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第6話 生贄のヒメノ

ご注意願います。


今回のお話には若干の俺TUEEE成分が含まれます。

テーマは「Lv90の冒険者が、本気を出すとどうなるの?」


2度目の登場となる彼らの冒険と、大地人の物語です。


魔界において、男爵バロンの爵位を持つ魔族『氷雪の魔王』は、

奇妙な一団に追い詰められていた。


「イエー!俺の歌を聴けー!リーダー、ここは攻めの一手だぜ!

 〈守護のセイクリッドソング〉を〈剣速のエチュード〉に変更だぜ!」

腰から下げたレイピアを抜こうともせず、

強力な魔法の力を帯びたギターをかき鳴らしているのは、

髪を逆立てた、人間族の吟遊詩人。

戦場であるこの場には余りにも場違いに思えるそれは、

この奇妙な一団の力を普段以上に底上げしていた。

通常の吟遊詩人の歌の魔力を上回る力強さで。

(馬鹿な…おされているだと!?貧弱なニンゲンどもに!?

 この魔王たる我が…何故だ!?)

頭の中では混乱しつつも、攻撃の手は緩めない。

轟音を上げ、2mを越える氷雪の魔王の剣が近くに陣取った格闘家に命中する。

「っく!」

痛みを噛み殺し、格闘家が顔をゆがめながら数歩下がる。

その一撃は、確かに効いている。


もちろん相手とて強力な魔法の武具に身を固めているし、

その装備に相応しい実力の持ち主だ。

いかに魔族といえど兵卒程度ならば容易く屠る。

実際に共に連れていた従者どもはこの格闘家の手で早々にこの戦場から姿を消した。

だが、それでも種族と爵位の差と言う絶望的な壁は存在する。

氷雪の魔王の攻撃を2,3撃も受ければこの格闘家とて絶命するのは間違いない。

だが、既にこの格闘家は5度は死んでいてもおかしくない量の攻撃を耐えていた。

「セガールさん!大丈夫ですか!?〈秘伝・脈動回復〉!」

後ろから強力な回復の魔術を飛ばす、ドワーフの森呪遣いの援護によって。


「HEY!左がお留守だぜ!?デーモン・ロード!…〈ラニアス・キャプチャー〉!」

それを防ごうと魔封じの術を使おうとした瞬間、

隣に陣取った武士から鋭い突きが飛んでくる。

それは絶妙のタイミングで氷雪の魔王の鎧の隙間を縫ってのど元を貫き、

魔術を失敗させた。

「このまま一旦タゲを取るぜリーダー!〈ターニング・スワロー〉!」

続けて二本の刀からそれぞれ放たれる、強烈な二連撃…計四連撃。

その攻撃は氷雪の魔王の鎧すら切り裂き、深い傷を残す!

「ありがとう、ミフネ!〈毒蛇の構え〉…〈錬気突撃〉!〈浸透双掌〉!」

武士の苛烈な攻撃により武士の方に気がそれたその瞬間、

魔力を帯びた強烈な体当たりからの両の掌の鎧を貫く一撃を受けて

氷雪の魔王がよろめく。

格闘家が氷雪の魔王の一瞬の隙を突いて、流れるように大技を繰り出したのだ。

ご丁寧にも、相手の隙を付いた場合に効果を跳ね上げると言う

特殊な構えをとった上で。

「チャンス!〈インパクト・ショット〉!」

追い討ちをかけるように後方に立つ全身鎧に身を包んだ女から、

狙い済ました巨大な機械弓の一撃が飛んでくる。

暴力的な加速と破魔の力を帯びた貴重なミスリルの矢が

よろめいて無防備になった氷雪の魔王の眉間を正確に叩く。

激しい音を立てて身に着けていた兜が吹っ飛び、

氷雪の魔王はこの世界において始めて、その素顔を晒した。

「ほほう、ここまでくれば後3割といったところだな!

 畳み掛けるぞ…〈ソーンバインド・ホステージ〉!」

同じく後方に陣取る、漆黒のマントを帯びたエルフの付与術士から呪いの茨が伸びる。

「さあ、存分に攻撃したまえ!3人とも!」

「はい!〈獅子の構え〉…〈両腕連撃〉!」

「ボクはアタックスキル切れたから通常二連撃ね!」

「もう一発行くよ!〈インパクト・ショット〉!」

戦士3人の攻撃が呪いの茨を次々と弾けさせる。

計5回。通常以上の大ダメージ。

とうとう氷雪の魔王は攻撃の勢いに負けて転倒した。

(おのれ…!)

顔に土をつけさせられた怒りと共に、温存していた本気の一撃を放つ!

氷雪の魔王の持つ魔剣の魔力を開放し、辺りに猛吹雪を巻き起こす!

(このまま凍りついて、死ね!)


数十秒に及ぶその吹雪は、あらゆる物を凍らせる、必殺の一撃だ。

氷の魔王たる自分には一切効果が無いが、

脆弱なるこの世界のものどもには到底耐えられまい。

氷雪の魔王は勝利を確信した。


「うわ!?…一旦集合!悪いけどエアロはそのままダメージを受けて!

 ベル!継続ダメージは僕が抑えるから回復詠唱お願い!

 〈竜鱗の構え〉…〈仁王立ち〉!」

「はい!みなさん、大丈夫ですか!?奥の手の〈癒しの神域〉を使います!」

「うおおお!?やべえー!?一気に削れるぜこれ!?

 あ、あったまるには〈焚火のポルカ〉だ!

 やばっ…回復無かったら即死だった!サンキュー、ベル!」

「OOPS!?大技を使ってきやがった!返すぜ!〈リベンジ・ブレイド〉!」

「さ、寒!?〈鎧の抱擁〉!クリストファー!

 こっちに避難!あんた回復きかないんだから!」

「う、うむ!リプリー、〈アイス・プロテクション〉を追加詠唱する!

 私の分まで耐えてくれ!」

「あんがと!任せといて!…くぅぅぅぅぅ!耐え切ったあああー!」

「残ったダメージを回復します!〈癒しの聖域〉!

 それとリプリーさんに〈秘伝・脈動回復〉!」


だが、その一撃を、その一団はただの1人の死人も出さずに凌ぎきった。

それどころか武士の放った〈返しの太刀〉が更に氷雪の魔王を切り刻む!

迸る痛みに耐えながら立ち上がり、体勢を整える、氷雪の魔王。

(ば、馬鹿な…耐え切った…だと?)

氷雪の魔王に走る動揺、それはすぐに驚愕へと変わった。

格闘家の一言によって。

「みんな、散開して!吹雪の効果範囲は任意空間発生型、範囲円形10mだと思う!

 離れておけば全員には行かない!クリストファー!」

「任せておきたまえ。ベルに〈アイス・プロテクション〉を施すとしよう!」

「はい!助かります!」

(な、なに!?)

相手が体勢は整っていく。氷雪の魔王の予想を越える範囲で。

吹雪による全員の傷は、既に森呪遣いの魔術で癒されている。

しかもたった一撃で相手は吹雪の特性を見破ったらしく、散開した陣形を取る。

これでは例え再び吹雪を使ったとしても散発的な攻撃効果しか得られず、

強力な癒しの術を使う森呪遣いに容易く癒されてしまう。

「みんな!」

「OK!丁度ボクのスキルも大体は戻ったところだ!決めるぜリーダー!」

「了解!とっとと仕留めて、あの娘を安心させてあげなきゃね!」

「よし!行っちまえ!リーダー!イエー!

 とどめの3分間限定必殺〈星雲のガンパレードマーチ〉いくぜえ!」

「セガールさん、回復は任せてください!」

「〈アイス・プロテクション〉!これで吹雪が来ても

 後衛の一発即死は無い!このまま攻撃を続けたまえ!

