の嬉しい特典じゃないか。ば~か」
もの言わぬ“惨殺”死体になった、守護戦士だったものに吐き捨てる。
僕なんてデスペナが無いならむしろ積極的にやっておきたい位なのに。
「さてと…」
僕は唖然としている女の子に向き直る。
鑑定鑑定っと。
「…へえ。君、大地人の女の子なのに盗剣士なんだ。
Lvは…たったの22。名前は…シオンね。
じゃあ、行こうか?」
「…え?」
僕に思わずシオン…僕の“奴隷”が聞き返してくる。
僕は丁寧に答えてあげた。
「別に見逃してもいいんだけど、一応君は僕の“戦利品”だからね。
これからは、僕がご主人様ってことで」
他の戦利品は…まあいいや。こんな雑魚の持ち物漁ってもしょうがないし。
「ほら、さっさと立ってくれないかな?僕、待つの嫌いなんだ」
そう言うと慌ててシオンは立ち上がろうとして、震える。
どうやら立てないらしい。
「そ、それが…腰が抜けてしまって…その」
慌てて言い訳をする。その様子が、ちょっと可愛い。
「そっかあ。じゃあ…」
それが良かったので、僕はシオンを背負い上げておんぶする。
「ひぇ!?あの…」
「運んであげるよ。僕の家まで、ね」
そう言って僕は軽いシオンをおんぶしながら、ススキノの家へと戻った。
2
ススキノの一番小さいギルドホール。
アキバで借りるより大分安いそれが、僕の城だった。
「あ、お帰りなさいませー!ご主人様!ご飯の用意、できてます!
…あれ?そちらの方は?」
僕がシオンを連れて帰ると、すぐに部屋の一つから、エリーが出てきた。
「ああ、今日からエリーの仲間になる、シオンだよ」
「はい?」
そう、エリーに伝えると、エリーは状況が飲み込めてないのか、首を傾げた。
エリーはここで働かせるために買った“実用品”だ。
年は13で、レベルは6。
値段は6月以降跳ね上がったらしくて金貨6,000枚。まあ、それだけの価値はあった。
「まあいいや。ご飯にしよう。今日のメニューは?」
「あ、はい!今日は挽肉のカレーと、ナンです!美味しく焼けたんですよ!」
そう、エリーの職業は〈料理人〉なのだ。
時々失敗して謎のスライムを精製するが、簡単な料理ならまず失敗せずに作れる。
僕としては不味くても平気だけどどうせなら美味しいものの方が良い。
アキバと違って、ススキノにはまともな料理店って無いからなあ。
仮に出来ても速攻で奴隷狩りの餌食にされるんだけどね。
〈料理人〉の奴隷って需要が常にあるし。
エリーは元々はススキノにあったパン屋の下働きの見習いだった。
ちなみにパン屋でまともに手料理を作れるようになったのはエリーだけで、
エリーを苛めていた店主は不器用すぎて手料理を覚えられず、
奥さんと子供達はそもそも〈料理人〉スキルを持っていなかった。
…苛められてた下働きのエリーは奴隷として生き残り、遊び呆けていた
パン屋の家族はまとめて北の大地の肥やしになったと言うから、
世の中分からないものだ。それはさておき。
「それはいいね。じゃあ、まずは腹ごしらえかな…シオン、君も食べなよ。
それとエリー。タライにお湯を張って、タオルを2枚用意して。
終わったら、食べていいよ」
「はい!任せてください!」
「え?」
元気に返事をして駆け出すエリーと、状況を掴めていないシオン。
それが面白くて、少し、笑った。
…それから2時間。
「あの、私、どうすればいいんですか?」
料理を食べて(これだけおいしいものは生まれて初めてですとか言ってた)、
身体を綺麗に拭いたシオンを、僕の部屋に呼ぶ。
「ああ、うん。まず最初に言うとさ、僕はロリコンじゃないんだ」
「は?ろりこん?」
幾らエリーが実用品だと言っても、そっち方面には使えなかった。
というか、する気にならなかった。ちょっと足りない残念な子だし。
「それに対して、君は合格。うん、僕的にアリ」
身体を綺麗にして、普通の寝巻きに着替えたシオンは、中々に美少女だ。
鍛えられたしなやかな身体と、大きめのおっぱい。
いい匂いのする明るいオレンジの髪はまっすぐな長めのストレートで、
肌はエッゾの大地人によくある、白い肌。
…実用一辺倒のズボンとブーツ、長袖のシャツと革鎧の時は
そういう風に使おうと思わなかったが、
改めて見れば、使い道は、1つしかない。
「まあ、そういうわけだからさ…脱いでよ」
他に出来ることもないしね。
たかだかLv22の盗剣士で、サブクラスなしじゃ。
「…いいんですか?私、初めてなのであんまり気持ちよく無いと思いますよ?」
お、意外にあっさりしてる。
うん。言わなくても分かる子ってのは高得点。
経験なしなので更にボーナス。
…実のところ、僕も初めてだしね。
3
翌日。結論から言うと…最高だった。
特に痛みに耐えて必死に悲鳴噛み殺すところとか、もう。
おっと、詳しくは言わないよ。恥ずかしいから。
まあ、そんなわけで祝・卒業記念でシオンにご褒美をあげつつ、
