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第29話 稲荷のサブロウタ

新年一発目の今回は、かなり色んな意味で反則気味なお話をお送りします。

テーマは『願い』


ミナミの冒険者と、大地人の物語でもあります。

舞台はフォーランド。

第18話『神官のアンネローゼ』とリンクした内容となっています。

それでは、どうぞ。



キョウの都の法衣貴族の名門、万象院家。

父フリードリヒに代わり、齢16にして万象院の新たなる当主となった

ゲルハルトはじっと考え込んでいた。

「さて…どうするか」

此度の不幸によって予定より随分と早く代が変わってしまった。

当主となれば考えねばならないことは幾らでもある。

だが、何より優先し、決定しなければならないことがあった。

「ハチロウタ。お前はサブロウタについて、どうすれば良いと思う?」

父、フリードリヒを守るお役目を任されていた、

万象院が持つ戦力(てふだ)の中では最強の稲荷。

その処遇である。

「慣例通りであれば、主君を守れなんだ稲荷は冥府までお供をし、

 冥府にて主君の安寧を守るが筋。

 ……サブロウタもそれを望んでおります」

主君と仰ぐ少年に尋ねられ、8つの頃から16年の間ゲルハルトに仕え続けた、

黒い狐尾族の青年が恭しく言葉を返す。

サブロウタのことを父とは呼ばない。

稲荷…貴族の影の腕として己を殺し奉公することを旨とする忍びの一族にとっては、

血の繋がりなど意味はない。


主君を守れなかった稲荷は咎人として惨たらしく処刑するのが慣例である。

そしてそれは、誰よりも稲荷らしい稲荷であったサブロウタも同じ考えを持っている。

…あの日、恐るべき大魔縁の呪術により先代が落命して後、

サブロウタはただじっとお咎めを待ち続けていた。

今、生きているのは『稲荷の命は全てお家のためにあり。

故に勝手な自害など許されぬ』からに過ぎない。


「…ああ、だがそれは勿体無かろう」

だが、若く…それ故に世俗に通じた当主は別の見方をする。

「勿体無い…ですか?」

「ああそうだ…サブロウタは我が万象院家の持つ最強の札。

 それをただ殺して仕舞いにするなど、無駄が過ぎる」

同情などではない。

同情するには、ゲルハルトは余りにもサブロウタのことを知らない。

…それ故に、憎みもしない。

『古来種すら上回ると目される文字通りの意味での怪物』による、

万象院の当主をも容易く呪殺した呪術に対し、

たかが『大地人としては完成された忍び』に過ぎぬサブロウタに

『守れ』という方が無理なのだ。

そんな、ある意味では当たり前の考えに至ったゲルハルトは、

これからのことを考えていた。

「…ですが、サブロウタは」

「おい」

更に抗弁しようとする己が稲荷に対し、ゲルハルトは不機嫌そうに言葉を荒げる。

「ここは万象院で、僕が万象院の当主だ。

 サブロウタの考えなんて、僕が知ったことじゃない。違うか?」

不機嫌さに歪めた顔に、16歳の少年が漏れる。

若く、キョウの貴公子らしく頭も回るが、

ゲルハルトは未だ成人したばかりの少年であった。

「…いいえ。全てはご当主様の御心のままに」

主君を怒らせたことを察し、ハチロウタは黙り込む。

主君を黙って守り支えるが稲荷の仕事であるという父の…

稲荷の教えを思い出したのだ。

「…すまなかった。癇癪を起こすな。言葉を荒げるなと、

 父にはよく言われていたのにな」

己の短気を戒めた口うるさい父はもういない。

そのことに空しさを感じながら、ゲルハルトは気を取り直し、言う。

「とりあえず僕は、万象院を元の一枚岩に戻すことが最重要と考えている」

余りに急すぎる先代の死と名門の法衣貴族を継いだ成人したばかりの若すぎる当主。

陰謀渦巻くウェストランデでは、非常に危険な状態であった。


「一枚岩…アルフォンス様とキヨムル様のことでございますか」

「ああ、父上がお亡くなりになってからこっち、色々言われているのだよ。

 叔父上はまだ10にもならぬ娘を僕に娶らないかと言ってきたし、

 テイラーのハゲは姉上を孫の嫁に迎えたいなどと寝言を抜かしているらしい」

現役の中ではマイハマ最高の従軍司祭である『巫女騎士』の血を引く千宮司