 私も参加する!…〈ソーンバインド・ホステージ〉!」

「よし!このまま一気に仕留めよう!みんな!」

「「「「「了解!」」」」」

あらゆる能力を高める最高難易度の吟遊詩人の歌を受けながら、

格闘家の号令と共に再び氷雪の魔王の前に立ちはだかり、

全力で攻撃を開始する格闘家と武士、

そして付与術士を守りながらも同じく攻撃する、守護戦士。

少し離れたところでは、吹雪に対しての防御魔術を施された森呪遣いが、

怪我をした仲間を回復するタイミングをじっと待っている。

(おのれ…おのれぃ…)

再び付与術士の放った呪いの茨の爆発に包まれながら、

絶望と供に、氷雪の魔王は理解してしまった。


300年もの間、麓の村を恐怖に染め続けた自分が、

この貧弱なはずの冒険者どもに討ち取られるのは、

もはや時間の問題だと言う事を。


『第6話 生贄のヒメノ』



儀式は、目前まで迫っていた。

「すまぬ。すまぬ…」

父は泣いてばかりだ。

口惜しいのだろう。

母の忘れ形見であるヒメノを、生贄の一族の女最後の1人として、

氷雪の魔王に差し出さねばならぬことが。

「気になさらないでくださいまし。お父様。

 これも…わたくしの定めでございますので」

そんな父に何度目かの慰めの言葉をかける。

流れるような黒髪、澄んだというよりは何も写していない、ガラスのような朱の瞳。

頬に3本はしるは流麗な炎のような紅の紋章。

巫女の装束に身を包んだヒメノは、美しい少女だった。

「泣かないでくださいまし。わたくしの身で、街が救える。

 これは、よきことなのですから」

自らの無力に声を殺し泣く父を見ている方が辛かった。

ヒメノ自身は、とうに心を凍らせ覚悟を決めていた。

まだ5つだった頃、覚悟を定めた母が山の迷宮へと消えて行った日。

姉と2人で、憔悴しきった父を見た日から。


300年前、冒険者が世に現れる前の暗黒の時代。

イースタルでも珍しい法儀族の街であるザオの街は、とある魔族の襲撃を受けた。

氷雪の魔王と呼ばれるその魔族は、嵐のように吹雪を起こし、

氷に命を吹き込んで邪悪な生き人形として戦わせることで

当時、法儀族でも腕利きの戦士が集っていたザオの街をたやすく蹂躙した。

街の半分を凍りつかせ、住人の8割を虐殺した後、魔王は言った。


村の巫女の腹より産まれし女を我に捧げよ。15年に一度。

さもなくば、村を滅ぼすと。


余りにも理不尽な話しだが、従うしかなかった。

それほどまでに、魔王は強大だった。

村で巫女を勤めてきた一族はいつしか『生贄の一族』と呼ばれ、

街の長となり、恐れながら奉られてきた。


よりどころを求めた法儀族が集まってザオはいつしか街となり、

街の住人も増えたが、その忌まわしき風習は300年たった今も続いていた。


だが、それも、じき終わる。

姉が病に蝕まれ、命を落としたのは、半年前。

姉には、女の子はまだいなかった。


今や、この世に残った生贄の一族の巫女は、

結婚もしていないヒメノただ1人。

あの魔の王は、決して約束をたがえることは無い。

今を越えても、あと15年すれば、この街は滅ぼされる。

例え領主の軍といえども、あの恐ろしい氷雪の魔王には勝てまい。

それどころか、魔王の傀儡たる、氷の魔人形すら倒せない。

一方的に蹂躙されるだけだ。

だが、今ヒメノを生贄に捧げれば、あと15年は持つ。

その間に逃げ出すことが出来る。

街の民は、決めた。ヒメノを捧げると。

そして儀式の日は、訪れる。

―――ヒメノの運命が、大きく変わる日が。



儀式の日。街を生きながらえさせるための、大切な日。

それは、街へとやってきた。

怪しい冷気を纏った、少女の一団。

扇情的な純白の衣装を纏った美しい少女。

だが、彼女らには一切の表情が無い。

魔王の産んだ魔人形に、その様な無駄な機能は付いていない。

〈氷柱舞姫〉(アイシクル・プリマ)と呼ばれる魔の従者。

たった1体でもこの街の警備団を皆殺しに出来るであろう力を秘めた、

この街の恐怖の使者だった。


「オムカエニアガリマシタ。巫女サマ」

全部で5体ほどの舞姫が、街の広場でギクシャクと礼をする。

街の住人は、それを息を殺し、じっと見ていた。

「…はい。参りましょう。舞姫様」

文字通りの意味で氷のように冷たい手を取る。


そうだ。これでいい。コレで街は、あと15年命をつむげる。

どこか安堵すら覚えて、ヒメノが歩き出した、そのときだった。


カツンッ!


どこか乾いた音を立てて氷の舞姫の頭に、小さな石が当たった。

「ヒメノ姉ちゃんを、いじめるな!」

石を投げたのは、まだ小さな子供。

そう…姉の忘れ形見の男の子だ。

心が動くより先に、身体が動いた。

「お許しくださいまし!舞姫様!あの子はまだ何も分かっておらぬのです!」

舞姫に縋る。

ヒメノは言い伝えを知っていた。60年前の惨劇と同じ状況だと。

この魔人形は。

「…テキタイヲカクニン。抹殺、シマス」

どんな些細な敵対者であっても、決して見逃さない。


ヒメノの前に残像すら残し、舞姫が舞う。その足で、敵対者を砕くために。

かつて、カタパルトから放たれた大岩であっても容易く蹴り砕いたと言う足。

60年前と同じならば、ごく普通の少年が受ければ骨すら残らない。

ヒメノはその光景を見たくなくて、思わず目を逸らした。

(ああ、神様…だれか!お助けください!)

とうの昔に縋るのをやめたはずの神に縋る。

無駄だと分かっていても止められなかった。

…その、はずだった。


ガガガッ!


少年を襲うはずだった舞姫が無様に転んだ。首から上を完全に消失して。

街のみな、残った舞姫たちでさえもが、なにが起こったのか分からなかった。

場違いな静寂が生まれる。そしてそれを切り裂く、声。


クェェェェェ!


遥か遠くから、ごく近くまで伸びる鳴き声が響く。

それは、一頭の鷲獅子だった。

鷲獅子が一頭、舞姫の頭上5mを越えていく。


「〈飛燕の構え〉…〈飛竜脚〉!」

その次の瞬間、正確無比な蹴りが、1体の氷の舞姫を襲った。

舞姫が2、3度跳ねながら、街の建物の壁に叩きつけられる。

「「「「エマージェンシー。テキタイソンザイヲ、抹殺、シマス!」」」」

蹴りを受けた舞姫が立ち上がった瞬間、ぐるんと舞姫の顔が一斉にそれを向く。


それは、小柄な少女…法衣を纏ったドワーフの少女を抱きかかえた、

1人の黒髪の青年だった。

「…ベル。ごめんね。抱きかかえて飛んだりして。大丈夫だった?」

「は、はい!大丈夫です。むしろ嬉しいです!…って、あ!は、離れてますね!」

舞姫たちを意に返さず、困ったような顔で少女に謝りつつ地面へと降ろす、青年。

その青年にドワーフの少女は頬を赤らめながら、慌てて距離をとる。

その次の瞬間、舞姫の足が計4本、一斉に青年を襲う。だが!