僕は街を歩いていた。
「着心地はどう?それ?」
後ろを向いて、ひとしきりシオンを眺めつつ
「はい!?いや…あの…ご、ご主人、様…」
僕を呼ぶとき顔を真っ赤にしてるのが、可愛い。
まあ装備のせいもあるんだろうけど。
彼女が装備しているのは、僕が昔使っていた製作級防具〈小悪魔の拘束衣〉
下位の悪魔系のドロップから作れて装備レベルが20以上という、
今の僕には弱すぎる装備だ。
ちなみにこの装備は、エルダーテイルならではの仕様がある。
男と女で、装備した時にデザインが変わるのだ。
エルダーテイルでは、装備品に男女専用というものは無い。
これは性別は純粋に趣味で選べて実用に関わるべきではないという思想からだ。
というか、そうじゃないと〈外観再決定ポーション〉がジョークグッズじゃ
なくなるしね。
そして、元僕の装備、今シオンの装備の〈小悪魔の拘束衣〉に話は戻ってくる。
僕が、つまり男が装備すると、〈小悪魔の拘束衣〉のデザインは
ぴったりした漆黒のレザーズボンとブーツ、
素肌の上に袖なしでピッタリと吸い付く、真紅のレザーのベスト、
そして襟と袖と裾に銀色のファーが着いた長袖の黒いレザージャケットとなる。
そして女が装備すると…
「これ、その…は、恥ずかしいです…」
顔を真っ赤にしながら、シオンが一言、言う。
太ももまで覆うピンヒールのエナメルブーツ。
今にもパンツが見えそうなくらい超ミニでレザーの漆黒のタイトスカート。
真紅のベストもかなり短くて下はへそが丸出しだし、
上は大きめのおっぱいの谷間がくっきり見える。
各所に銀色のファーがついたジャケットは半そでに変更。
とまあこんな感じになる。
…いやあ、物持ちが良いって本当に、いいね。
「でも、そこそこいい装備だよ。
少なくとも性能は君の着ていた革鎧とは比べ物にならない」
「そ、それはそうですが…て言うかなんですかこれ!?妙に肌に吸い付くというか、
着ている感覚が無くて、は、裸みたいというか…
露出している部分の感覚が鋭くなる感じがするというか…」
へぇ、装備重量のペナルティなし、命中率と回避率にボーナスって、
今だとそういうことになるのか。
「あれぇ?キー君じゃん。元気ぃ~?」
「うげっ…」
そんなことを考えていたとき、いきなり話しかけてきたカオルに、僕は顔をしかめた。
ある種の男の理想を全部詰め込んだみたいな、
超美形の銀髪ツインテールロリフェイス。
細い首には北欧サーバーのレイドボス〈破滅の神狼〉の牙で作ったネックレス。
シオンを更にえげつない感じにした、出るところ出て引っ込むところ引っ込んだ
全身を包む毛皮のビキニみたいな、同じく〈破滅の神狼〉がドロップする幻想級の革鎧。
肩に背負っているのは2mほどの一見地味な槍…幻想級武具〈神殺し〉
僕がコイツを苦手な理由は、3つある。
1つは、僕がロリコンじゃないこと。
2つめは、コイツの声がどう聞いても潰れたカエルみたいな、男の声であること。
そして3つめは…
「あれぇ?ひっど~い。傷ついちゃうなぁ…5回目、殺る?」
このススキノで、唯一僕をソロで倒しうる冒険者だと言うこと。
“必殺”のカオル。Lvは…91。僕より5年ほど長くプレイしている、廃人暗殺者だ。
コイツの特徴は、二つ名通りの一撃必殺。
メインの暗殺者、サブの狂戦士、世界全土でも最高の攻撃力を持つ、
南欧サーバー産の幻想級の槍、そして攻撃力にボーナスがつく、各種装備。
これらを全部揃えたコイツの放つ〈絶命の一閃〉は、生半可な装備だと
Lv90の守護戦士でも一撃で沈む。まさに“必殺”の破壊力。それがコイツの売りだ。
「う~ん、殺りたいなら付き合うけど…結局五分五分だよ?」
とりあえず各種回避スキルを使いながら、僕はカオルに話しかける。
今まで4回やって、戦果は2勝2敗。展開は4回とも同じ。すなわち。
カオルの〈絶命の一閃〉が当たれば“必殺”の一撃で終わるし、僕が回避スキルを
使ってそれをかわしきればカオルが2発目を撃つ前に僕が“惨殺”する。
ちなみに油断してない僕がかわしきれる確率は丁度50%。
まさに五分五分なのが、僕等の戦いだ。
決着がつくまでに掛かるのは、過去4回とも10秒以内。
街中でやっても衛兵が来るまでに悠々と逃げるくらいの時間はある。
そんなわけで、僕とカオルの殺し合い(じゃれあい)は、時と場所を選ばず開始される。
「だよねえ~。フェヒヒ」
しかし、当のカオルは今日は余り乗り気じゃないらしい。
あっさりと矛を収めて下品に笑う。
「なんだ。随分あっさりだね」
「まぁね。これから、ギルドのお仕事だからねぇ~」
またか。僕は眉をひそめる。
カオルは、このススキノでとあるギルドのギルドマスターをやっている。
ギルド名は…〈愛犬家友の会〉
ススキノに住む“犬”を愛する愛犬家たちの同好会だ。
なんで、ススキノでそんな平和なギルドやってるのかって?