(セングウジ)の娘と、神殿騎士を率いるキョウ随一の法衣貴族の御曹司への嫁入り。

どちらも、下手に受け入れれば万象院を割ることになりかねぬ厄介な代物だ。


先代が身罷った今、無駄にできるものなど何も無い。

それが、ゲルハルトにサブロウタを『有効に使う』と考えさせた要因でもあった。

「僕は…万象院はミナミに取り入ろうと考えている」

そして、ゲルハルトは自らの考えを述べる。

「ミナミ…ということは、冒険者に」

「その通り。他の貴族の力を借りて万象院を立て直せば、

 それ自体が揺らぎとなるからな」

その意味を正確に察したハチロウタの確認に頷く。

冒険者は、基本的に大地人の政治…

貴族同士の足の引っ張り合いには興味も示さない。

根本的に考え方が違いすぎるが故に、その発想すら無い様に見える。

そこを利用するのが、ゲルハルトの考えであった。


「では…」

「ああ、今、ミナミの冒険者たちはフォーランドを取り込もうとしているらしい。

 それに姉上とサブロウタを使う」

自らの考えを整理するように、ゲルハルトは己の考えをハチロウタに聞かせる。

「フォーランドの動きと言うと…ライルガミンと遍路の儀でございますか」

ハチロウタとて、今や当主に仕える万象院の筆頭稲荷である。

ミナミでの動きはしっかりと押さえている。

「ああ。それに参加する、大地人の高位司祭と斥候。

 それに姉上とサブロウタをねじ込む」

麒麟児と称された施療神官でもある姉と、

50年に渡ってウェストランデの闇に生きた歴戦の稲荷。

その2つを、冒険者に取り入る足がかりとする。

「しかし、サブロウタはともかく、アンネローゼ様を斯様な危険な場所に

 追いやってもよろしいのですか?」

その考えに対し、ハチロウタは確認する。

「問題なかろう。姉上は神に愛されている」

それに対しても、ゲルハルトは悩むことなく返した。


ゲルハルトの姉、アンネローゼはゲルハルトより遥かな高みにいる天才であった。

ゲルハルトより2つばかり年長であることなど、問題ではない。

ともすれば今まさに天に召されようとしている老齢の高司祭。

それを上回るだけの技量を齢18にして持っている。

「僕が知る限り、姉上ならば彼のシスティーナ姫にも匹敵するやも知れんぞ」

100年ほど前、万象院にて天才の名を欲しいままにしながら

若くして病に倒れたと言う祖先の姫君の名を出し、ゲルハルトは笑う。


ゲルハルトとて万象院の血を引くものとして、相応の神職の才能を持っている。

だが、それはあくまで『相応の』でありキョウにいる法衣貴族全体で見れば

中の上といったところ。

間違っても齢18にしてLv55の高みに達するような天才(かいぶつ)ではない。

「まあ、それも善し悪しだろうな。姉上は些か浮世離れし過ぎている」

神職として高過ぎる才を持つゆえだろうか。

弟の目から見ても姉は浮世離れしていた。

たおやかで物静かな物腰を持ち、礼儀作法も貴族の嗜みも完璧ではあるが

どこか女らしさに欠けている。

世俗に通じ齢16にしてキョウの華やかな遊びも随分と経験したゲルハルトは

そう感じていた。


姉は世俗の楽しみ…華々しい社交や色恋沙汰にはほとんど興味を示さなかった。

舞踏会で見事なダンスを披露するよりも、

清められた修練場で1人瞑想にふけるのを好んでいた。

「それも世俗を絶ったただの聖職であれば素晴らしいことなのだろうが…」

清廉にして求道的。

聖職としては理想的かも知れないが、貴族の姫の性格としては問題だ。

その貴族らしからぬ振る舞いは、既にキョウの社交界でも噂になっている。


曰く、穢れを知らぬ天女のような娘だと。


一見すると良い噂ではあるが、その噂がキョウのやんごとなき姫君たちに疎まれ、

有形無形の邪魔を受けて更にアンネローゼが外に出なくなる悪循環を招いていた。

「もし、あの姉上をハゲの元になどやってみろ。

 あっという間に取り込まれるに決まってる」

万象院より力が強いテイラー家の嫁となった、

ゲルハルトより年長で聖職の才に恵まれた姉。

そんな厄介なものを抱え込める余裕など、ゲルハルトには無い。


「…だからこそ、ライルガミンの司祭職は丁度良い。

 ハゲの求婚もかわせるし、我が家ならば大義名分も立つ」

そう、今や先代当主を呪殺したライルガミンの大魔縁は万象院にとっても