「…っつう!やっぱり90レベルの攻撃4発同時は少しきついなあ」

反応はたったそれだけ。

真っ向から岩をも砕く蹴りを受けてよろめきながらも、

青年は倒れる気配を見せなかった。

「だ、大丈夫ですか!?〈秘伝・脈動回復〉!」

慌ててドワーフの少女が、癒しの術を使う。

常識外れな超高位の魔術が、青年を包み、蹴られた傷を癒す。

「HEY!1人だけ格好付けはずるいぜリーダー!必殺…〈ターニング・スワロー〉!」

まだ状況が掴めず固まる住人の間を、疾風が駆け抜ける。

その疾風は無傷の舞姫を吹き抜けて…舞姫をバラバラに切り砕いた。

「おいおい!?少しだけ待ってくれって言おうとしてたのに…〈熱狂のマーチ〉!」

「…やれやれ、ミフネ。あと3秒待つ余裕も無かったのかね?〈キーン・エッジ〉」

鷲獅子から飛び、広場に降り立ったのは2人。

髪の毛を逆立てた人間族の青年が浪々と戦歌を歌い上げ、

漆黒のマントを纏ったエルフの青年が、黒髪の青年と疾風…

二刀を構えた人間族の武士に魔力の加護を与える。

「2人とも!私は上空から援護するわ!〈インパクト・ショット〉!」

上空では、鷲獅子に人間族の女性を乗せた全身鎧の女騎士が

巨大なクロスボウを構え、正確無比な射撃で先ほど青年が蹴り上げた舞姫を貫く。

再び舞姫の首から上が消失し、動きを止めた。

「リーダー、一気に決めるぜ!〈ファースト・ブレイド〉!」

「ああ、とにかく今はさっさと終わらせよう!〈獅子の構え〉…コンボ〈七星連撃〉!」

魔力を帯びた渾身の刀から放たれた、全力の一撃と、

目にも留まらぬ速さで放たれた、流れるような七撃。

それはあっという間に氷の舞姫を砕きちらした。

「…よし、戦闘終了!みなさん、大丈夫ですか?」

警戒を解き、街の住人に話しかける、困ったような笑みを浮かべた、黒髪の青年。

それにヒメノを含めた全員が反応できずにいると、

広場の中央に、最後の鷲獅子が降り立つ。

「はいは~い。アタシらは怪しいもんじゃございませんよ~」

パンパンと手を鳴らしながら、リュートを肩から担いだ女性が街の民たちに、言う。

「この人たちは…通りすがりの冒険者っすよ。

 いやまあ、アタシはただのしがない大地人の吟遊詩人っすけど」

そう、女性が言った瞬間。

辺りは、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

「ぼ、冒険者ですと!?」

町長でもあるヒメノの父が、驚きの声を上げた。

「そうっすよ。しかもそんじょそこらの冒険者じゃあない。

 このイースタルに名を轟かせる英雄セガールに率いられた、

 天下無双のハリウッド組っす!」

「リュミネ、それやめてってば!?恥ずかしいから…」

何故か堂々と言い放つのは、自らを大地人だと言う吟遊詩人。

それに反応するのは、一行の首領らしき、気の弱そうな…

彼女の言葉を信じるならば冒険者であるという黒髪の青年。

「…おいあれが…?」

「何かの間違いじゃないのか…?」

「だが、あの氷の舞姫を倒したんだぞ?あんな簡単に。しかも5体も」

「じゃあ本当に…?」

さざなみのように、ざわめきが広がる。

みなが反応できなかった。

幾多の伝説を築き上げ、このヤマトを、ひいては世界を守り続ける、異能の戦士。

このザオの街ではかすかに噂を聞く程度の遠い存在が現れたという事実に。

(ああ、これは一体…)

普段、凍りついたように静かなヒメノの心にも、ざわめきが生まれる。

それが、彼らとヒメノが、初めて『英雄』たる冒険者と出会った瞬間だった。



冒険者の首領であるセガールと、交渉役(自称)のリュミネは、

街の長の屋敷でも一番大きな応接間に通されていた。

道すがら、この街の事情を大まかに聞かされた他の冒険者たちは、

一応ヒメノを警護すると言って、別室に控えている。

「先ほどは本当にありがとうございました。

 私は、このザオの街の長をしております、タツマと申します」

ザオの街の長、タツマは改めて礼を言った。

危うく失うところだった娘の忘れ形見を助けてもらったこと。

最後に残った愛娘を辛うじて差し出さずに済んだことを。

「一体なんとお礼を申し上げればよいのか…」

まさか、言葉だけで済ますわけにも行くまい。

タツマはセガールを見て、尋ねる。

それにセガールは頷いて、返した。

「お礼ですか…そうですね。まず、今晩は僕たちを街に泊めてください。

 万が一また、あいつらが来たら、僕たちで無いと対処できないと思いますから」

「わ、分かりました。むしろこちらからお頼みます。是非、街でおくつろぎください。

 それで、他にはなにを…」

最初の冒険者の要求にとりあえずこの街で一番豪華な部屋、

すなわち自らの屋敷を提供することを心に決めた後、おずおずと、タツマが切り出す。

この伝説の戦士に、家族の窮地を救ってもらった礼は、何を払えばいいのか。

見当がつかなかった。

だが、セガールの言った言葉は、さらに予想外のものだった。

「とりあえずは、泊めていただけるだけで充分です。残りは明日、成功報酬で貰います」

「成功報酬、ですか…?」

その言葉に、タツマは首を傾げる。

あの恐ろしい舞姫から孫を救った。

それ以上の成功があるのだろうか、と。

だが、セガールの口に昇ったのは、とんでもない言葉だった。

「はい。氷雪の魔王を倒した場合の報酬です」

さらりとなんでもないことのように。

セガールは偉業の成就を宣言したのだ。

「ま、魔王を打ち倒すですと!?」

タツマの顔が驚愕に彩られる。

(おおっと!?いきなりとんでもないこと言い出したっすよこの人!?)

セガールたちに付きまとい始めて4ヶ月。

彼らの突拍子も無い言動にも少しは慣れたつもりだったリュミネも、

魔王を討伐するとなんでもないことのように言うセガールには、驚きを禁じえない。

「はい。先ほど伺ったお話からして、その魔王を倒せばこの街は救われるんですよね?

 それとも、倒しちゃ何かまずいことでも?」

「い、いえいえ!?倒して頂けるならそれに越したことはありませんが…」

タツマの反応に、セガールは思わず聞き返す。

それをタツマは慌てて否定した。

「でしたら、まずは僕達で氷雪の魔王に挑もうと思います。

 ダメだったら…他の冒険者の力を借りることになるかもしれません」

「ほ、他の冒険者…?」

「はい。〈D.D.D.〉は協力してくれるでしょうし、

 〈黒剣騎士団〉と〈シルバーソード〉ならば、

 ザオの情報を流すだけで動くと思います。多分ですが」

「3つともアキバでも屈指の大騎士団じゃねえっすか!?」

セガールが口にした名前に、思わずリュミネが声を上げた。


〈D.D.D.〉,〈黒剣騎士団〉,〈シルバーソード〉。

3つが3つともアキバに知らぬもののない大騎士団であった。


こう言ってはなんだが、リュミネの目から見れば、

ザオの街はお世辞にも豊かな街とは言いがたい。

むしろ冬になれば雪に閉ざされる、どちらかといえば貧しい街である。

だが、セガールはそんな、こう言ってはなんだがしけた街を救うために、

アキバでも屈指の騎士団が動くという。

セガールの主君筋に当たる〈D.D.D.〉はまだ分からないでもないが、

他の2つが動く理由は、リュミネにも分からなかった。


「なんと…」

それはタツマも同じだったのだろう。

絶句してしまう。

「それで、成功報酬なのですが…」

気を取り直して、セガールが改めて言う。

(きたっすね!なに要求するんすかね?

 お金…は家門どころか1人1人が下手な貴族よか財産持ってるし、

 長の地位…もこの人が欲しがるとは思えねえっす。

 武具…も、この人らが使ってる装備が既に伝説の塊だし、

 いっそヒメノさん…はありえないっすね。セガールさん、超奥手っすから)

魔王討伐。そんなとんでもない偉業に要求される報酬。

この、ザオの街が支払える範囲をどう考えても越えている気がする。

純粋に好奇心でもって、リュミネは耳をそばだてる。

「…はい」

タツマも、決意を込めてセガールを見る。

魔王を打ち倒し、街そのものを救うというとてつもない依頼だ。

どんな要求をされても答える必要があるだろう。

そう、考えながら。


そして2人が注目する中、セガールはその報酬を口にする。

「…魔王たちの持つアイテムは、僕らが全て貰います。いいですか?」

「「…は?」」

はもった。

理解が、及ばなかったのだ。

「…あの、もしかして街の貴重な宝が取られたとかですか?

 でしたらそれだけはお返しすると言うことにしても…」

思わず固まった2人に、申し訳なさそうに提案するセガール。

「…すみません。おっしゃる意味がよく分からないのですが」

わけがわからない。

右手で頭痛がしてきた頭をおさえながら、タツマは説明を求める。

「ですから、途中で出てくる舞姫や魔王を倒した時のアイテム…

 財宝は、僕らが全部貰ってもいいですか?と…」

「いや、セガールさん。それを聞くのが既におかしいっすから」

思わず突っ込みを入れる、リュミネ。

「え?」「え?」

それに心底不思議そうな顔をするセガールと、本気でお見合いになる。

辺りに沈黙が、舞い降りた。

「…と、とにかく、それのどこが報酬かはさっぱりわからねーっすけど

 了承、オッケーっす!魔王をぶっ倒したら、

 魔王の持ってるものは全部持ってってください!

 タツマさんもそれでいいですね!?」

何とかして場をまとめねば。

そう考えた瞬間。

リュミネは強引に場を動かす、風となった。

「は、はい!よろしくお願いいたします」

リュミネに話しを振られ、半ば条件反射でタツマは床に手を着き頭を下げる。

どう聞いてもタダで引き受けると言ってるようにしか聞こえないのだが、

それでやっぱりやめますなんて言われたら冗談抜きで街が滅びかねない。

「うわ!?だ、大丈夫ですから頭を上げてくださいタツマさん!

 …う~ん。とはいえ言うだけ言ってみただけなんだけど、

 本当に情報料タダで全部貰っていいのかなあ…

 今回のクエストって多分ドロップだけで凄いことになるんだけど…」

その様子に、タツマをなだめた後、なにやら納得いかなそうに呟くセガール。

それに対しリュミネは。

(…そして英雄セガールは言った。

 「報酬は莫大な財宝。ただし討ち取るまでの間は一晩の宿のみで結構。

 そして残りは…我らが直々に魔王より奪うとしよう」と)

半ば現実逃避をかねて、頭の中で、新たな歌を密かに作っていた。

(…一体どこの勇者様っすか?いやまあ実際に冒険者なんすけど)

作ってみて、ため息をつく。

吟遊詩人の歌ではむしろ必須といえる嘘、誇張なしでこれである。

この普段は気弱な青年が放ったにしては、余りに勇者すぎる台詞だった。


事実はときに物語より奇なり。


そんな師匠の言葉が、リュミネの頭をよぎった。


かくて、彼らハリウッド組は動き出す。魔王の討伐に向けて。



「魔王を倒すなんて、勝手に決めてきちゃってごめん!