大丈夫。ちゃんとススキノ仕様で狂ってる。だって…
「にしてもそれ…う~ん、キー君、二頭目飼うのはいいけど、
それどう見ても“雑種”じゃん。どうせ飼うなら
私達みたいに“血統書付き”のが良くない?」
こいつらが言う“犬”とは、ようするに大地人なのだ。
ついでに雑種はいわゆる平民とか庶民。
血統書付きはエッゾの貴族。
そういう区分になってるらしい。
ちなみにメンバーはカオルの他に10人ほどいるらしいが、
中で何やってるのかは知らない。知りたくも無い。
「別に良いだろ?僕が何を飼っても」
「まあそうなんだけどさ…今度アタシが飼おうとしてるのは、凄いよお。
ススキノで一番大きい犬小屋から逃げ出した、血統書付きのメスでさ、
毛並みの良さは折り紙付き、ただ、ちょ~っと遠くで迷子になってるの。
お迎えに行ってあげなきゃ。友の会のお友達も、総出で、ね?」
なるほど、それなりにでかいミッションをこなす前だから、
デスペナは喰らいたくないと。コイツらしい。
「あ、そ。まあ好きにすりゃいいさ」
どっちにせよ、やる気が無いなら、別にそれはかまわない。
それに僕も明日は“狩り”の日だしね。
「ぶー。つれな~い」
「じゃあ、いこっか?シオン」
何事も無かったように、僕はシオンを促す。
「…はい」
僕等のやり取りを見て、何を考えているのか分からないけど、
シオンは静かに返事を返した。
4
翌日。午前中いっぱいをのんびり過ごした後、
僕はエリーにいつもどおりにギルドホールから出ないように言うと、
“狩り”へと向かった。
「あ、あの!?なんで私まで…」
〈八脚神馬〉(スレイプニル)の上、僕の後ろで、シオンが僕に聞く。
そりゃあ、理由を言うならば…おっぱい?
通常の馬の3倍くらい速度がでるスレイプニルから振り落とされまいと
必死にしがみつくシオン。
後ろから当たる感触は、絶品だった。
「昨日のカオルの話じゃないけど、少しはお世話もしてみようかなと思ってね」
と言っちゃうのは流石に自分でもどうかと思ったので、
用意しておいた言い訳の方を言う。
ちなみにシオンの装備は昨日の〈小悪魔の拘束衣〉とそこそこの魔法級の双剣。
まあ、今の狩り場だと完全に飾り物以外の何者でもないんだけどね。
「っと、ここだ」
たどり着いたのはエッゾに腐るほどある大平原の一角。
〈大災害〉までは無かった小さな祭壇だ。
「あの…ここは…?」
「ああ、狩り場の入り口だよ。出るのは簡単だけど入るのは面倒でね」
5日に1度、昼から夜に変わるまでのごく短い時間しか、入れない。
向こうの時計でわずか5分。こっちでも1時間。
たまたま見つけた祭壇を一通り調べた後、張り込んで答えを見つけた。
とりあえず、休憩しながら、開くのを待つ。
エリーに作らせたお弁当を食べて、ゆっくりと。
…っと、来た。
夕暮れ、太陽が今にも沈もうとした時に、変化が訪れる。
祭壇に青い光が燈る。
「綺麗…」
シオンが、思わず呟く。僕はその手を取り、引っ張る。
「ご主人様?」
「さあ行こうか、狩りに」
『カムイの森』
エッゾの片隅の祭壇で時間条件までついた、
入るのがかなり面倒くさい追加ダンジョンだ。
僕は自力で見つけたけど、もしかしたらエッゾのどこかに
ここのことを“知ってる”大地人でもいたのかもしれない。
まあ、それはいいや。
「あの…ここは一体?なんだか昼でも夜でもないみたいですし、
それに…動物が光ってる?」
一見するとなんてことは無い森で、いるのも野生動物ばかり。
とはいえ、ここは追加ダンジョンだ。しかもLv90以上推奨の。
「ああ、手を出しちゃダメだよ?あいつら最低でもLv90あるから」
「きゅうじゅ!?」
慌てて僕にしがみつく、おっぱいもといシオン。
まあ無理も無いかな。70もレベル差があったらかすっただけで死ぬし。
カムイの森、ここに住むモンスターは、青く光る、
一見野生動物にしか見えない精霊系の〈神威〉シリーズ。
レベルは90代前半に分布してて、最低でも90はある。
「そ、そんな危険なところ…そ、そりゃあご主人様なら平気かも知れないですけど!」
シオンの震えながらの必死の抗議に僕は笑って言う。
「大丈夫だよ。入り口近辺にいる奴らは、全部ノン・アクティブ。
手を出さなければ襲ってこないから。あ、奥に行くと全部襲ってくるけどね」
1回それで死んだんだよなあーなどと思いつつ、
僕は手近にいた、〈兎神威〉に一気に切りかかる。
物理攻撃耐性があるみたいだけど、どんな耐性もちにも
最低100%のダメージを与えられる、