因縁浅からぬ仇敵である。

それを倒す戦いに、今の万象院における最高の施療神官を協力させると言うのは、

充分に筋が通る。

「恐らく、彼の大魔縁を討つなんて大仕事、1年や2年で終わるものではなかろう。

 …その間に僕は万象院を確かなものとする」

ゲルハルトは少なくとも己が基盤を確立するまでは、

他家の血を入れるつもりは毛頭無い。

まずはウェストランデの貴族として充分に地歩を固めるまでは、

ゲルハルトは身軽でいるつもりだった。

「…承知、いたしました」

主君と仰ぐ少年の言葉を聞き、ハチロウタは深く頭をたれる。

「うむ。すぐに動いてくれ。頼むぞ」

その指示を受け、主の意向をかなえるべく、ハチロウタが動き出す。


「…父上。万象院は僕が守りますので…安らかにお休み下さい」

ただ1人暗い執務室に残ったゲルハルトがポツリと、呟く。

それは僅か16にして貴族の当主となった少年が、

けして他者には見せぬようにしている顔だった。


『第29話 稲荷のサブロウタ』


1


秋。

漆黒の、文字通りの意味で影のような狐尾の男が

完全に獣道と化した道をじっと観察していた。

それは、ある種完成された存在であった。

ひょろりとした、一件細い身体には鍛え上げられたしなやかな筋肉がつき、

しわが見える茶色い肌と漆黒に染め上げた髪、そして黒で統一された服装は、

昼の最中であるにも関わらず、僅かな木陰に身を置いた男を溶け込ませる。

じっと静寂を保つその瞳は無機質な蟲のように、ただただ正確に状況を捉える。

そして、観察を終え、影のような男…元稲荷のサブロウタはそっとその場を離れた。


道の上に陣取った、厄介な魔物。

大地人の中にあれば達人と称されるサブロウタを持ってしても、

決して勝てぬと思わせる存在を今の主に知らせるために。


「おかえりサブちゃん。どうだった?」

道の先にある43番目の聖域で待っていた一団。

その中の奇しくも若…現当主であるゲルハルトと同い年であり、

冒険者の中でも屈指の実力を持つ少女。

この一団の長に促され、サブロウタは、偵察の結果を報告する。

「…〈屍竜(ドラゴンゾンビ)〉が2頭。技量は目算ですが恐らくは小隊格でLvは80程度。

 こちらには気づいていないようにございますが、街道から動く気配もありませぬ」

偵察の結果は、芳しくなかった。

44番目の聖域に至る道は侯爵領が滅んだ後、

魔物が跳梁跋扈する魔の島と化したフォーランドに相応しい、危険な道であった。

気づかれれば命が無い危険な斥候を終え、

情報を持ち帰ったサブロウタの言葉に辺りがざわめく。

聞いているのは、サブロウタが仕える6人の冒険者と…100人近い大地人。

聖者に付き従うフォーランドの民は、サブロウタの報告に死の匂いを嗅ぎ取っていた。

正式な戦の作法を教える師も、充分な武具も無いこの島で、

自衛のため多少剣や槍を齧った程度が精々であるフォーランドの民と言えども、

Lvの意味くらいは分かる。

Lv80。それは大地人ではけして歯が立たず、

聖者たる冒険者様がたにしか討伐出来ぬであろう怪物であると。

大地人たちは息を飲み、聖者様がたの決定を待つ。


そして、一行のまとめ役であり、かつて試練を越えて

聖者(アバタール)〉の称号を得た少女が気負いなく言葉を返す。

「あー。ドラゾン2体かあ…歩くのめっちゃ遅いし飛べない奴だから

 私等だけだったら戦わないで突っ切る一択だけど…ヤマさん、どうよ?」

「行けるだろう。脚が遅いアンデッドなら相模さんとセドリックさんに削って

 貰ってから、ミサキのヒール砲と影女の魔法で1体ずつ仕留めればいい。

 なぁに、屍竜の攻撃は拙僧が引き受けようぞ」

少女の問いかけに答えるのは、墨染めの僧衣を着込んだ、

人間種と並んでも見劣りしない巨体の格闘家。

身の丈6尺を越える異形のドワーフ、ヤマさんが答える。

「分かった。他ならぬミサキちゃんのお願いだからね。任せて」

ドワーフの武士の言葉に頷くのは、落ち着いた気配を持つ女騎士。

ボサボサの髪を持つ狼牙族の守護戦士セドリックはいつものように頷く。

「…了解。相模さん。しくじらないでくださいね…

 私の知ってる『殺神(さがみ)』なら容易くやってのけたはずですから」

神経質そうな線の細いエルフの妖術師、影女(かげおんな)