 一応、ドロップは全部貰っていいって約束してもらったけど、

 みんなの意見も聞かずに決めて、本当にごめん!」

父との話しを終え、戻ってきた青年が言った言葉に、冒険者は口々に言った。

「気にしないでください!この街の人たちが困っているなら、

 助けるのは当然じゃないですか!」

最初に諸手をあげて賛成したのは、強力な魔法の力を秘めた

法衣を纏い、世界樹の枝から切り出したという魔力を秘めた杖をもった

ドワーフの少女、ベルだった。

一見すると成人も迎えていない幼さを持ったベルだが、

彼女もまた冒険者。既に回復の技を秘伝まで極めた、最高位の森呪遣いである。

「うむ。クエストのドロップ権すべてならば、条件としてはまあ悪くない。

 お人よしのリーダーとしては、上出来だ」

どう考えても悪条件にしか見えぬ内容に納得して頷いているのは、

夜会服型のローブの上から漆黒のマントを羽織った金髪のエルフの青年、

クリストファー。

エルフであると同時に吸血鬼であるというクリストファーは付与術士を極めている。

なんでも荒事では自ら手を汚さぬのが、高貴なる吸血鬼の美学なのだという。

「だな。どの道話聞いた時点で報酬とか抜きで俺らが魔王狙うのは確定だったし。

 気にしなくていいぜ、リーダー」

「イエス。ボクらはイースタルのヒーロー、ハリウッド組だ。

 ヒーローなら当然のことをしたまで、でいいだろう?」

人間族の2人、金髪の毛を逆立て、ベヒーモスの革で作ったという

鋲の打たれたジャケットを纏い、

ユーレッド大陸の西端に生えるという世界樹の幹から自らの手で削りだした

ギターを持った吟遊詩人マスター、エアロ=スミスと

黒髪を後ろでまとめ、漆黒の武者鎧とアキバ一の刀鍛冶に打ってもらった

揃いの大業物を2本腰にさした武士マスター、ミフネ。

この2人も反対する気は無いらしい。

「う~ん。ちゃんと交渉したら少しくらいは追加報酬貰えたような気もするけど…

 まあ、いっか」

最後に残ったひたすらに威力を高めた、ミスリルの矢を放つ機械弓を駆り、

昔、別の魔王から奪い取ったという素晴らしい甲冑をまとう女性騎士、

リプリーだけは少しだけ考えてみる様子を見せたが、結局はあっさりそれを承諾した。

「…いや、本当に魔王倒せるなら金でも地位でもヒメノさんでも、

 大概のもんは喜んで差し出して貰えたと思うっすよ?」

赤い髪を邪魔にならぬよう三つ編みにして、

まとう装備も上等だがそこそこの街でなら買える程度のもの、

そしてリュートだけはエアロ=スミス作の、

決して切れぬミスリルの弦を使った逸品。

大地人の吟遊詩人、リュミネだけはそれなりに常識的な見解を見せたが、

正式にハリウッド組というわけではない彼女に、チームの決定権はなかった。


まず、彼らが求めたのは、情報だった。

「よし…ちょっと連絡とって見るわ」

そういうと、リプリーが耳元に手を当てる。そして、一気に雰囲気が変わった。

貼り付けたような笑顔。半オクターブ上がった声。

それはまさに…おばちゃんだった。

「もしもし~。こんにちは。そちらは高山先生でしょうか?

 私ですわ。去年までお世話になっておりました新山敏の母でございます。

 ってあらやだ。念話に高山先生以外がお出になるはずもないですわよねえ。

 敏もね、「今の学校の先生より高山先生の方が良かった」

 なんて言っておりましてね。

 …あらやだ、私ったら。はいはい。ありましたよ。

 実はですね、私ども、今ザオの街にいるんですのよ。

 ええ、ここなら温泉に入ったりもできちゃうかな、なんて。

 おっと。いけないいけない。

 それでですね。こちらで珍しいモンスターに出会いまして…ええ。

 〈氷柱舞姫〉と言う、人間型モンスターですわ。レベルが90。

 …そうなんですのよ。私も始めて見たモンスターですわ。

 それで、高山先生は何かご存知でしょうか?

 …ええ、なるほど。やはり今まではいなかった新種と考えるべきですわね。

 そうなると、情報なし、と。ええ、大丈夫でございますよ。

 ええ、それは助かります。ええ、それでは」

深々と頭を下げ、真顔に戻る。

「やっぱり、〈D.D.D.〉でも情報を掴んでない、完全な新種みたい。

 とりあえず街の護衛には、丁度近くにいた召喚術師がいる〈D.D.D.〉の

 別部隊を明日の朝派遣してくれるって言ってたけど…」

先ほど聞いた話を全員に伝える。

「やっぱり、ですか」

その答えにセガールも頷く。

セガールは冒険者歴5年。総冒険時間は実に30,000時間を越える。

その自分ですら聞いたことの無いモンスターであれば、

まず新種だろうと当たりをつけていた。


そして、冒険者たちの作戦会議が始まる。


「あの、今回のって大災害以降初めて発生した事件、ってことになるんですよね?」

「そうなるわね。だから事前情報なし。私らが、アドリブで対処するしかない」

「やっぱ強えんだよな?その魔王って」

「イエス。舞姫のレベルから考えて、デーモンロードの強さは

 最低でもLv90以上は確定だろう」

「とはいえ、対策は分かりやすいのよね。真冬のザオで発生するクエストで、

 氷雪の魔王なんて呼ばれてる相手が、炎吐いて来たら完全に詐欺だし」

「逆に言うと、対策前提の強さだろうがな」

「とはいえやっぱり具体的なところまでは…

 あ、僕が最初は1人で魔王と戦って死におぼ」

「「「「「却下!」」」」」

「もっと命を大切にしなさい。復活はリスクもあるって聞いてるでしょ!?」

「そうだぞ。高貴なるものは命には特に注意するものだ。

 惜しんで何もしないでは困るがな」

「そうですよ!私は、セガールさんが死んじゃうなんて嫌ですからね!」

「大体ソロでボスに挑んだらパターン変わる前に死ぬっしょ?じゃあ意味無いじゃん」

「セガールは1人で抱え込み過ぎだぜ。ボクらは花のハリウッド組。

 ワンフォーオール、オールフォーワンって奴だ」

「…はい。すみませんでした」


セガールが謝ったところで方針決定。すなわち。

「じゃあ、明日の朝。後頼める人が来たら。

 リュミネ以外の全員で出撃。みんなそれでいい?」

「「「「「賛成」」」」」

単身特攻。電光石火の突撃による撃破であった。


「いや、あんたらもっと葛藤とかないんすか?」

えらいあっさり決まった決死隊へのリュミネの突っ込みは、無視された。



一方その頃。

ヒメノは父に呼ばれ、仕事を申し付かっていた。

「冒険者様方が翌日までこの屋敷に滞在することとなった。

 ヒメノ、お前が冒険者様方のお世話をなさい」

「…はい。分かりました。お父様。

 誠心誠意、お相手をお勤めいたします」

床に手を着き、深々と頭を下げる。

「うむ。頼んだぞ。お前の命、ひいてはこの街の命運が、かかっている」

下手に機嫌を損ねては、大変なことになる。

失敗は許されない仕事だった。

「存じております。お任せくださいませ」

それにヒメノも決意を込め、頷き返す。

心が凍り付いているが故に、ヒメノにも理解できる。

この仕事が、いかに重要か。

そして、ヒメノは立ち上がり、冒険者たちのもとへと向かう。

話しに寄れば、冒険者たちはザオの街で用意できる限りの最高の料理

(もちろん味がついたものだ)を食べ終えて、各々くつろいでいるという。


最初は…

「リュミネ殿よりお話しを伺いましょう。

 冒険者様方の、お好きなものを」


そういうことになった。


そして10分後、ヒメノは屋敷の離れへと向かっていた。

今晩はそこにリュミネ殿を泊めるてはずになっていると、

侍従頭がいっていた。

そしてヒメノがそこへと向かうと。

「テンポがずれてる!音が半音外れた!弦がちゃんと弾けていない!

 高音部の声がかすれてる!歌にはもっと心を込めて!