全属性防御無効の特性付の僕の剣には関係ない。
斬った瞬間、ぶわりと光の粒子になって広がって、
ついで真っ赤な光を纏った兎に変わる。
反撃が、来る。弾丸みたいな突撃。
「ぐぅ!?」
回避失敗。並の守護戦士に匹敵する防御力を持つ僕をして、1割削る大ダメージ。
後衛職ならあっという間に死ぬね、これ。
「痛いな!」
毒づきながら、再度攻撃。再び光の粒子になって広がる〈兎神威〉
だが、今度は兎には戻らず、足だけがその場に転がった。
それを拾い上げつつ、僕はシオンを見て、言う。
「…ちゃららら、らったったー。シオンはレベルが上がった」
「…え!?」
流石Lv91の精霊系。貰える経験値が凄い。
パーティー組んでるシオンのレベルが2上がった。
羨ましい。僕もこれぐらいあっさり上がれば楽なのに。
「じゃあ、シオンはこの辺で適当に座っててよ。僕は他の狩りに行くからさ」
「え、あの…」
「さっきも言ったけど手は出さないように。多分シオンだと一撃で死ぬから」
「は、はい!」
そう言い残すと、僕は更に奥に行く。
いつもどおり。回復アイテム切れまで、戦う。
せめてシオンが回復職だったら、多少は足しになったんだけどねえ。
それからざっと6時間。
「こんなもんかなー」
魔法の鞄いっぱいの回復アイテムを大体使いきったので、本日の狩りは終了。
経験値は…レベルアップまであと60%。大分遠い。
「さてと…帰る…!?」
僕の、こちらに来て異常に鋭敏になった耳がそれを捉える。
シオンの、悲鳴。
僕は一気に駆け出した!
「おいおい!?まさか暇すぎて手を出したのか!?」
これだから素人は!喧嘩売っていい相手くらい見極めろ!
毒づきながら走りこむ。そして、そこには…
「い、犬…犬が…いやぁー!?」
〈狼神威〉と、腰を抜かしてあとずさるシオン…あれ?
〈狼神威〉は襲ってくる気配が無い。青く光ってるだけだ。
「え、あれー?」
急いで損した。脱力しながら、座り込む。
まあ、考えてみたら本当に手を出したら確実に死んでるから、
どっちにしても急ぐ必要なかったんだけど。
〈狼神威〉は僕たちが襲ってこないのを見て、
くるりと後ろを向いて、森の奥へと駆けていく。
「ご、ご主人様ー!」
ずりずりと僕に近づき、抱きついて来るシオン。
物凄く怯えて、震えている。
「わ、私…ダメなんです!い、犬だけは…犬だけは!」
なんだ。結構女の子らしいところ、あるじゃん。
そう思ったら、なんだか昨日の3割り増しくらい可愛く見えてきた。
5
「というわけで、帰ってきましたー」
「きましたー」
うん。分かってるね。エリーの合いの手もうまくなったもんだ。
あの後僕は朝まで寝たあとシオンを連れて、再びスレイプニルで戻ってきた。
帰還呪文使うとシオンが置いてきぼりになるのでスレイプニルに乗ってきたけど…
戻る手間と、おっぱいで相殺だな、うん。
「というわけでお祝いしたいんだけど…」
「お祝い、ですか?」
「そう、シオンのレベルアップ記念」
首を傾げるエリーに僕は答えを教える。
「全然実感無いんですけど」
そういうシオンのレベルは現在52。
てっきり60越え位は行くかなと思ってたけど、
大地人は貰える経験値が少ないらしい。
レベルの上がりが思ったより遅かった。
「まあ、レベリングしたらそんなもんだよ。そのうち慣れる」
困ったように言うシオンを見てたら、ちょっと面白いことを思いついた。
「じゃあさ、試してみりゃいいんじゃない?」
ちょっとした冗談。ただし、かなり悪趣味な部類の。
「試す、ですか?」
「そう、試し切り。武器と実力の再確認ってね…ほら、丁度いい相手もいるし?」
不思議そうに聞き返すシオンに僕はそちらを見る。
「はえ?」
何が起こってるのか、分かってないエリーを。
「シオンは、傭兵だったんだろ?ならば、それくらいできるよね?」
そう、僕は笑いながら言って。
「わかりました」
シオンは、顔色一つ変えずに頷いて。
サラッと剣を抜いて。
振り上げて…
「ばかっ!?」
…危なかった。
僕がとっさに腕を入れなかったら、エリーの首が落ちていた。
僕の手から、血が零れる。結構、痛い。
シオンのレベルが上がっているのもあるし…
シオンが〈首狩〉まで使って、本気でエリーを斬ろうとしたためでもある。
「…ご主人様?」
不思議そうに僕を見る、シオン。本当に、心底不思議そうに。
「じょ、冗談だよ!死んだら、その…僕たちのご飯どうするのさ!?」
「それこそ、また買ってくればいいのでは?