頬に『死』を表す文字に似た紋様を持つ法儀族の青年に言う。

その瞳に宿るのは、不信感と敵意。

旅をはじめて随分と立つが、それは未だ殺神を見る影女の目に燻っている。

「分かりました。善処いたします」

それを感じながら若々しい見た目とは裏腹に落ち着いた…悲しみを宿した瞳を持つ男。

法儀族の暗殺者、殺神(さがみ)が老人かと思うような、

しわがれかけた声で女に頷き返す。

「はい。きまりっすね。

 〈キーンエッジ〉と〈ウィンドブーツ〉掛けますで、集まってくださいっす」

2人の間に流れる険悪な空気を消そうとするように、

丸々と太った猫人族の付与術師さぬきが、ポンポンと手を叩いて先を促す。

かくて聖者とその仲間達…〈Plant hwyaden〉に属する6人の冒険者が動き出す。

「では、1体は拙者がひきつけておきまする」

その様を見て、サブロウタはいつも通り、一歩間違えば死に直結する提案をする。

「うん…無茶はしないでね。先輩から聞いた話だと大地人の蘇生は

 上手く行かないことも多いらしいから。

 んじゃ、私からは〈聖なる護り〉をば。

 これでサブちゃんでもドラゾンの攻撃一発なら瀕死で済むと思う」

当然のように死地へと向かうというサブロウタに対し、

ミサキは慣れたもので施療神官の覚える、

悪しき存在からの攻撃の威力を軽減する魔法を掛ける。

当初はこの大地人の案内人がまるで死にに行くように己が身を危険に晒すことを

反対もしたが、サブロウタが己が力量を弁えた上で臨んでいることを知ってからは、

止めなくなった。

「じゃあ、おいらからは〈ウィンドブーツ〉を…

 くれぐれも殴り合いには持ち込まんでくださいっす。

 Lv61のサブロウタさんが屍竜にソロで挑むのは、

 ただでさえ正気の沙汰じゃないんっすから。

 最初の1発だけ。後はひたすら逃げて回避専念で」

それに習い、猫人の魔術師もまた、サブロウタに強化の魔法を掛ける。

足元を覆う、渦巻く風の靴。

それは熟練の付与術師にしか作りえぬ、

風のような移動と回避を可能にする『魔法の靴』であった。

「存じております」

今の主たちの命令に、サブロウタは黙って頷く。

無論、サブロウタとて新たなる主君より受けた命令を終える日まで、

命を無駄にするつもりは無い。

…死んでも構わぬと思っているだけだ。

そして、魔法の加護を受けたサブロウタが動き出した。


2



文字通り風のように駆けぬけ、虚ろに立ち尽くす竜の屍の1頭に近づく。

熟練した〈追跡者〉の気配消しにより、屍竜に気づかれずに背を取る。

そして、フリードリヒに授けられてより愛用し続ける魔法の脇差を構え、

戦いのはじまりを告げる一撃を加える。


―――絶命の一閃


気負いなく、流れるようにサブロウタの無慈悲な刃が首の付け根…

およそまともな生物であれば共通して急所たる場所を正確に貫く。

それは、生物であれば致命傷になったかも知れぬが、とうの昔に死に囚われた、

まともな生き物ではない魔竜には大したダメージとはならない。


山を揺るがすような咆哮が辺りに轟き、2頭の屍竜が爛々と目を光らせて

サブロウタを捕らえる。

そこに宿るは、明確な殺意。己が身に2度目の滅びを降りかからせようとした

愚者を叩き潰すべく、のっそりと動き出す。

「…追って来るが良い」

むせ返るような死の予感を感じながら、サブロウタは屍竜に背を向け、走る。

一拍遅れてサブロウタがいた場所を強烈な死の瘴気を孕んだ毒のブレスが襲う。

触れれば肉を腐らせ、僅かでも吸い込めば即命に関わる屍竜必殺の吐息だが、

その死はサブロウタを間一髪捕らえ損ねる。

それを外したのを見届け、首を刺された屍竜はただただ盲目的にサブロウタを追う。

…同じように追おうとしていた無傷の屍竜が別方向から飛んできた矢により

標的を変えたことになど、気づかぬままに。


戦いはそれから10分続き…

「…また、死にそびれたか」

サブロウタは無事、生き延びた。

そのことに安堵と…哀しみを覚える。

旅がはじまり、2ヶ月になる。

今なお、サブロウタは生き恥を晒し続けている。

この、半ば冗談のような旅路の中で。


この旅の目的は『神頼み』である。


フォーランドには、遍路の儀と呼ばれる儀式が存在する。

フォーランドに存在する88の聖域。

それらを1度もフォーランドより出ることなく、定められた順番どおり、

乗り物にも妖精の環にも頼ることなく回って祈る事が出来たとき、

祈りを司る神が現れるという。

祈りの神は偉業を達成した勇者を称え『あらゆる願いを聞き届ける』と言われている。

余りにも荒唐無稽な話であった。

大地人にとっては、古い時代にそのような伝説があった、そんな御伽噺の類である。


だが、冒険者にとって、それは紛れも無い『事実』であった。


大地人にとっては限りなく不可能に近い遍路の儀も、

冒険者にとっては難易度の高い偉業(クエスト)に過ぎない。

大災害前、この儀を無事に終え、祈りの神に対面した冒険者はミナミにも、

そしてアキバにも何人も居たという。

その時は幾つかの決まりきった願い…

秘宝と呼ぶに相応しい武具や〈聖者〉の称号(サブクラス)