 あと一々イエーってつけるな!やる気あるんすか!?」

「くっそ!むずいよこれ!つーかそんな簡単にできるかっての!?」

「泣き言言ってる暇があったら指の皮が破れるまで弦を弾くんす!

 のどが嗄れるまで謡うんすよ!

 でなきゃこの仕事が勤まるわけないっす!」

リュミネが、厳しくエアロを鍛えこんでいた。

「あ、あの…なにを?」

状況がよく分からず、ヒメノはリュミネに尋ねる。

「なにって…見ての通り、稽古っす」

それに一瞬でいつもの顔を取り戻し、リュミネはさらりと言う。

「リュミネ殿が、エアロ様を…でございますか?」

見比べる。確かエアロはリュミネより遥かなる高みにいる吟遊詩人のはずだ。

だが、それにリュミネは大きく頷いて見せた。

「その通りっす。このままじゃダメなんすよ。

 冒険者の吟遊詩人って、基本的にへっぽこっすから」

「へっぽこじゃねえよ!俺は秘伝だって3つは持ってるぞ!」

リュミネの断言に、エアロは抗議の声を上げた。

「んなこたぁひとっつも自慢になんねーっす!」

それに対して、リュミネは一喝。

下手な言い訳をしたエアロを据わりきった目で一刀両断する。

そして、怒りと共に言い聞かせる。

「…いいっすか?武器の扱いだの戦歌スキルだのは、

 吟遊詩人にとっては歌を求めて旅を続けるための、

 ちょっと便利な小技っす。んなもんが幾らうまくても、

 一番肝心な…弾き語りができないなんて許されると思うんすか?」

吟遊詩人の初歩の初歩である常識を。

「そ、それは…」

言いよどんだエアロに、リュミネはえぐり込むように言う。

「攻撃魔法の使えない妖術師!回復魔法の使えない施療神官!

 それと同じくらいダメダメなんすよ!

 弾き語りが出来ない吟遊詩人なんてのは!

 んなことで吟遊詩人名乗るなんて吟遊詩人なめてんすか!?」

この自分とは桁が違う超高位吟遊詩人から、

歌を教えてくれといわれたときは何事かと思った。

そしてエアロが歌も演奏もど素人同然だと分かったときは、

怒りで前が見えなくなるほどだった。

「くぅ…」

「そんなこったから、天秤祭の音楽フェスティバルの

 冒険者部門があんな無様な醜態ことになるんすよ!?

 なんすか何百人も街に吟遊詩人がいて、たかが盗剣士、

 しかも〈黒剣騎士団〉の戦バカなんぞに優勝かっさらわれるとか!」

大地人部門は優勝含めほぼ全ての賞が歌を求めてヤマト各地、

果てはユーレッド大陸東端から海を越えてやってきた吟遊詩人が取る、

吟遊詩人の独壇場だった。

実にハイレベルな大会で、若手では上位の実力者であるリュミネも

大いに刺激を受けた。

だからこそ、冒険者部門の残念さには余計に腹が立った。

「け、けどよ…」

「ああ聞いたっすよ!あれは「ゲンエキアイドル」だとか言う、

 プロの歌姫だから仕方ないとか言う、わけわからない見苦しい言い訳は!

 プロっつったら吟遊詩人こそ真の歌のプロじゃないっすか!

 旅の路銀を喉と指先で全部賄えるようになって

 ようやく一人前と認められる、そういう仕事なんすよ!?

 仮にも90レベルの吟遊詩人がんなへっぽこで、

 この先歌で食っていきたいなんて言っていいと思うんすか!?」

だからこそ、その怒りを全て冒険者の吟遊詩人への厳しい指導に向けることにした。

それが戦では完全に役立たずに成らざるを得ない自分の、せめてもの恩返しだと。

「…ぐっ…ああ、分かったよ!教えてくれ!リュミネ先生!」

「任せろっす!弾き語りなら師匠から喉と指先から

 血が出るまで鍛えこまれたっす!さあ、続けるっすよ!」

そして、2人は再び練習を始める。


「…しつれいいたします」

入り込めない世界に、ヒメノがそっと去っていったことに、2人は気づかなかった。



それから30分ほどして。

かぽーん…

(いいのでしょうか?このようなことをしていて)

ヒメノは屋敷に設けられた、温泉に浸かっていた。

もちろん、自らの判断ではない。

「ふぃ~…骨身に沁みるわ~。

 家ん中に天然温泉があるとか、侮れないわねザオの街」

「そうですね~。あったか~い…こういうのって、いいですよね」

ヒメノと同い年くらいの女性と、成人を向かえる前くらいに見える、幼い少女。

セガールの仲間である冒険者、守護戦士リプリーと森呪遣いベルである。


女中より彼女達が屋敷の温泉にいると聞き、ヒメノはすぐに駆けつけた。

もちろん入るためではなく、お背中を流すためだった。

男性でも一向に問題はなかったのだが、たまたま入っているのは女性だった。

そして、三つ指ついてお背中を流す旨を伝えたら…


「お背中って…いや、別に自分で洗うから、気にしないでちょうだい」

「どうせなら、一緒に入りませんか?ここ、あったかくて気持ちいいですよ」


機嫌を損ねぬためにも断れるはずも無かった。

温泉に浸かることしばし。

「…そう言えば、この前、嫌なことがあったんですよ」

しばらく呆けていたベルが、唐突に何かを思い出したのか顔をしかめた。

「嫌なことって…あ、まさかセガールがサリアって娘を

 ギルドホールに連れてきたこと?」

あの日は一日中ベルがふくれっつらだったので、すぐに分かった。

案の定正解だったらしく、ベルはつらつらと文句を言う。

「う…それです。う~、ずるいです。セガールさんと一緒にお出かけなんて」

「お出かけなんて言ったら私ら、しょっちゅうじゃない。

 こうして一緒に旅してるんだし」

「だって、こっちはいつも6人でパーティー行動じゃないですか!

 なのにサリアさんは2人きりなんて、ずるっこです!」

まだまだ幼いという印象が抜け切らないベルに、

リプリーは娘が出来たような感慨を覚える。

…まあ、さすがにこんなに大きな娘がいる年ではないが。

「いいじゃないのよ。あの娘、アキバから出れないから

 会えるの1ヶ月に数回くらいよ?

 うちのリーダー様は基本的に遠征には全参加なんだし」

「それも不満です!私なんていつも冒険だと危ないからって言われて、

 冒険に連れてってもらえるの、半分くらいなのに!」

慰めるつもりが、逆効果だったらしい。

そう言えばベルはアキバの街にいるときはカレンダーに色々書いていた。

セガールの帰還予定日には花丸が毎回ついていた気もする。カウントダウン付きで。

「いや、それは正しいわよ。

 野宿と危険だらけの遠征なんて、毎回やってたら大変。

 だからセガール以外はメンバーで編成を調整して、

 連続出撃は出来るだけ避けてるんじゃない。

 むしろちょっと驚いてるわ。

 初心者のベルをちゃんと一人前扱いしてることに」

「むぅ…初心者じゃありません!私だってレベル90ですよ!」

(レベル90なら脱初心者という発想が既に初心者なんだけどね)

内心そんなことを考えながら、リプリーは教え諭す。

「ベルの場合、セガールについてってレベリングした結果じゃない。

 大災害前で90になってたとはいえ1ヶ月も付き合うとか、

 お人よしもあそこまで行くと一種の才能ね」

それでも回復の選択とタイミングだけは完璧になってるあたりは、

セガールの教え方が良かったのだろうとも思う。

それのお陰で大災害後でもセガールの監督下なら

それなりについていけているし、死亡回数も0のままだ。

「もう、なんなんですか!少しは慰めてくださいよ!」

とうとうベルがふくれっつらになる。

リプリーの態度が、ベルには不満だった。

「…う~ん、というか、そもそもいつも言ってるじゃない。

 セガールはお勧めできないって」

それに苦笑しつつ、いつも言ってる言葉を口にする。

「それが分からないんですよ!セガールさんは本当に良い人じゃないですか!