ご主人様なら、金貨数万位は、簡単に出せるでしょう?」
その言葉に、初めて、シオンを怖いと本気で思った。
「あの、ご主人、さま?」
エリーだけが分かっていなくて、首を傾げていた。
6
それから数週間。
色々ありつつも、僕は楽しくススキノで過ごしていた。
カオルがススキノから出かけてしまって平和になったのもあるし、
シオンが色々と可愛くて、充実していたってのもある。
…あの夜のことも大分薄れてきた、そんな頃。
「みなさーん!こちらはアキバから派遣された、救助隊でーす!
部隊編成は〈D.D.D.〉、〈黒剣騎士団〉、〈ホネスティ〉、
〈シルバーソード〉から24人ずつで編成した、レギオンレイド級の部隊。
みなさんの、安全を保証します!
興味のある方は、明日の昼、こちらに集合してくださーい!」
声を張り上げているのは、〈D.D.D.〉に所属する幹部級メンバー。
気が早い奴は既にあいつらの元に集まっている。
「へぇ。シルバーソードまで力貸してるのか。あのウィリアムがねえ」
それを聞いたとき、僕の感想はそれだけだった。
…だけど。
「ご主人様。明日、この街を発ちましょう」
「は?」
夕方。シオンが突然そんなことを言い出した。
「でていくですか?ススキノを?」
エリーも首を傾げて、聞き返す。
「どうして?僕は、この街が気に入ってるんだけど」
あいつら、アキバの護衛部隊についていくのは、
この街でやっていけなくなった雑魚と相場が決まってる。
僕みたいに強い奴には、アキバ以上に刺激的で素晴らしい場所だ。
…なのに。
「…ご主人様は、この街に根本的に向いていません。
はっきり言うと、弱いからです」
シオンははっきりと、僕を、弱いと言った。
「…どこがさ?」
笑えない冗談だ。ヤマト中見回しても僕より強い人は限られるし、
ススキノでは文字通り1、2を争う、強者。
それが僕だ。
思わず殺気すら感じながら、僕はシオンを見る。
「…分かりませんか?では…」
それに臆することもなく、シオンは僕をじっと見つめる。
…僕は思わず目をそらした瞬間、シオンが言葉を紡いだ。
「…私を、斬れますか?」
「…は?」
余りにも予想外の、言葉を。
「…シオンと僕の実力差くらい、シオンも分かるだろ?」
思わずシオンの方を見て、更に聞く。
Lvは更にレベリングを続けた影響でLv62。
装備はこの前僕がプレゼントした〈小悪魔の拘束衣〉の性能と露出度を
パワーアップさせた〈魔王の拘束衣〉と〈血塗りの魔剣〉の二刀流。
それと細々したアクセサリ。
奥義書の類は渡して無いからスキルは大半が中伝止まりで、初伝もちらほら。
…はっきり言って、お話にならない。
「…実力差。ええそうですね。多分まともに戦えば、
私ではご主人様には勝てないでしょう…で、斬れますか?」
もう一度、シオンが尋ねる。
「斬れるかって、そりゃあ…」
斬れるさ、と言う前に言葉を重ねられる。
「私は大地人だから、死んだら二度と蘇りません。
もう、抱かれてあげられませんし、キスもしません…
好きだと言う事すら、出来なくなります。
…それでも斬れますか?」
その目に浮かんでいるのは、完全な本気。
冗談とか、その類ではなく、本気でシオンは聞いていた。
「…結局、何が言いたいのか、分からないよ」
そのシオンから目をそらし、僕はため息と共に、答えを聞こうとする。
それに、シオンはため息で返し、重ねて、言う。
「それでは1つ、昔話を聞いてもらえますか?…私が、犬が苦手になった理由を」
7
「今から2年前、帝国と狼ども…狼牙族との間で戦が起こりました。
皇帝は、これからの更なる発展のためには、狼どもに首輪をつける必要がある、
そう考えたらしいです」
シオンは昔話を始めた。
本当に、一体なんなんだ?