失われた古の魔術の知識、強力な神の眷族の召喚契約といったものを願った。

だが大災害後、この儀を達成した冒険者は居ない。


この儀は、挑んでいる間フォーランドを出ることを許されない。

…すなわち命を落として蘇生が為されなかった場合、

大神殿に引き戻された時点で失敗となるのだ。

順調に行っても数ヶ月はかかる、徒歩でのフォーランド一周の旅。

それは今やミサキたちのようにミナミからの様々な形での支援無くしては

成り立たないものであった。


果たして大災害を経た今、この儀を成し遂げたとき祈りの神は現れるのか、

そして『あらゆる願いを聞き届ける』というのは真実であるか。

それを知りたいと願う冒険者たちが選ばれ、

この儀を終えることを目的とした小隊が作られた。


その小隊こそ、目的をそのまま名前とした部隊…『神の存在証明』


サブロウタが、現当主に自害の代わりに下された命令に従い、

大地人の風習に不慣れな冒険者を案内し、斥候を務めることとなった部隊であった。


3


本日は厄介な敵との戦いがあったことを考え、

フォーランド44番目の聖地で本日の旅は終わることとなった。

魔物が立ち入ることが出来ない聖地は、寝泊りに非常に都合の良い場所でもある。

故に彼らは遍路の旅の一夜の宿には基本的に聖地での野宿を基本としていた。

「ようやく半分かぁ…昔ソロクリしたときは1日で10箇所くらい回れたのになあ」

ミナミを離れて2ヶ月。

この旅が予定以上に長引いていることにいつものようにミサキが言葉を不満を漏らす。

「そりゃあ昔のようには行かないさ。

 アタシ達は自分達の足で旅をしているんだからね」

それをなだめるのは、ミサキと付き合いが長いという守護戦士、セドリック。

ミサキが幼い頃から見てもらっていた医者であるというセドリックは、

まるで母娘のように長い付合いがある。

この2人の付き会いは、種族の壁を越えて気心が知れたものだった。

「うむ。それに庇護を求め、必死に旅してきたものたちを無下に追い返すは

 拙僧たちとしても寝覚めが悪いからな」

ミサキに比較的年が近い男であり、寺院を任された聖職の家の出であるという

ヤマさんもミサキを諭す。

この旅が予想以上に遅れている原因は、

実際に自らの脚で踏みしめねばならぬという理由だけではない。

そろそろ100に届こうかと言う数の、大地人の従者たちのこともある。


フォーランドを治める侯爵家が滅んでより、フォーランドは主無き地である。

島の大半に高位の魔物が跳梁跋扈善するこの地で生きることの難しさは、

曲がりなりにも領主を持ち、騎士団の庇護があるウェストランデやナインテイルとは

比べ物にならない。

この地に住む大地人はひっそりと隠れるように作られた貧しい村に住み着く

古くからの民か、ウェストランデやイースタル、ナインテイルに居られなくなった

罪人の類である。

そんな彼らは、強きものの庇護を求めていた。

守られず、ただただ一方的に魔物に蹂躙される日々に嫌気がさしていたのだ。


それ故に、フォーランドの大地人は冒険者の一行…

恐るべき魔物相手に真っ向から戦い、調伏する異形の戦士に憧れた。

ましてそれが、〈聖者〉に率いられ、フォーランドに伝わる

『伝説の偉業』を為そうというものならばなおさら。

かくてミサキたちと出会うことが出来た少なくない数のフォーランドの大地人が、

幸運なる出会いを無駄にしないために、彼らの従者となる道を選んだ。

中には捨て身の旅を経て、冒険者一行に追いついたものすらいる。

フォーランドを旅する聖者と、フォーランドの片隅の島に作られた冒険者の街。

この2つは、フォーランドの民がようやく手にした安全と繁栄の象徴である。


「よし。こんなもんすかね。醤油様は偉大っす」