 大災害前は顔怖かったけど、大災害後は全然だし!」

「そこが問題なのよ」

やっぱり分かってない。

彼女の倍は年を重ねてきているリプリーには、そのことが手に取るように分かる。

折角なので、ちゃんと説明することにした。

「いい、ベル。もしも私の娘が、まあ娘いないけど、とにかく娘が向こうで

 セガールを恋人として連れてきたら…う~ん、まあ、立ち直るでしょう、

 お人よしこじらせたタイプの子だから、

 別に大切なものができたら優先順位はちゃんとつけられると思うし。

 ま、それはとにかく交際を認めるわ。大切にしてくれるのは確かだろうし」

一拍置いて、その言葉を口にする。

「…けどね。こっちのセガールだったら、絶対に別れろって言うわね」

「なんでですか?」

強い断定に、流石に興味をひかれたらしい。

ベルは聞く体勢にはいった。

そしてリプリーは言葉を重ねる。

「すごすぎるからよ。

 いい?こっちのセガールはまず強い。

 ヤマトにいる格闘家の中では最強とは言わなくてもベスト10には残るほどの腕前ね。

 料理人マスターなのもこっちでは大きいわね、

 1人暮らし長いから実際の家事も得意だし。

 そんな子が、顔もそれなりに良くて性格までいいのよ?完璧じゃない」

「だったら余計に良いじゃないですか!?」

何が言いたいのか分からないらしいベルに、リプリーは尋ねる。

「…で、ベルは自分がそれとつりあう女の子だって自信持って言える?」

かなり意地悪な顔で。

「う!?…こ、これから努力します!」

「うわー。マジで若い子ならではの回答が帰ってきたわ。

 はっきり言ってね、こっちのあの子と釣り合う女の子って本気で化物よ?

 それこそレイネシア姫とか」

「うえ!?そんなに!?」

レイネシア姫と聞いて、ベルは顔をしかめた。

アキバの街にいる、1つ年上の本物の姫君。

遠くから見てる分には憧れるが、

あれを目指せと言われたら正直腰がひける。

「だってそうじゃない?今のセガールは伝説のコック…

 もとい伝説の勇者様よ。功績とかも含めると。

 リュミネもこの前言ってたし、どっかの領主様が

 セガールと婚姻結ぼうとしてるって噂もあるって」

「こ、婚姻!?結婚しちゃうんですか?」

結婚。ベルには流石に余りに遠すぎる言葉。

そんな話が出てきたことにベルは驚く。

「まだ、そういう声もあるってレベル。

 本気で結婚させようとしてるってわけではないわ。

 でも、もっと活躍したら分からないわね。

 …例えば、魔王を倒してザオの街を救っちゃう、とかね?」

「ええ!?」

やっぱりそこまで考えが回っているわけもないか。

そんなことを考えながら苦笑して、教える。

「政治とか安全保障とか、そういうものに関わるレベルなのよ、

 今、ここにいるセガールって。

 90レベルで、それを余すところ無く使いこなして

 適正レベルが90レベル以上のクエストを適正人数で突破できる

 戦闘ギルド〈H.A.C〉のギルマスって、大災害の後だとそういうことになるの」

ヤマトでも屈指の戦闘ギルドの幹部メンバー、それか伝説のプレイ集団〈茶会〉。

恐らくそれぐらいのスペックは要求される。

昔だったらば割と普通だったそれを為せるのは。

「うう…凄かったんですね、うちって」

ベルにも少しだけ分かったらしい。元〈H.A.C〉の看板の凄さが。

「そうよ。だからね、釣り合うのも並大抵じゃないの。歌にもあるでしょ?

 会えて、それだけで良かったと思えるうちはいいけど、

 愛されたいと願ったら、地獄よ?

 この世界そのものが敵に回りかねないもの」

それは、後に考えれば失策だった。

いつもカラオケで歌っていた曲だから、気づくのが遅れた。

「…?そういう歌があるんですか?」

きょとんと。

ベルは、リプリーに尋ね。

「あ、そう言えば結構古い歌になるのか。確か出たのが…あれ?」

それに気づき、リプリーは硬直した。

思わずベルに確認する。

「ねぇ、ベル?アンタ、今いくつだっけ?」

「えっと…この前14歳になりました!

 セガールさんがケーキを焼いてお祝いしてくれて、嬉しかったです!」

いい笑顔で自分の年を堂々と言うベル。

その事実にすら軽くダメージを受けつつも、

確定した事実に更なるダメージを受ける。

「…ははは。生まれる前の曲かー。そりゃ知らないわ。

 うわ、年を取ったってこういうとき実感するのね」


時は西暦2018年。


リプリーは実感した。恐るべき時の流れを。

がくりと落ち込む、リプリー。

それを見て、2人の会話についていけていなかったヒメノは

初めてフォローのために動き出す。

「…あの、おきになさらないでくださいませ。

 わたくしも、年増でございますから」

お客様のためならば、自らの恥をもさらす。

それが、ヒメノの精一杯である。

「…そ、そうなのですか?私の目には随分お若く見えるのですが?」

どこか怯えるように、何故か敬語でリプリーはヒメノに聞き返す。

「はい。いずれ生贄となる身ということでなかなかご縁も得られず、

 お姉様の看病をしているうちに、結婚が遅れてしまいまして…

 とうとう今年は二十歳に」

立派な年増である…この、ヤマトでは。

「…ぶくぶくぶく」

「り、リプリーさん?リプリーさ~ん!?」

リプリーは沈没した。悲しみにぬれて。

見事な、とどめだった。



(大変なことをしてしまいました)

あの惨劇から30分。

大いに落ち込み、明日早いからもう寝ると言い出したリプリーに手を出せず、

ヒメノはそっと離れた。そして。

「お二方。どうぞご一献」

「オーウ。やはり武士にはサケが一番似合う」

「私はどちらかというとワイン派なんだが…こちらではこれも貴重だな」

ミフネとクリストファーにエチゴから取り寄せた、街でも貴重なサケを振舞う。

ヒメノは飲んだことは無いが、ザオの街の酒飲みの間ではかなり評判で、

普通の価格の30倍もの値にも関わらず、良く売れているらしい。

「オリエンタルなビショージョのお酌でサケを飲む。これぞヤマトの醍醐味!」

「ふむ、この辺りは随分と和風なデザインになっているな、そう言えば」

(良かった…お二方とも喜んで居られるご様子)

先ほどの件で、余りで過ぎた言葉を紡ぐと危険な事に気づいたヒメノは、

黙々とお酌に徹する。

そして、2人は、杯を重ねつつも、話を始める。

いつしか、真面目な話しになっていた。

「しかしボクらがアキバを故郷ホームタウンに選んだのは、幸運だったな」

「…ふむ。そうだな。最も時々、イギリスが恋しくなるがね」

酒が入り、2人の口も軽くなっていた。

「ボクの場合は、ウェンだけど…しかし、残念なことになってるらしい」

そういうと、普段はどちらかといえば陽気なミフネは顔を曇らせる。

その様子に、察したらしく、クリストファーは尋ねる。

「ふむ…例の、48番ホールからの来訪者の情報かね?」

「ああ、ビックアップルの冒険者だった奴から聞いたんだ。

 暴動があったらしい。

 今じゃススキノが可愛く見えるくらいの惨状だって。

 だから、ここは凄く眩しく見えるとも言ってた」


48番ホールとはシブヤの街中の廃墟ビルの中に存在する、

ただ1つの妖精の環である。

神がかり的な幸運によってここに転移してきた冒険者は、

即座にシブヤに“登録”され、名実共に日本サーバに住む冒険者となる。

アキバの街全体でもほんの数十人だが、その幸運を掴んだ冒険者や大地人は、

口をそろえて言う。


「『この世界で唯一自由と平和を手に入れた奇跡の街』か…言いえて妙だな」

「ああ、アキバは幸運だった。ヒーローがいたから。

 でも世界は今、混乱している。ヒーローがいなかったから。

 だから、ボクは〈H.A.C〉にいられて幸運だと思ってる。

 武士たるもの、ヒーローたるもの、少しでも世界を助けたい。

 それにはここが最適だ」

願望はあった。そういう意味では自分はセガールと同じ側だと思っている。

だからこそ、分かる。

仲間を誰よりも大切にし、

自分を犠牲に出来る彼こそ、リーダーに相応しい。

「なるほど。君らしいな。だが、同感だ。

 幸いアキバの街のヒーローは〈円卓会議〉がいる。

 だが、イースタルのヒーローになりうるのは、私達だ。

 セガールのお陰だな」

しれはクリストファーも認めている。

「…いいのかい?ヴァンパイア、ましてやドラキュラと言ったら、悪役の代名詞だろ?」

そんなクリストファーに普段は努めて見せないようにしている

皮肉屋の顔を見せて、ミフネは尋ねる。

それにクリストファーは済ました顔で答える。

「いいさ。世界の影に紛れることが私の信条。

 影すら生まれない闇の中では、いる意味がない。

 それに、私も日本に来て知ったんだが、

 ヴラド・ツペシュ公は、故郷を守るために異教徒を串刺しにした。

 民を愛する良い王だった、らしいんだ」

「…はは、なるほど。それは知らなかった。

 ダークヒーローというわけか」

「ああ、そうさ。ならば、そちらにも習わねばなるまい。

 私の敬愛する俳優も、悪役を多数こなしたが、同時にジェントルだったのだから」

しっとりとした時間が流れる。

ヒメノはただひたすらに酌を続ける。そして。

「ありがとう。美しいお嬢さん。そろそろお帰りなさい。

 でないと、悪い吸血鬼の我慢も切れてしまうからね」

静かなジョークで、ヒメノは部屋を追い出される。

(良かった。満足して頂けたようです)