そう考えながら、僕はシオンの話に耳を傾ける。
「エッゾ中から傭兵が集められ、狼どもを討つ軍が作られました。
数は全部で1,000。200しかいない狼どもの群れを討つには充分過ぎる数…
そう思ってました。だからこそ私も応募して、契約したわけですし」
へぇ。そんなことがあったんだ。知らなかった。
それらしいクエストも出てなかったし。
「私は、斥候部隊に配属されました。
もちろん、主力部隊よりは危険でしたが、心配はしてませんでした。
騎士と従軍司祭、そして傭兵で構成された小隊2つ分…
バランスが取れた12人の部隊です。
おまけにあくまで偵察であって戦うのは仕事じゃないわけですし」
確かに、普通ならばまあまあの編成だ。
回復役と騎士…多分守護戦士の壁はちゃんといたみたいだし。
数もパーティー2つ分。悪くない。
「…それ叩き潰した、狼どもの兵、何人だか分かります?
…たったの2人だったんですよ」
2人。そう言った瞬間、僕はシオンが震えるのを、確かに見た。
「斥候任務中、狼どものつがいを見つけたんです。そこそこ高位の。
偵察中にそういうのを仕留めれば報奨金がつくという契約でしたから、
私達は即、襲うと決めました。
レベルの差は多分一番強かった隊長より3くらいは上でしたけど…
1対1ならともかく、12対2なら簡単に埋められる差です…普通ならば」
シオンは怯えていた。それで、なんとなく分かった。
…多分、プレイヤースキルの差で数の差をひっくり返されたんだ。
「私達に襲われて、狼どもは即座に応戦することを選びました。
男は武士、女は森呪遣い。 厄介な組み合わせですが、数の差で押しつぶすのは、
時間の問題。そう思ってました。 実際、途中までは楽勝と思ってました。
負った傷を森呪使いが回復させるんですけど、
間に合いきってなくて男の負傷がどんどん酷くなってましたし」
…なるほど。話は読めた。
クラスの編成と、数の差とプレイヤースキルの差。
これを考慮すれば、とりうる戦術はかなり限られる。
「本当に、信じられませんでした。途中で動きが変わったんです。
奴の動きがいきなり素早くなって攻撃が半分くらいしか当たらなくなるし、
いつからか奴の刀の切れ味がどんどん鋭さを増していってるんです。
怪我を負わせても負わせても一向に倒れないし。
私達の従軍司祭が回復が途切れる瞬間、その瞬間に大技で1人ずつ斬り殺して
行くんですよ。じっくりと、確実に。
そうして、12人いた私達のうち4人までが奴の刀の餌食になって死にました」
やっぱり〈黄泉路の見切り〉と〈血塗りの凶刃〉のコンボか。
シオンの話を聞いて、僕は思ったとおりの展開だと確認する。
彼らがやっていたのは生命調整…かなり高度なプレイヤースキルだ。
エルダーテイルには幾つか、残りHPの割合によって発動可能かどうかが決まったり、
威力の変化するスキルがある。
例えば盗剣士の〈赤い靴〉というスキル。
これは盗剣士の最大の武器である攻撃などの発生動作を爆発的に高める
強力な自己強化スキルだが、残りHPが最大HP20%以下で無いと発動できないし、
持続時間が長くてリキャストが短い代わりに残りHPが最大HPの20%を上回れば
即効果を失う。
その場限りならば一発逆転も可能だが、連戦になれば僅かしか残っていない
HPをすぐに削りきられ死ぬか、回復によって効果を失うことになる。そんなスキルだ。
とっさの緊急回避技。
その前提を覆すのが、回復職のプレイヤースキル、生命調整だ。
継続回復や即時回復、結界を駆使してHPを最大まで回復させるのではなく、
一定値以下を“維持”する。
そうすることで残りHPの割合を条件に持つ強力なスキルをMPが尽きるまで
使い続けさせる。
言うだけならば簡単だが、刻一刻と状況が変わる戦場でそれを続けるのは
容易ではなく、常に被ダメージ総量を予測して残りHPを把握し、
的確な回復を行わなければ、あっという間に相方が無残な屍を晒す羽目になるか、
回復しすぎでスキルが使えなくなる。
…かつて元〈茶会〉の盗剣士と森呪遣いがやった、生命調整の動画を見たことがある。
クエスト『百鬼夜行』のクリア動画。
次々リスポーンし、次々に襲い掛かってくる、多種多様な90レベルの
ノーマルランクモンスターを100体倒さなくてならない、
本来なら6人のパーティーで挑むのが普通のクエスト。
彼らはそれを、盗剣士が最後まで〈赤い靴〉を維持し続けて戦うことで、
たった2人でクリアするという、とんでもない戦果を上げていた。
それと比べれば、その2人の狼牙族がやったのは、そこそこやる、といったところだ。
〈黄泉路の見切り〉の使用条件はHP50%以下と大分ゆるいし、