冒険者の中では唯一の料理人であるさぬきが、ミナミから運ばれてきた

『補給物資』を煮込み作り上げた汁の味ににんまりと笑う。

手料理の心得がある大地人の従者に手伝わせ、

ミナミから持ち込んだ大鍋に一杯に作った夕食。

100人分の腹を満たすために作られたそれが、おいしそうな湯気を漂わせる。

「またうどん?たぬきも好きだね。さすがうどん県民」

そんなさぬきを火や水を生み出すことで料理を手伝っていた、影女がからかう。

「…いいじゃないっすか。うどんは万能食っすよ。

 それに『たぬき』やのうて『さぬき』っす」

それに口を尖らせてさぬきが反論する。

茶色に黒の模様が散った毛皮を持ち、太めの身体を持つさぬきを

『たぬき』とからかうのは、よくあることだった。


そんな、この旅に置いては見慣れた光景に、夕食を心待ちにしている大地人たちも

朗らかに笑う。

このフォーランドには珍しい、平和な情景と共に穏やかな時間が流れる。


…その情景から外れ、サブロウタは1人じっと、聖域の入り口を見張っていた。

食事は一粒食せば丸一日一切の食物を必要としなくなる忍びの丸薬と、少量の水。

忍びとして厳しい訓練を重ねたサブロウタにとってはそれで充分である。

時折視界の端を通る魔物を見送りながら、サブロウタはただじっと見張りを続ける。

無心になり、カラクリ仕掛けの人形の如く任務に従事する。

…そうしていれば、何も考えずに済む。

あの人生最悪の日に主君を守れなかった後悔。

己が命が尽きるまでお仕えすることを誓っていた主君を失った虚無感。

そして、それを死で贖うことすら認められなかったことへの憤り。


そのようなものを全て忘れるために、サブロウタは無心に任務を…見張りを続ける。

…そんなときだった。

「…少し、話をしませんか?サブロウタ殿」

6人の冒険者の1人…法儀族の暗殺者、殺神が話しかけてきたのは。


4


サブロウタの許可を取り、殺神はサブロウタの隣に腰を下ろした。

「やあ、すみませんね。どうにも若い人ばかりというのは苦手なものでして」

そう言って殺神は笑う。

緩んだ…どこか寂しげな笑み。

その微笑みは冒険者の中でも随一の切れ者であり、

ひとたび戦となれば幻想に数えられし魔弓を繰り、

無慈悲に魔物に死の一撃を浴びせる暗殺者の笑みとは思えぬほど

穏やかな笑みだった。


それからしばし、殺神はサブロウタと共に黙って見張りを続ける。

「…サブロウタさん。貴方は、何を願うおつもりですか?」

唐突に、殺神はサブロウタに尋ねた。

「…なにを?でございますか?」

意味を図りかね、サブロウタは思わず聞き返す。

そんなサブロウタに噛んで含めるように殺神は言葉を重ねた。

「はい。貴方はこの島に来る前からずっと私たちと一緒に旅をしてきた。

 …つまりお遍路の条件を満たしていますから」

その言葉に、サブロウタは虚をつかれた。

確かに、筋は通る。

サブロウタとて、仮にも聖職を司る万象院家に仕え続けた稲荷である。

聖域においては常に聖域を守護する聖なるものに敬意を払い、

新たな聖域に着くたびに祈りもしてきた。

…しかし。

「拙者は、大地人の下賎なる忍び…果たして神は祈りを聞き届けましょうか?」

サブロウタは正直に心情を吐露する。

神は寛大であるといわれるが、それが主君のような高貴な聖職ならばともかく、

己にまで及ぶとは俄かには信じがたかったのだ。

「…私にもそれは分かりません。ですが、可能性はあると思いますよ」

一方の殺神もまた、正直に言う。


遍路の儀はかつて…冒険者のために『用意』されたものだ。

大地人が成し遂げた例など、それこそ何百年も前に行われたという

『設定の中』にしか存在しない。