何とかうまく行って、ほっとした。

あとは、最後の1人。

(セガール様…)

一番大事な1人だ。



夕暮れを越え、夜闇に染まった中庭を、

ヒメノは歩いていた。

何でも食後、セガールは1人で鍛錬をしているという。

手には、手ぬぐいと竹筒に入った、水。

セガール様のご様子を見に行く。

そう言ったら、侍従長が渡してくれたものだ。

歩くことしばし。

そこにセガールは、いた。


無言。


それは、いつもとは違う無言の演舞だった。

目にも留まらぬ早さで構えが変えられ、

拳が舞い、足が蹴りぬき、肘がえぐり、膝が砕く。

(すごい…)

ヒメノは思わず息を呑んだ。

ヒメノとて巫女の家系として、相応の訓練は受けている。

だからこそ、分かった。

セガールが、真に英雄たる力を持つ存在であること。

そして、彼の舞姫との戦いの時すら、

倒すに足るだけの力しか出さなかったこと。

「ふぅ口伝ってどうやれ…ってうわ!?」

一通り演舞を終え、息をついたセガールは初めてヒメノに気づき、

驚きの声を上げた。

「ふわ!?あ、あの…セガール様、こちらを」

その驚いた声にヒメノも思わず驚き、間抜けた声を上げてしまう。

それに幽かな動揺を感じながら慌てて手ぬぐいと竹筒を差し出した。

「へ?えっと…ああ!?あ、ありがとうございます」

差し出されたものに呆然とし、考え、気づき、恐縮しながら

セガールは手ぬぐいと竹筒を受け取った。

汗を拭き、竹筒の水を飲む。

「…おいしいです。ありがとうございます」

にこりと笑いかけ、感謝の意を示す。

「いいえ。その様な御言葉、わたくし如きにはもったいのう御座います」

その笑顔に、僅かに胸の疼きを感じながらも、

ヒメノはそっけなく返す。

「それよりも、何か他に、わたくしにご命令くださいませ。

 どの様なことでも良いですから」

真っ直ぐにセガールを見る。

ヒメノとて覚悟は出来ている。

たとえ今、どの様な要求をされようと応える、と。

そして、セガールはしばし考え。

「それじゃあ…」

真っ直ぐに見つめ返し、ヒメノに頼む。

「見つけて置いてください。ヒメノさんが、これから、したいこと」

ヒメノの埒外の頼みを。

「したいこと…に御座いますか?」

何をさせたいのか分からず、思わず問い返す。

それにセガールは頷き返し、真顔で言う。

「はい。魔王は…僕等で、冒険者で何とかします。

 ヒメノさんは、もう生贄になんか絶対にさせません。

 …だから、ヒメノさんは、これからの、長い人生の続きを考えてください」

その瞳はひたすらまっすぐで、だからヒメノにも分かった。

(ああ、この方は…)

ヒメノが生きることを望んでいる。

「…分かりました。考えて見ます」

自然と言葉が出た。

それが英雄セガールの頼みであれば、応えねばならぬ。

内心のその言葉は、どこか言い訳染みているように感じられた。


そして、ヒメノの答えに満足したのか、

セガールは安堵したかのように笑みをつくる。

「良かった。コレで心置きなく…」

その微笑むセガールがごく一瞬だけ。

「…魔王を、狩りにいける」

ヒメノの目には、阿修羅のように写った。



そして翌日。

〈D.D.D.〉から派遣された冒険者部隊に後を頼むと、彼らは入っていった。

氷雪の魔王が支配する、雪と氷と死に満ちた、禁断の山へ。

「多分、終わるまでにはまる1日はかかると思います。

 それまで、心配でしょうが、待っていてください」

そんな、言葉を残して。

彼らが旅立ってから、街は不気味な沈黙を保ち続けていた。

誰しもが不安だった。

果たしてあの英雄達は、本当に氷雪の魔王を倒せるのかと。

その強さは昨日、嫌と言うほど見せられた。

だが、禁断の山には氷の魔物が無数に徘徊し、

伝説によれば頂上にあると言われている氷雪の魔王の居城には

あの恐るべき舞姫が多数、侵入者を待ち受けて徘徊しているという。

そしてその主たる氷雪の魔王。

あの舞姫ですらただの下僕として使う、魔界の王である。

その強さは想像を絶するほどであるのは、疑いはない。

いかに英雄といえど、それをなんとか出来るのかは、大いに疑問だった。

その不安からの沈黙は、時間を追うごとに強くなり、

夜の帳が下りると最高潮に達した。


「あの…冒険者様がた、セガール様たちは、大丈夫なのでしょうか?」

タツマが冒険者に尋ねる。

それに冒険者は首を傾げて、言う。

「う~ん。五分五分…だと思います。

 事前情報なしで適正レベル越えのクエストだから、

 普通は失敗の可能性の方が高いんですけど、元〈H.A.C〉ですからね。

 〈D.D.D.〉の中でも小隊単位では最高クラスの実力者ですから」

正直な感想。それは冒険者ならではの視点に満ちたものだったが、

不安を解消する役には立たなかった。

(…セガール様)

そんななか、ヒメノはセガールのことを考えていた。

定めとは、覆せぬもの。受け入れるしかないもの。

それが、ヒメノの考えだった…はずだ。

だが、そう考えると、ヒメノの頭に昨日の演舞が閃く。

その早く、強き技の数々は、定めすら打ち砕いてしまうのではないか。

そんなことまで、考えてしまうほどだった。

(…セガール様は「見つけて置いてください。ヒメノさんが、

 これから、したいこと。」と仰っていましたけど…)

ふと、昨日のセガールの言葉が頭をよぎる。

何故かそれを考えると、ヒメノの心に、かすかに温かさが宿るような気がする。

そのことを不思議に思っていた、そのときだった。

「あーもう!なにウジウジしてるんすか!?大丈夫っすよ!このアタシが見込んだ、

 天下無双のハリウッド組が本気で挑んでるんす!負けるなんてありえねえっす!」

淀んだ空気をかき乱す、大きな声が響いた。

「あんたらは知らないかも知れないっすけど、あの人らはマジで凄いんす!