〈血塗りの凶刃〉は一定時間内に発生した与ダメージによる補正を
攻撃力に加算するスキルなので、残りHPは関係ない。
2人ともまあ一流ってところだが、極まった超人の領域ではない。
…そう結論付けたその時点では、僕は気づいていなかった。
彼らと、僕等の最大の違いを。
「…でも、本当に怖かったのは、その後でした。
私達の隊の4人が死んだ直後に、いきなり女のほうが逃げ出したんですよ。
魔力が尽きてもう回復できなくなったみたいで。
それで、ああ、これで何とか勝てる、そう思った瞬間…
男の方が、本気を出したんです」
本気。そう言いきるシオンの目にはありありと恐怖が浮かんでいた。
「最初に女の背中を撃とうとした弓手が、斬られながら突進してきた狼に、
肩から腰まで十字に裂かれて死にました。
それから、今まで使わなかったような隙の大きい大技を
どんどん繰り出して来たんです。
後先まったく考えずに…最後、奴が私の部隊の隊長と相討ちになって死んだ時には、
既に恐ろしくて斬りかかれなかった私しか生き残ってませんでした」
それは凄惨な場面だったのだろう。無理も無い。
武士が〈血塗りの凶刃〉で限界まで攻撃力を強化してから大技を連発したのなら、
同レベル帯ならあっさり死ぬ位の威力はある。それが後衛職ならなおさらだ。
…そして、僕は次の言葉でようやく気づいた。僕と、彼らの最大の違いを。
「あいつ、死ぬときなんて言ったと思います?こう、言ったんですよ。
『ざまあねえな。今からじゃあ、俺の女の自慢の逃げ足に追いつけるはずがねえ。
癒し手さえ生き残れば、まだまだ戦は続けられる。まだまだこれからだ。
…俺の女は俺が死ぬまで守りぬいた。悔いはねえ』
…7人も斬り殺しといてそれ、ただの時間稼ぎだったんですよ。
癒し手を殺させないためだけの。それ聞いてすぐ、私は逃げました。
死体が消えても残り続ける、名前が刻まれた生死確認用の
魔法のネックレスを捨てて。
死んだことにして敵前逃亡したら傭兵としては終わりですが…
これ以上あの狂った狼どもと戦りあうよりはずっとマシ。今でもそう思ってます」
息を、呑んだ。ようやく気づいた。
彼らは、死んだら、終わりだ。
二度と、蘇ることは、無い。
1つきりの命…それを文字通り命がけで使いきって戦い抜く。
それはかつての…否、今でも大神殿で蘇れる僕たちには、決してできない。
「冒険者がどんなに力が強くても、不死身でも、あいつらに比べれば怖くないです。
だって、死ぬのが怖いって思ってること事態は私達と一緒ですから。
…亜人でもないくせに死ぬの怖がらなくて、
文字通り死ぬまで戦い続ける狼どもに比べれば、まだマシです」
ようやく分かった。シオンが犬を…狼牙族を怖がる理由。
理解できないからだ。
本能だけで動いている亜人でもないのに、死ぬまで戦える本物の戦士が。
そして、それは僕にとっても一緒だった。
不死身でも何でもない、死んだら終わりの大地人で、
不死身で、死んでも困らない冒険者の一流プレイヤーが
やるような自殺と紙一重の危険行為をやり遂げる。
それは、僕の理解も越える存在だ。
僕は震えていた。
気づいてしまったから…僕の“弱さ”に。
「ご主人様は…キリヤさんは、弱い私を殺せなかった。不死身で、最強なのに。
二度と蘇らない大地人の私を殺すのが、怖かったんですよね。
…モンスターと不死身の冒険者しか殺せなくて、
死んだら終わりの大地人は殺せない。
その程度の覚悟しかもてない優しいキリヤさんは、ここで生き抜くのは無理です」
そう、僕は勘違いしていた。
僕は、恐らくこの世界で、大抵のことは出来る…ただし、僕がやれるのならば。
それは、例えば無抵抗な子ウサギをナイフで切り殺せるかと言うようなもの。
多分、シオンなら簡単に出来る。
殺して、皮をはいで、食べられるように解体する。
そしてそれが必要ならば、シオンはたとえ無抵抗の子供でも簡単に斬り殺せる。
大地人の傭兵で、Lvが20を越えるほどの経験を積むというのは、そういうこと。
幾つもの命がけの修羅場を越えて、殺すことに慣れて、そして殺される覚悟を持って、
ようやく“その程度”になれるのだ。
僕にはそこまでの…否、その程度の覚悟すら無い。
さっきの話に出てきた狼牙族どころか、
エリーを顔色一つ変えずに本気で斬ろうとしたシオンにも劣る、覚悟。
それが…僕の弱さだ。
「行きましょう。アキバへ。きっとここよりずっと優しい街ですよ。
いい場所じゃないですか。殺すのも、殺されるのも無い街なんて」
「ご主人様…」
シオンとエリーがじっと僕を見ている。そして僕は…
8
ススキノを旅立つ日、その日は、見事な秋晴れだった。
「それでは、お昼になりましたので、出発しまーす!