…だからこそ、可能性はあると殺神は考えていた。


設定の中。


それはヘイアンの呪禁京で行われた『戦争』の発端となったものだからだ。


「…しかしこの老骨、今さら望むものなど思いつきませぬ」

殺神の出した考えを受けてサブロウタもまた考え…結論を出す。

莫大な財宝、強力な武具、未知の秘術、神の眷属の使役…

どれもサブロウタには無用のものだった。

あえて言うならば『自害の許可』なのだろうが、

そんなものは神に祈って手にするものではない。

いっそ、冒険者を通して国元に尋ね、万象院が望む品を手にするべきだろうか…

そう、サブロウタが考えていたときだった。

「そうなのですか?てっきり貴方は…死んだ人間の復活を望むと思ったのですが」

サブロウタが固まる。

思っても見なかった方向からの祈りの道を示されて。

「…完全なる死を迎えた死者の復活は禁忌ですぞ」

殺神の言葉を否定するサブロウタの言葉は、弱々しかった。

死に僅かに踏み込んだ死者を聖なる魔法で蘇らせるならばともかく、

完全なる死を迎えた死者の復活を望むのはウェストランデ…

否、ヤマトのどこであっても禁忌とされる。

「はい。でもそれは死霊術(ネクロマンシー)を使った復活の場合、でしょう?」

殺神もまた、この旅に出る前に調べた事実をつきつける。

完全なる死を迎えた存在の復活を為す魔術は、死霊術と呼ばれる。

それは、死した存在を変質させることで怪物(アンデッド)として蘇らせる術大系。

それは大地人の間では触れてはならぬ、忌むべき禁忌の術である。

死霊術を会得し、死霊術師(ネクロマンサー)の称号を得た大地人は、

如何なる事情があれども死罪とする。

ウェストランデの法でもそう定められているほどだ。


「…この世界の『神』がどれだけの力を持ち、

 どれだけのことができるのかは分かりません。

 果たして死んだ人間を、元のままに蘇らせられるのかも。

 ですが、可能性があるならば、私はそれに賭けたいんです…」

殺神が自らの心情を吐露する。

彼もまたサブロウタと同じ『咎人』であるがゆえに、それを望んでいた。

「…サガミ殿。貴方は…」

その匂いを感じ取り、サブロウタは思わず尋ねる。

「…息子をね、取り戻したいんですよ。それだけです」

その問いかけに、かつて『禁忌』を犯したが故にこの場に居る

『相模』は、1つ頷いた。

「よければ、聞いていただけますか?私が犯した罪を」

この大地人ならば、聞かせても良い。

そう思い、尋ねる。

そして、黙ったままのサブロウタに、相模はこの世界に着てから

誰にも語らなかった心情を語りはじめた。


5


相模は、かつて冒険のことなど何も知らぬ、1人の商人であった。

「私はね…自分で言うのもなんですが…

 エリートと言っても良いくらいの地位にはいました。

 良い大学を出て、良い就職をして、結婚して、子供を作って…

 そんな暮らしをしていました」

そんな彼の唯一の誤算、それこそが大事な1人息子の存在であった。

「しかし私の息子は…引きこもりと言う奴でした。

 部屋に閉じこもって、そこから一歩も出ないんです。

 …息子が何を考えているのか私には分からなかった。正直、恐ろしくもあった。

 …理解してやれなかったんです。だからでしょうか」

相模の息子は、死んだ。

淀み、停滞した部屋の中で、ひっそりと首をくくって。

「ダメだった。そんな言葉を残して、息子は逝きました。

 私には、息子のことが最後まで理解できなかった」

そんな息子がただ1つだけ、相模に残したヒント。

それが、何年もかけて行ってきた『冒険』の証であった。

秘密が漏れることを恐れるが故にメモ用紙に手書きで記された、名前と合言葉。