 …アタシがとっくり聞かせてやるっす!どうせ今夜は寝れやしねえっすから!」

そういうと、愛用のリュートを構え、音楽と共に、語り始める。


透き通った、大きくて良く通る声と、絶妙な演奏。

まさに、一流の吟遊詩人の技だった。


彼女が紡ぐのは、リュミネが4ヶ月の間共に行動して集めた、新たな伝説の数々。

彼女がイースタルの英雄と呼んではばからぬ、冒険者たちの物語。


出会いは、ザントリーフの小さな町だった。

町が200もの〈緑小鬼〉の群れに襲われたとき、街に滞在していたことで

貧弱な城砦を何とかして守る傭兵として借り出され、彼らに出会った。

彼らはたった6人で町で唯一の門の外に出て〈緑小鬼〉の群れと一晩戦い続けた。

それはリュミネの魂を揺さぶる光景だった。

吟遊詩人の本能に導かれ、城砦の上で撃っていた弓を投げ出して、

紙とペンを取り出し、克明に記録しだすほどの。

そして敵の〈緑小鬼〉の隊長をセガールが見事討ち果たし、殲滅で持って

戦いを終えた後、支払われた相当な額の報奨金を街の復興資金として寄付し、

有り余る感謝のみを報酬として去っていった彼らを見たとき、

彼女の吟遊詩人の勘は大いに主張した。


出会えた。自分が紡が無くてはならぬ英雄譚の登場人物に。


それから、土下座までして必死に頼み込んだのは、間違いではなかった。

彼らの旅に同行するようになってから、

彼女は幾つもの伝説を目の当たりにした。


鉱山の街では、鉱山の地下より湧き出した死霊の群れの原因を探り、

その王たる古代の死霊を打ち破って街に平和をもたらした。


湖のほとりでは、小さな村を沈めようとしていた海竜に挑み、

これを打ち倒して村を沈没から救った。


エッゾに程近いイースタルの北端では、

安全を求めて遠戚の領土を目指し亡命した、

冒険者嫌いのエッゾの皇女と彼女の護衛兼侍女を助けた。

その皇女を追ってやってきた、絶世の美貌と醜悪な男の声を併せ持つ、

恐るべき美少女の暗殺者が率いる10を越えるススキノの悪しき冒険者たちを、

時に逃げつつも全て打ち倒し、ススキノに送り返すことで護衛を果たした。


魔境『サドの黄金魔宮』へと向かい、

伝説の金属ヒヒイロカネを手に入れてきたのは、

父の遺志を継ぎ、幻の刀を蘇らせたいと願う、

ドワーフの鍛冶屋の娘に頼まれてのことだった。


死の病に苦しむ父親を救いたいと願う領主の娘の頼みを引き受けたときは、

セガールの鞄からあっさりと伝説の秘薬である天上の雫が出てきたという、

冗談みたいな話もあった。


彼らは行く先々で奇跡を起こしてきた。

そしてその奇跡は幾多の大地人を救い、彼らを笑顔にした。

英雄。それ以外の何者でもない、冒険者。

それが、リュミネにとってのハリウッド組だった。


文字通りの意味で、まるで見てきたかのように紡がれる、

英雄の歌に街は再び沈黙に包まれた。

誰しもが聞き入ったのだ、リュミネの渾身の歌に。

いつしか街の民の中から不安は消えていた。

彼らならきっと、やり遂げる。

それが、街全体の意思となった。


やがて、リュミネの手で紡がれた、

一晩中続いた英雄譚が終わり、夜が明ける頃。

後詰めに来ていた冒険者が、連絡を受ける。

「ああ、セガールさん、どうも。どうやら無事倒したみたいですね。

 それで…え?幻想級?

 …〈D.D.D.〉のオークションに流すって、いいんですか!?

 いや、〈H.A.C〉に欲しがりそうな人いないのは知ってますけど!

 …分かりました。団長と三佐さんにも伝えておきます。

 リキャスト10分とはいえ妖術師並の威力で範囲攻撃の吹雪が出せる

 固有スキル持ちの両手剣とか、多分両手剣使いなら欲しがる人は

 幾らでもいると思いますから」

そして、冒険者は息を吸い、その言葉を口にした。

「ザオの街の皆さん!もう大丈夫です!氷雪の魔王は先ほど、

 セガールさんたちが撃破したそうです!」

街は、歓喜に包まれた。


10


そして、彼らは帰ってきた。


「ヒメノさん、心配をおかけしてすみませんでした…

 氷雪の魔王は、討ち取りました」

氷雪の魔王の首と、魔王が使っていたという氷の大剣を携えて。

「おおおお!?これがま、魔王の首級っすか!?さすがっす!てーか顔こええ!?」

リュミネが怖がりながらも仔細に観察する。

恐怖と絶望に歪んだ、醜悪な魔王の首を。

「オーウ。昔からデーモンの顔が醜悪なのは当然ね」

「いやー、Lv93がお供引き連れて出てきたときは一瞬死を覚悟したわ」

「そうだな。ボスがパーティランクなのは予想通りだったが、あのレベルは罠だった」

「正直、あのダンジョン突破して一発撃破ってけっこ凄くね?

 リーダーなんてとうとう今回のでレベル上がっちまったよ?」

「はい!やっぱりセガールさんは、最高です!」

「あちゃーまぁた始まったよ。いい、ベル?アイツに惚れると絶対後悔するって」

「そ、そんなことありませんよ…」

冒険者の一団が、勝利の喜びに満ちた顔で、報告するのを、

ヒメノはどこか醒めた目で見ていた。

実感がわかなかった。

死すべき定めがこうも容易くひっくり返されてしまうなど。

(いえ、セガール様ならば…)

あの、真の英雄ほどの力を持つ彼ならば、運命など歯牙にもかけぬのだろう。

…自らと違って。

「あの…ヒメノさん、ちょっといいですか?」

そんなときだった、セガールがヒメノに話しかけてきたのは。

「はい…なんでございましょう」

「少し、向こうで話しをしたいのですが…いいですか?」

困惑したままのヒメノにセガールは確認する。

「はい…わかりました」

それにヒメノは頷いて、セガールについていった。


人気の無い場所。

そこでセガールは、懐から一振りの刀を取り出した。

「あの…これ、魔王が持っていたんです。余り古いものじゃないし、

 あいつの持ち物にしては、あまりに場違いなものです。

 だからきっと…ヒメノさんのお母さんのものだと思います」

「これは…」

それを見たヒメノの目が見開かれる。

それは、神祇官のために鍛えられた守り刀だった。

紅で染められた握りと鞘にかすかに見覚えがある。

鞘に入った状態でも、神聖な力を感じる。

「お母様…おかあさまの!」

それは、母がいつも腰に下げていた、一族に伝わる守り刀。

15年前から行方知れずになっていたものだ。

ヒメノの脳裏に鮮やかに母の面影が蘇る。

「きっと、ヒメノさんのお母さんは、アイツの元に連れて行かれたときに

 戦ったんだと思うんです。…残ったお姉さんとヒメノさんを生贄にしないために。

 勝てないと分かってても」

そうだ。ヒメノは思い出した。

物静かだが、強い意志を秘めた方だった。

死すということを定めとして容易く受け入れる方では無かった…!

人前にも関わらず、涙が零れる。

一度涙が溢れると、もはや止まらなかった。

ヒメノは、セガールに縋りつくと、声を上げて泣き出した。

「…泣いてあげてください。ヒメノさんのお母さんのために。

 そして、泣き終わったら…また、笑ってください。ヒメノさんのお母さんの分まで」

抱きとめ、優しい言葉をかけるセガール。


―――見つけて置いてください。ヒメノさんが、これから、したいこと。


(見つけました。わたくしが…したいこと…!)

その、困ったような笑顔は全てを諦め、凍りついていたヒメノの心の中に、

ヒメノ自身でも御することの出来ぬ、熱い炎をともす。

もはやヒメノの瞳は、今や何も写さぬガラスのような澄んだものではなくなっていた。

それは生きるという意志と、情熱で燃え盛る、炎のような光を宿す瞳となっていた。


それから。


セガールたちは一旦アキバの街に戻ると言って、街を去っていった。

冒険者の秘術を用いて、一瞬で。

ザオの街は救われた。たった6人の英雄によって。

それはザオの街で末永く語り継がれる、伝説の始まりだった。


それから1週間。


「あのー、本当に、いいんすか?」

ようやくこのザオの街の出来事を歌に纏め上げ、

次の街に向かう準備を終えたリュミネは、もう一度聞き返した。

「はい。父とも3日3晩、よく話し合い、お許しも頂きました。

 本日より、よろしくお願いいたします。リュミネ様」

目の前には、長旅に耐える丈夫な装束と陣羽織に身を包み、

腰からは紅色の守り刀を下げた、旅支度を整えたヒメノがいた。

「かなり大変っすよ?旅路もそうっすけど、恋路も同じか、それ以上に。

 リプリーさんよく言ってるんすけど、セガールさんって、

 憧れて見てるだけならともかく、実際に惚れたら地獄っすよ?

 自分がモテるって自覚がそもそも無いから超奥手。

 それにあたしが知ってるだけでもライバルはそろそろ2桁の大台にのるっすよ?

 ヒメノさん含めたら」

(まあ、あたしについていくと言い出したのは、ヒメノさんが初めてっすけど)

内心その決意の固さに舌を巻きながら、リュミネは一応確認する。

「…覚悟の上にございます」

慣れていないのかぎこちない笑みでヒメノが繰り返す…

顔を、紋章以外の部分まで真っ赤にして。

熱く燃える、炎のような瞳で。

ザオの街で、純粋培養された生粋のお嬢様神祇官、ヒメノ。

一度思い込んだら、恐ろしく頑固な少女であった。

「…はぁ~、しゃーないっすね。そうまで言われたら、連れてくしかないっす。

 では、改めて。アタシは人間族で吟遊詩人のリュミネっす。

 Lvは、この前の鑑定したときは31だったっす。

 これから、よろしくお願いするっすよ」

この3日間、毎日のように懇願され、旅立ちの日を迎えて、とうとうリュミネは折れた。

とにかくこれからは仲間なので、改めて自己紹介をする。

「法儀族の神祇官、ヒメノと申します。段位は…鑑定に寄れば二十と六にございます。

 若輩ゆえご迷惑をおかけすると思いますが、なにとぞよろしくお願いいたします」

リュミネに深々と頭を下げる、ヒメノ。

「じゃ、行くっすか。数日アキバで過ごしたら今度はフォレストヒルに

 行くっつってましたから、そこで合流できるはずっす」

「はい。よろしくお願いいたします」

そして、2人は旅立った。イースタルの英雄の軌跡を追い続けるために。

その旅路の先になにがあるのか。

それはまだ、誰にも分からない。

本日はこれまで。

…今回、レイドコンテンツでなしに幻想級が出たのは、

拡張パックの追加コンテンツ(1回ぽっきり)故ということで、ひとつ。

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