トサミナトまで馬で2日。その後は船で1日のアキバまで計3日となりまーす!」
今回の護衛部隊の隊長が声を張り上げている。
「…超うぜえ。裏切りやがった、あいつら…」
広場に集う脱出希望の冒険者と大地人を暗がりから覗いているのは、カオルだ。
流石にアキバの戦闘ギルドが全力で編成した、レギオンレイド部隊に
手を出したらどうなるかなんて分かりきっているので、
襲うなんてバカなことはしないらしい。
それと、どうやら噂は本当だったようだ。
カオルが格下と見下していた〈H.A.C〉の“お人よし”セガールに1対1で負けて、
ススキノに強制送還されたっての。そして…
「その…今までごめん。これからは君のこと、犬とかじゃなくて…
その、女の子として大事にするから」
「本当はもっと早くこうするべきだったんだ…もっと僕に勇気があれば」
「俺は謝らないからな。お前の親殺したことも、お前を飼ったことも。
…だからよ、代わりに一生面倒見てやる。お前は一生、俺のもんだ」
「すみませんでした。私は今まで、貴女を妻の代わりにしていた。
これからは妻ではない1人の女性として、君を大切にします」
「本当に俺で、よかったのか?
…俺、たったレベル70で、友の会の中じゃ一番弱っちいのに…」
「私、初めてだったの…女の子なのに女の子が好きだって言う私を、
好きだって言ってくれたの。本当に嬉しかった…
だから、これからもずっと一緒にいてくれる?」
「ボク、大人になるよ。本当の意味で、君を守れる男になる。
だから…お姉ちゃんって、呼んでいい?」
「引篭もりの俺が、父親になるなんてなあ
…コイツがやり直す、チャンスって奴なのかな…」
「やれやれだぜ。まさかこんなガキのために、
ススキノを離れることになるなんてな…しょうがねえか」
「アキバに行ったら、君の両親に会いに行こう…謝ってみるよ。
許してもらえるか分からないけど」
ギルド〈愛犬友の会〉は崩壊した。
ギルドマスターのカオル以外が全員ギルドを脱退して、
アキバに移住するのを決めたことで。
先に死んで送還されたメンバーが全員“愛犬”の説得に応じてしまったという、
何とも身につまされる話だった。
「しかし、カオルって人も、その家臣もバカですよね。
貴族の令嬢なんて、男たらしこむのが仕事みたいなもんなのに、
飼ったりしたら、いずれはこうなるの目に見えてるじゃないですか」
僕はすっかり色んな意味で〈小悪魔の拘束衣〉の上位互換である
〈魔王の拘束衣〉が似合うようになったシオンに苦笑する。
なんかもう、一生勝てる気がしない。
シオンは、ていうか大地人って逞しいなあ。
良く見たら脱出希望の冒険者って半分くらいが大地人らしき人連れてるし。
「というか、カオルって人も引っかかってますよね…あれ」
そう言ってシオンが指差した先には…
カオルの一番のお気に入りの“愛犬”が、カオルのそばにひっそり立っていた。
…ははは。もう、乾いた笑いしかでないや。
「まあ、裏切ったら後が怖すぎるのは分かってるんだし、
冒険者なら財力も容姿も力も申し分無いわけですから、
本当に一生ついて行きますよ。お互い幸せなら、それで良いじゃないですか。
…私たちみたいに」
う~ん、まあ、それもそっか。
強引に納得し、頷く。しとかないと僕までダメージ受けそうだし。
「ごしゅ…じゃなかった、キリヤさ~ん!出発するそうで~す!」
エリーの声が聞こえてくる。
さあ、これ以上考えても仕方が無い。
「じゃあ、いこっか?」
「ええ」「はい!」
これからのことは、まだ決めていない。
シンジュク辺りでのんびりレベル上げをしても良いし、
アキバで本当に平和に暮らすのもいい。
それか『神威の森』のことをみんなに教えても面白いかもしれない。
Lv上げに最適なダンジョンとか知ったら〈黒剣騎士団〉とか
古巣の〈シルバーソード〉辺りがススキノを占拠して拠点にしそうだし。
まあ、色々あるけど、とりあえずは僕は歩き出す。
シオンとエリーを連れて。
新たな故郷を目指して。
本日はこれまで。
ちなみにキリヤの名前は適当に決めたら某作品の主人公に
そっくりな名前と言う事態に。
S.A.O,面白いですよね、うん。
…すみませんでした。