それに気づき、それがなんであるかを調べ上げた相模は…『禁忌』を犯した。

「バチが当たったのでしょうか。私は、この世界に閉じ込められました…

 息子の肉体(からだ)で」

老境に差し掛かり、自らの衰えを自覚していた相模に与えられたのは、

ヤマトでも滅多にいないほどの超人(はいじん)の技を持つ法儀族の死神、

殺神(さがみ)の肉体。

その肉体を得た相模を、ウェストランデの…

1ヶ月もの間会っていなかった殺神の知り合いは揃って嫌悪した。

相模がやったことは、許されざる行為であるというのが

冒険者(ゲーマー)にとっての常識であった。

「…閉じ込められたこと、それ事態は後悔していません。

 お陰で、息子のことが少しは分かりました。

 この世界を通じて、どんな風に生きていたのかを」

部屋を遠巻きに眺めていては決して分からなかったことも、

この世界にいる100人を越える殺神の知り合いを通して知った。


息子が、何とかして復帰を試みていたこと、そのために引退を決意していたこと。

…その結果追い詰められ、命を絶ったことなども。


「相談に乗ってやれればよかった。

 仕事が忙しいなどと言わず、顔をあわせればよかった。

 …もっと、アイツのことを理解してやろうと、努力すればよかった」

全ては後の祭りだった。

長すぎる断絶の果て、ようやく相模が息子が得体の知れぬ怪物ではなく、

1人の若者であることを知ったとき、息子は既にこの世の住人ではなかった。

「ただの自己満足かも知れません。多分、上手く行かない。

 そんなことも分かっているつもりです…でも、それでも縋らずにはいられなかった」

相模はもう、やらなかったことを後悔したくは無かった。

それが、いずれ絶望に繋がる道だとしても。

「…これが私の罪です。すみません、長々とつまらぬ話につき合わせて」

全てを語り終え、相模はサブロウタに謝る。

そして、サブロウタは…嘆息する。

「既に死の眠りに落ちた死者を…不死の怪物とせずに蘇らせまするか」

それは如何に神の御力に縋るといえども、やはり外道の邪法であろう。

大地人にとっても…恐らくは冒険者にとっても。

第一万が一蘇ったとしても、過ぎた時の針が戻らぬ以上は居場所が無いでは無いか。

だが、同時に思う。

既に禁忌の邪法に手を染めたこの男であれば、

その邪法を犯すことを今さら恐れたりもしないだろう。

すなわち、この男は心より息子の復活を望み、旅をしている。

(主上…貴方様は、冥府よりの帰還を望みましょうか?)

サブロウタは思わず、真の意味で敬う主に伺いを立てる。

死者は語らず、答えは返らない。

ただ、思い出す。


―――いつか、この子が大きくなって家督を譲ったら、旅に出たいな。

   そのときは、ついて着てくれるか?わが友よ。


幼子であった当主様を隣に座らせた酒の席で交わされた、他愛なき言葉。

長年仕えてきたサブロウタをただ1度『友』と呼んだ日のことを。

(そうですな…或いはそれも良いかも知れませぬ)

かくて、サブロウタの心は決まる。


誰にも気づかれぬまま、サブロウタは変わった。

目的を得ることで、少しだけ、前を向くようになったのだ。


かくて旅は続く。多くの人間を飲み込みながら、7つの願いを運び続ける。

その終わりがどのような形となるか…未だ誰にも分からぬままに。


今日はここまで。


フォーランドにも一応大地人はいるらしいので、

今回のお話となっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昨日今日と2日で一気に楽しませていただきました。 ありがとうございました。
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